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蒸気機関車

じょうききかんしゃ

蒸気機関車とは加熱によって生じた蒸気を動力とする機関車であり、略称はSLである。
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この車両蒸気機関によって動く機関車の事。蒸機(じょうき)またはSLと略される。
なお現役引退後も、各地で復活運転がされるなど、鉄道ファンならずとも根強い人気がある。

分類

タンク式(タンク機関車)

 石炭及びを機関車本体に搭載する方式、主に小型~中型機が多いが、4100形、4110形、E10形など急勾配線専用の大型機にも採用例がある。小回りが利くなど長所があるが、(石炭や水を積み替える必要があるため)長距離運転ができないなどの短所がある。

テンダー式(テンダー機関車)

 石炭や水をテンダー(炭水車)に積載し、機関車本体に牽引させる方式。通常、機関車本体と炭水車を分離して運用することはないが、検査時は切り離しが可能であり、分離して別の機関車と入れ替えて利用することも可能。長距離運転ができるなどの長所があるが、小回りが利かないことやC56などを除いてバック運転が困難になるなどの短所がある。

特徴

  • 構造上、高圧の蒸気を発生させる大型のボイラーを搭載しているため、運転には甲種蒸気機関車運転免許の他にボイラー技師免許が必要となる(機関士・機関助士の両方が二級以上、または機関士のみが一級以上)。
  • 他の鉄道車両では進行方向の変更にしか使わない逆転機(進行方向を切り換えるための機械的装置)は、蒸気機関車の場合その構造上(歯車によって進行方向を変更するのではなく、シリンダーの空気の流れの向きを変更する仕組みになっている)速度の制御にも使用される。その様子はドキュメンタリー映画(youtube参考映像後退)などで見ることができる。
  • 様々な箇所が擦れ合うため、機関士の交代のときなどに熱をもっていないか確認したり、を注す光景も見られた。
  • 機構は複雑ではないものの、調整や保守に手間がかかる。だが、精度が良すぎてもダメな部分がある。ピストンとシリンダの径差がそれで、ピストンリングは入るものの2~8mmという内燃機関の10倍以上の差がある。これをガソリンエンジン並みに仕上げてしまうと動かなくなったという。
  • ボイラーの起動に時間がかかることと頻繁なボイラーの起動・停止はボイラーに負担がかかり、寿命を縮めてしまうため、現役運行されている機関車は検査で分解するとき以外はボイラーに火を入れたままにしておくことが多い。(石炭焚きだと無火から可動状態まで3~4時間、しかしそのうち2時間ほどは石炭の焚き付けである。純石油焚き(大抵重油であるが例外あり)は1時間程度で動ける(着火はほぼガスコンロ。あっという間である)。なおボイラー圧が上がるまでの時間を活用して他の整備もやっている)
  • 長距離運転では給水や給炭、灰ガラ捨てなどが必要となる(使用する車両にもよるものの、約100km程度)。車両基地だけでなく主要な駅にはそれを行う設備が設けられていた。
  • 適切なメンテナンスを行えば非常に寿命が長い。ボイラー等多くの主要部品を交換してはいるが130年以上現役の機関車が存在する。


