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ディープインパクト

でぃーぷいんぱくと

中央競馬(JRA)で活躍した元競走馬・種牡馬(2002年 - 2019年)。主な勝ち鞍は2005年のクラシック三冠(皐月賞・東京優駿(日本ダービー)・菊花賞)、2006年の天皇賞(春)・宝塚記念・ジャパンカップ・有馬記念。中央競馬史上2頭目の無敗のクラシック三冠馬であり、「英雄」「日本近代競馬の結晶」とも称された。2005年・2006年JRA賞年度代表馬及び2005年JRA賞最優秀3歳牡馬・2006年JRA賞最優秀4歳以上牡馬、JRA顕彰馬(2008年選出)。
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ミミ・レダーの映画は→ディープインパクト(映画)
下記にもある通り産駒にスピルバーグがいる。

2006年 天皇賞(春)
こんな馬が存在していいのか?
敗北など考えられない闘いに、人はどこまでも夢を見た。
”奇跡に最も近い馬”
ディープインパクト
競馬は時々、競馬を超える。
全世代の頂点へ
2013年 JRA 天皇賞(春)CMより

概要

2004年から2006年にかけて活躍した日本・中央競馬(JRA)所属の競走馬05世代)。

国内では史上2頭目となる無敗でのクラシック三冠を含む13戦12勝という圧倒的な戦績を誇り、英雄の異名とともに、競馬に興味のない人にもその名を広く知られた。「日本近代競馬の結晶」とも称され、同じく無敗で三冠を達成した「皇帝シンボリルドルフと並んで、日本競馬史上最強候補として名が挙がる。
その圧倒的な才能と実力から、日本の競馬のレベルを底上げしたとも言われるほどの名馬であり、海外でも高く評価された。
繁殖種牡馬としても無数の重賞・GⅠ勝利馬を輩出しており、日本競馬史の転換点と呼ばれた父サンデーサイレンスの後継の中でも頭抜けた、内国産馬としては史上最高の産駒成績を持っている

一方で、生まれる以前から馬主たちから嘱望されていたルドルフとは対照的に、必ずしも幼少期からその素質が高く評価されていた訳ではなく、自身の成長に伴い徐々にその頭角を表していくタイプの馬であった。

誕生

2002年(平成14年)3月25日、北海道勇払郡早来町(現在の安平町)のノーザンファームで誕生。父はサンデーサイレンス。母はウインドインハーヘア、母の父はAlzao。

「日本近代競馬の結晶」という称号とは裏腹に、実は両親とも外国産馬であり、この出自で日本競馬の功を誇ってよいものかとしばしば言われる。後に父母共に内国産馬の三冠馬が登場しており、それもあって更にツッコまれがちである。
ただし、サンデーサイレンスの導入自体が日本近代競馬そのものであり、これに加えてサンデーに合う繁殖牝馬を用意した馬産家やディープを管理・調教したスタッフ陣の努力、手綱を取った騎手の技術を含めての称号と捉えればそこまで違和感はないかもしれない。

全兄としては、2004年スプリングステークス優勝馬のブラックタイドがいる。幼少期はしっかりした体格のブラックタイドの方が評価されていたものの……
馬体の薄さなど、見栄えがパッとしなかったことから牧場主からも期待はされておらず、競りでも入札する者がほとんどいない(※)中、唯一の入札者となった金子真人(CAD・CAMベンダー「図研」創業者。ちなみにブラックタイドの馬主でもある)はその瞳の輝きを見て「只者ではない」と確信し、即落札。この時の自身が受けた衝撃から、また競馬界に衝撃を与える存在になってほしいという願いを込めて「ディープインパクト」と名付けた。 

(※)テレ朝の相席食堂にて「ディープインパクトを含む3頭から、ディープインパクト以外の2頭を競り落とした、かなり惜しいことをしたオーナー」が後に紹介されたこともある。

2004年~2005年(2歳~3歳)

2004年12月に武豊を鞍上に阪神競馬場でデビューし、初勝利を果たす。

次の若駒ステークスでは、後方からレースを進めていたが、直線でごぼう抜きを披露し、最終的にリードを広げて勝利した。
続いて弥生賞では、アドマイヤジャパンに半馬身差で勝つと言う、ギリギリな勝ち方もあった。
…と一見すると物足りない内容に思えるが、実は最後の直線ではムチを全く使っていない。
つまり全力で走っているわけではないため実際のところは完勝と言える内容であったりする。

