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果てなき物語
負けん気の強い彼女の子は
男まさりの女帝となり
その娘もまた
優美な女王として名を馳せた。
そして女王の遺児は
気鋭の勇将として
荒々しく世を統べる。
子らに伝わる野性と
孫たちに受け継がれる品格。
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宿命
願いをひとつ叶えるために
どれほどの汗をぬぐい
涙を流さなければならないのか
ましてやふたつみっつと
夢の実現を積み重ねようと思えば
だが見ているがいい
すこぶる底意地の悪い
お前が投げつけてくる石礫など
躱しきり跳ね除けてみせよう
たとえ斃れても朽ち果てぬ
たゆまずに未来へと進もう
尊くも過酷な我らの生き様だ
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誘導
- 2012年生まれ、2021年没の日本の競走馬・種牡馬。
- 『ウマ娘プリティーダービー』にて1をモチーフとして登場するウマ娘。→ドゥラメンテ(ウマ娘)
当記事では1に関して解説する。
検索時の支障となるため、2にあたる作品にはリンク先のタグのみを使用する事を強く推奨する。
プロフィール
生年月日 | 2012年3月22日 |
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死没日 | 2021年8月31日(9歳没) |
英字表記 | Duramente |
性別 | 牡 |
毛色 | 鹿毛 |
父 | キングカメハメハ |
母 | アドマイヤグルーヴ |
母の父 | サンデーサイレンス |
主戦騎手 | ミルコ・デムーロ |
競走成績 | 9戦5勝 |
馬名はイタリア語で「荒々しく、はっきりと」を意味する音楽用語。
父は2004年に史上初めてNHKマイルカップ・日本ダービーの変則二冠を達成し、種牡馬としても2010年・2011年と2年連続で日本のリーディングサイアーに輝くなど大成功を収めた「大王」キングカメハメハ。その父系をたどれば、一大父系を築いたミスタープロスペクターや、さらにアメリカで大活躍して「grayghost(灰色の幽霊)」「grayphantom(灰色の幻影)」の異名で呼ばれ、そして種牡馬としても大活躍したネイティヴダンサーにたどり着く。
また母父サンデーサイレンス、母母父トニービン、母母母父ノーザンテーストと、父を含め4頭のリーディングサイアーの血が入っている筋金入りの良血馬であり、文字通りのサラブレッドである。
母系を見ても、母アドマイヤグルーヴは2003年・2004年のエリザベス女王杯を連覇。アドマイヤグルーヴはドゥラメンテを出産した年の10月に亡くなっており、ドゥラメンテはその最後の仔である。祖母は「女帝」エアグルーヴ、曾祖母は1983年のオークス馬ダイナカールと、歴戦の猛者が血統に入っている。
曾祖母ダイナカールから、⇒ エアグルーヴ ⇒ アドマイヤグルーヴ ⇒ ドゥラメンテで親子4代GI制覇達成を果たしている(正確にはダイナカールはグレード制導入前ではあるが)。
デビュー前
誕生~中期育成
2012年3月22日、ノーザンファームで誕生する。幼少期を同じ放牧地で過ごした幼馴染には現役時代はライバルとしてぶつかることになるリアルスティール、後の重賞2勝馬レーヴミストラル、ブリクストがいた。幼少期のドゥラメンテは1頭でボーっとしていることが多かったという。
秋になり、離乳したドゥラメンテは中期育成のため、ノーザンファームYearlingへ巣立っていくが、間もない10月15日、母アドマイヤグルーヴは胸部出血のため急死した。
翌2013年、ドゥラメンテはサンデーレーシングにて募集価格1億円で募集されることになる。
後期育成
後期育成はノーザンファーム早来牧場林厩舎にて行われた。同じ屋根の下で鍛えれた同期の育成馬には後のジャパンカップウィナーシュヴァルグランがいる。
