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サンデーサイレンス

さんでーさいれんす

サンデーサイレンス(Sunday Silence)は、アメリカ出身の元競走馬・元種牡馬。(1986~2002)。あらゆる分野に一流の競走馬を輩出し、JRA史上最高の種牡馬と名高い。
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生涯

誕生~デビューまで

1986年3月25日アメリカで誕生。
父はヘイロー(Halo。キングヘイローの母グッバイヘイロー(Goodbye Halo)の父)、母はウィッシングウェル(Wishing Well)、
母の父はアンダスタンディング(Understanding)。



生まれた頃は見栄えのしない容貌で「あんなに酷い当歳馬(0歳馬)は見たことがない」「見るのも不愉快だ」とまで言われ、さらに脚が内側に曲がっていた(人間で言うと内股)ことで推進力がないと見做され売れなかった。
そのため結局生産者自身の馬としてデビューさせることになったが、チャーリー・ウィッティンガム調教師だけは素質を見抜いており、「あの黒い奴は走るぞ」と報告したら馬主は驚いたという。
また、父のヘイロー、母ウィッシングウェルが両方気性難だったこともあり、幼少期から気性難であった。これらが重なり、競走馬時代はその気性の荒さから騎手が「こんな馬に乗っていられるか!」と騎乗を拒否した事もあった。

また、不幸なエピソードも多く、生後8ヶ月の1986年11月にウイルス性の腸炎に罹り生死の境を彷徨い、デビュー直前に馬運車の運転手が運転中に心臓発作を起こし、馬運車が横転。運転手はそのまま死亡、同乗していたサンデーサイレンス以外の馬が全員亡くなってしまうという大事故もあった(サンデーサイレンスもこの事故で大怪我を負っている)。

こんな馬がアメリカのみならず、日本まで多大な影響を及ぼす馬になるとは、まだ誰も知らなかった。

競走馬時代

1988年10月30日にデビューし2着。
1989年には、最大のライバル・イージーゴアとクラシックを争った。
アメリカ三冠のうち、ケンタッキーダービー(一冠目)とプリークネスステークス(二冠目)を勝利したが、最後のベルモントステークスはイージーゴアに敗れて2着となり三冠を達成できなかった。また、アメリカ最大の祭典でありアメリカダートチャンピオン決定戦のBCクラシックをレコード勝ちして優勝し、この年のエクリプス賞・年度代表馬を受賞した。

競走馬としては14戦9勝(うちGⅠ6勝)2着5回で、全競走で連対(2着以内)を外さなかった。
タイトルとしても年度代表馬、最優秀三歳牡馬を獲り、アメリカ競馬殿堂入りもしている文句なしの怪物である。
これだけでも十分名馬の領域であるが、彼の本領はむしろ引退してからであった。

種牡馬時代

イージーゴアとの対決はアメリカの競馬ファンを魅了したものの、関係者からはその馬体に関して「目を瞑って済ませられるレベルではない酷さ」「同じ見た目の馬が1000頭いたとしたらそのうち999頭は未勝利すら勝てない」、「あれは突然変異」などと当歳時からの評価は変わらなかった。
引退後は種牡馬入りしてシンジケードを組む予定だったが、母方が全く活躍していないためそこを重視するアメリカでは全く見込まれず、種付けの希望を出した生産者はわすか2名。
さらにライバルのイージーゴアが超良血の血統だったことから、アメリカではなかなか買い手が付かず、更にオーナーの牧場が経営難に陥ってしまう。そんな中、かねてから購入を希望していた日本の社台グループのオーナー・吉田善哉が買い取った。
BCクラシックのタイミングで所有権の25%を250万ドル、種牡馬入り後、残りの75%を850万ドルで購入。計1100万ドルで、当時の日本円に換算すると約16億5000万円。ちなみに、この輸入は種牡馬ノーザンテーストの成功があったから出来たことだった。
なお、当時のアメリカの生産者の間では「日本のブリーダーがとても成功しそうにない血統の馬を買っていったぞ!」と笑いものにされていたそうである。
しかし、そんな悪評も吉田善哉本人はどこ吹く風で「いい買い物をした自信がある」と自信満々のコメントを残していた。ノーザンテーストを酷評されても自信満々だった息子そっくりである。

購入されたサンデーサイレンスは1990年に来日。遠い異国の地で種牡馬として第二の生を送る。種牡馬入に関しては初年度にも関わらず、4150万×60口、総額にして約25億円のシンジゲートが組まれたのだが、即座に満口になった
吉田善哉自身は産駒のデビューを待たずに1993年に死去してしまったが、彼の目に狂いはなかった。
1994年に産駒がデビューを果たすと、フジキセキ朝日杯3歳ステークス(現・朝日杯フューチュリティステークス)を勝利し、いきなりGⅠ勝利を達成。
フジキセキは故障により早期引退となったが、続く1995年には、ジェニュイン皐月賞ダンスパートナー優駿牝馬(オークス)、タヤスツヨシ東京優駿(日本ダービー)を優勝し、日本の馬場への適応の高さを見せ、「サンデーサイレンス旋風」と呼ばれるブームを巻き起こした。
アメリカの競馬関係者もこの結果には耳を疑うしかなかったという

