三冠馬の遺伝子
貴婦人と名づけられた才女が晴れの舞台を颯爽と駆け抜けた。
英雄とたたえられた父を彷彿とさせる瞬発力で牝馬三冠の栄誉を勝ち取った。
受け継がれた最強の遺伝子は想像を超える夢を描いていく。
≪「ヒーロー列伝」No.73≫
貴婦人の進撃
まず桜の丘で乱を鎮め
樫の渓谷を平定すると
いま秋華の郷も制圧。
乙女の国を統べる者が
ここに誕生した。
だが女領主は満足を知らぬ。
まだ見ぬ強敵を求めて
新たな荒野へ飛び出していく。
海の向こうへ漕ぎ出していく。
貴婦人の進撃は続く。
本馬をモチーフとするウマ娘登場キャラクターについてはジェンティルドンナ(ウマ娘)へ。
プロフィール
生年月日 | 2009年2月20日 |
---|---|
欧字表記 | Gentildonna |
性別 | 牝 |
毛色 | 鹿毛 |
競走成績 | 19戦10勝 |
父 | ディープインパクト |
母 | ドナブリーニ |
母父 | Bertolini |
産地 | 北海道安平町 |
馬主 | サンデーレーシング |
生産牧場 | ノーザンファーム |
管理・調教 | 石坂正厩舎(栗東) |
概要
2009年生まれの日本の元競走馬・現繫殖牝馬。鹿毛の牝馬で、歴代でも屈指の強豪揃いと言われる2012年クラシック世代(12世代)の中でも代表格の1頭。
馬名はイタリア語で「貴婦人」を意味する言葉だが、後述するようにその強豪ぶりから度々ネタにされている。
父は2005年のクラシック3冠馬にして7冠馬、種牡馬としても無数の重賞馬を輩出している近代日本競馬を代表する名馬ディープインパクト。初年度からG1馬を輩出する活躍を見せていたディープだったが、2年目のジェンティルドンナらの登場から更に評価を上げることになる。
母ドナブリーニはイギリスの短距離G1チェヴァリーパークSを含む重賞を2勝し、引退後、社台グループの吉田勝己氏に50万ギニー(当時約1億2000万円)という価格で落札されてイギリスから日本にやってきた繁殖牝馬。初年度もディープと配合され、重賞を2勝するドナウブルーを出していた。ジェンティルドンナは2番仔である。
デビュー前
2009年2月20日にノーザンファームにて誕生。
離乳後、ノーザンファームYearlingで中期育成を受けることとなる。
2010年にサンデーレーシングのクラブ馬として、募集価格3400万円(85万円×40口)で募集される。
募集時のカタログを見ると「その力強さとしなやかさを併せ持つ優美な馬体はあたかも西洋絵画の油絵のよう」「醸し出される魅力の奥深さは形態のすばらしさだけではなく、父母から受け継いだ競走馬としての血の結晶を全身から感じるからかもしれません。」と書かれるなど、クラブからの期待が窺える。
中期育成終了後はノーザンファーム空港牧場C-3厩舎にて後期育成へ移る。
C-3厩舎は牝馬の育成厩舎であり、道路を挟んで隣には牡馬を育成するC-1厩舎があったが、そこには同期のG1馬になる育成馬などもいた。
ジェンティルドンナは牧場ではデビュー前から重賞級との評価を受けていたという。
現役時代
デビュー~2歳時
石坂厩舎に入厩。隣の馬房は姉ドナウブルーであった。
新馬戦では重馬場に苦戦し2着に敗れるが、その後未勝利戦を勝ち上がる。
2012年(3歳)
3歳の初戦となるシンザン記念。前年に姉が1番人気5着と敗れていたレースであり、本馬は2番人気であったものの牡馬を一蹴して重賞を初制覇、牝馬としては13年ぶりのシンザン記念勝利で大器の片鱗を見せた。
続いて出走した桜花賞トライアルレースのチューリップ賞では直前の熱発の影響で体調が万全でない中、ハナズゴールの4着と敗れるが、一叩きしたことで調子を上げ本番の桜花賞へと向かった。
牝馬クラシック初戦の桜花賞では2歳女王のジョワドヴィーヴルと人気を分け合うが、ヴィルシーナらとの直線の競り合いを制し勝利。初G1を獲得する。
