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詳細

気性難

きしょうなん

「気性難」とは気性が荒い馬に付けられる称号である。 (※メイン画像はウマ娘によるイメージです。)
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概要

「気性難」とは気性が荒い馬に付けられる称号である。
サラブレッドには、一般的に気性が荒い特徴があるとされている。

サラブレッドの気性が荒い理由

通常何かしらの動物を家畜化する際、気性が大人しくて人に従順な個体を繁殖させ、能力が高くても気性が荒い個体は去勢などを行って繁殖できないようにする。
しかし競走馬のサラブレッドに求められたことは足の速さが第一で従順さや扱い易さなどは二の次であったことに加え、気性が荒いことは裏を返せば勝負根性の強さにも繋がることから、気性が荒い馬も強いからと言う理由で掛け合わせ続けた結果とんでもなく気性が荒くなり、中には気性改善のために去勢されたり、調教を拒み続けたことで競走馬になることすら出来ずに廃用となってしまうケースもしばしある。
無論全ての競走馬が気性難な訳ではなく大人しくても強い馬もいる、馬によっては調教や競馬が原因で気性難になっている場合もあり、競走馬を引退すると大人しくなる馬も多い。
一方で、引退後種付けを始めると気性が荒くなる馬もいる(スペシャルウィークなど)。
一般的には暴れ馬が気性難と呼ばれやすいが、広義では臆病な馬(カブラヤオーナリタブライアン)、人間に対しては温厚だが折り合いをつけるのが難しい馬(サイレンススズカディープインパクトなど)も含む場合がある。

気性難で有名な馬・日本編

カブラヤオー

『狂気の逃げ馬』の異名を持つ、1975年の二冠馬。
玉砕覚悟とも言える破滅的なペースでひたすら大逃げを打つ、もしくは大外を回って差し切るという荒唐無稽な戦法にもかかわらず、13戦11勝という極めて安定した戦績を残した(負けたレースは逃げ戦法が確立される前のデビュー戦と、ゲート内で頭をぶつけ脳震盪を起こしたまま走ったレース)。
そのハイペースは殺人ラップとまで言われ、皐月賞では競りかけてきた馬が故障して本当に命を落としたり、ダービーではどう見てもバテているのにド根性(としか言い様のない力)で再加速して逃げ切ったりと、恐ろしいレースぶりを見せた。
引退後、その逃げ戦法の理由が「馬群を極端に怖がる気性だったため、その本能のまま逃げまくるしかなかった」からだと明かされた(弱点にもなるため、カブラヤオーの気性は現役中は陣営内での機密事項だった)。
その走りは体の屈強さもあってこそだが、捕食者から逃げる野生馬のごとき必死さによって生まれたものだったと言える。

シンボリルドルフ

日本初となる無敗でのクラシック三冠達成馬にして、これまた初となるGⅠ7勝を挙げた七冠馬。
人前では堂々としていたもののプライベートではかなり気難しい性格で、ついたあだ名は「ライオン」。そのためスタッフは彼を怒らせないようにいつも気を遣い、また他の馬もルドルフを畏れたという。
さらには狡猾な面もあり、勝てる分だけ走ったら手を抜き減速する癖を持っていた。
だが裏を返せばどうすれば勝てるかを自分で分かっていたということでもあり、鞍上の岡部幸雄騎手が「ルドルフに競馬を教わった」と語るダービーでのエピソードはその能力を表す代表的なエピソードである。

タマモクロス

オグリキャップと共に芦毛伝説草創期に活躍した馬。史上初の春秋天皇賞連覇やオグリキャップとの激闘など数々の実績を上げ、当時日本競馬にあった「芦毛の馬は走らない」というジンクスを払拭する一翼を担った。
しかし、デビュー当初こそ臆病だったが勝負根性と闘争心が身に付くにつれて徐々に気が荒く凶暴な性格になっていき、馴れ馴れしく触ろうとしてきた相手の指を嚙み千切ろうとした挙句柵の中に引きずり込み殺そうとした他、タイキシャトルに喧嘩を売って勝利している。
さらには調教中に放馬し暴走しながらコースを1周した際に全身打撲を負い、そのトラウマから馬運車を見ただけで怯えるようになってしまった。
ネット掲示板などで見られる
A「俺タマモクロスに触ったことあるで」
B「おっちゃん指全部ついてるからその馬タマモクロスちゃうな。馬違いや」
というジョークも有名。
その一方、何故か子供にだけは優しかったという。また生産牧場の牧場主が引退後に逢いに行くと、嬉しそうに鳴いて甘えたため厩務員が驚いたというエピソードがある。
なお、生産牧場が彼の本格化前に破産・一家離散してしまったエピソードでも有名であり、これが心の傷になっていたのではないか?という説もあるが、本当のところはタマモクロス自身にしか分からない。

イナリワン

大井競馬場から中央へ移籍し、平成三強の一角として活躍した馬。
日常的に蹴り癖があり、馬房にはが設置されていた。
武豊騎手が調教で初騎乗した際には彼の指示を無視して全速力を出している。だがその気性の荒さが小柄な馬体に対するパワーを生み出していた。
ちなみに武騎手は平成三強全馬に騎乗経験があり、それぞれオグリキャップは「何を考えているのかわからない」、スーパークリークは「大人しくて乗りやすい」と評しているのに対し、彼に対しては「怖い」「今まで乗った中で一番気が強くパワーがある」とコメントしている。
そもそも父ミルジョージからして気性難で、この産駒に多く騎乗した柴田政人氏曰く「ミルジョージ産駒には天才と狂気が同居したような馬が多い」という
だが引退後は大分落ち着いていき、引退先の牧場主からも賢い馬と言われていた。

