概要
日本の中央競馬においては、牡馬クラシック競走の場合皐月賞・東京優駿(日本ダービー)・菊花賞、牝馬クラシックの場合桜花賞・優駿牝馬(オークス)・秋華賞のいずれか2レースを制した競走馬のことを指す。
なお、時代によって対象レースの名前は異なるほか、牝馬の三冠目はレースそのものが何度か変わっている。
二冠馬一覧
数字は着順、×は不出走。三冠馬は変則三冠のクリフジを除き除外。
クラシック三冠
馬名 | 開催年 | 皐月賞 | 東京優駿 | 菊花賞 | 備考・解説 |
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クリフジ | 1943年 | × | 1 | 1 | 牝馬だが便宜上ここに記載。デビュー遅れのため横浜農林賞典四歳呼馬(現在の皐月賞)には出られなかった。同年の優駿牝馬も制し変則三冠を達成、11戦全勝という成績を残した |
トサミドリ | 1949年 | 1 | 7 | 1 | 初代三冠馬セントライトの半弟。ダービー敗戦後は11連勝し、後に種牡馬としても活躍 |
クモノハナ | 1950年 | 1 | 1 | 2 | 小岩井農場最後のダービー馬 |
トキノミノル | 1951年 | 1 | 1 | × | 10戦全勝で二冠を制したが、ダービーの17日後に破傷風であまりにも早すぎる死を迎えた「幻の馬」 |
クリノハナ | 1952年 | 1 | 1 | × | 故障し菊花賞を回避 2着は2戦とも牝馬タカハタ |
ボストニアン | 1953年 | 1 | 1 | 2 | |
ダイナナホウシユウ | 1954年 | 1 | 4 | 1 | |
コダマ | 1960年 | 1 | 1 | 5 | 無敗二冠馬。「ナタの切れ味」と呼ばれた三冠馬シンザンとの対比で「カミソリの切れ味」と評された |
メイズイ | 1963年 | 1 | 1 | 6 | |
タニノムーティエ | 1970年 | 1 | 1 | 11 | ノド鳴りで菊花賞は惨敗、結果的にそれが引退レースとなった |
ヒカルイマイ | 1971年 | 1 | 1 | × | サラ系な上に劣悪な環境で育った為全く期待されない存在だったが、驚きの太閤出世。菊花賞は屈腱炎で回避しそのまま引退 |
タケホープ | 1973年 | × | 1 | 1 | 皐月賞はトライアルで敗れ出走できず。2022年現在ダービーと菊花賞の二冠を達成した最後の馬。 |
キタノカチドキ | 1974年 | 1 | 3 | 1 | |
カブラヤオー | 1975年 | 1 | 1 | × | 臆病な気性に起因する超ハイペースな逃げ戦法で「狂気の逃げ馬」と呼ばれた。屈腱炎で菊花賞回避 |
カツトップエース | 1981年 | 1 | 1 | × | 低人気だったが二冠を達成する。菊花賞は脚部不安のため回避、そのまま引退 |
ミホシンザン | 1985年 | 1 | × | 1 | 骨折しダービーを回避 |
サクラスターオー | 1987年 | 1 | × | 1 | 腱靭帯炎でダービーは回避。菊花賞の名実況「菊の季節にサクラが満開!」と、次走の有馬記念での故障により悲劇的な最期を遂げたことでも有名 |
トウカイテイオー | 1991年 | 1 | 1 | × | 三冠馬シンボリルドルフの息子。父と同じく無敗で二冠を達成したが、ダービーの直後に故障し菊花賞は回避 |
ミホノブルボン | 1992年 | 1 | 1 | 2 | 無敗の二冠馬(上述のテイオーと2年連続) |
サニーブライアン | 1997年 | 1 | 1 | × | 低人気で二冠を達成し「カツトップエースの再来」と呼ばれたがダービーの最中に骨折、屈腱炎も重なり以降出走なく引退。ダービーでの実況「これはもうフロックでも何でもない!二冠達成!!」で有名 |
セイウンスカイ | 1998年 | 1 | 4 | 1 | |
エアシャカール | 2000年 | 1 | 2 | 1 | わずか7cm差でアグネスフライトに競り負け、「準三冠馬」と呼ばれた。「河内の夢か!豊の意地か!どっちだーっ⁉」の実況は今でも語り継がれる |
ネオユニヴァース | 2003年 | 1 | 1 | 3 | 外国人騎手による初の二冠達成(M.デムーロ) |
メイショウサムソン | 2006年 | 1 | 1 | 4 | |
ゴールドシップ | 2012年 | 1 | 5 | 1 | |
ドゥラメンテ | 2015年 | 1 | 1 | × | メイン画像右側。故障し菊花賞を回避。彼が9歳で没した2021年、初年度産駒タイトルホルダーが菊花賞を勝ち、文字通り父に「菊の花」を手向けた |
牝馬三冠
三冠目は時代により異なる。
1969年以前は菊花賞、1970年~1975年はビクトリアカップ、1976年~1995年はエリザベス女王杯が対象だった。