続くオークスでは、マイル中心に活躍していた姉ドナウブルーの存在やディープ産駒の2400m勝利がそれまでなかったことから距離が不安視され、また東京への初輸送だったこと、桜花賞で手綱を取った岩田康誠の騎乗停止により川田将雅へ騎手が乗り替わりとなったこともあり、桜花賞を勝利していながらも3番人気に人気を落とした。
しかしレース本番では後方で完璧に折り合いをつけ、直線で一気に突き抜けると抜け出したヴィルシーナもちぎり、グレード制導入後のオークスとしては史上最大着差となる5馬身差の圧勝劇を見せて二冠を達成した(2023年に同じく三冠牝馬となったリバティアイランドが更新)。タイムも従来のレースレコードを1.7秒更新し、同年のダービーのタイムをも上回る凄まじいものであった。
夏の放牧を経て秋はローズSから始動。最後の一冠秋華賞を前に先行する競馬を試し、全く危なげないレースぶりで2着のヴィルシーナ以下を完封、秋華賞を圧倒的な1番人気で迎える。
秋華賞本番、これまで常にジェンティルドンナの2着と涙をのんでいたヴィルシーナが作るスローペースにやや折り合いを欠くが、道中チェリーメドゥーサが大逃げを打ってペースが速くなったことで落ち着きを取り戻し、最後の直線でチェリーメドゥーサを交わすと馬体を合わせて追ってきたヴィルシーナをハナ差(約7cm差)で凌ぎきりJRA史上4頭目の牝馬三冠を達成した。父ディープインパクトとの父娘三冠は史上初、また異なる騎手での三冠も牝牡問わず史上初となった。
ついでに、三冠の1・2着が全て同じ馬というのも史上初である。
同世代の牝馬に敵はなしと見た陣営は3歳牝馬ながら次走にジャパンカップを選択。この年は1歳年上の三冠馬オルフェーヴルも参戦し、牝牡三冠馬の激突と煽られた。三冠馬同士の対戦は1985年のミスターシービーとシンボリルドルフによる天皇賞(春)以来となった。
レースは直線で逃げ馬ビートブラックとオルフェーヴルの間で進路が無くなりかけたところを外のオルフェーヴルに馬体を合わせ、弾き飛ばすように進路をこじ開けるという、牝馬とは思えないすさまじいレースを見せつけたジェンティルドンナがオルフェーヴルとの競り合いをハナ差(約20㎝差)で制して優勝。
さすがにこのラフプレーは審議対象となり、岩田騎手は開催2日の騎乗停止となったが、ジェンティルドンナは降着にはならなかった(審議の内容については未だ賛否が分かれているが、発端はオルフェーヴルの斜行癖ではないかという意見もある)。ジャパンカップを3歳牝馬が優勝するのは史上初、三冠牝馬が牡馬混合G1を勝利するのも史上初であった。
これでこの年G1レース4勝を含む7戦6勝。この成績を評価され満票で最優秀3歳牝馬に、そして牝馬三冠馬として、そして3歳の牝馬としても初となるJRA賞年度代表馬に選出された。
2013年(4歳)
国内を制覇したジェンティルドンナは目標をフランス凱旋門賞に定めるが、明けた4歳、初戦のドバイシーマクラシックへの遠征でセントニコラスアビーの2着に敗れてしまう。
帰国後の宝塚記念はオルフェーヴルが回避したため、同期の二冠馬ゴールドシップおよび天皇賞馬フェノーメノとの4歳馬最強決定戦となった。いつも通り先行策を取るジェンティルドンナだったが、普段の追い込みを止めて先行してきたゴールドシップにマークされ、終始荒れたインコースを走らされることになった。最終直線で外に進路を取るべくゴールドシップにぶつかっていくが、今度は相手が巨漢馬のため通じず、そのままゴリ押しされ3着。この連敗で凱旋門行きを断念することになる。
その後の天皇賞(秋)では1番人気に推され、トウケイヘイローの作るハイペースで掛かり気味になりながらも2番手を追走し、最終直線で先頭に立とうとした。しかし親世代の因縁というべきか、突然の覚醒を見せたハーツクライ産駒ジャスタウェイの末脚に屈して2着。勝ちきれないレースが続いた。