仕組み等

  • 蒸気機関車の熱効率は10%程度とされ、電気機関車やディーゼル機関車より燃費が著しく悪い(ただし後述のように蒸気機関車外燃機関であるため燃料を選ばないメリットはある)。
  • 蒸気機関車の燃料は、石炭や木炭、木材などが一般的だが、実際は可燃物であれば(効率がいいモノがいいが)ほぼ何でも使えるため、最悪ゴミでもいい(東南アジアでは、実際にサトウキビの搾りかすが使われたこともある)。また、重油などの液体化石燃料を使用する蒸気機関車もある程度世界的に普及しており、日本でも一部の機関車が急こう配の馬力アップのために使用している。
  • 上記の内特に変り種なのが電気を使った方式で、電車の様にパンタグラフから電気を受け取り、それを使ってボイラーを加熱し、蒸気機関を動かしている(あくまでもモーターなどを動かしているわけではなく熱源であるので蒸気機関車に分類される)。また蒸気の発生源が車内になく、据え置きボイラから高圧の蒸気を充填してもらってから出庫し、蓄えた蒸気で走る「無火機関車」なるものも、蒸気機関車である。
  • また逆に蒸気機関を駆動して発電を行い、その電力で走行する、という形式も試作されたという。
  • 普通、蒸気機関車のエンジンは蒸気レシプロエンジンに分類されるが、艦船などにもあるように、蒸気タービン式の蒸気機関車も存在した(主としてアメリカおよびヨーロッパで作られ1940年代におおむね使用を終了している)。タービンは逆回転出来ないため機械式の場合は後進用タービンを別に搭載していた。上述の電気式も存在し、タービン回転数を一定に出来て前進後進が自在なのが利点であったが水を使う関係上電気機器と相性があまり良くなく、機械式ともども廃れた。
  • そのほか、原子力を熱源に使う案も存在した(1950年代および1970年代、ただし「原子炉汽車に搭載するよりも発電所を建設、電気機関車電車を運用する」法がはるかに効率がよいことに気づいたため中止になった。なおイギリスはそんな無謀な計画はしておらず、ソ連アメリカ西ドイツ日本が計画段階だったらしい)
  • まるで電気機関車モーターの様に各動輪に二気筒の小型蒸気機関を取り付けた19.10形が第三帝国時代のドイツで試作されたが走行性能は静粛で優秀だったものの複雑過ぎて試作のみに終わっている
  • JR私鉄などで運行される蒸気機関車は石炭が利用されているが、東京ディズニーランドウエスタンリバー鉄道は石炭こそ使わないものの、重油(現在は灯油)を使用して蒸気を沸かして走らせる、これもれっきとした「本物」の蒸気機関車である。
  • 一方伊予鉄道の「坊っちゃん列車」は見かけは蒸気機関車であるものの実はディーゼル機関で動いており、若桜鉄道C12は圧搾空気で動いており、これらは本物の蒸気機関車にはあたらない。若桜鉄道のC12は無火機関車の蒸気を圧搾空気に置き換えただけであるが、圧搾空気と蒸気の取扱法制の違いから厳しい手続きを受けなくとも済んでいる(圧搾空気は10kgf/c㎡=0.98MPa以上でなければ高圧タンクの規制を受けないが、蒸気ボイラは0.2MPa(≒2kgf/c㎡)で法規制のかかるボイラーになる)。

そのほか

  • SL(エスエル)」の通称が馴染み深いが、近年、「SL」は「SecondLife」の略称としても浸透しつつあり、「蒸気機関車」タグは、今後、利用が推奨されるタグと言えよう。
  • SLの代名詞となった「デゴイチ」はSLの形式の一つ、D51形の呼び名で、それが一般にも広く普及したため、その他の形式のSLもデゴイチと呼ばれることがあるが、元々は「デコイチ」と呼ばれていた。
  • 知名度や製造両数が多かったこともあって、現在でも全国で保存されている車両は多いが、本線上を走れるD51はJR東日本の498号機(と、元1094号機であるC61 20号機)のみであったが、現在JR西日本で梅小路蒸気機関車館で動態保存している200号機を本線で走れるように整備している。
  • 日本の鉄道用語(俗語)で機関車のことを「カマ」と呼ぶ。これは蒸気機関車が文字通り「釜」だったためだが、その名残で、電気機関車(電気釜)やディーゼル機関車にも通用される。
  • 通常自走可能なものは客車(旧客)や貨車(現在では運用なし)を牽引し、現在では主として客車列車として運用される。まれにキハ141系で運用を行う場合も存在する。自走不能なものは機関車で牽引する。
  • 基本的にボイラー側には車両、特に客車は連結させない、これはボイラーが破裂した際の安全を考慮してのことである。
  • しかし、運転台を前に置いたキャブフォワード型というものも存在する。簡単に言うと普通のSLの前後を逆にしたタイプで、運転手が煙にまかれることがなく、前が見やすいというメリットがある。主にトンネルが多い地域で見られ、アメリカやイタリア、ドイツの一部の鉄道会社で見られた。中には一見すればSLに見えないような車両も作られた。日本ではE10がこれにあたる。


