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テイエムオペラオー

ていえむおぺらおー

日本中央競馬会(JRA)に所属していた競走馬。競馬史上最高獲得賞金額保持馬であり、「世紀末覇王」とも呼ばれる。
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※この記事の馬齢表記には旧表記を用います

誕生~デビュー

1996年3月、杵臼牧場で誕生。
父はキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスなどを制したオペラハウス。母ワンスウエド、母の父がブラッシンググルームという血統だった。
今ならばなかなかの血統だが、当時は父オペラハウスがまだ種牡馬成績を残していなかった事、日本であまり活躍しないサドラーズウェルズ系の馬だった事もあり、そこまで注目度は高くなかった。
しかし、牧場を訪れた後のオーナー竹園正繼氏は「光輝いて見えた」とこの馬を高く評価した。

その後、セリに出された同馬は竹園氏に購入される。
上記の通り当時は全く注目される馬では無かったので、誰も競るものがおらず購入価格はスタート価格の1000万。
そんな馬が後に大活躍するのだから、世の中分からない物である。

1998年、栗東の岩元厩舎に入厩。
この時に、冠名の「テイエム」と父の名前の「オペラ」、サラブレッドの王になれという願いを込めて「オー」、つなげて「テイエムオペラオー」と名付けられた。

オペラオーがデビューしたのは8月、京都競馬場の3歳新馬戦。
単勝オッズ1.5倍の1番人気だったが、1着のクラシックステージに6馬身差ちぎられて完敗。
その後骨折を起こしてしまい、長い休養期間に入る事となった。

4歳時代

復帰したオペラオーはダートの未勝利戦へ向かい、2戦目で5馬身差つけての圧勝。
未勝利を脱し、500万下特別のゆきやなぎ賞も勝利した。

そして、初重賞として彼が挑んだのがGⅢ毎日杯。
このレースは皐月賞の前哨戦に位置付けられており、クラシックを狙う陣営が賞金を加算するために狙ってくる重賞レースである。
そしてこのレースで、オペラオーは2着のタガノブライアンに4馬身差つけて圧勝。
追加登録料を支払い、皐月賞へと向かった。

皐月賞

本番の、第59回皐月賞。
クラシック競走だけあり、後の菊花賞馬ナリタトップロードや、父サンデーサイレンスベガという良血馬アドマイヤベガなど、有力馬が集結した。
オペラオーは、単勝オッズ11.1倍の5番人気とあまり人気ではなかった。

しかしレースでは、最後の直線で末脚を爆発させ、オースミブライトをクビ差で制し1着。
クラシック1冠目、皐月賞を見事に制し、GⅠホースとなったのだった。

しかし、それからオペラオーは勝つ事が出来なくなってしまう。
クラシック2冠をかけ出走した日本ダービーでは、仕掛けが早すぎたのかナリタトップロードアドマイヤベガに差され3着。
秋初戦のGⅡ京都大賞典も3着に敗れる。
クラシック最後の1冠菊花賞では、2番人気に推されるもナリタトップロードを捉えきれず2着。
続くGⅡステイヤーズステークスも、ペインテドブラックにクビ差で敗れ2着。
年末のグランプリ有馬記念も3着に敗れる。
しかし、このレースではサイレンススズカエルコンドルパサーと並び「3強」と称されたグラスワンダー、未だサンデーサイレンス産駒の最高傑作と名高いスペシャルウィークにタイム差なしでゴールインしており、翌年以降の大躍進を予感させる結果となった。

古馬時代

オペラオーの年明け初戦は、GⅡ京都記念。
このレースでは、4歳時に敗れたナリタトップロードをクビ差で制し1着。
更に天皇賞(春)へのステップレース、GⅡ阪神大賞典も2着のラスカルスズカに2馬身半の差をつけて勝利した。

重賞2連勝を飾り、勢いに乗ったオペラオーは古馬の最高峰を決める戦い、GⅠ天皇賞(春)に出走した。
天皇賞でもラスカルスズカら同期馬に先着し、オペラオーは見事春の盾を手に入れた。