その後も産駒が次々と大競走を勝利し、リーディングサイアーの座を死ぬまで譲らなかった。
具体的に言うと、1995年から2007年にかけてリーディングサイアーの座を一度も譲っていない(亡くなったのは2002年)。16歳で没した種牡馬が13年連続リーディングってどういうことなの……
産駒の日本ダービー優勝数は6度であり、これは戦前の大種牡馬トウルヌソルと並んで最多である(2021年にディープインパクトが更新)。
また、2003年スティルインラブ牝馬三冠を達成し、2005年にディープインパクトがクラシック三冠を達成したことで、牡牝両方で三冠馬の父になった。
また、後継種牡馬も豊富であり、2008年、2009年は産駒のアグネスタキオン、マンハッタンカフェがリーディングサイアーを獲得。そして、2012年以降現在まで産駒ディープインパクトがリーディングサイアーを獲得している。
端的に言うと、1995年以降、2010年・2011年のキングカメハメハを除いて自分か息子がリーディングサイアーの座を独占し続けている。コイツの遺伝子どうなってんの???

ブルードメアサイアー(母方の祖父の馬)としても優秀で、リーディングブルードメアサイアーの座を2007年にノーザンテーストから奪い、2020年にキングカメハメハに奪取されるまで首位を守った。

産駒の通算勝利数2749、重賞勝利数311、GⅠ勝利数75はいずれもJRA1位。
子世代においてもディープインパクト、フジキセキ、ハーツクライ、ステイゴールド、スペシャルウィーク、マンハッタンカフェ、アグネスタキオン、ゴールドアリュール……等々、幾多の名種牡馬を輩出し、文字通り自らの血で日本競馬を丸ごと塗り替えてしまった
現在の日本競馬において、サンデーサイレンスの血が流れていない日本生まれでの競走馬はきわめて少なく、一時期はGⅠ出走馬全員がサンデーの子、或いは孫というのも珍しくなかった。サンデーの子世代も種牡馬として次々と成功を収めたことにより、内国産種牡馬の保護を目的とした「父内国産馬」という括りが2008年に廃止されるまでに至っている。
欧州においても、ハットトリック産駒のダビルシムが注目を集めるなど、その影響力は日本国内に留まらない。またサンデーサイレンスの故郷アメリカでは2005年に孫のシーザリオが、2021年に同じく孫のラヴズオンリーユーとひ孫のマルシュロレーヌが日本産馬として米G1レースを勝利したことは、前述のとおり吉田善哉氏を笑い者にしたアメリカの競馬関係者たちの度肝を抜いたことであろう。
一方、急激に勢力を伸ばしたことでハイフライヤーやセントサイモンのような血の飽和・閉塞による衰退が危惧され、諸外国から新たな種牡馬や繁殖牝馬が多く導入されている。
そんな中で最も大きな成功を収めたのが、持込馬として日本で産まれ競走馬としても活躍したキングカメハメハだろう。
何はともあれ、JRA史上最高の種牡馬という評価は、おそらく今後も不動のものであろう。

16歳で死亡

2002年に蹄葉炎を発症し、そこから心不全を併発させ8月19日に死亡。まだ16歳(人間の50代半ばに相当)の若さだった。
ラストクロップ(最後の世代)は2003年産まれであるが、フサイチパンドラエリザベス女王杯を勝利したことで、全世代でGⅠ勝利を達成することとなった。

そして2015年には孫に当たる馬(父ハーツクライ)をアメリカ人馬主が購入し、その血をアメリカへ持ち帰った。
その馬は生産者であるノーザンファーム代表の吉田勝己氏(吉田善哉氏の次男)にちなんで『ヨシダ』と命名され、18戦5勝、GⅠ2勝(うち1勝は日本生産馬によるアメリカダートGⅠ初制覇)の戦績を上げ種牡馬入りした。
現地ではサンデーサイレンスの血の帰還に期待がかかっている。

主な産駒

※競走名及び格付けは開催当時に準じる。
※名前横の☆は、年度代表馬受賞馬

GⅠ勝利馬

1992年

GⅠ:'94朝日杯3歳ステークス

GⅠ:'95皐月賞、'96マイルチャンピオンシップ

GⅠ:'95優駿牝馬

GⅠ:'95日本ダービー

GⅠ:'97宝塚記念

1993年

GⅠ:'95朝日杯3歳ステークス、'96天皇賞(秋)