サッカーボーイ

末脚を武器にマイル戦線で活躍した馬。尾花栗毛の中でも尾花栃栗毛という珍しい毛色で、「テンポイントの再来」とも呼ばれていた。
だが父ディクタスに負けず劣らず気性が非常に荒く、幼少期から牧柵を飛び越えて脱走・二足歩行などをしており「やんちゃなエピソードに事欠かない」と評されていた。
挙句引退レースの有馬記念ではゲート内で暴れ前歯を折ってしまった。それでも3着(4位入線、スーパークリークが失格になったので繰り上がり)に来ている。
何故か産駒はナリタトップロードヒシミラクルといった大人しい馬(それもステイヤー)ばかりで、気性難の活躍馬はブルーイレヴンぐらい。
下記ステイゴールドは甥(全妹の息子)。引退後に同じ牧場で種牡馬入りした彼と遭遇した際にはお互い激しく威嚇し合っていた

ゴールデンサッシュ

上記サッカーボーイの全妹。競争成績に関しては振るわなかったものの、サッカーボーイの全妹という良血である事から繁殖入りし、JRAタイ記録となる19頭の産駒を出産。2番目の子ステイゴールドと9番目の子レクレドールがそれぞれ重賞勝ちを収めた。
普段は大人しい性格ではあるのだが、放牧から帰る際に列を乱した馬に対して怒ったり、種付け時には当て馬に噛み付くなど容赦がなく、特に彼女の定めたルールに従わない馬に対しては有無を言わさず襲い掛かっていた。いうなればかなりきつめの風紀委員長という性格をしている。このルール絶対主義を最も色濃く受け継いだのが下記ステイゴールドである。

ツインターボ

玉砕型と言われる大逃げでターフをにぎわせたエンターテイナー。G3どまりながらG1馬に勝るとも劣らない人気を博し、大惨敗を繰り返していた時期ですら常に馬券人気上位に食い込んでくるほど愛された競走馬であった。
実は馬郡が苦手なうえに調教時にも人が跨るを嫌がるという気性であり、大逃げはツインターボが唯一採れる戦法であったというのが真相。そのため一時主戦を務めた仲舘騎手も「乗っていて楽しい馬ではない」「もし出足がつかず馬群に飲まれたら、馬がパニックを起こして僕は死ぬかもしれないと思った」と意外にも厳しい評価を下している。

マヤノトップガン

サクラローレルマーベラスサンデーと共に1997年の古馬三強として活躍した馬。
逃げ・先行・差し・追い込みなど様々な戦法を駆使してGⅠ4勝を挙げたことから、特定の脚質を持たない「自在脚質」としても知られる。
しかしその実態は気性難のため主戦の田原成貴騎手が事前に戦法を決めず、スタート後に場当たりで彼の気分に合わせた騎乗を心掛けたため。
田原騎手曰く「成績にムラがあるのも気性難が理由」なんだとか。

サイレンススズカ

1997年の世代の一頭であり、「異次元の逃亡者」としてその名を知られる伝説的な馬。
他を圧倒する大逃げから最後には末脚を発揮して捕まることなく走り抜く特異な能力を有しており、今なおマイル中距離における最強馬とはどの馬か? という問いかけに必ず名前が挙がるほどの名馬である。
実は非常に繊細な馬であり、弥生賞では厩務員がいなくなったためにゲートをくぐってしまったり、掛かりに掛かって暴走したことも一再ではなく、クラシック戦線では才能の片鱗は見せていたがその気性の影響でトレードオフにできないほど厄介な物だった。

ステイゴールド

おそらく、現代の競馬ファンの間で気性難として最も有名な競走馬の筆頭
シルバーコレクターとして名を馳せたが、引退レースの香港ヴァーズで劇的な勝利を収めた競走馬。だが惜敗続きだったのは、晩生型だったとか相手が強敵揃いだったとかもあるが、一番の理由は単にサボり癖があったからではないかと言われている。
彼の調教助手を務めていた池江泰寿氏は「肉やったら食うんじゃないかと思ったほど凶暴だった」と評している。
また小柄な割にボス馬気質でプライドが高く、ドバイ遠征時は食欲がすっかり落ちてしまったのに、弱みを見せたくなかったのか餌を寝床へ隠したり、他の馬に食わせたりして元気なふりをしていた(ただしステイゴールドは馬運車に乗るとレースが直近であると判断し余計なことをしないために断食して体調を整えるルーティンであるため、移送をレースが明日明後日にあると判断して食べなかった可能性があり、そのことを知っていた厩務員は特段心配していなかった)そのせいで体調不良の発覚が遅れ、ガリガリに痩せこけてしまったという(それにもかかわらずレースには勝った)。

またステイゴールドは『自身にルールを課しており、それを人間側にも要求していた』節がある。
事実、主戦を務めた熊沢騎手も「これは譲って、ここは譲れない、というのをはっきりとさせる馬」であるため、むしろそのルールをある程度理解できればハンパな馬よりは扱いやすかったという。また人間がルールを逸脱したと判断すると必ずサインを出し、そのサインを無視する。或いは気が付かなかった場合には襲い掛かってくるため、そのサインを見逃さずに対応すれば襲われることはないと当時の調教助手であった池江泰寿調教師は証言しており、少なくとも理由なく暴れまわることはなかったという。この辺りの気性は、ルール絶対主義であった母ゴールデンサッシュの影響が非常に濃いと言われている。
その他、以下のような気性難伝説を残している。