2014年8月になり、入厩に向けた調教が開始されたが、そこでドゥラメンテは自身の可能性を周囲に示すことになった。クラシックを湧かせた馬から得られるものかあればということで、併せ馬の相手として選ばれたのは休養で林厩舎に帰省していた1歳年上のトーセンスターダム。そして速めの調教になったのにもかかわらず、ドゥラメンテはスターダムと併走しながら坂路を駆け上がっていった。驚いた林厩舎長は翌週もまた2頭で併せ馬を行ったが、ドゥラメンテの切れ味は更によくなっていった。なお、トーセンスターダムが3年後にオーストラリアの地でGIを2勝することになるのはまた別の話である。
後期育成を終えたドゥラメンテは林厩舎を旅立ち、美浦トレーニングセンター堀厩舎へ入厩する。ドゥラメンテは当歳時は骨の成長が早かった反面やや馬体が薄く、クラブで募集された時には少し繋ぎが硬いところがありすべてのバランスが良かったわけではなかったので、「ある程度じっくりやってくれる厩舎がいい」ということで堀厩舎が選ばれた。
現役時代
デビューからクラシックまで
2014年10月、美浦・堀宣行厩舎からデビュー。デビュー戦は出遅れてしまい、2着に敗れる。なお、次の未勝利戦は圧勝するも、ゲート内で立ち上がったために発走調教再審査が課されるというオチがついた。
2015年2月1日のセントポーリア賞でも圧勝。中1週で共同通信杯を目指すこととなった。
共同通信杯でも圧倒的な1番人気に推されるものの、そこで立ちはだかったのは幼少期を共に過ごしたリアルスティール。道中では折り合いを欠くドゥラメンテに対し、リアルスティールはスムーズにレースを運び、共同通信杯を制覇。ドゥラメンテは2着に終わった。
主役は俺たちだ
不器用がために力を発揮しきれず、収得賞金を積めていない状態でクラシックに挑むことになったドゥラメンテ。当然、皐月賞も収得賞金不足で出走は難しい状態であった。
しかし、出走馬が36年ぶりにフルゲートに満たなかったため、奇跡的に出走が叶った。
新パートナーには同年2月にJRA通年免許を取得したミルコ・デムーロ騎手を迎え、皐月賞に備えた追い切りを行った。相手は同じく通年免許を取得したクリストフ・ルメールを鞍上に迎えた同厩の同期サトノクラウン。併せ馬ではサトノクラウンに豪快に先着されたものの、折り合い重視の追い切りで成長を見せた。
そして迎えた皐月賞。3番人気のドゥラメンテに対し、1番人気はここまで3戦無敗のステーブルメイトサトノクラウン、2番人気は前走で敗北した同郷リアルスティール、4番人気はクラウン同様ここまで3戦無敗のキタサンブラック。
レースでは逃げたクラリティスカイが緩みのないペースを作り出す。キタサンブラックが2番手につけ、リアルスティールは好位勢を見るポジション。その後ろにダノンプラチナが控え、ブライトエンブレムは内から位置取りを上げていく。そして、サトノクラウン、ドゥラメンテ、ベルーフが末脚に懸けるべく後方を行く。
第3コーナー手前からジワリと進出するドゥラメンテ。馬群が固まってきたその時、
おーとっと!ぶつかったぶつかった!
弾き飛ばされたのはドゥラメンテ、不利がありました
第4コーナー、大歓声に驚いたドゥラメンテは内側から大外まで大斜行。ここに来て不器用さがために大きくロスしてしまう。
直線では、前方でリアルスティールが抜け出し、キタサンブラックらを突き放して必勝のリードを築こうとしている。
しかし、すぐさま体勢を立て直すと、ドゥラメンテはここから凄まじい脚を見せつける。
外からリアルスティール、200を切った
内で懸命にキタサンブラック
キタサンブラック!リアルスティール!
外からドゥラメンテ!
外からなんと、ドゥラメンテ!
これほどまでに強いのか!?ドゥラメンテ!!
瞬く間に先行勢を交わし去り、さらに1馬身1/2突き抜けて、ゴールを果たすドゥラメンテ。初重賞制覇を初GI制覇で成し遂げるともに前走で敗北した2着リアルスティールへのリベンジを果たした。
なお、大斜行で3頭の進路を妨害したとして、鞍上のデムーロ騎手はレース後開催4日間の騎乗停止処分となり、天皇賞(春)に出走できなくなるオチがついた。
最強の大王を超えろ!