それからはもう、レースに出れば勝つこと勝つ事。
グランプリ宝塚記念に加え、天皇賞(秋)も制して春秋天皇賞連覇。
ジャパンカップでも当時世界最強と言われていたファンタスティックライト等を退け1着。
そして、年末のグランプリ有馬記念に出走したオペラオー。
多くの馬にマークされて進路が完全に塞がれたが、そんな中でも抜け出し1着。
見事に春秋グランプリ連覇を果たすと同時に、日本の古馬中長距離GⅠを完全制覇した。
ここまでで、オペラオーは重賞8連勝、GⅠレース5連勝を記録。
また、日本競馬にはいわゆる3冠とは別に、「秋古馬3冠」というものが存在している。
これは天皇賞(秋)・ジャパンカップ・有馬記念の3つのGⅠを同一年に制した場合に「秋古馬3冠馬」となり、特別報奨金1億円が贈られるという制度である。
オペラオーはこの制度の初達成馬となり、報奨金1億円を獲得した。
で、当然のように彼は年度代表馬に選出された。
ちなみに、彼の5歳時は文字通りの負け無しである。

そして翌年、オペラオーはGⅡ大阪杯に出走。
しかし、この時は大雪のため調整が遅れてしまったためか1番人気に推されながら4着に敗れてしまう。
しかし、次走の天皇賞(春)は1番人気に応え1着であり、天皇賞(春)連覇、秋と合わせて天皇賞3連覇の快挙を達成した。
この時点で、オペラオーはかの「皇帝」シンボリルドルフに並ぶGⅠ7勝を記録しており、宝塚記念ではGⅠ最多勝利数の記録更新がかかっていた。

            しかし、競馬界のジンクスは恐ろしかった。

宝塚記念で、オペラオーはライバルのメイショウドトウに敗れ2着。
秋初戦のGⅡ京都大賞典は2着入線だったが、1着のステイゴールドが斜行によって失格となり繰り上げ1着という結果であった。
本番の天皇賞(秋)では万能馬アグネスデジタルに敗れ2着。
さらに、ジャパンカップでもジャングルポケットの2着となった。

そして、年末のグランプリ有馬記念へ出走したオペラオー。
GⅠ最多勝利の記録更新を願ってか、単勝オッズ1.8倍の1番人気だった。

ところが、オペラオーはここでなんと5着。
ライバルのメイショウドトウにすら届かない、完敗であった。
そして、オペラオーはこのレースをもって引退し、種牡馬入りする事となった。

生涯獲得賞金はなんと18億3518万9000円。購入価格の約183.5倍である。
この額は、未だ世界競馬史上1位の獲得賞金額である。
また、2004年には顕彰馬に選出された。

その後繁殖入りしたオペラオーだったが、繁殖成績は芳しくは無い。
重賞勝ち馬は全て障害馬であり、中央の平地重賞を勝利した馬は1頭たりとも存在していないのである。
GⅠ馬に至っては障害競走ですら出ていない。
元々日本では成績が上がらない血統のサドラーズウェルズ系な事もあり、これから種牡馬として大成するかは微妙なところだろう。

ちなみに、彼は「世紀末覇王」と呼ばれる事もある。
活躍した時期が丁度世紀末だったため、圧倒的な強さと相まってそのような呼び名がついたのだろう。
ところで、彼の名前をよく見ると「テイエムオペラオー」だが・・・確かに世紀末覇王っぽい。

競走成績

3歳時

3歳新馬 1着

4歳時

4歳未勝利 4着
4歳未勝利 1着
ゆきやなぎ賞 1着
毎日杯(GⅢ) 1着
皐月賞(GⅠ) 1着
東京優駿(GⅠ) 3着
京都大賞典(GⅡ) 3着
菊花賞(GⅠ) 2着
ステイヤーズステークス(GⅡ) 2着
有馬記念(GⅠ)

5歳時

京都記念(GⅡ) 1着
阪神大賞典(GⅡ) 1着
天皇賞(春)(GⅠ) 1着
宝塚記念(GⅠ) 1着
京都大賞典(GⅡ) 1着
天皇賞(秋)(GⅠ) 1着
ジャパンカップ(GⅠ) 1着
有馬記念(GⅠ) 1着

6歳時

大阪杯(GⅡ) 4着
天皇賞(春)(GⅠ) 1着
宝塚記念(GⅠ) 2着
京都大賞典(GⅡ) 1着(2着入線後繰り上げ)
天皇賞(秋)(GⅠ) 2着
ジャパンカップ(GⅠ) 2着
有馬記念(GⅠ) 5着

関連タグ

競馬 競走馬 メイショウドトウ

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