皐月賞

牡馬クラシック初戦である皐月賞では、スタート時に躓き鞍上の武豊が落馬しそうになったものの、直線であっさり抜け出して優勝。初G1制覇となった。
武は「いやもうパーフェクトですよ。走るというより飛んでる感じなんでね」とその脚を讃えている。レース後、関係者一同は「一冠目」を表す一本指を掲げた。

日本ダービー

続いて日本ダービー。あのハイセイコーが持っていた単勝支持率66.6%を大きく上回る史上最高の73.4%(オッズもダービー史上最低の1.1倍)に支持されると、その期待に応えインティライミ以下を5馬身突き放す圧勝で二冠目を獲得した。
タイムは前年のキングカメハメハが持っていたレコードタイとなる2分23秒3。武は自身の持っていたトップ記録を塗り替える日本ダービー4勝目を挙げ、金子オーナーは史上初のダービー連覇。記録ずくめの勝利の後、関係者は皐月賞に続けて二本指を掲げたのだった。

迎えた秋初戦は菊花賞の前哨戦である神戸新聞杯も難なくレコード勝ち、三冠最後の菊花賞を制するため淀のターフへ。
菊花賞の単勝オッズはなんと1.0倍(100円元返し)、誰もがディープインパクトの勝利を疑っていなかった。

菊花賞

菊花賞本番、(普段とは違って)上手くスタートを切ったディープインパクトは1周目の直線に行く際、頭が良いのか「もうすぐゴール」と勘違いして、するすると前に進出した(3000メートルのため、一旦ゴール板を通り過ぎて1周しないといけない)。だが鞍上の武豊が上手くなだめて、なんとか馬群の中に入れることによって抑えることが出来た。最終的に多少のスタミナ浪費をものともせずに、2番手から直線逃げ切りを図ったアドマイヤジャパンにリード3馬身の差を空けゴールイン。
皇帝シンボリルドルフ以来実に21年ぶりに無敗での三冠馬の称号を手に入れ、偉業を成し遂げた関係者は3本目の指を立てたのであった。

この時の馬場鉄志アナの実況「世界のホースマンよ見てくれ!これが日本近代競馬の結晶だ!」は2006年FNSアナウンス大賞を受賞、後にディープインパクトという馬を語るのに欠かせない言葉となった。

有馬記念

年末の有馬記念では初の古馬との対戦となったが最早観客のほとんどがディープインパクトを見に来ているような状況で、普段競馬場になど来ないライト層まで押し寄せていた。しかしここで先行するハーツクライを最終直線で捉えきれず2着となり、初黒星となってしまう。それまでG1は2着止まりだったハーツクライとしては大金星であったが、予想外の大番狂わせに会場は異様などよめきに包まれた。
これがディープインパクトの国内唯一の敗戦だった。 

なお、この時の走りについて「ディープがいつものような飛んでいると称される走りを見せなかったから」と言われることがあるが、これでも上がり3Fタイムは出走馬最速をマークしており、決して鈍い脚を出していたわけではない。どちらかというと、ハーツクライのような鋭い末脚を持つ馬に先行策を許したことで「今までの勝ちパターンである末脚勝負に持ち込んだ結果、スタート位置の差が出てしまった」のが敗因であり、麒麟川島の馬いい話では「この敗戦が後述の天皇賞春で見せたロングスパート戦法につながった」と語られている。

2006年(4歳)

年明け初戦の阪神大賞典では逃げたトウカイトリックを悠々捉えて1着。

天皇賞(春)

迎えた天皇賞(春)では、難所とされる淀の上り坂から一気にスパートを仕掛け先団に取り付くと、なんと下りでも加速を続け、追い込んできたリンカーンを数馬身離して優勝

96年のマヤノトップガンの記録を1秒更新する3分13秒4での走破。これは当時の芝3200mの世界レコードであった。この勝利により日本の競走馬として初めてWTRR(ワールド・サラブレッド・レースホース・ランキング)の芝長距離部門で世界一位のレーティングを獲得した。