日本の蒸気機関車

実際の技術史の詳細に関しては、Wikipediaの該当記事等を参照してもらうとして、ここではそのスタイルの確立とその後の特徴について簡潔に書く。

スタイルの確立~導入から国産化までの経緯

江戸時代末期の1853年、ロシアのエフィム・プチャーチンが来航し、蒸気で走る模型を披露したり1854年、アメリカのマシュー・ペリーが江戸幕府の役人の前で模型蒸気機関車の走行を実演した記録がある。日本の蒸気機関車史は実用鉄道そのものよりも前から、しかも模型で始まったことになる(本格的な実用鉄道敷設は1872年から)。
実用鉄道の敷設にあたってはイギリスの技術を導入したため、長く日本の(特に官営の)鉄道ではイギリス技術や製品の輸入の時代が続いた。国産機関車は19世紀末にはイギリス人技術者の指揮の下完成を試みているが、本格的に国産化が始まったのは大正時代初め頃からである。
21世紀現在でも1両が現役の8620形や貨物用の9600形の成功により、ようやく幹線用でも国産化の目途が立ち、第一次世界大戦により欧州経済が著しく疲弊したこともあって、以後は国産機関車が圧倒的主流となる。

8620形・9600形以降の国産蒸機の特徴

こうして誕生した8620形・9600形のスタイルが、日本の蒸気機関車のスタイルを確定させた。

  • ほぼボイラ径そのままで尚且つ飾り気のない煙室扉
  • 基本黒単一塗装
    • 飾りとしてナンバープレートやランボード、コネクションロッドに色を差すことがある程度。これは、アジア産の低質炭のため、排気に煤が多く、汚れが目立たないようにしたものだが、ここまで単一塗装を徹底した例は同時期には珍しく、日本形蒸機を導入したアジアの国々でも、晩年は部分的に塗装したりしている。
  • 配管丸出し上等。美観? なにそれ美味しいの?
  • キャブ(運転台)の乗り心地が最悪、らしい。
  • 独特の低い音色の汽笛(「フォォ……」と表現される)。
    • 欧州及び日本でも大正期までの蒸気機関車では、日本では電気機関車やディーゼル機関車、特急型電車に搭載されたAW2警笛のような高い音(「ピィィーッ」・蒸気機関車用は3階音)が一般的。3シリンダ機のサンプルとして輸入したC52に5階音の汽笛が付いており、音量が大きかったことから以降定着した結果である。アメリカでは1920年代以降のものであれば5階音も普通。

これらの特徴は『銀河鉄道999』といった創作物や、現在も各地で行われている動態保存機の運転などで、(日本の法制度上動態保存のための特別なルールはなく、各地の動態保存機は紛れもない営業用なのだが)厳密な営業用から退いた後の世代にもデファクトスタンダードとして刷り込まれてしまった。

技術的には、もとより日本の工業技術力が低い時期に国産蒸機に対して試行錯誤しているうちに蒸気機関車から電気動力車にシフトする時期が来てしまった
  • 特に明治37年、すでに甲武鉄道(現在の中央本線東部の全身)によって郊外電車が運転され成功を収めており、過密の日本国内では電気動力車が主流になるのは必然だった。また電気動力車は先進国の欧米列強でもまだ試行錯誤団塊であり、日本に後発の不利が少なかった。昭和4年には南海電9系や阪和電気鉄道モタ300形のような世界的にも一流性能の電車が国産で登場している。
このこともあり、蒸気機関車についての技術水準は1,067mm狭軌であることを考えても、欧米列強のそれから見れば稚拙に終わった。国鉄の試行錯誤は確かに技術的偏執や基礎理論を理解していない部分もあったものの、それらがなく国内の蒸気機関車より洗練されていたと言われる南満州鉄道の蒸気機関車群にあってもイギリスやアメリカといった先進国の水準に達しているというわけではない。

日本のおもな蒸気機関車の一覧

タンク機関車

古典機 / 1号機関車
B型機 / B20
C型機 / C10 / C11 / C12
E型機 / E10

テンダー機関車

古典機 / 9000形
C型機 / 8620 / C51 / C53 / C55 / C56 / C57 / C58 / C59 / C61 / C62 /
D型機 / 9600 / D50 / D51 / D52 / D60 / D61 / D62

関連イラスト

BIG BOY 4-S-S-4
秋のデゴイチ


関連タグ

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