  • 人間が馬房の前を通ると突進。
  • 乗ろうとした人を柔軟な体を活かし回し蹴り。
  • デビュー前、鞍がズレるまで人間を乗せるのを拒否し続けた結果背中にイボができた。切除後にレーザー治療をしたところ突如立ち上がって治療器を2基とも破壊
  • 左側に斜行することで騎手が追えなくし、楽をしようとする。
  • 1998年ジャパンカップではスペシャルウィークの尻尾に噛みつく。
  • 2001年京都大賞典ではテイエムオペラオーにタックルしようとする。結果オペラオーと並んでいたナリタトップロードと接触して落馬させ、斜行しながら1着入線するも当然失格
  • あまりに左への斜行癖が酷く、左目だけブリンカーを付けるなどして徹底的に矯正した結果、引退レースの香港ヴァーズでは右へ斜行した(ついでに落鉄もしたが猛烈な追い上げで勝った)。
こうした気性難から、ファンの間では「ドバイで勝てたのは疲労しきって騎手に逆らう気力が無くなっていたからではないか」「香港ヴァーズでは斜行した直後武豊に修正されてブチ切れ、武を振り落とそうとして全力で走ったのではないか」などという説が実しやかに囁かれている。しかもこれだけの能力を晩年に発揮しながら本当の競争能力的な全盛期は引退後であったとされ、武豊が「これだけ走れる馬を奪われたような気持ちにさせられた」と語ったほどには引退翌年に衰えるどころか強くなると自信を持たれていた。
だが、その長い現役生活で多くのファンを得て、一口馬主たちには多額の賞金をもたらし続けた彼は「理想のクラブ馬」と呼ばれ、気が付けば誰もが愛さずにいられないほどの名馬となっていたのだから分からないものである。
種牡馬としてはまさかの大成功を収めたが、産駒にも軒並み気性難を遺伝させている(ウインブライトのような例外もいるが)。
ちなみに種牡馬になった後も隙あらばスタッフへ襲いかかっていたというが、猫にはデレデレしていた

シルクジャスティス

知名度ではステイゴールドに譲るが同世代では彼以上の気性難とされる。
どれほど気性難かと言えば、

  • 人間を背中に乗せることを拒否する。
  • 調教は基本サボる。気に食わなければ走りだすこともしない。
  • ようやく走り出した途端に横にすっ飛んでいき調教助手を振り落とす。
  • そもそも競馬を覚えないし覚える気もない。
という有様。ステイゴールドはちゃんと教えてやればしっかり覚えてくれたことを考えると、良くこれで去勢されなかったものである。
このような有様のシルクジャスティスであったが、同厩舎に所属していたエリモダンディーという競走馬が彼の精神安定剤の様な役割を果たす。彼は厩舎でも期待されるほどの馬で人懐っこかったが身体が小さく(それこそメロディーレーンを一回り程度大きくしたぐらい)いじめられっ子気質であったが、彼が苛められているのを見るとシルクジャスティスは常にエリモダンディーを助けて苛めていた馬を追い払っていた。これによってエリモダンディーはシルクジャスティスを慕うように付いて行き、調教時の併走パートナーなども務めてシルクジャスティスを良化させたのである。
そのおかげで有馬記念にも勝利し、古馬になれば更なる活躍が期待できると陣営も盛り上がったのだが、翌年にエリモダンディーが急死するとシルクジャスティスは急激に元の気性難を再発させて、以降はまるで活躍できなくなってしまう。単に仲が良かっただけでなく、実力的にもシルクジャスティスの調教相手が務まる馬がエリモダンディーの他にいなかったようだ。結果、有馬記念以降に勝鞍はなく惨敗を繰り返すようになった。
舎弟とも称されたエリモダンディーさえ無事であればどれほどの結果を残せていたであろうか。その意味では非常に惜しい馬であった。

キングヘイロー

「黄金世代」と称された強豪98世代の一角にして、何度も敗北を喫したたものの高松宮記念で唯一のGⅠ勝利を掴んだ良血馬。
だが実馬はJRAのCMやウマ娘での不屈のイメージとは真逆で、実際は超ワガママお坊ちゃまだった。
具体的には雨や砂を嫌い(実際にフェブラリーステークスに出走したが惨敗している)、揉まれるのも嫌がるため必然的に後方からの競馬になった。もちろんメンコと分厚い緑のシャドーロールを装着しており、気分が乗らないとレースをやめようとする癖まで持っていた。
そのわがままぶりには、神戸新聞杯で騎乗した岡部幸雄騎手に「調教済みとは思えないほど気性が幼い」と苦言を呈されたほど。
GI勝ち鞍は1200mの高松宮記念だけだが、2000mの皐月賞でも2着、3000mの菊花賞でも5着と、かなりのオールラウンダーっぷりを発揮している。
気性がもう少し良ければ、もしくはせめて勝負根性に繋がる気性難であれば、どれだけの能力を発揮できただろうか……。