宝塚記念

続く宝塚記念は阪神競馬場の改修工事のため京都競馬場で行われた。天気は雨、初めての稍重馬場が不安視されたもののディープには全く関係なく、たった一頭だけ上がり34秒台の末脚を繰り出して圧勝。海外遠征、日本競馬界の夢であるフランスの凱旋門賞へと向かうこととなった。

凱旋門賞

凱旋門賞は日本での評判を受け1番人気で出走するも体調が思わしくなく、本番はかかり気味に先行してレイルリンクらに敗れ3着に入線、さらに悪いことにレース後薬物検査で禁止薬物が検出されたことにより失格となってしまった。
検出されたイプラトロピウムは呼吸器系の治療薬でレースまでに体内に残留していなければ問題はなく、医師側の管理ミスであったが、結果的に凱旋門賞の歴史で初の薬物使用による失格となってしまった。
この事件は日本でも大きな波紋を呼び、ディープ本馬に落ち度はないが、今までの活躍が薬物使用のおかげなのではないかという疑惑が生まれてしまった。

ジャパンカップ

帰国してからはジャパンカップに向かうこととなったが、陣営は前走で掛けられたドーピング疑惑を払拭するため医師に見せずに管理することを決め、疲労を取るために行なっていた調教後の筋肉注射などもマッサージで代用してレースに臨んだ。
ジャパンカップは海外の強豪牝馬ウィジャボードも来日、さらに前年にディープを破り、その後ドバイシーマクラシックで1着、イギリスのキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスで接戦の末3着と好成績を納めていたハーツクライも出走しており。さらに年下の二冠馬メイショウサムソンらも参戦。例年よりも少ない11頭立てで行われた。
ディープにとっては絶対に負けられないこのレース、道中スローペースとなるも最後方からレースを進めると、直線では大外に持ち出し、ドリームパスポートらを寄せ付けず1着でゴール。
一方でハーツクライは喉鳴りを発症しており10着と大敗。明暗分かれる結果となった。

有馬記念

そして引退レースとなった有馬記念。いつものように後方からレースを進めると3コーナーから捲っていき、直線で一気に突き抜けると2着ポップロックに3馬身の差をつける完勝。昨年の雪辱を果たし有終の美を飾った。

シンボリルドルフ、テイエムオペラオーに並ぶ史上最多タイ(当時)となるG17勝目を上げ、武豊は1990年のオグリキャップ以来の有馬記念制覇となった。

戦績

2歳新馬 1着
若駒ステークス(L) 1着
弥生賞(G2) 1着
皐月賞(G1)    1着
東京優駿(G1)   1着
神戸新聞杯(G2)   1着
菊花賞(G1)  1着
有馬記念(G1)  2着
阪神大賞典(G2)   1着
天皇賞・春(G1  1着
宝塚記念(G1)  1着
凱旋門賞(G1)   3着入線⇒失格
ジャパンカップ(G1) 1着
有馬記念(G1) 1着
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通算戦績 中央13戦12勝 (連対率100%)
    海外1戦0勝
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生涯獲得賞金 14億5455万円

2007年2019年

競走馬登録を抹消し、当時最高額となる51億円のシンジケートが組まれ種牡馬として第二の馬生をスタートさせた。
2010年に産駒がデビュー、初勝利を果たす。
初年度産駒としてマルセリーナ2011年桜花賞)、リアルインパクト(2011年・安田記念)、ジョワドヴィーヴル(2011年・阪神ジュベナイルフィリーズ)のGⅠ馬を輩出した。
2世代目となる産駒からは2012年・第79回東京優駿でディープブリランテがダービー・父子制覇。
そして、2012年10月14日・秋華賞ジェンティルドンナが史上4頭目の牝馬三冠を達成、シンザンシンボリルドルフ等も実現しなかった、史上初の父・三冠馬の産駒による三冠馬輩出の快挙を成し遂げた(2020年にはコントレイルにより自身以来の無敗の牡馬三冠馬の輩出も達成)。ジェンティルドンナは後にジャパンカップを勝ち、3歳牝馬として史上初の年度代表馬に選出、父・トウショウボーイ&仔・ミスターシービー、父・シンボリルドルフ&仔・トウカイテイオー以来史上3組目の父子選出になり、ディープは2012年のJRAリーディングサイヤーに輝いた。
以後2021年まで10年連続でリーディングサイヤーの地位を保ち続けた。