次走は日本ダービー。出走馬にはリアルスティールと同じく幼少期を共に過ごしたレーヴミストラルも加わった(なお、シュヴァルグランは京都新聞杯8着敗退でダービー出走は叶わなかった)。
今回は落ち着いて中団でレースを進めると、(最終コーナーで勢い余って斜行しながらも)直線でまたも怒涛の末脚が炸裂。迫るサトノラーゼンやサトノクラウンを寄せ付けず1馬身余り突き放してゴールし、二冠達成。
勝ちタイムは2分23秒2。かつて父キングカメハメハが死のダービーにて地獄のハイペースの中、叩き出した極限のレコードを0.1秒更新するレコードタイムであった。
デムーロ騎手はネオユニヴァースに続く2度目の二冠達成となり、ダービー2勝も達成。
インタビューでは「ネオのときは“ガイジン”騎手でした。でも、今回はJRAの騎手。今年試験に受かって本当に良かった。日本の騎手になったという実感がよりわきました」と涙ながらに語った。
ダービー後はノーザンファーム早来牧場林厩舎に帰省し、先に戻っていたシュヴァルグラン共々、休養していたが、ここで骨折が判明。陣営は次走は 菊花賞か凱旋門賞かと迷っていたが、回避し、年内は休養にあてることになった。
残る一冠菊花賞にはライバルリアルスティールが挑むも、キタサンブラックに及ばず2着となった。
秋シーズンは全休を余儀なくされたものの皐月賞、東京優駿のクラシック春2冠制覇が大きく評価され、2016年1月6日に行われた2015年度JRA賞受賞馬選考委員会において、投票数291票中285票という得票数で2015年JRA賞最優秀3歳牡馬を受賞した。
夢の果てに
2016年2月の中山記念で9ヶ月ぶりに復帰し、これを制覇。重賞3勝目を果たす。
陣営は、次走はドバイ国際競走出走を予定し、その後の経過によっては凱旋門賞も視野に入れているとコメント。3月3日、ドバイシーマクラシック出走が正式に発表された。
ドバイワールドカップデー当日。
日本勢は(出国前の検疫厩舎で大先輩ホッコータルマエに吠え散らかしていた)ラニがUAEダービー、お馴染みリアルスティールがドバイターフを制覇。
そんな中、ドゥラメンテはパドックで堀調教師に頭突きし眼鏡を吹っ飛ばす、馬場入場後に右前脚の蹄鉄を落鉄するも暴れまくって蹄鉄の打ち直しができない…など大暴れ。なんと蹄鉄を付けないまま、そのままドバイシーマクラシックに出走。その影響もあってイギリスのポストポンドの2着に敗れた。
帰国後、宝塚記念に出走。
ここでは牝馬のマリアライトに敗れ2着となる。ゴール直後に歩様が乱れレース後に下馬し、左前肢ハ行とする診断がなされた。
3日後の6月29日、複数の靭帯、腱の損傷によって獣医師から競走能力喪失の診断が下され、ここで無念の引退となった。
リベンジ
翌年2017年の宝塚記念。
そこにはかつて切磋琢磨する関係であったサトノクラウンと彼に騎乗するかつての主戦騎手デムーロ騎手の姿があった。
レースではサトノクラウンが中団から力強く伸びて差し切り、香港ヴァーズに続く2度目、国内では初のGI制覇を成し遂げた。
レース後にデムーロ騎手は次のように語った。
「ドゥラメンテは故障して全部夢がなくなった。リベンジができてうれしい」
「(サトノクラウンとのコンビで)凱旋門賞に行きたい。どこでも行きたい」
引退後
引退後は種牡馬入りした。
父キングカメハメハ、母父サンデーサイレンス、母母父トニービンと、大種牡馬3頭の血を引いているため、配合相手がかなり限られてしまうという懸念もあったが、それでも2020年に第一世代産駒がデビュー。
その第一世代から、2021年3月にタイトルホルダーが弥生賞ディープインパクト記念(GⅡ)を制し、産駒の重賞初勝利を挙げた。