馬名 | 開催年 | 桜花賞 | 優駿牝馬 | 三冠目 | 備考・解説 |
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クリフジ | 1943年 | × | 1 | 1 | 三冠目は菊花賞。ダービーと変則三冠。 |
ブラウニー | 1947年 | 1 | × | 1 | 同期は変則二冠馬トキツカゼ。もう一冠は菊花賞。2023年現在最後の菊花賞牝馬となっている。菊花賞はレコード勝ちである。1947年は菊花賞と同日にオークスが行われていたという一切三冠牝馬を誕生させる気のない史上唯一の年だった。因みに勝者は今年度の皐月賞馬であるトキツカゼである。これまた史上唯一同日に二冠牝馬(トキツカゼは変則)が誕生した年でもある。いくらなんでもはちゃめちゃすぎる。 |
スウヰイスー | 1952年 | 1 | 1 | 2 | 「スウィイスー」と読む。本当は「スウヰトスー」(読み「スウィートスー」)と登録したかったが、調教師が聞き間違えてこの名に |
ヤマイチ | 1954年 | 1 | 1 | 3 | |
ミスオンワード | 1957年 | 1 | 1 | 10 | 無敗の二冠馬 |
カネケヤキ | 1964年 | 1 | 1 | 5 | 菊花賞の勝ち馬はシンザン。つまり二冠馬同士の対決が行われた |
アチーブスター | 1972年 | 1 | × | 1 | ここから三冠目はビクトリアカップ。オークスは休養のため登録せず |
ニットウチドリ | 1973年 | 1 | 2 | 1 | |
トウコウエルザ | 1974年 | × | 1 | 1 | 桜花賞は賞金不足のため出られず |
テスコガビー | 1975年 | 1 | 1 | × | ビクトリアカップは捻挫し回避。桜花賞の実況「後ろからは何にも来ない!」が有名。菅原泰夫騎手はカブラヤオーと合わせて同年のクラシック5冠のうち4冠を達成 |
テイタニヤ | 1976年 | 1 | 1 | 4 | ここから三冠目はエリ女。幼少期に母馬が育児放棄したため、牧場長の妻に育てられた。競馬ゲーム「ウイニングポスト3」ではこのエピソードにちなんだイベントが発生する |
インターグロリア | 1977年 | 1 | 14 | 1 | |
ハギノトップレディ | 1980年 | 1 | 17 | 1 | |
マックスビューティ | 1987年 | 1 | 1 | 2 | |
ベガ | 1993年 | 1 | 1 | 3 | |
メジロドーベル | 1997年 | 2 | 1 | 1 | ここから三冠目は秋華賞 |
ファレノプシス | 1998年 | 1 | 3 | 1 | |
テイエムオーシャン | 2001年 | 1 | 3 | 1 | |
カワカミプリンセス | 2006年 | × | 1 | 1 | 無敗牝馬二冠 桜花賞は賞金不足で出られず |
ダイワスカーレット | 2007年 | 1 | × | 1 | オークスは熱で回避 |
ブエナビスタ | 2009年 | 1 | 1 | 3 | 秋華賞は2位入線したが、進路妨害により降着処分 |
メイショウマンボ | 2013年 | 10 | 1 | 1 | |
ミッキークイーン | 2015年 | × | 1 | 1 | メイン画像左側。桜花賞は抽選漏れで出られず |
スターズオンアース | 2022年 | 1 | 1 | 3 | 桜花賞のみ川田将雅が騎乗 |
チェルヴィニア | 2024年 | 13 | 1 | 1 | 桜花賞のみB.ムルザバエフが騎乗 |
変則二冠
上述した競走のうちどれか1つと、他の年齢限定競走を制した馬は「変則二冠馬」と呼ばれることがある。
馬名 | 開催年 | 性別 | 一冠目 | 二冠目 | 備考・解説 |
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トキツカゼ | 1947年 | 牝 | 皐月賞 | 優駿牝馬 | 上記ブラウニーの同期(牡牝二冠) |
キングカメハメハ | 2002年 | 牡 | NHKマイルカップ | 東京優駿 | |
ラインクラフト | 2005年 | 牝 | 桜花賞 | NHKマイルカップ | |
ディープスカイ | 2008年 | 牡 | NHKマイルカップ | 東京優駿 |
幻の二冠馬
1944年のダービー馬。同年の菊花賞(「長距離特殊競走」という名称)も1着で入線したが、前年からコースが変更されていた上にジョッキーへ連絡が行き届いていなかったため、全員コースを間違えて失格(競走不成立)という珍事が発生、幻の二冠馬となった。引退後は名古屋で軍馬となったが、名古屋大空襲の際の混乱で厩舎から脱走し、その後の消息は不明となった。