死去

順調に種牡馬として活躍していたが、2019年の3月に入って首に痛みが出たため、以降の種付けを中止。
翌年の種付けシーズンに備えて休養していたが、7月30日に頚椎骨折のため回復の見込みが立たず、安楽死処分となった。
享年17歳。多くのファン、世界中の馬産家らに惜しまれる死であった。

JRAは8月3、4日の新潟・小倉・札幌の第11レースを『ディープインパクト追悼競走』の副題を付けて開催。
また同年のジャパンカップにはディープインパクトメモリアルという副題が付けられた。なお、このレースの結果は2〜4着がディープインパクト産駒で、1着はなんの因果かハーツクライ産駒スワーヴリチャードであった。

さらにJRAは現役時代だけでなく、種牡馬としても大きな功績を残した同馬を称えるため、2020年から、自身も出走した報知杯弥生賞を、報知杯弥生賞ディープインパクト記念に改称すると発表した。サラブレッドの馬名を冠したレースが作られるのはシンザン記念以来53年ぶり、競走自体が廃止されたアラブ系の馬名を冠したレース(セイユウ記念とシュンエイ記念、JRA競走としては1995年に廃止。ただしセイユウ記念は地方競馬に移されて2004年まで実施された)を含めても46年ぶりである。


重賞を勝った代表産駒

GⅠ勝ち馬


2021年に産駒の日本ダービーの勝利数が父サンデーの6勝を更新する7勝となった。
また、2022年にラストクロップの1頭であるAuguste Rodin(オーギュストロダン)がフューチュリティートロフィーを勝利し、すべての世代からG1馬を輩出した。

G1以外の主な重賞勝ち馬


ちなみにディープインパクトはホモ鹿毛であり、産駒には栗毛の馬が存在しない。ホモ鹿毛は簡単に言えば栗毛の遺伝子を持たない鹿毛の馬のことである(この場合の鹿毛は黒鹿毛、青鹿毛も含む)。栗毛が生まれるには両親が栗毛の遺伝子を有している必要があるため、両親のどちらか一方でもホモ鹿毛だと栗毛は絶対に生まれない。逆に栗毛の生まれる可能性のある鹿毛はヘテロ鹿毛という。

体格・性格など。

最も有名な逸話として、牡馬の中では人並み外れて小さい馬で、調教師が最初に見た時は牝かと思い股間を覗いたと言うエピソードがある。ちなみにこれはディープインパクトが有名になるまでの間に度々起こった事であり、この馬体の小ささは現役を通してディープインパクトの特徴の一つであった。実際、出走したGⅠレースでは、多くの場合が出走馬中の最低体重を記録している。
また、その体躯の小さい印象から、現役時代の初期は他馬に比べて揉まれ弱いとも言われていた。この評価は後に逆転して、大型馬よりも故障のリスクが小さいと言うメリットとして評価される事になる。
ただ、どちらにせよ最強の競走馬と言うイメージとは裏腹に、幼少期は虚弱で、他馬より小さく非力と言われており、厩務員や調教師など、ディープインパクトと直接触れ合った人たちは、後述する性格も含めて、口を揃えて彼のことを可愛い馬だったと評している。

性格は、普段は人懐っこくて大人しく、厩舎では「お坊ちゃまくん」のニックネームで呼ばれていたと言う。このエピソードに代表されるように、気さくで優しく、また頭が良い馬だったと言われている。
また、体の小ささとは裏腹に食欲自体はかなりある方だったが、人間の様に水、飼料、青草を三角食べしていたと言うエピソードがあり、普段の行動は大人しく気品さがあるタイプだったという。
そんな彼も、種牡馬入りしてからは人気が殺到してあまりにも多くの種付けを行った結果、晩年は好みの牝馬の尿臭を嗅がせたり投薬しなければ発情しなくなってしまい、また人間不信の気も出ていたとされる。それでもにんじんなどを与えれば喜んで食べていたとのこと。

