ピクシブ百科事典

トーセンジョーダン

とーせんじょーだん

2006年生まれの競走馬。主な勝ち鞍は2011年の天皇賞(秋)。GⅠ勝利はこれ1つに留まったが、この時叩きだした「1分56秒1」は、現在もJRA芝2000mのレコードタイムである。
目次[非表示]

誘導

  1. 日本の競走馬。本項で解説する。
  2. ウマ娘プリティーダービー』にて1をモチーフとして登場するウマ娘。→ トーセンジョーダン(ウマ娘)

2に関してはリンク先のタグを使用する事を推奨。

そして極限へ

資質に満ちて
心身ともに絶好
さらに剛腕を迎え
かさねて気強いのは
滔々たる戦いの流れ

それらすべてが
最良のバランスで
絡み合ったとき
極限の爆発力は生まれ
雄叫びが響き渡る

概要

生年月日2006年2月4日
英字表記Tosen Jordan
性別
毛色鹿毛
ジャングルポケット
エヴリウィスパー
母の父ノーザンテースト
主戦騎手不定(通算30戦で17名の騎手が乗った)
管理調教師池江泰寿(栗東)
馬主島川隆哉
生産ノーザンファーム
競走成績30戦9勝
獲得賞金7億506万円

冠名「トーセン」は馬主島川隆哉氏の名字の音読みによる。「ジョーダン」はカリフォルニアワインの銘柄と、プロバスケットボール選手のマイケル・ジョーダンから。

半弟に2012年京都新聞杯(GⅡ)勝ち馬トーセンホマレボシ(父ディープインパクト)がいる。

経歴

デビュー~4歳春

2008年、栗東・池江泰寿厩舎からデビュー(2歳)。
新馬戦を落とすも、その後オープン競走のホープフルステークス(現在の2歳GⅠ・ホープフルステークスとは異なる)まで3連勝。

2009年(3歳)は始動戦の共同通信杯で2着惜敗したが、この年のクラシック戦線の有力馬と見られていた。しかし裂蹄によって長期休養を余儀なくされ、クラシック3戦を丸ごと棒に振ってしまった。

2010年(4歳)11月のアルゼンチン共和国杯(GⅡ)で重賞初制覇。2011年(5歳)もアメリカジョッキークラブカップ(GⅡ)・札幌記念(GⅡ)と順調に重賞勝ちを増やした一方、GⅠへの挑戦では2010年有馬記念5着、2011年宝塚記念9着と結果が出なかった。

2011年天皇賞(秋)

2011年10月30日の東京競馬場、この年の天皇賞(秋)は、2連覇を狙うブエナビスタ、直前のGⅡ毎日王冠の勝馬ダークシャドウ、前年のダービーエイシンフラッシュらが上位人気に挙げられていた。

一方、トーセンジョーダンは7番人気。鞍上はニコラ・ピンナ騎手、この2011年に短期免許でイタリアからやって来た日本では実績のないジョッキーであり、ジョーダンとのコンビで挑んだ同年の宝塚記念は9着に敗れていた。しかも、この10月30日限りで短期免許が切れるという状況で、思い出騎乗に終わるだろうという予想も強かった。

レースはシルポート(2011・12マイラーズカップ二連覇)が逃げを打ち、前半1000mが56秒5という超ハイペースで進む。(参考までに、時代が違うとはいえ、有名な1998年天皇賞秋のサイレンススズカの1000m通過が57秒4である。)
中団に位置をとったトーセンジョーダンは、最終直線に入るや外に持ち出してスパートを開始。じりじりと脚を伸ばして先頭に立ち、ダークシャドウら後続馬の追撃を耐えきって初のGⅠ制覇を果たした。

そして、観衆や関係者が目を疑ったのがその「1分56秒1」という勝ちタイムである。
これは、2008年の同じ天皇賞(秋)でウオッカが記録した1分57秒2を1秒以上更新する、東京競馬場の芝2000mのコースレコードであり、さらにJRA歴代のレースを見渡しても、2001年7月に新潟競馬場で記録された1分56秒4を更新する最速記録であった。