しかし2021年8月31日19時頃、急性大腸炎で死亡。わずか9歳という若さだった。関係者によると1週間ほど前から脚の怪我を治療しており、予後も良好だったのだが、死の前日から症状の兆候が見え始めて急激に体調が悪化していったという。
共に皐月賞・ダービーを制したミルコ・デムーロはドゥラメンテの早逝の報に「僕が乗った中で一番強い馬で間違いない。半端ない瞬発力、すごかった」とその死を惜しんだ。その直後の日曜、デムーロは新潟記念(GⅢ)でマイネルファンロン(ステイゴールド産駒。オークス馬ユーバーレーベンの半兄)を12番人気から重賞初制覇に導き、ドゥラメンテへの手向けの勝ち星を挙げた。
そしてドゥメランテの死から約2ヶ月後の2021年10月24日、父が骨折により走ることすら叶わず三冠馬への夢を絶たれた菊花賞の舞台で、初年度産駒タイトルホルダーが横山武史を鞍上に逃げ切り勝利を達成。ドゥラメンテ産駒初のGⅠ制覇を挙げ、父への弔い星を捧げることとなった。
さらにタイトルホルダーは翌2022年に天皇賞(春)・宝塚記念をも制し、上半期の現役最強馬の座を手に入れた。
牝馬でも芝で善戦していたアイコンテーラーが5歳にしてダート路線へ舵を切ったことが功を奏し、2023年JBCレディスクラシックを勝利して一気にGⅠ級ホースに上り詰めた。
第二世代産駒からもスターズオンアースが2022年の桜花賞と優駿牝馬を制して牝馬二冠を達成。さらにヴァレーデラルナが同年のJBCレディスクラシックを勝利し、産駒のダートGI級競走初勝利を達成(上述のアイコンテーラーの方が年上だが、先に勝利したのはヴァレーデラルナの方)。
第三世代からはリバティアイランドが阪神JFを制して2歳女王に君臨し、さらにドゥラエレーデがホープフルステークスを14番人気から勝利したことで2歳GI馬が2頭も誕生。これにより2022年のG1はドゥラメンテ産駒4頭で累計6勝(Jpn1を含めれば7勝)するというとんでもない結果を叩き出した。
さらに翌2023年にはリバティアイランドが桜花賞と優駿牝馬を制した他、シャンパンカラーが9番人気からNHKマイルカップを勝利し、牡馬マイルGIまでも制した。そして秋、アニメ「ウマ娘プリティーダービーSeason3」にて、主人公キタサンブラックのライバルとしてウマ娘ドゥラメンテが電撃登場。皐月賞・日本ダービーの二冠やその後の骨折といった史実が描かれていた最中、春二冠を制したリバティアイランドが秋華賞を制覇して史上7頭目の三冠牝馬となり、父が逃した三冠の夢を実現した。
加えてドゥレッツァが4連勝から菊花賞へ出走し、キタサンブラック産駒ソールオリエンス(皐月賞馬)、サトノクラウン産駒タスティエーラ(ダービー馬)を下して勝利。同期3頭の産駒で三冠を分け合うというドラマも生まれた他、これでドゥラメンテ産駒は3年連続でクラシックホース(及び2年連続で二冠牝馬)を輩出することとなった。
更に2024年にはルガルが9番人気からスプリンターズステークスを勝利し産駒の短距離GI初制覇となった。
このように種牡馬としてのドゥラメンテは、初年度産駒デビューから4年でGⅠ級競走優勝馬を8頭(三冠牝馬及び牝馬二冠馬を含む)輩出・GⅠ勝利馬のうち3頭がJRA賞受賞という、当初の期待に見合う(あるいはそれ以上の)驚異的な成績を叩き出している。ライバルであるキタサンブラックもイクイノックスやラヴェル、ソールオリエンスなど多くの有力馬を既に輩出しつつあり、前述の産駒たちの活躍やキタサンブラックとのリーディング争いへの期待などから、競馬ファンには産駒が活躍する度にその早逝を惜しまれることが半ば比喩抜きでテンプレートとなりつつある。