GⅠ:'96皐月賞

GⅠ:'96菊花賞

※上記3頭にロイヤルタッチを加えた4頭は、「サンデーサイレンス四天王」(または「サンデー四天王」)と呼ばれた。

1994年

GⅠ:'98宝塚記念

GⅠ:'01香港ヴァーズ

1995年

GⅠ:'98日本ダービー、'99天皇賞(春秋)、'99ジャパンカップ

1996年

GⅠ:'98阪神3歳牝馬ステークス

GⅠ:'99日本ダービー

GⅠ:'01エリザベス女王杯

1997年

GⅠ:'00桜花賞

GⅠ:'00皐月賞、'00菊花賞

GⅠ:'00日本ダービー

1998年

GⅠ:'00朝日杯3歳ステークス

GⅠ:'01皐月賞

GⅠ:'01菊花賞、'01有馬記念、'02天皇賞(春)

GⅠ:'02スプリンターズステークス、'03高松宮記念

1999年

GⅠ:ジャパンダートダービー《》、ダービーグランプリ《》、'02東京大賞典、'03フェブラリーステークス

GⅠ:'03スプリンターズステークス、'03/'04マイルチャンピオンシップ

GⅠ:'04高松宮記念

2000年

GⅠ:'02阪神ジュベナイルフィリーズ

GⅠ:'03桜花賞、'03優駿牝馬、'03秋華賞
※史上2頭目の牝馬三冠達成

GⅠ:'03皐月賞、'03日本ダービー

GⅠ:'03/04エリザベス女王杯

GⅠ:'04天皇賞(秋)、'04ジャパンカップ、'04有馬記念
※史上2頭目の秋古馬三冠達成 産駒初の年度代表馬

GⅠ:'05天皇賞(秋)

GⅠ:'06高松宮記念

2001年

GⅠ:'04桜花賞、'06ヴィクトリアマイル(初代女王)

GⅠ:'04皐月賞、'06天皇賞(秋)、'06/'07マイルチャンピオンシップ、'07安田記念

GⅠ:'04優駿牝馬

GⅠ:'05天皇賞(春)

GⅠ:'05マイルチャンピオンシップ、'05香港マイル

GⅠ:'05有馬記念、'06ドバイシーマクラシック

2002年

GⅠ:'05阪神ジュベナイルフィリーズ

GⅠ:'05皐月賞、'05日本ダービー、'05菊花賞、'06天皇賞(春)、'06宝塚記念、'06ジャパンカップ、'06有馬記念
※史上6頭目のクラシック三冠馬 産駒2頭目の年度代表馬

GⅠ:'05秋華賞

GⅠ:'07高松宮記念

2003年産(最終世代)

GⅠ:'06エリザベス女王杯

GⅠ:'07有馬記念

ヴィクトリアマイルが創設された2006年時点の中央GⅠ(24個)で勝ったことがない競走は、
芝GⅠではNHKマイルカップジャパンカップダート(現チャンピオンズカップ)である。(これに関しては孫のディープスカイエスポワールシチーの二頭が達成している。)
また、障害GⅠの中山大障害中山グランドジャンプも勝ったことがないが、孫世代からはオジュウチョウサンが両レースを勝ち、中山グランドジャンプを5連覇するという前人未到の記録を残している。
また、2017年にG1になった年の大阪杯の勝ち馬はブラックタイド産駒キタサンブラックだった。
(G2時代はマーベラスサンデー、サイレントハンター、メイショウオウドウ、サンライズペガサス、ネオユニヴァースが勝利している)

エピソード

ライバル・イージーゴアとの関係

三冠や年度代表馬の座を賭けて戦ったイージーゴアは、サンデーサイレンスとは様々な面で対照的な馬だった。
上述の通り恵まれない生い立ちから下剋上を果たしたサンデーサイレンスに対し、イージーゴアは生まれながらにして期待されていた超良血である。
レースにおいてもコーナリングではサンデーサイレンスが、直線での加速力ではイージーゴアが優っていた。
またサンデーサイレンスは西海岸、イージーゴアは東海岸が拠点のため、ファン同士の対立も激化していった(日本で言えば巨人ファンと阪神ファンのようなもの)。

サンデーサイレンスには苦汁を舐めさせられたがGIを9勝し、両親共に良血だったイージーゴアは種牡馬としても期待され、全米から種付け依頼が殺到した。
しかし8歳という若さで急死してしまったため、僅か136頭の産駒しか残せなかった。
その僅かな産駒の中からGI勝ち馬も出ているため、長生きしていれば大種牡馬になれた可能性もある。

サンデーサイレンスの恋人?

日本で種牡馬入りした後、サンデーサイレンスの隣の放牧地に同じく種牡馬入りしたメジロマックイーンがやってきた。
気性の荒いサンデーサイレンスは威嚇しまくったが、マックイーンはやはり大物というべきか完全に無視していた
だがしばらくするとサンデーサイレンスはマックイーンを気に入ってしまい、マックイーンも悪い気はしなかったようで、恋人と称されるほど仲良くなったという。
事実2頭が柵越しに見つめ合っている写真がある。

2000年代に入ると双方の血を引く孫たちが色々な意味で大暴れすることになるが、彼らは2頭の愛の結晶なのかもしれない。

関連イラスト

【競馬】Sunday Silence



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競走馬

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