エアシャカール

メイン画像左は彼のウマ娘の姿
2000年の二冠馬。ダービーで7cm差の惜敗を喫したため「準三冠馬」と呼ばれた。
しかし主戦の武豊騎手にサンデーサイレンス産駒の悪い部分を全部集めたような馬」「何を考えているのか頭の中を見てみたい」と言われるレベルでの気性難でもあり、右ヨレ癖(それも何度矯正しようとしても再発してしまうという代物)までも持っていた。
その気性の悪さたるや、彼が所属していた森秀行厩舎では誰も調教で乗りたがらず、追い切りの乗り役をくじ引きで無理やり決めたという逸話が残っている。

デュランダル

追い込み馬でありながら、追い込み戦法が絶対不利とされる短距離レースで活躍した稀有な存在。
だがその実態はゲート内で落ち着けず出遅れることが多かったため、必然的に追い込み戦法を取らざるを得ないというものだった。
また顔に芝の破片が飛んでくるのを極度に嫌ったため、毎回大外へ持ち出さねばならなかった。
普段も馬房の中で大暴れするため、専用の馬房が用意されていたという。
主戦を務めた池添謙一騎手にとっては追い込み戦法を得意とするその騎乗スタイルが彼により確立されたといってもいいほどの相棒であり、池添騎手は携帯の待ち受け画像に採用するほど思い入れが深いという。
また、気性難で知られる本馬を『扱いきってしまった』ことから、「気性難?じゃあ池添乗せとけ」的な風潮を生んだとも言われ、「池添の心に突き刺さった(呪いの)聖剣」と呼ばれることも。

スイープトウショウ

メイン画像中央は彼女のウマ娘の姿
牝馬では39年ぶりに宝塚記念を制した女傑。
調教時やレース前に立ち止まり動かなくなることが多く、騎手を乗らせずに係員がゲートまで引っ張ったことも。
ゴネれば騎手が降りると覚えてしまっても困るので、主戦の池添謙一騎手は可能なかぎり下馬しないようにしていたが、よりにもよって天覧競馬だった2005年の天皇賞・秋でもゴネてしまい、そのときは止むを得ず下馬した。
ディープインパクトの引退レースである2006年有馬記念でもゲートインを拒否して数分間ゴネ続け、観客をやきもきさせた。さらには調教を拒否し続け京都大賞典を回避という事態まで起こしている。
池添騎手は彼女の特集番組にて「彼女にしたい?」と尋ねられたところ「いやー、キツいでしょ」と返答。どうも彼のことを嫌っていたらしく、池添騎手が調教で乗ったところ吹雪の中を30分棒立ちした、引退後に彼が会いに来た際には餌の人参を拒否し、やっと食べたときにも耳を絞って威嚇していたというエピソードを持つ。
それでも確かな実力を持つのは確か(走り出してしまえば乗りやすい馬だったという)で、わがまま・ツンデレなネタ馬として愛され続けた存在だった。
なお2015年にはオルフェーヴルとの間に子供が生まれたが、この子供も両者の気性難をばっちり受け継いでおり、気性難すぎて競走馬デビューすらできなかった(調教担当者曰く「『バカな犬』みたいな性格」)ようである。
ちなみに子育ては真面目にやっていた模様。

ドリームジャーニー

下記オルフェーヴルの全兄。ステイゴールド産駒。
当然の如く気性難で、ステイゴールド以上に凶暴。引退後もそれは変わらず、命の危険があるという理由で主戦騎手の池添ですら近づけなかった(対面できた時期もあったようで、動画が残っている)。池添騎手曰く、他の馬は戯れているようなことでもドリームジャーニーは本気で殺しにくる、とのこと。
あまりの気性難から、オルフェーヴルが来たときは「ドリームジャーニーの弟」ということで厩舎スタッフを恐れさせ(幸いにしてオルフェーヴルは普段はおとなしいのでドリームジャーニーほどヤバくはなかった)、ファンにさえも「(オルフェーヴルやゴールドシップも)ドリームジャーニーよりはマシ」とまで言わせたとか…
そもそも父ステイゴールド、母父メジロマックイーンは本来であれば制御不能の気性難が誕生する可能性の高い『禁じ手』とされた配合であり、池江厩舎開設祝いとして配合されていなければステマ配合は行われていなかった可能性は高いという。
そんな暴れ馬であるが、実はそんな彼も慌てて謝罪した案件がある。それはドリームジャーニーが池添の身体(しかも頸動脈の辺り)を噛み、その直後に池添が力なく彼に寄り掛かったというもの。これには流石のドリームジャーニーも慌てたらしく、申し訳なさそうに噛んだ部分を舐めて謝っていた。そんなこともあり、ドリームジャーニーは池添に対してはその凶暴な性質が一時的にではあるが鳴りを潜め、彼に従うようになった。
彼が会えないほどに荒んだのは種牡馬生活に嫌気が差し、それを発散する場を得られなかったためと考えられている(彼は物理的にモノが小さく種付けが苦手であるため)。

ナカヤマフェスタ

宝塚記念を低人気で制し、凱旋門賞2着の実績を残した馬。
お約束のようにステイゴールド産駒であり、「ステイゴールド産駒でも随一の気性難」とまで言われた。
3歳時には気性改善のために厳しく調教をしたところ逆に気性が悪化、そこで「やりたいことをやらせてやる」という方針に切り替えたためある程度マシになった。
調教が嫌だったらしく引退後はかなり改善したものの、産駒にも気性難が多い。
なお本馬も父ステイゴールドと同じく猫大好きであり、そりが合った父の隣の馬房で一緒に猫を愛でていた(ステイゴールド産駒は総じてボス馬気質であるため、たいていの場合産駒同士の仲がかなり悪い)。