現在も、ジョーダンの芝2000mのタイムは破られていない

その後~引退

天皇賞(秋)の次走となった2011年のジャパンカップは、ブエナビスタに雪辱を許すものの2着。年末の有馬記念は5着。

2012年(6歳)、秋春連覇がかかった天皇賞(春)は、ビートブラックに4馬身差をつけられ2着に終わった。その後、馬券に絡んだのは2013年(7歳)のジャパンカップ(3着)が最後で思うように結果を残せず、8歳まで現役を続けた2014年の有馬記念を最後に引退した。

引退後の現在は種牡馬となっている。

特徴・気質

爆発的な瞬発力には欠けるが、じわじわと脚を使って粘り腰をみせる根性型の走りを得意とした。
故に、GⅠ級レースで駆け引きのできる馬ではないとも見られていた。しかし、JRAレコードを叩きだした天皇賞(秋)は、全体が超ハイペースで進み、その結果終盤に多くの馬の脚が鈍っていった展開がジョーダンに味方したとも分析されている。

裂蹄にも悩まされ、3歳時には世代有力馬と目されながらクラシック戦を棒に振り、2012年にも再発して連覇のかかった天皇賞(秋)がぶっつけ本番・敗北などの憂き目を見た。

現役中、所属の池江泰寿厩舎のボス馬の座をドリームジャーニーから継承すると、さらに栗東トレーニングセンター全体のボス格に立ち、2009年頃から引退までの約5年間栗東の馬社会を統治した伝説のボス馬でもある。(池江厩舎の後輩には「金色の暴君」オルフェーヴルもいたが、彼はレース外ではむしろ臆病な性格で、ボス気質ではなかった)
単にケンカっ早いだけでそんな地位が長期間保てるわけはなく、ジョーダンは周囲に睨みをきかせつつも自分からケンカはせず、人間の言うことはよく聞いて事を荒立てない、冷静で頭のよいボスだったという。

ゴールドシップとの関係

人気馬ゴールドシップの奇行の数々に関するテンプレで「トーセンジョーダンを見かけると必ず蹴りに行く」というのがある。

ゴルシはジョーダンより3歳も年下であるが、他の馬に対する好き嫌いが激しく、年齢差ごときで大人しくしているような性格の馬ではなかった
一説では、栗東のボスとして君臨していたジョーダンが、生意気な若造という感じで入ってきたゴルシを一喝して以来恨みを持たれていた。とも言われている。

ゴルシを管理した須貝尚介調教師は、「トーセンジョーダンとは坂路脇の運動場が一緒だったが、ジョーダンを見るとそれだけで暴れていた」と証言している。

また、トーセンジョーダンがジェンティルドンナの3着に入った2013年ジャパンカップにて、ゴールドシップは15着惨敗。クラシック戦線からコンビを組んでいた内田博幸の騎手交代を招いたが、次走の有馬記念で内田はトーセンジョーダンの鞍上を務めゴルシの前に現れたという因縁もある(結果はゴルシ3着、ジョーダン14着)。

ゴールドシップVSトーセンジョーダン 第二章
ゴルシとジャスタ



関連項目

競馬 競走馬 天皇賞

関連記事

親記事

09世代 ぜろきゅうせだい

兄弟記事

pixivに投稿されたイラスト pixivで「トーセンジョーダン」のイラストを見る

pixivに投稿された小説 pixivで「トーセンジョーダン」の小説を見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 534232

コメント

問題を報告

0/3000

編集可能な部分に問題がある場合について 記事本文などに問題がある場合、ご自身での調整をお願いいたします。
問題のある行動が繰り返される場合、対象ユーザーのプロフィールページ内の「問題を報告」からご連絡ください。

報告を送信しました