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誘導

  1. 競走馬(88世代
  2. 1をモチーフとしたウマ娘プリティーダービーに登場するウマ娘。→オグリキャップ(ウマ娘)
  3. 漫画日常(あらゐけいいち)に登場する水上麻衣が飼っている犬。


こちらでは1に関して解説をする。2に関してはリンク先のタグを使用する事を推奨。

概要

生年月日1985年3月27日
死没2010年7月3日
英字表記Oguri Cap
性別
毛色芦毛
ダンシングキャップ
ホワイトナルビー
母の父シルバーシャーク
5代内のインブリードNasrullah4×5/Nearco5×5
競走成績32戦22勝(地方12戦10勝・中央20戦12勝)
管理調教師鷲見昌勇(笠松)→瀬戸口勉(栗東)
生産稲葉不奈男
馬主小栗孝一→佐橋五十雄→近藤俊典


岐阜県笠松競馬場出身。
主な勝ち鞍は有馬記念1988年1990年)、マイルチャンピオンシップ1989年)、安田記念1990年)。1991年JRA顕彰馬に選出、地方12戦10勝と中央20戦12勝で通算32戦22勝。中央移籍後は瀬戸口勉厩舎。
父ダンシングキャップ、母ホワイトナルビーの血統。妹のオグリローマン桜花賞
父方の祖父はアメリカの芦毛の怪物・ネイティヴダンサーで一時期は祖父の隔世遺伝とささやかれた。
※地方競馬では「オグリキヤツプ」と表記。

キャラクター

「オグリより強い馬は生まれても、オグリより愛された馬はいない」

上記の文句は、オグリキャップを語るときに必ず出てくる文句である。
実際、オグリキャップは強い馬であったことは確かだが、『皇帝』と謳われたシンボリルドルフや、『英雄』とも称されたディープインパクトのように頭一つ抜き出た実力を持っていたわけではない。
ただ、無名な血統で地方競馬出身ながら中央で数多くの名馬相手に激闘を繰り広げ勝利した太閤っぷりに加えて、二度の挫折を乗り越えて実績を残したという波乱万丈ぶりなストーリーから、競馬ファンのみならず日本全国の国民から愛された、記録以上に記憶に残る名馬であった。
ビジュアル的にも美しい芦毛で一躍人気となった怪物ホースであり、エピソードの項目にもあるように独特なキャラクターっぷりも相まって、少年漫画の主人公さながらのドラマ性から、今も尚人気が高い。

一応言っておくと、地方の競走馬が中央の競走馬に勝つのはマルゼンスキーを差しきるレベルで困難を極める。更に当時は「芦毛は走らない」なんて言われていたのでその衝撃は計り知れないものがあった。

戦歴

笠松競馬時代

オグリキャップの笠松時代の成績は12戦10勝2着2回。オグリに笠松競馬で唯一勝利した馬がマーチトウショウである。
オグリキャップがマーチトウショウに敗れた2度のレースはダート800mのレースで、短距離戦では大きな不利に繋がるとされる出遅れがあった。また、デビュー当初のオグリキャップの蹄は蹄叉腐乱を起こしていた。

中央移籍後

中央移籍後は主にライバルとして、自身と同じ芦毛のウマであるタマモクロスとの戦いが有名。
タマモクロスとは三度戦ったが、戦績は1勝2敗で最終的には負け越すことになった。

タマモクロスとの最初の対決は、1988年の天皇賞(秋)である。
当時、中央へ移籍して、6連勝中であったオグリキャップは、前年秋から7連勝中であった古馬のタマモクロスを凌いで1番人気に支持された。
当日のレースでは馬群のやや後方につけて追い込みを図り、出走馬中最も速い上がりを記録したものの、2番手を先行し直線で先頭になったタマモクロスを抜くことができず、2着に敗れた。