迎えた2度目のジャパンカップはこれまで手綱を取ってきた岩田騎手からライアン・ムーア騎手へと乗り替わることとなったが、レースではエイシンフラッシュがスローの逃げを打つ中でいつものように折り合いをつけて先行、直線で抜け出すと後続のデニムアンドルビー以下を抑えてJC史上初となる連覇を達成。この年1勝ながら最優秀4歳以上牝馬に選出された。
2014年(5歳)
5歳となったジェンティルドンナは初戦の京都記念で6着となりキャリアで初めて掲示板を外すも、前年のリベンジを果たすべく、ムーア騎手を鞍上に再びドバイシーマクラシックに挑んだ。
ドバイシーマクラシック
外目の発走になるが好スタートを切り、第一コーナーでは逸走馬が尻尾を掠める不利があったが特に問題なく馬群のインコースを進む。レースはデニムアンドルビーが逃げるという意外な展開になり、レース終盤、ジェンティルドンナは直線で前方を完全に塞がれる大ピンチに陥るが、ムーア騎手が一旦ブレーキをかけると馬群の隙間を横っ飛びで抜け出し、前を走るシリュスデゼーグルを鮮やかに差し切って優勝。日本の牝馬としては初となるドバイG1制覇を成し遂げた。
帰国後は前年と同じローテで走るも、宝塚記念を9着、天皇賞(秋)を骨折から復活を遂げたスピルバーグの2着、3連覇のかかったジャパンカップも1歳年下の菊花賞馬エピファネイアらの後塵を拝して4着と不満足な結果が続いた。当初はジャパンカップ後に引退の予定であったが、陣営はこの結果を不完全燃焼として年末の有馬記念を引退レースにすると宣言。ムーア騎手の短期免許が切れたため、鞍上は秋の天皇賞で手綱を取った戸崎圭太となった。
有馬記念
この年の有馬記念は同期のゴールドシップ、ジャスタウェイ、ヴィルシーナら馴染みのメンバーに加え、ジャパンカップで敗れたエピファネイアも参戦し、出走16頭全てが重賞馬、うちG1馬が10頭(ジェンティルドンナ・ゴールドシップ・エピファネイア・トーセンラー・ワンアンドオンリー・ヴィルシーナ・ラキシス・フェノーメノ・メイショウマンボ・ジャスタウェイ)、残りもG2勝ち馬という史上稀に見る超豪華メンバーとなったため、帰国後の連敗に加え中山競馬場未経験のジェンティルドンナは生涯最低の4番人気となる。
この年の有馬記念はJRA60周年を記念して希望枠選択制(ドラフト制度)が採用されたのだが、なんと陣営は最初に選択権を得ると言う幸運に恵まれ、希望通りの2枠4番が指名された。
レース本番ではゲートをうまく出て、ヴィルシーナ、エピファネイアの後ろの3番手に位置取った。距離不安のあるヴィルシーナがスローペースで逃げたため、戸崎騎手はジェンティルドンナの瞬発力を活かすべく後続に蓋をする形で馬群をスローにコントロールする。
そのままレースが進み、最終直線でヴィルシーナが沈んでエピファネイアが先頭に立つと、ジェンティルドンナがそれに並び掛け競り落とし、後続のトゥザワールド以下を完璧に抑えきり1着でゴールイン。
ラストランを勝利で飾り、トップタイ(当時)となるG1 7勝目を挙げた。なお中山競馬場未経験の馬が有馬記念を勝ったのは1997年のシルクジャスティス以来17年ぶり。有馬記念の親子制覇はシンボリルドルフ、トウカイテイオー親子以来二組目であった。
この年ドバイシーマクラシックと有馬記念の勝利により、自身2度目となる年度代表馬、最優秀4歳以上牝馬に輝いた。年度代表馬に2度選出された牝馬はウオッカに次いで2例目。強豪牡馬と鎬を削りながらの栄誉だった。
最終成績19戦10勝、生涯獲得賞金17億2603万円(海外賞金含む)。競走馬引退以降は生まれ故郷のノーザンファームで繁殖牝馬となっている。
繁殖牝馬として
初年度はキングカメハメハと交配され、生まれたモアナアネラ(2016年生)は準オープン止まりだったが、3番仔のジェラルディーナ(父モーリス、2018年生)がエリザベス女王杯を制覇。JRA史上10組目の母子G1制覇となった。