総合的なイメージで言うと、上品で優しく、穏やかな性格の可愛い馬だった様である。

その一方で、こと、勝負という事柄に関しては真逆の性質のエピソードが多い
とにかく一旦コースに入ると負けん気が強く、デビュー前の頃は、集団のリーダーではなかったものの、集団の先頭に立って走ろうとし、薄い蹄を擦り減らして血だらけになりながらも走るのをやめなかったというエピソードが残る。また3歳時はほかの馬が前を走っていると調教でも追い抜こうとして抑えるのに苦労したという調教師の話も。
とにかく走る事が好きな馬であり、主戦騎手を務めた武豊は「走ろうとする気持ちが強すぎるので、乗る立場からすれば難しい馬」「この馬が本気で行きだしたら止めるのは容易じゃない」と語っている。
ディープの次の三冠馬は凄まじい気性難で知られたが、その鞍上を勤めた池添謙一も「豊さんは(ディープに)簡単そうに乗ってましたけど、実は難しかったと思います。そう見せないのがプロなので」と語っている。
いわば桁外れの身体能力をもつじゃじゃ馬であり、ディープが勝てたのは武のコントロールがあったればこそという声は少なくない。

シンボリルドルフとの対比

よく比較に出されるシンボリルドルフとは、かなり対比となる特徴が多い。
上記で言われるように、レース外では穏やかで、「お坊ちゃまくん」とまで呼ばれていたディープとは違い、ルドルフは逆に気性が荒く「ライオン」とまで呼ばれていたと言う。
その一方で、ルドルフは人前に出る時は堂々としており、決して暴れる姿を見せず、気ままに振る舞っても良い場所を弁えていたと言う。
レースに関する姿勢に関しても同様で、「ソツのないレース巧者」と言う評価通り、常に安定した走りを見せるルドルフに対して、「その強さは並ぶ間もない圧倒的なもの」と言われるディープは、馬では無い他の生き物の様だと言われる様に、レース中は他の馬や騎手すらも尻込みさせる強さを見せる一方、負けん気の強さから主に精神面に欠点を見出す者も多い。
言わば、ディープインパクトは動的・爆発力・剛の者と言う特徴があったのに対して、シンボリルドルフは静的・技術力・知恵者と言った特徴があった様である。

なお、シンボリルドルフの主戦騎手を務めた岡部幸雄は、「ルドルフのほうが強い。ルドルフは競馬のすべてを知り尽くしていた」「終始馬体を併せる作戦を取ればルドルフなら勝てる」と発言している。岡部はディープにはルドルフに匹敵する能力があるとしつつ、スタートの拙劣さや気性面に問題があると指摘し、欠点の少なさにおいてはルドルフの方が上であると評した。
もっとも、岡部自身は自ら「ディープインパクトの追っかけ」と称するほどのディープのファンでもあり、凱旋門賞のときは声を荒らげて応援している。

  • ディープインパクトは併せ馬気味に走るとそれに躍起になり末脚を発揮しづらくなるという弱点があり、負け試合はその弱点が露呈した形となっている。「馬体を併せる作戦」という発言もここから来ている。

最強と最弱

後世において、競馬に詳しくない一般人に「競馬で知っている馬は?」と聞くと「ディープインパクトハルウララ」と回答されることがよくある。
方や日本最強の馬、方や生涯1勝もできなかった地方の弱小馬だが、2000年代の競走馬でもこの二頭の知名度は他の競走馬とは比べ物にならない。

理由は両者ともメディアでの登場が圧倒的に多かったことである。
ディープインパクトが台頭する少し前、競馬は2000年以前に比べると人気が下降しており、地方競馬が次々と閉鎖されていく中、高知競馬は生き残りをかけた苦肉の策として連敗記録を更新し続けるハルウララをメディアに売り出し、これがウケて日本全体を巻き込む社会現象になった。
馬で視聴率を稼げることに気付いたメディアだったが、ハルウララは調教師と馬主間のトラブルで急遽引退を余儀なくされてしまう。
これから取材に…というところで手が空いてしまった彼らの前に現れたのがディープインパクトだった。ハルウララで少し競馬に興味を持った素人でもわかる圧倒的に速くて強い、正真正銘のスターホースを当然メディアは放っておかなかった。

