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クリストフ・ルメール

くりすとふるめーる

クリストフ・ルメールは、JRA(日本中央競馬会)に所属するフランス出身の騎手である。(メイン画像右の人物)
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※:メイン画像左のキャラクターはサトノダイヤモンド(ウマ娘)。ルメール騎手は彼女のモチーフとなったサトノダイヤモンド号の主戦騎手だった。

経歴

1979年5月20日生まれ。フランス出身。
フルネームはクリストフ・パトリス・ルメール(Christophe Patrice Lemaire)。ミドルネームはフランスにおいて障害競走の騎手として活躍した父の名前から取ったもの。

1999年騎手免許を取得してデビュー。
父の勧めもあり、騎手学校ではなく一般の高等学校に入学し、学校が休みの週末に厩舎を出入りすることで騎乗技術を磨いて騎手となった。ちなみに騎手学校に通わず騎手になるというのは、フランスでは障害騎手によく見られる例で、平地騎手としては稀な例である。

  • また、後のJRA所属騎手としては珍しい高卒ジョッキーでもある(他の高卒ジョッキーとしては細江純子武邦彦小牧加也太など)。

2002年に初来日。
当初は地方のローカル競馬を中心に活躍する一方、GⅠでは後一歩の所で勝利を逃してしまうことが多かったが、2005年有馬記念において同年の天皇賞(秋)からコンビを組んでいたハーツクライに騎乗し、武豊が駆る無敗の三冠馬ディープインパクトを破り優勝。自身初のGⅠ制覇を成し遂げた。
同レースではそれまで後方待機の追込馬だった同馬を先行策で運用してディープインパクトを完封し、このことについて非難も集まった一方でそれ以上の賞賛を集め、一気にその名を轟かせることとなる(本レースは今でもルメール騎手の思い出のレースとなっており、後に2回目の有馬記念制覇を成し遂げた際に触れられた折には、それまでの泣き顔が嘘のように一瞬で笑顔に変わる様を見せていた)。
2006年ドバイシーマクラシックでもハーツクライで優勝。以後、同年のキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス(3着)、ラストランとなったジャパンカップ(10着)に至るまでハーツクライとコンビを組んだ。

その後も毎年短期免許を取得して来日し、2007年には外国人騎手として4人目となる中央競馬100勝を挙げてもいる。この間、2010年からは世界的オーナーブリーダー(馬主兼生産者)として知られるアーガー・ハーン4世と専属騎乗契約を結び、フランスにおける同氏の主戦騎手を務めていた。

しかし2014年にその契約を打ち切られ、「フランスでの競馬に対するモチベーション維持が難しくなった」として、前年から外国人騎手の通年騎乗を解禁した日本への移籍を決意。2015年JRAの騎手免許試験に合格し、同時に合格したミルコ・デムーロと共に通年免許を取得した。
...が、初騎乗を翌日に控えた同年2月27日、調整ルームでTwitterを起動してリツイートをしてしまい、騎乗前日から通信機器等の使用を禁じる規則(八百長などの不正防止が目的だが、日本以外にはこの制度がない)に抵触して一ヶ月間の騎乗停止処分を受けてしまう。
しかし処分後の同年4月4日に改めてデビュー。翌5日にラキシスで大阪杯(当時GⅡ)を勝利、移籍後の初勝利を重賞タイトルで飾った。 

2016年にはサトノダイヤモンド菊花賞初勝利を挙げ、勢いそのままに同年の有馬記念も勝利し、先述のハーツクライ以来となる実に11年ぶりの同レース制覇を成し遂げた。この時のインタビューでは、感極まって泣いておりその中で発した「競馬は時々難しいけど、今日は素晴らしい」という一文は一部の競馬ファンの中で語り継がれる名言扱いとなっている。

2017年にはレイデオロ日本ダービー初勝利を挙げる。

2018年アーモンドアイ牝馬三冠を達成。さらに次走のジャパンカップでは2分20秒6の2400mの世界記録を打ち立てた。
この年は最終的に215勝を挙げ、武豊が記録した212勝を更新した。

2018年天皇賞・春をフィエールマンで制覇し、保田隆芳・武豊に続く史上3人目の八大競走完全制覇を達成。4月28日には新潟競馬場でJRA通算1000勝を最少騎乗回数(5122戦目。それまでの記録は野平祐二元騎手の5,209戦)で達成した。

2021年には初めてコンビを組んだクロノジェネシス宝塚記念を初勝利、同馬をゴールドシップ以来の宝塚記念連覇に導いた。その後、年末の有馬記念にも臨み、史上初のグランプリ4連覇を狙ったが、道中エフフォーリアに徹底マークされ、また同じく本レースをラストランとするキセキが常に目の前に立ちはだかり馬群から抜け出せなかったことが影響し、3着に終わった。

2022年9月現在で未勝利のGⅠは高松宮記念大阪杯(先述したようにGⅡ時代の2015年に勝っている)、朝日杯フューチュリティステークスホープフルステークスの4つである。 

主な騎乗馬


余談 

クリスマス・ルメール? 

2022年暮れ時点で有馬記念を3回制している彼であるが、勝ち星を上げる有馬記念にはある共通点がある。 
それは、クリスマス開催の有馬記念という点だ。 
2022年に優勝した際には、「二度あることは三度ある」とインタビューで満面の笑みと共に、このことを語っていた。
また、唯一クリスマス開催で優勝を逃した2011年(この年の勝ち馬はオルフェーヴルだった)もエイシンフラッシュに騎乗して2着に食い込んでおり、連対率100%という記録を保持している。 
また、2022年暮れの有馬記念に向けてフジテレビ・みんなのKEIBAのYouTube公式チャンネルより4日連続公開された「【消えた1番人気】」シリーズでは、武豊ともども4作品中2作品で主役級扱いを受けていた(もっとも1作品目はアーモンドアイで大敗を喫した有馬記念2019とまさしく主役であったが、2作品目はハーツクライでディープインパクトを完封した有馬記念2005の伏兵としての主役扱いであったが)。 

外枠得意のスキル保持者? 

一般的には距離ロスが多く不利とされる外枠、特に大外枠(8枠18番など)に入った時に勝利を挙げることが多く、麒麟川島はカンテレ制作の麒麟川島の馬いい話。の中で「ルメールの外枠は、内枠」と称している。 

関連動画

2005年有馬記念


2018年ジャパンカップ


ウマ娘プリティーダービーCM


「ルメールも楽しメール!!」
サトミホースカンパニーの勝負服を着用し、自身が主戦騎手を務めたサトノダイヤモンドを育成しながら上記のセリフを喋った。
駄洒落ということで考案したのは十中八九あのウマ娘ではないかとネタにされた。(そして女帝のやる気は下がった。)

関連タグ

JRA 騎手
ミルコ・デムーロ:同期にしてライバル。ミルコからは「全く別の騎手」「(四六時中競馬のことを考えている自分と比べて)週末だけ騎乗のことを考えてプライベートを大事にしているのに、あれだけの成績を出せるのが羨ましい」と評されている。ちなみにプライベートでの仲は良く、2017年の「ファンと騎手の集い」ではミルコをターゲットとしたドッキリの仕掛人となった。 

クロエ・ルメール

外部リンク

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