この天皇賞(秋)の結果を受け、馬主の佐橋がタマモクロスにリベンジを果たしたいという思いを強く抱いたことからオグリキャップの次走にはタマモクロスが出走を決めていたジャパンカップが選ばれ、再戦することになる。
しかしこのレースでは、結局は先行していたペイザバトラーとタマモクロスを抜けず3着に敗れた。

そしてタマモクロスとの最後の対決となった有馬記念
このレースはタマモクロスが引退レースと表明していたため、オグリにとっては雪辱を果たす最後の機会となった。
最後の戦いでは、オグリキャップは理想的な位置取りを確保するも、タマモクロスが大外から一気にまくりかけ、二頭の勝負は熾烈な叩き合いに持ち込まれた。
このレースで完璧なレース運びをしたオグリキャップは遂に半馬身差でタマモクロスを抑えきり、このレースを優勝した。

最も有名なのがスーパークリークイナリワンとの平成三強対決である、89年の秋に毎日王冠⇒秋の天皇賞⇒JC⇒有馬記念での一連の対決は、オグリキャップ自身の秋だけで6戦出走という過酷なローテーションも含め伝説である。
特に届かないはずのマイルCSでの大逆転勝利から、連闘でのジャパンカップ世界レコード、優勝馬ホーリックスと同タイム2着は大快挙であった。
翌年安田記念はレコードタイムでGI3勝目(安田記念レコードとして12年保持された)、古馬マイルGI秋春制覇も達成した。

そして、オグリキャップのレースの中でも特に有名なのは、引退レースである1990年の有馬記念。
当時完全に全盛期の魅力を失い、オグリの落ち目っぷりを見たくないために1990年の引退レースを前に「出走をやめろ」というファンの声や脅迫すらあるような状況だった。
引退レース当日は「既に終わった馬」と認識されていたオグリに人気は集まらなかった。
しかし実際のレースではまるで引退の花道を盛り上げるかのような大接戦。
最後の直線ではメジロライアンホワイトストーンオサイチジョージらとの大混戦となり、一時は抜かされたが最後の最後でもう一度差し返し、見事に1着で優勝を飾った。

多くの来場者が馬券を外したのにも関わらず場内は「オグリコール」に包まれ、各実況者も、ついオグリキャップに肩入れしてしまいそうになるほどの圧巻のレースであった。
その一人である大川和彦は後半に涙声での実況となり、興奮のあまりガッツポーズを取る武豊の上げた手を見間違え、白川次郎は「さあがんばれオグリキャップ」と言いそうになり、贔屓は実況としてよくないと思い直して「さあがんばるぞオグリキャップ」と言葉を言い換えた。
この時の出来事は、後にJRAの作ったCMのキャッチフレーズ「神はいる、そう思った」の一言に集約されるだろう。

引退後は種牡馬となりシンジケートが組まれるも、こちらでは全く結果を残せず早々に解散、しかし現役時代の鮮烈な印象と芦毛故の白馬となった事から人気は衰えなかった。
2010年、療養中に転倒して骨折し、安楽死の措置を取られて死去。25歳は競走馬の平均寿命であり、大往生であった。
後継種牡馬は唯一ノーザンキャップのみ、しかし当然牝馬が集まらず出産に至った産駒は一頭のみと血の存続は絶望視されていたが、なんとたった一頭の産駒牡馬であるクレイドルサイアーがまさかの種牡馬入り、競争成績は2戦0勝と誰がどう考えても種牡馬にするとは考えられない産駒であった。
オグリキャップの現役時代のミラクルを彷彿させるこの珍事だが、果たして未来にオグリキャップの血が残るのか、それは誰にも分らない…。

