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京都大賞典

きょうとだいしょうてん

日本中央競馬会(JRA)の開催する重賞レース(GⅡ)。毎年10月上旬に京都競馬場・芝2400m(3歳以上)で争われる。トップ画像は1991・93年の勝ち馬メジロマックイーン。
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概要・沿革編集

京都競馬場の芝2400mで行われる中央競馬(JRA)の重賞レース(GⅡ)。秋の中長距離GⅠ戦線を占う重要なステップレースの一つ。


かつては1番人気が1989年から2005年までの17年間で15回も連対するなど、阪神大賞典と共に中央競馬の重賞レースで最も堅いレースの1つだった。

しかし2000年ジャパンカップの賞金が大幅増額され、その後有馬記念の賞金も増額されたことから、両レースを重視する陣営が増え、天皇賞(秋)に直行するローテーションで参戦する馬が激増し始めた。

このため京都大賞典は中長距離のGⅠ勝ち実績馬があまり参戦しなくなり、昔よりもレベルが下がって物凄く堅いレースというわけでは無くなっている。簡単に言うと、京都大賞典(GⅡ)がステップレースでは無くなった一方、秋の天皇賞(GI)自体がステップレースになってしまっているので、京都大賞典の勝ち馬は秋の天皇賞に出走する事自体が少なくなっている。京都大賞典と同週に東京競馬場で開催される毎日王冠には短距離・マイル戦線のGI勝ち実績馬が参戦するので、秋の天皇賞に出走する馬が今も多い。

よってレベル自体は昔より下がったが、別定戦なので重賞勝ち実績馬が強い事は変わっていない。


1966年(第1回):ハリウッドターフクラブ賞の名称で創設。京都競馬場芝3200m、4歳以上(現在の3歳以上)の重賞競走だった。

1967年(第2回):この年から現行の2400mに変更。

1974年(第9回):競走名を京都大賞典に変更。

1984年(第19回):グレード制定でGⅡに格付けされる。

2014年(第49回):この年から1着馬に天皇賞(秋)の優先出走権を付与。

2021・22年(第56・57回):京都競馬場改修工事に伴い、阪神競馬場開催。


競走条件編集

出走資格:サラ系3歳以上


JRA所属馬(外国産馬含む、未出走馬及び未勝利馬は除く)

地方競馬所属馬(後述)

外国調教馬(優先出走)

負担重量:別定


3歳53kg、4歳以上56kg、牝馬2kg減

2020年10月10日以降のGI競走(牝馬限定競走を除く)1着馬2kg増、牝馬限定GI競走またはGII競走(牝馬限定競走を除く)1着馬1kg増

2020年10月9日以前のGI競走(牝馬限定競走を除く)1着馬1kg増(2歳時の成績を除く)

フルゲート:18頭

優先出走権等編集

天皇賞(秋)とエリザベス女王杯のステップ競走に指定されており、地方競馬所属馬は天皇賞(秋)の出走候補馬(2頭まで)とエリザベス女王杯の出走候補馬(3頭まで)に優先出走が認められている。また、それぞれの出走候補馬は本競走で2着以内の成績を収めた馬に天皇賞(秋)またはエリザベス女王杯の優先出走権が与えられる。このため、地方競馬所属馬が最大5頭出走する場合がある。

JRA所属馬は、1着馬に天皇賞(秋)の優先出走権を付与。


歴代優勝馬(平成以降)編集

1989・90年(第24・25回)スーパークリーク ※2連覇

1991年(第26回)メジロマックイーン

1992年(第27回)オースミロッチ

1993年(第28回)メジロマックイーン ※2勝目

1994年(第29回)マーベラスクラウン

1995年(第30回)ヒシアマゾン

1996年(第31回)マーベラスサンデー

1997年(第32回)シルクジャスティス

1998年(第33回)セイウンスカイ

1999年(第34回)ツルマルツヨシ

2000・01年(第35・36回)テイエムオペラオー ※2連覇

2002年(第37回)ナリタトップロード

2003年(第38回)タップダンスシチー

2004年(第39回)ナリタセンチュリー

2005年(第40回)リンカーン

2006年(第41回)スイープトウショウ

2007年(第42回)インティライミ

2008年(第43回)トーホウアラン

2009年(第44回)オウケンブルースリ

2010年(第45回)メイショウベルーガ

2011年(第46回)ローズキングダム

2012年(第47回)メイショウカンパク

2013年(第48回)ヒットザターゲット

2014年(第49回)ラストインパクト

2015年(第50回)ラブリーデイ

2016年(第51回)キタサンブラック

2017年(第52回)スマートレイアー

2018年(第53回)サトノダイヤモンド

2019年(第54回)ドレッドノータス

2020年(第55回)グローリーヴェイズ

2021年(第56回)マカヒキ ※5年1ヶ月ぶりの勝利

2022年(第57回)ヴェラアズール

2023年(第58回)プラダリア

2024年(第59回)シュヴァリエローズ

著名なレース編集

幻惑、セイウンスカイ編集

第33回(1998年10月11日)。

この年の出走馬はわずかに7頭ではあったが、1番人気に同年の天皇賞(春)を制したメジロブライト、2番人気に天皇賞(春)2着・宝塚記念2着とシルバーコレクター振りを発揮していた(いわゆる「阿寒湖特別」と呼ばれていた頃の)ステイゴールド、3番人気に前年覇者かつ有馬記念勝ち馬シルクジャスティスと好メンバーが揃っていた。