直ちにニュース、情報バラエティ番組が彼の活躍を伝えると、これもまた社会現象化。新聞も企業もとにかくディープインパクトにあやかり始めた。
2005年プロ野球で優勝したロッテのバレンタイン監督に「今欲しいのはQちゃんとディープインパクト」と言わせたグリーンガムのCMが有名。

ハルウララがいなければここまで報道が過熱することもなかったのではという声もあり、上記の回答は当時の影響力の高さを物語っている。


ちなみに、二頭には交配計画もあったそうだが、種付け料の高さから実現されなかった。


逸話

上記のように数多くの逸話が残るが、特に印象的なものはディープインパクトの出るレースでは、それ以外の皆は2着を狙っていたと言うものだろう。
とにかくディープインパクトの現役時代の騎手にとっては、まさしく競争相手として絶望を植え付けるに相応しいという馬であり、中には「幾らなんでも付けいる隙はあるだろう」と思い挑んだ騎手が、レース後に「今後あの馬を相手に戦わなければいけないのか」と絶望したとも言われており、記録にもある通り、その圧倒的な速さは、まさに名前通りに競馬界に深い衝撃を与えた存在であった。

引退レースとなった有馬記念の勝ちっぷりもまだ底を見せておらず、競走馬としてもまだまだ全盛期を過ぎていない印象であった。現役を続行すれば中央競馬の日本記録であるGI七冠を塗り替えるのは確実であり、また凱旋門賞のリベンジをといった見解から、ファンやマスコミからは惜しむ声や引退に反対する声も多かった。このとき、陣営が下した引退、種牡馬入りという決断に唯一理解を示した人物が競馬評論家としても知られる大橋巨泉だったという(海外では後継種牡馬を託された超一流馬は3歳で引退して種牡馬入りすることが少なくなく、古馬になってもう一年走っただけでも十分だという考えを持っていたため)。

また、2020年に無敗の牡馬三冠を達成したコントレイルも、ディープインパクトの後継種牡馬となるべく競走馬としての底を見せないまま4歳秋に引退しており、父親が辿った道と同じ運命を辿ることとなったのは、運命であり皮肉とも言えるであろう。

  • なお、芝GI7勝の記録はディープインパクトの死の翌年の2020年、アーモンドアイが天皇賞(秋)を勝利したことによって更新された。

ニックスについて

母系のウインドインハーヘアの血統はキングヘイローの父系の血統と似通っており、このことからディープインパクト産駒の種牡馬とキングヘイロー産駒の繫殖牝馬を掛け合わせる配合(=父父ディープ×母父キングヘイロー)は相性が良く、2021年のBMSとしてのキングヘイローの好成績に繋がっている。それ以前にも父ディープ×母父キングヘイローの配合は見られたが、この場合ダンシングブレーヴアルザオのニアリークロス3×3が発生することからインブリードが濃すぎて力を発揮できなかったと見られており、ディープ系のサイアーラインが一代下がることにより血のバランスが良くなったことが好成績の大きな理由の一つと考えられている。
また、父ディープインパクト×母父Storm Catの配合も相性が良いとされ、キズナやエイシンヒカリ、ラヴズオンリーユーなどのGI馬を何頭も排出している。米国系のスピード血統を入れることによってマイル〜中距離で活躍する産駒が多いようである。


関連タグ

競走馬 競馬 顕彰馬
リアルチート リアルチート(人外)

シンボリルドルフ:同じく無敗の七冠馬。ディープ陣営がレース後に「○冠目」を表すジェスチャーをしたのはかつてのルドルフ陣営に倣ったものであった。
キングカメハメハ:ディープと並んで平成後期を代表する名種牡馬であり一年先輩のダービー馬。馬主が同じく金子真人氏で、ディープとほぼ同時期(2019年8月)に死亡。
ハーツクライ:一年先輩のサンデー産駒。国内で唯一敗戦を喫した相手。その因縁は産駒の代まで続いている(ファンがそういう目で見ているからというのもあるが)。
ステイゴールド:サンデー産駒、共に三冠馬の父という共通点を持つ。ラストランの走りは武豊をして「ディープは飛んだがステイは羽が生えた」と言わしめた。
アドマイヤジャパン:三冠馬ディープインパクトのクラシック期のライバルの1頭として知られる。2022年には馬とは思えないある姿から日本中の注目を集めた。

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