エピソード

ぶっちゃけ競走外のエピソードが無茶苦茶豊富な競走馬なので代表的なモノだけを記す。

大食い

まず外せないのがその大食いっぷりである。通常競走馬は1日2回の食事で8升(14,4リットル)の飼い葉を食べるのだが、オグリキャップは1回で6升以上の飼い葉をペロリと平らげてしまう程の大食いだった。一度飼い葉桶に口を突っ込んだら食べつくすまで顔を上げず、食べ終わっても雑草や寝藁(馬の寝床)まで食べてしまう程。飼い食いの良い競走馬は他にも居るが、人気とその悪食っぷりからオグリキャップ程大食いエピソードが有名な競走馬も居ないだろう。

動じない

通常、カメラのフラッシュ等の強烈な光は馬にとって多大なストレスとなるため、撮影の際のフラッシュは厳禁(見学の際にやると出入り禁止にされかねない)なのだが、現役時代からフラッシュを受けても平然とする、類稀な精神力の持ち主だった。

負けず嫌い

上記の様に泰然としたエピソードが有るのだが、レースで負けると耳を伏せて(怒り)勝ち馬を睨み付けて動かなかったなどと言う、やけに人間臭いエピソードが残っている。

恋するオグリキャップ?

1989年にジャパンカップを連闘で走ることになった際、上記の様に一度食べ始めたら絶対に顔を上げなかったオグリキャップが唯一食べ終わってないのに顔を上げたのが、そのレースに出場する牝馬だったホーリックスが前を通った時である。レースも常にホーリックスの後ろを追走するかのような様で、連闘でありながらホーリックスと同タイムの世界レコードを叩き出し2着になる。実際の所は分かる筈も無いが、そのレースっぷりと食事の件から有名なエピソード。

オグリローテ

先述したが、オールカマー(9/17、1着)⇒毎日王冠(10/8、1着)⇒秋天(10/29、2着)⇒マイルCS(11/19、1着)⇒JC(11/26、2着)⇒有馬記念(12/24、5着)というローテーションは中央では過酷通り越して伝説的クソローテと言われている。それでいて有馬以外連対で有馬も掲示板を確保するあたり恐るべきタフネスぶりであり、この呼称がついた。
どれくらいクソかというと、
・アプリ版ウマ娘では半月を1ターンと見なすためマイルCSとJCを連続して出走させられず、それに目をつむってこなすと秋天から連続出走ペナルティを受ける。
ダビスタ等の競馬シミュレーションゲームでは予後不良の危険が高い
…というレベル。
古馬王道3年皆勤のステイゴールドすら月1間隔で出走していたのだから現在の高速馬場に適応した競走馬でこれをこなすなら成績度外視かつ最悪予後不良とそれに伴う謗りは覚悟しなければならない。
地方競馬ではむしろ普通なのだが中央の芝G1でこれをこなせる馬は他に…イクノディクタスがおり、同様のローテを組んでいたがイクノはG1では着外だった。

隔世遺伝?

オグリキャップの走りは特別な心臓と力強い脚力が秘訣であり、突然変異とも父方の祖父のネイティヴダンサーの隔世遺伝ともいわれていた。
祖父とは幼少期や一国のアイドルになったなど共通点もある。

泳ぎが苦手

オグリキャップは泳ぎが苦手だった事で有名である。溺れているんじゃないかと思うくらい泳ぐのが遅かったらしい。(参考リンク

その蹄跡が残した影響

同時代の景気等の相乗効果が有るものの、その絶大な人気は日本の競馬をオグリキャップ以前と以後に変えてしまったと評される程のものであり、現在の競馬の制度や文化に多大な蹄跡を残している。

競馬サブカルチャーの充実

オグリキャップ
わ、わたしのほうがかわいいぞ....!