そして2023年、長らく日本種牡馬界に覇権を築いたディープインパクトが現役産駒の減少もありついにリーディングサイアーの座を譲ることが確定的となり、次代の覇権を巡る種牡馬戦国時代の幕開けの中、ドゥラメンテは同じキングカメハメハ系の双璧たる龍王ロードカナロアと12月まで熾烈なリーディング争いを繰り広げる。最後は12月24日の有馬記念、スターズオンアースが2着・タイトルホルダーが3着に食い込み、2頭で3億3000万円を獲得。これでロードカナロアを逆転し、2023年JRAリーディングサイアーを内定させた。ただ、地方も含む総合リーディングサイアーでも暫定首位に立つが決着がついておらず、有馬記念後も僅差であったため逆転の可能性が残っていたが、ドゥラエレーデが12月のダートGI2戦を共に3着、特に東京大賞典の3着が決め手になり死守に成功。これによって総合リーディングサイアーでも首位を獲得(出典)。2023年は最も賞金を稼いだ産駒として名をとどろかせることとなった。
産駒たちの距離適性や脚質も多様で、「種牡馬としての欠点はもうこの世にいないことだけ」とまで言われるようになったが、タイトルホルダーが先述の2023年有馬記念をラストランとして種牡馬入りするなど、後継種牡馬も出つつある。
彼ら数少ない産駒たちが、必ずやその血を後世に繋いでくれると信じよう。
主な産駒(GⅠ級競走優勝馬のみ、順不同)
初年度産駒
2年目産駒
3年目産駒
- リバティアイランド
- 主な勝ち鞍:2022年阪神ジュベナイルフィリーズ、2023年牝馬三冠(桜花賞・優駿牝馬(オークス)・秋華賞)
- 表彰歴:2022年JRA賞最優秀2歳牝馬、2023年JRA賞最優秀3歳牝馬
- ドゥラエレーデ
- 主な勝ち鞍:2022年ホープフルステークス(他2023年UAEダービー2着)
- シャンパンカラー
- 主な勝ち鞍:2023年NHKマイルカップ
- ドゥレッツァ
- 主な勝ち鞍:2023年菊花賞
- ルガル
- 主な勝ち鞍:2024年スプリンターズステークス
関連タグ
リアルスティール:同期にして幼馴染。対戦成績はドゥラメンテの4戦3勝1敗。
シュヴァルグラン:同期にして林厩舎で育成された同窓。対戦成績はドゥラメンテの1戦1勝。
サトノクラウン:同期にして同じ堀厩舎。調教師曰く「一番のライバル」。対戦成績はドゥラメンテの3戦3勝。
キタサンブラック:同期。対戦成績はドゥラメンテの3戦3勝。また、ドゥラメンテの2021年生まれの産駒に半弟のシュガークンがいる。
ネオユニヴァース:同じくデムーロ騎手で二冠達成。彼は「ネオユニヴァースに似てるね。本当に強い馬」「馬体がそっくり。それから頭、考え方みたいなものもよく似ている」と評している。
タイトルホルダー:産駒。先述した通り2021年の菊花賞を制覇し、父への弔い星と最後の一冠を同時に勝ち取った。翌年には天皇賞(春)・さらには父が生前獲れなかった宝塚記念も優勝し、こちらも父への悲願達成となり現時点での最高傑作との呼び声も高い。
スターズオンアース:産駒。先述した通り2022年の桜花賞・優駿牝馬を制覇し、牡馬牝馬の違いこそあれど父と同じ二冠馬に輝いた。一方で優駿牝馬後に骨折が判明するという父と同じいばらの道を歩むこととなったが、こちらは幸いにも軽症で直行ながら最後の一冠・秋華賞に参戦。三冠は逃したが休養明けで3着と健闘した。
ドバイミレニアム:99世代のイギリス生まれ、イギリス・UAE調教の競走馬。生涯成績10戦9勝。短い競走生活ながらも唯一落としたダービーステークス以外はすべて圧勝するという成績を残すも、種牡馬入り後は難病により早逝。しかし、わずか1世代の産駒がサイアーラインを繋ぐというこれ以上にない奇跡を起こしたことで有名な馬。そのため、残された数少ない産駒が途轍もない活躍を残したドゥラメンテを「日本のドバイミレニアム」と呼ぶ海外の競馬ファンも居る。