オルフェーヴル

日本史上7頭目の三冠馬にしてステイゴールド産駒。通称「金色の暴君」「激情の三冠馬」
デビュー前は大人しかったが新馬戦で豹変、散々暴れまわった挙句主戦騎手の池添謙一を振り落とした。その後は菊花賞でも彼を振り落とし、実況アナから「こんな三冠馬は見たことがありません」と苦笑交じりに言われてしまった。
さらには阪神大賞典掛かりまくった挙句コーナーを曲がろうとせず逸走、その後物凄い勢いで戻ってくるという滅茶苦茶な競馬をしている。結果、史上初の平地調教再審査を食らった三冠馬となった。
しかしその強烈な個性と圧倒的な強さから、歴代の三冠馬でも人気は随一である。また普段は非常に大人しく、現役時代は競馬場でスイッチが入るだけなようで、余命のないファンの少年に対して好きなだけ自分の顔を撫でさせ、天国に旅立った彼に勝利を報告するかのように引退レースで圧勝したなど、暴れん坊な一面とは真逆なエピソードも伝えられている(種牡馬生活に入ると段々父親に似てきたらしいが)。これでも主戦の池添騎手には懐いている。池添騎手が自分から視線を切ってカメラに向くとこっち向けといわんばかりに前脚で殴ろうとしてくるが。
ちなみに本来であればオルフェーヴルは産まれてくるはずがなかった馬で、母であるオリエンタルアートにはディープインパクトが種付けして、ディープインパクト産駒を誕生させる計画だったのだが、3度種付けして3度とも受胎せず、急遽ステイゴールドに駆け込んだら1発で受胎するという、産まれる前からエピソードに事欠かない三冠馬である。
一方、産駒は逆に穏やかで人懐っこい馬が多く、2022年9月時点で最も成功したラッキーライラックや、BCディスタフを勝利したマルシュロレーヌ。そして小さく可愛いメロディーレーンは凶暴性をまるで見せない(ただしディクタスアイは見せる)事。オルフェーヴル自身は幼駒時代に苛められていた事で気性が悪くなった説もある事などから、彼の場合は後天的な気性難で、本質的には穏やかな性格なのではないかとも言われている。
因みにオルフェーヴルが三冠を獲得して以降、ステイゴールドと母オリエンタルアートの仔は人間側が大事に育てるようになったため、人間によく懐く様になり、気性は比較的おとなしくなっている。そのために逆に強めの調教ができずに結果を残すことができなかったともいわれているのだが(しかしながらこれは好成績を収めた全兄弟にはよく発生することである)。

ゴールドシップ

メイン画像右は彼のウマ娘の姿
こちらもステイゴールド産駒。2012年のクラシック二冠馬にして、宝塚記念2連覇、GⅠ通算6勝を上げた成し遂げた実力の持ち主。しかし圧倒的な勝利と同じくらい信じがたい惨敗も喫し、いつ何時も我が道を貫き常識外れな逸話を残した名馬にして迷馬。そして競馬史に残るネタ馬。
戦績の浮き沈みの激しさや、気性の激しさゆえに引き起こしたユニークなエピソードの数々に加え、芦毛馬に特有のルックスの愛らしさも含めて人気を集めた。
気が強くプライドの高いボス馬気質なのはステイゴールドと同様だが、岡田繁幸氏は自己中心的な父と比べるとむしろゴールドシップは「深く物事を考えている」と称している。
むしろその頭の良さが素行に多分に影響しており、横山騎手曰く「(奇行は)分かってやっていた」とも。繊細で感性が鋭いためやる気のある時とない時の差が激しく、不平不満をガッツリ表に出すタイプ。気分がのらない時は調教を断固拒否し、レースを途中でやめてしまったりもするほど。
2015年天皇賞(春)ではゲート入りを嫌がった挙句目隠し+バックでゲートイン、次走の宝塚記念(3連覇がかかっていた)ではゲート内で盛大に立ち上がり15着惨敗

というかもはやゴルシのネタ馬としての伝説を語り始めるとキリがないので、詳細は個別項目参照のこと。

オジュウチョウサン

2014年のデビュー以降、2022年末まで長きに渡って現役を続けた障害競走の絶対王者」。11歳にして障害GⅠを勝利し、それを含めて障害GⅠ9勝・史上最多となる5回のJRA賞最優秀障害馬受賞など数々の記録の持ち主であり、その強さと人気で一時代を築いた。
やはりというべきか彼もステイゴールド産駒だが、母シャドウシルエットもかなりの気性難で、そのあまりの気性難ぶりにレース未出走のまま繁殖に回されたほど
スタッフに襲い掛かる彼女を見て学習したのか一緒に人間へ襲い掛かっていた
実は血統を考慮した場合『ステイゴールド産駒随一の気性難』はこのオジュウチョウサンとも言われており、その証左として彼の全妹は無事産まれて馬名登録されていたのだが出走経験はあるが引退後に繁殖牝馬として繋養されていない。つまりそれだけ気性に問題があるという事である。因みにこの組み合わせは血統論的にはステマ配合とほぼ同じ考えに基づく。寧ろ必ず成功するという確信をもって配合されたうえ母父シンボリクリスエスの配合は成績からしてステマ配合に匹敵するニックスである。
(実際、父ステイゴールド(その父サンデーサイレンス、母父ディクタス)、母母父ミルジョージと、まさに日本競馬における気性難の結晶とでも言うべきやべーやつらのオンパレードである。何なら下記のナスルーラすらこの中に含まれる)
他にも厩務員を蹴飛ばし肋骨を折る、調教をサボろうとするなどし、8歳時にはいい年こいて調教中に放馬し勝手に障害を飛び越え、ダートに溜まった水で泥遊びしていた。なおステイゴールドとシャドウシルエットの産駒は数多くが同じ調教師に預けられたのだが、オジュウチョウサンの主戦騎手である石神深一は「そろいもそろって人間に対して悪だくみをしている顔をする」と語っている。
だが父とは異なりレースには非常に前向き。ベスト体重(510kg)を把握し食事量を調整、ステップレースでは力を温存、飛越フォームを編み出し故障しそうな時は限界に達する前にブレーキをかける、「自分が勝てば皆が喜び褒めてくれる」と理解し負けた際には不甲斐ない自分に怒り暴れる、というように父の賢さを良い方面に向けて活用している。その強さは石神騎手曰く「全盛期は乗っているだけで何もせずとも勝手に勝てる」という領域にいたほど。
その一方で非常に飽きやすいため、毎回違う調教メニューを用意する必要があったという(平地レースではなく障害に適性があったのもこのためなのかもしれない)。