評価
先行して直線で押し切る一見して地味なスタイルを得意としたことと、同時代にオルフェーヴルやゴールドシップといった癖が強く派手なライバルたちがいたこと、またオルフェーヴルへの体当たりへの批判(これは騎手の問題だが)でヒール(悪役)扱いを受けたことなどが相まって、現役時代は実績の割に大衆人気はあまり得られなかったとも言われる。
しかし、その卓越したレースセンスと直線で一気に抜け出す瞬発力、牡馬顔負けの勝負根性(貴婦人ならぬ鬼婦人とまで言われた)を武器に王道路線を戦い抜き、牝馬ではウオッカと並ぶG1レース7勝を挙げ、史上初のジャパンカップ連覇、牝馬初のJRA主要四場(府中、中山、阪神、京都)全てでのG1勝利(牡馬でもテイエムオペラオーとオルフェーヴル、キタサンブラックしか達成していない)など、数多く活躍しているディープインパクト産駒の中でも最大級の功績を残した名馬と言える。
生涯獲得賞金も当時の牝馬のトップであり、牡馬を加えてもテイエムオペラオーに次ぐ歴代2位の記録であった。
2016年には父と同じく顕彰馬に選出されている。親子での顕彰馬は史上4組目。
なお、歴代三冠牝馬の中でも(近年は繁殖の有力候補ほど避ける傾向がある)有馬記念を勝利した実績を誇る。これは歴代の三冠牝馬の中でも、現在のところ、ジェンティルドンナしかなし得ていないものである。
エピソード
- オルフェーヴルとの一件のせいで荒っぽいイメージがついているが、ジェンティルドンナ自身はレースでは素直で騎手の言うことをよく聞く優等生だった。そのためか騎手の乗り替わりが多かったにもかかわらず安定した強さを発揮している。
- 一方でレース以外での彼女については『ヤンチャな馬でしたね。そのぶん、すごく手が掛かっているから、人懐っこい面もありました。でも、繁殖に上がったあとは、牧場の人いわく「言うことを聞かん」と。我が強いんでしょうね。たぶん、牧場に帰ったら、自分が一番だってわかるんじゃないですか。放牧した途端、ボスになったらしいですから(笑)。』と石坂調教師が振り返っている。。また、パドックでは度々テンションが高く首を振ったり、歓声に驚いて岩田騎手を振り落としかけたりといった行動も見られることがあった。競馬ではイレ込んでいる馬は走らないとされるが、ジェンティルドンナの場合はこれがガス抜きとなってレース中の気合いの入った走りに繋がっていたと言われている。
- 前述の通り、サンデーレーシングの募集カタログで西洋絵画の油絵と例えられるような優美な馬体と評価されており、デビュー前から高い心肺能力を示す大きな胸囲を持っていたという。海外でも好評であり、ドバイにはジェンティルドンナを見て「Sexy body!!」と感激する人もいた。
- 身体的な弱点として、父ディープインパクトと同様に蹄が薄かったことが挙げられる。そのため蹄鉄を釘で固定することができず、特殊な接着剤で固定するタイプの蹄鉄を使っていた。
- 同世代のディープインパクト産駒の牡馬が故障で次々に早期引退していく中、ジェンティルドンナは上述の通り牡馬さえ圧倒する女傑ぶりを見せつけた。そのためか、送られてくるファンレターのうち9割が女性ファンからのものだったという。
- 牡馬との連戦を戦い抜く牝馬離れしたタフネスを誇り、中5週以内の間隔で出走したレースでは10戦9勝の好成績を残した。
- 2019年の日本ダービー馬ロジャーバローズは従弟にあたる。更に血統も8分の7が同じ。これは偶然ではなく、ジェンティルドンナの母ドナブリーニの半妹リトルブック(ロジャーバローズの母)に目をつけた生産者がこれを輸入し、ジェンティルドンナの再現を目指したことによるもの。ロジャーバローズの勝利により、この狙いは成功したと言えるだろう。
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