それ以前にも競馬小説や歌などの競馬文化は存在したが、よしだみほの馬なり1ハロン劇場に代表される競馬漫画、ぬいぐるみなどのグッズの充実等はオグリキャップ以前にはほぼ存在しない物であった。
『ウマ娘』でも、この社会現象を反映したか否かは定かではないがゲームセンターのクレーンゲームでぬいぐるみを捕獲するミニゲームを含んだ育成イベントが存在する。またオグリキャップにおいては別途、自身のぬいぐるみに関心を持ったトレーナーに対しオグリキキャップ本人が、自分を目の前にして何故ぬいぐるみを手にするのかと、戸惑い落ち込む固有育成イベントが存在する。

勝馬投票券(いわゆる馬券)のデザイン変更

引退レースなどの影響から、馬券に記念としての需要が高まり、賭けた馬名が馬券に記入されるようになった。

クラッシックレース出走資格の緩和

クラシックレース登録をしていなかったため、クラシックに出走できなかったオグリキャップ、それまでも外国産馬などに門戸が閉じられていたクラシックレースだが、実力・人気共に絶大なオグリキャップがクラシックレースに出走できないという点はJRAの経営判断にも影響を及ぼし、数年後だがクラシック未登録の競走馬でも追加登録料を払えば出走可能とするという競馬制度そのものに影響を及ぼした。この恩恵を受けられたのが後のテイエムオペラオーである。

競馬場の客層の変遷

それまでは男性中心で、あくまで賭博であった競馬場にレース見学や馬の応援などを主軸にした、家族連れ、女性客や馬券購入の出来ない若年層までが競馬場に足を運ぶきっかけとなった。(こち亀でも92年掲載の話には女性客も多くなったとされている)

地方と中央の交流の活発化

引退後の95年には交流重賞の整備や地方所属のまま大レースへ出走できるようになるなど、大幅に馬の交流が活発化していたが、2001年、笠松時代の主戦にして地方ナンバーワン騎手の安藤勝己が、中央移籍を目指した際、不合格となった物の騎手免許試験の試験免除制度(アンカツルール)が制定された。安藤勝己は後に、オグリキャップが生んだ流れがこの様な大きな力を生み出したのだと語っている。




余談

競走馬を擬人化したウマ娘プリティーダービーでは、アプリゲーム版では前作主人公的な立ち位置でシナリオが進み、漫画版ウマ娘シンデレラグレイでは主役に抜擢されている。

尚、大食いだが負けず嫌い田舎出身の成り上がり者同期のライバルと激闘を繰り広げる、と言った特徴は少年ジャンプの人気漫画の主人公と共通点が多い。
誠に、日本人好みの主人公像を体現したとも言えるキャラクターを持った馬であり、オグリキャップが後世に影響を残すほど人気になったのもうなずける。

ギャグ漫画作品「日常」で水上麻衣が飼っているもオグリキャップという。

日常の動物たち



競馬ゲーム「ウイニングポスト」ではオグリキャップ産駒であるダークレジェンドというスーパーホースが存在する。しかも父親同様芦毛である。だが、最新作ウイニングポスト8では(ゲーム中の)2013年生まれでなおかつ先述の通り父オグリキャップが死亡したためか父親がクロフネになっている。そのクロフネも2021年に老衰で死去した為恐らく最新作では白い暴れ馬に変更される可能性がある。

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ヒーロー列伝No.29

ありがとう。

駆けた全4万1100m。燃えた全41分16秒6。
あの有馬記念あのマイルチャンピオンシップ無念の天皇賞ジャパンカップそして復活の有馬記念
数々の感動と記録を残して怪物はターフを去って行った。
心に刻み込まれた栄光と惜敗の全ドラマ。その感動は決して消えはしない。
オグリキャップ、これからも、そしていつまでも、その名は心のなかで永遠に走り続けて行くだろう。
ありがとう。夢を、感動を、ありがとう。

20th_Century_Boy

90年 有馬記念
オグリキャップ復活、ラストラン。
神はいる。そう思った。

名馬の肖像2018年有馬記念

怪物との日々

栄光と挫折と
熱狂と失望と
そしてあの
奇跡のような結末。

常識も退屈も
すべてを吹き飛ばす
怪物に魅せられた僕ら。

競馬には一生を懸けて
追いかける価値があると
教えてくれたのが彼だった。

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