エピファネイア

シンボリクリスエスの代表産駒であり、現在の日本を代表する種牡馬として君臨している。
実は日本ダービーの頃までかなり激しい前進気勢を持つという、とにかく前に行きたがるタイプの気性難で、菊花賞の頃にはどうにか折り合いをつけることに成功したという経緯を持つ。このためもしそのまま折り合いがつけられなかったら日本種牡馬の歴史が大きく変わっていたかもしれない。因みにシンボリクリスエスの産駒は傾向的に母系に関係なく気性が荒くなると言われている。

ドゥラメンテ

2015年のクラシック二冠馬で、曾祖母ダイナカールから代々続く超良血馬。
イタリア語で「荒々しくはっきりと」という名前の通りのような性格で、未勝利戦ではゲート内で暴れたが勝利(ただし再審査も喰らった)、共同通信杯では道中掛かって2着と若い頃からの気性難だった。
皐月賞ではミルコ・デムーロ騎手の指示に過剰反応しドリフトもかくやの大斜行(デムーロ騎手曰く「スゴイ怖かった」)をかまし、思い切りロスしたのに見事勝利。挙句ドバイ遠征ではパドックで堀宣行調教師にヘディングをかまし、彼の掛けていた眼鏡を吹っ飛ばした
一方で現役時代は故障に悩まされ、ラストランとなった2016年宝塚記念で故障して競走能力喪失、引退に追い込まれた。
引退後は種牡馬入りし、初年度産駒は初の重賞勝利を飾るなどしてこれからという2021年、病のため9歳の若さのため死亡してしまった。産駒は5世代のみだがその成績は極めて良好で、その早すぎる死を嘆く声は非常に多い。

ブチコ

白毛に模様が入っているというダルメシアンのような外観の馬。
だがゲートが大嫌いで、ゲートを破壊する、脱走してラチに激突し負傷、ゲートを潜り抜けようとしクリストフ・ルメール騎手を負傷させるなどの事件を起こしている。
あまりのゲート嫌いから、名前の由来(※本来は体の模様から)は「ゲートをぶち壊す」からではないかと言われていたこともある。
結局「再調教するのは彼女にとって負担でしかない」という理由で引退している。
娘のソダシは白毛馬初のGⅠ制覇を成し遂げたが、気性難も受け継いだのかかなり気難しい性格らしい。須貝尚介調教師や今浪隆利厩務員曰く「ゴルシよりはマシ」と思いながら扱っているのだとか。

ラニ

初めてUAEダービーを制覇し、アメリカ三冠の全レースに挑戦した日本馬。
上記ゴールドシップとは「芦毛」「大柄な馬体」「追い込み馬」以外の大きな共通点が気性難で、「砂のゴールドシップ」と呼ばれていた。
具体的には他馬に威嚇したり蹴ったりする、牝馬に興奮して尻っぱねした際にラチを跨いでしまい蹴って破壊、米二冠馬カリフォルニアクロームに喧嘩を売り引き下がらせる、など。
挙句海外ではゴジラ」「クレイジーホース」というあだ名がつけられ、ゴジラやキングギドラと戦ったり、目からビームゲロビを発射したり、キックでビルをへし折ったりしているクソコラが作られてしまった。現地新聞の挿絵もキングコングさながらビルに登っているというもの。最早ただの怪獣扱いである。

メイケイエール

2022年現在現役のスプリント路線を走っている牝馬。綽名は「真面目過ぎる天才少女」。
額の流星とつぶらな瞳、スラリとした肢体のグッドルッキングホースで、武英智調教師曰く「顔は本当に別嬪さんで、厩舎でも本当に品が良い。なのにレースでは品が無い」。
調教やパドックでは真面目で大人しいのだが、レース本番となると掛かりまくって暴れる。馬主の法人が名古屋市にあるので「暴走名古屋走りお嬢様」と呼ばれることも。
どうやら彼女は真面目過ぎて「何が何でも先頭に立たなけらばならない」と考えているらしい。だが1回先頭に立つと満足してしまうこともしばしばある癖馬。
ついでに他の馬に寄って行きたがる悪癖もあり、武豊横山典弘池添謙一と、日本を代表するジョッキー三人に揃って戒告処分を受けさせている
2021年桜花賞では出遅れた挙句制御不能レベルの掛かりを起こし、途中でスタミナを使い切って逆噴射、最下位になってしまった。
この結果を前に「もう池添を乗せろ」と言われていたところ本当に池添騎手に乗り替わり。彼と共に数戦を経験し、2022年シルクロードステークスで見事我慢を覚え勝利した。