これら強力な古馬勢に挑んだのが、同年の皐月賞セイウンスカイである。皐月賞を制するも日本ダービーではスペシャルウィークに敗れた同馬は、菊花賞での二冠目を狙うための前哨戦として、同じ京都競馬場開催の4歳(現3歳)馬戦である10月18日の京都新聞杯(当時は秋開催で菊花賞のステップレースだった)ではなく、敢えて古馬相手のレースを選んだのだ。

この戦略の理由は複数言われているが、まず既に皐月賞を制しているため、仮にこの京都大賞典で力負けしても収得賞金不足で菊花賞出走を逃す心配は全くないこと。そしてセイウンスカイはゲート難の気がある馬のため、仮に何か問題を起こしても菊花賞までにゲート再審査に合格する猶予のあるレースを選ぶ必要があったこと、等が考えられている。


1枠1番から快調にハナを切った横山典弘騎乗のセイウンスカイはぐんぐんリードを広げ、向正面ではもう馬身差を測れないほどの大差。しかし、3コーナーの坂に差し掛かる頃から後続との差は一気に詰まり、最終コーナーで捕まりかける。「無謀な大逃げで逃げ潰れた」多くの観衆がそう思った。

しかし、これは後に「死んだふり」と評された、セイウンスカイ&横山典弘の策であった。脚を緩め息を入れていたに過ぎなかったセイウンスカイは再加速、大差を詰めてきて余裕のなくなっていた他馬を突き放した。これに唯一ついてこれたのは流石の春天覇者・メジロブライトだけだったが、ブライトの追撃をクビ差しのいで逃げ切り勝ち。4番人気から、古馬の実績馬達を相手に大きな勝ち鞍を挙げた。

なお、同日の東京競馬場メイン毎日王冠では、サイレンススズカエルコンドルパサーグラスワンダーと外国産馬のホープ2頭を大逃げで一蹴。西も東も後世まで名の残る好メンバーが揃ったレースの上に、どちらも大逃げでの決着という、逃げ馬ファン大歓喜の一日となった。


結果的に、この幻惑のレース振りをライバルのスペシャルウィークキングヘイローに見せずに済んだのは大きかったといえる。菊花賞本番でもセイウンスカイは同様に大逃げ・溜め・二の脚の幻惑レースを展開し、二冠馬の称号を掴み取った。


三陣営まさかの結末編集

第36回(2001年10月7日)。

この年も出走馬は7頭。1番人気は当年での引退が表明されていた世紀末覇王テイエムオペラオー、2番人気はクラシック期からのライバルでお馴染みのナリタトップロード。この2頭が人気面でとびぬけており、やや離れた3番人気にステイゴールド(この日、主戦の武豊は凱旋門賞に遠征していたため、後藤浩輝とコンビを組んでいた)がいるという状況だった。ちなみに宝塚記念でオペラオーを破ったメイショウドトウは天皇賞への直行を選んでいる。


関西圏で最後の直接対決となった2400mは、スエヒロコマンダーがペースを作り、向こう正面にかけてオペラオー2番手、トップロードはその直後、内の進路にステイゴールドという構図。前半1000mは62秒8とスローペースで流れていく。

3コーナーの坂の下りでトップロードが外から早仕掛けし、4コーナーで先頭に並んで直線へ。しかし抜け出す前に内からステイゴールド、外からオペラオーに抜かれてしまう。勢いはステイゴールドの方がよく、残り200mで先頭リード1馬身。懸命に食らいつくトップロードだがここまでか・・・と思われた次の瞬間。


「あーっ、トップロード落馬!トップロードが落馬!!!」


2頭に挟まれたトップロードが躓き渡辺薫彦を落としてしまう。レースはそのままステイゴールドが1着入線、しかしすぐに審議の青ランプが灯った。

審議の結果、ステイゴールドの外斜行がトップロード落馬の原因だったとしてステイゴールドは失格。オペラオーは繰り上がりで、京都大賞典の連覇を掴んだ。


しかし、この後の秋の戦いで三雄の結末はくっきりとわれた。オペラオーはアグネスデジタルの大外一気、ジャングルポケット・マンハッタンカフェの新世代台頭の前に八冠目を獲れず引退。トップロードは落馬事故で脚を怪我し天皇賞に出れず、残り2戦は走ったがオペラオーに先着できず。翌年にGⅡ2勝を挙げ意地を見せたものの、2つ目のビッグタイトルはつかめなかった。そしてステイゴールドは・・・。


復活のマカヒキ編集

第56回(2021年10月10日)。

2016年の日本ダービー馬・マカヒキは、ダービー制覇後凱旋門賞を目指してフランス遠征を敢行。前哨戦の仏GⅡ・ニエル賞を制し期待が膨らんだが、凱旋門賞本戦は14着に敗退してしまう。

そこから何か完全に歯車が狂ってしまったかのように、古馬以降は勝ち星に見放され、ダービー馬ながらいつしか2桁人気も珍しくなくなっていた。また種牡馬入りで引退の目処も立たず(これには諸説あるが、マカヒキ自身が既に多数が種牡馬入りしているディープインパクト産駒であることも少なからず影響していると思われる)、8歳になった2021年も現役を続行していた。


しかしこの日、最終直線でアリストテレスキセキが激しい競り合いを展開する中、外から突っ込んできたのが藤岡康太騎乗のマカヒキである。わずかにハナ差アリストテレスを捉えきり、9番人気・単勝32.1倍から勝利した。


実に2016年ニエル賞以来5年1ヶ月・1855日振りの勝利。これはGⅠ馬による史上最長間隔勝利記録であり、また日本ダービー馬の8歳での勝利も最年長勝利記録となった。我慢強く走り続けたベテランが報われた勝利として、感動を呼んだ。

関連項目編集

競馬 JRA 重賞

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