気性難で有名な馬・海外編

セントサイモン

サラブレッド創成期のイギリスの競走馬で、ある意味全ての元凶
10戦10勝という圧倒的なまでの強さを誇ったが…

  • 気性改善策として馬房に入れられた猫を天井に投げつけて叩き殺す
  • 厩務員に殺す気で襲い掛かってくる
  • 常に掛かりを起こして発汗
  • 主戦騎手は暴走しようとする彼を制御しようと必死。一度乗り替わった際、レース途中から暴走し2着の馬に20馬身つけた後も止まろうとせず、1マイルも余計に走った
  • 喧嘩を売ってきたマッチレースの相手を完膚なきまでに叩きのめして(20馬身以上ぶっちぎった上で止まって待つという舐めプ)去勢にまで追い込んだ。なおこのレースでは調教師、騎手、セントサイモン揃って相手にキレており(相手側がセントサイモンを駄馬扱いするような発言を行ったため)、珍しくセントサイモンがちゃんという事を聞いて走ったレースでもある。普段いう事を聞かない気性難でもみんなで同じ方向を向けばいう事を聞くらしい。
  • 主戦騎手が拍車を使ったところ激怒し厩舎を脱走、街外れまですっ飛んでいった
  • ついたあだ名は「煮えたぎる蒸気機関車
等々すさまじいまでの気性難伝説を残す。
その強さからセントサイモン系と呼ばれる一大系統を作った。繁栄しすぎた反動で父系としては衰退してしまったものの、その血は世界中に広まっており、今やこの世にセントサイモンの血を引かないサラブレッドは存在しないと言われている。まさに気性難なサラブレッドのすべての元凶と言えるだろう。
ちなみに弱点は。スタッフの言うことを聞かない時は杖に帽子をかぶせ、傘に見立てて怯えさせていた。

ダイヤモンドジュビリー

セントサイモンの産駒。セントサイモンの気性難をバッチリ受け継いだ一頭。
英国三冠を含め13戦6勝と素晴らしい成績を残したが、最早ロデオで使った方がいいとまで言われるほどの気性難であり、ついたあだ名は「悪魔の気性」。
厩務員の指を食いちぎったこともある。
そんな馬には誰も乗りたがらないため、やむなく多少なりとも信頼関係を築けていた厩務員を乗せたところ、厩務員が三冠ジョッキーとなるという珍記録を生み出した。
引退後はアルゼンチンで種牡馬となったが気性は全く改善せず、「体調不良になっても凶暴すぎて薬を飲ませられなかったため、薬を塗った棒で挑発して噛み付かせることで投薬した」「馬房に迷い込んだ浮浪者の腕を食いちぎろうとした」などのエピソードを残している。

ナスルーラ

第二次世界大戦中に活躍したイギリスの馬。引退後は種牡馬としても大活躍したが、かなりの気性難だった。
パドックからコースに向かう途中で進むのを拒否する、先頭に立った瞬間失速するなどしてなかなか勝てないレースもあった。ついたあだ名は「Rogue(ならず者)」
古くからのダビスタファンからは「スピード強化と引き換えに気性難が付いてくるインブリード」かつ「多重インブリードによる『危険な配合』」でも有名。

ヘイロー

日本の気性難全ての元凶その1
厩務員から虐待を受けた結果、平然と動物を殺したり、厩務員を押し倒して踏みつけようとするとんでもない気性難になってしまった。
海外の気性難をまとめたサイトに堂々と「Psychotic(キチガイ)」と書かれるほどの気性難で、担当していたマッケンジー・ミラー調教師にも「なぜ彼が去勢されなかったのか不思議だ」と言われている。
自身の競争成績よりも、産駒から多数の優秀な種牡馬を輩出したことで有名。特に後述のサンデーサイレンスが日本で大きな成果を出したことから、日本の気性難の原因とも言われる。
なお、タイキシャトルの父デヴィルズバッグもヘイロー産駒であり、父に同じヘイルトゥリーズンを持つロベルト系のリアルシャダイブライアンズタイム、他にもグラスワンダーの父シルヴァーホークシンボリクリスエスの父クリスエスなど、彼の血統は自身のみならず日本競馬において大きな位置を占めている。
……ということは、本当の原因はヘイルトゥリーズン?ちなみにコイツも気性に関するエピソードは多い。と言うよりも、馬の肖像画などを数多く手がけた画家リチャード・ストーン・リーヴス氏曰く「ヘイローもヘイルトゥリーズンに比べれば並の馬に見える程度だった」とのこと。
ヘイローよりもヤバいと言われている時点でどれだけの気性難であるかはお察しください。

サンデーサイレンス

ヘイロー産駒。日本の気性難全ての元凶その2
幼少期より不遇で不運続き。見た目が悪くセールで売れ残り、腸疾患を患って生死の境を彷徨い、挙句の果てには馬運車が事故を起こし自分だけが生き残るというとんでもない不運に見まわれた。
気性難も酷く、騎手の指示に従わずに暴れるのは当たり前。調教助手や騎手に騎乗拒否されたことも。人間に噛みつくのも普通で、柵に噛みついている写真も残っている。どうも元々の気性の激しさに加え、度重なる不運でひねくれてしまったらしい。
しかし売れ残った結果生産者の所有馬としてデビューすると、その後は輝かしい戦績を上げてのし上がり、その下克上ストーリーは多くのアメリカ人の胸を打った。
種牡馬となった後に日本に渡り、文字通り日本競馬の血統を塗り替えるような活躍をしたが、気性難も遺伝させてしまったため日本の気性難の原因の一つとも言われている(ここに掲載されているだけでも、サイレンススズカ、ステイゴールド、エアシャカール、デュランダルが産駒)。
なお、サンデーサイレンスが威嚇しまくっても大人の対応をしていたメジロマックイーンのことは気に入っていたようで、マックイーンが隣にいると大人しかった。また、人にかみつく癖があったが、赤ん坊には優しく、噛みつくこともなかったそう。

ディクタス

フランス生まれの競走馬・種牡馬。主な産駒はサッカーボーイ、イクノディクタスなど。
血統的には長距離向きなのに、気性の激しさから主にマイル路線で活躍し、ジャック・ル・マロワ賞を勝利……と、どこかで聞いたようなタイプ。
ルールに拘る頑固者タイプだったようで、似たような傾向を持つ産駒が多い一方、孫世代以降は先祖返りしたのか、しぶとく粘るステイヤー型が多い。
ノーザンテーストとともに1980年代の日本競馬を支えた功労者であり、「横綱ではないが名大関」と称えられた。
独特な感情表現であるディクタスアイでも有名で、何故かやたらと子孫への遺伝性が高い。
なお、サッカーボーイの全妹ゴールデンサッシュにサンデーサイレンスを交配して生まれたのがご存じステイゴールド。なるべくしてなった気性難とでも言うべきか。

トール

フランス生まれの競走馬・種牡馬。主な勝ち鞍は1933年のフランスダービーと1934年のカドラン賞。
非常に短気で気性が悪く、北欧神話における雷神「トール」の名に恥じない凶暴さだった。
引退後フランスで種牡馬入りしたが、第二次世界大戦が勃発しフランスはナチスドイツに占領されてしまう。その際にドイツ軍から軍馬として徴用されることになったのだが、牧場で捕まえようとした兵士たちに抵抗しドイツ兵2名を殺害。結局徴用は諦められ、終戦まで生き延びて戦後イギリスに売却されたのだが、今度はあろうことか牝馬に重傷を負わせ、危険過ぎるため安楽死処分されてしまった。
ちなみに血統に上記のセントサイモンは入ってないが、その父のガロピンのクロスは2つ持っている。


番外・気性が良いと言われることの多い競走馬

グラスワンダー

朝日杯3歳ステークス(現・朝日杯フューチュリティステークス)においてレコードタイムを叩き出し、「マルゼンスキーの再来」「二代目怪物」と呼ばれた。
関係者が「大人しい」「頭が良い」「落ち着いている」と口を揃えるほど穏やかな性格をしていた。

スペシャルウィーク

武豊氏に初のダービー勝利をプレゼントした優駿。
上記のサンデーサイレンス産駒の中で、珍しく「人懐っこくて素直」と評されることが多かった。
が、引退後は種牡馬としての生活にストレスを溜め込んで荒んでしまったという。
生まれや育ちに紆余曲折あったためか、馬よりも人間に親しみを感じていたという説がある。

ミホノブルボン

「精密機械」「サイボーグ」の異名を持つ二冠馬。
関係者からは「象みたい」と言われるほどのマイペース屋さん。
引退後にド素人の女優を、馬具も無しに背に乗せても平然としていた。

アグネスデジタル

芝・ダート両方のGIを勝利しており、さらに地方・中央・海外のGI全てに勝利経験がある、まさに戦場を選ばぬ勇者。
レース以外ではのんびりもっさりしており、厩務員も「特に困らされた経験はない」と語る。

キンチェム

19世紀に欧州七ヶ国を渡り歩いて54戦54勝という不滅の大記録を打ち立てた、史上最強の競走馬との呼び声も高いハンガリーの国民的英雄
競馬場や公園を始めとしてその名を冠する施設が数多く存在し、2007年にハンガリーで発見された小惑星161975番にも本馬の名が付けられており、当時のオーストリア=ハンガリー帝国の皇帝も大ファンだったという。
オーナーや厩務員、猫との微笑ましいエピソードがてんこ盛りである。

メイショウドトウ

テイエムオペラオーの最大のライバルとしてしのぎを削り合い、オペラオー以外の馬はことごとくねじ伏せてきた不屈の挑戦者。
人間や馬のみならず他の動物とも交友関係を築こうとする社交的な性格で知られており、放牧中に足下をヤギがうろついていても追い払おうとはしない(流石に若干困惑気味ではあったが)。
他にも馬房に野生のタヌキが迷い込んできた時も追い払わず一夜の宿を貸したなど、ほっこりエピソードには事欠かない。


関連タグ

 競走馬
ゲート難:ゲート入りやゲート内を嫌がる馬。大体気性難を兼ね揃えていることが多い。
池添謙一:気性難の馬に乗ることが多い騎手。彼のお手馬をウマ娘化したイラストには「チーム池添」のタグがつけられることが多い。

似て非なる言葉

起床難…要するに寝坊グセ。ゴールドシチーは早起きできないことで知られていた(とはいえ、本来の意味での「気性難」も兼ね揃えていた)。

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