ジャスタウェイはジャスタウェイ以外の何ものでもない。
JRA広告
名馬の肖像《2018年天皇賞(秋)》
その道の彼方に
いま爆発の機は訪れた。
すべてを烈風で吹き飛ばし
紅蓮の炎で焼き尽くせ。
そうだ斬り込む時は来た。
銀の刃を振りかざし
もう立ち止まることはない。
坂を駆け上がった
その道の彼方にある
はるか世界の頂点を目指せ。
東京競馬場ポスター
溜息すら歓声に。ぶっちぎりを魅せつける。
ヒーロー列伝№77
世界一の称号、父子の覇道。
TOP OF THE WORLD
2014.3.29 Dubai Duty Free (GROUP 1)
J U S T A W A Y
※ヒーロー列伝のデザインは父ハーツクライと揃えたもの。東京競馬場の連絡通路や中京競馬場では親子の列伝が隣同士で飾られている。
概要
生年月日 | 2009年3月8日 |
---|---|
英字表記 | Just a Way |
香港表記 | 一路通 |
馬名意味 | その道 |
渾名 | ジャス、ジャスたん(榎本助手) |
性別 | 牡 |
毛色 | 鹿毛 |
父 | ハーツクライ |
母 | シビル |
母の父 | ワイルドアゲイン |
競走成績 | 22戦6勝 |
獲得賞金 | 9億939万8000円 |
管理調教師 | 須貝尚介 |
調教助手 | 榎本優也 |
ジャスタウェイとは日本の競走馬。
馬名の由来は同作に出てくる爆弾ジャスタウェイ。JRA公式では「その道」となっている。
馬名としてジャスタウェイを選んだ理由は、大和屋氏は主要キャラクターの名前は「あまり洒落が利いてない感じがする」という理由で付けたくなく、「一見カッコ良さげで、ちょっとアホくさいキャラクターって何だろう」と考えた結果によるものである。
見出しの台詞は、同作にてジャスタウェイを紹介した時の台詞だが、競走馬としての在り方も示した言葉と言え、馬名意味としてフォトブックでも引用されている。
父は日本馬で唯一ディープインパクトを降した後、ドバイシーマクラシックも制覇したハーツクライ。一口馬主時代の大和屋氏の3頭目の出資馬でもあり、馬主資格取得も突然の引退がショックで、産駒を所有することを決心したため。また、ジャスタウェイのドバイ挑戦もハーツクライのドバイ遠征での人生初の口取り(ウイナーズ・サークルでの勝ち馬と関係者の記念撮影)が思い出であり、今度は自分の馬で挑むことが夢だったためである。
デビュー前
誕生
2009年3月8日、北海道浦河町にて生を受ける。
生産は白老ファームとなっているが、実際には白老ファームから母馬を預託された浦河町の何処かの牧場で誕生したと推測されている。
父ハーツクライは前述の通り。
母シビルは未勝利馬。母父は米GIBCクラシック初代覇者ワイルドアゲイン。国内では馴染みの薄い血統だが、ワイルドアゲインは父父としてトランセンド(母父トニービンでありジャスタウェイと約40%同血)を出すなど国内でも一定の成果を出している。
配合の狙いについて大和屋氏はハーツクライの晩成の改善という推測をしており、後に社台SSの三輪氏もこの推測と似た発言をしている。
中期育成(早来ファーム)
母の元を離れたジャスタウェイは早来ファーム(現・白老ファームYearling)にて中期育成を受けることになるが、翌2010年5月に母シビルは結腸捻転で亡くなってしまう。
中期育成時について、育成主任は「トニービンの特徴がよく表現された馬でした。独特の柔らかさがあって、いかにも伸びしろのありそうな雰囲気がありました」と語る。一方、裏を返せばやや晩成型という意味でもあり、そこに苦悩があったという。
セレクトセール
2010年7月、競走馬の競り市セレクトセール一歳の部にて、(ハーツクライ産駒上場の度に手を挙げていた)大和屋氏が落札。父から遺伝した脚の外向があったため、1260万円という安値での落札となった。大和屋氏が聞いた話によると「金をもらってもこんな馬ほしくない」と言った馬主がいたとかいないとか…
なお、社台SSの角田場長に「ハーツクライの一口さんだったんですね。それならこの外向も問題ないですね」と言われて初めて外向に気付いた大和屋氏は「もちろんです」と了承した。
その場で場長に調教師の紹介を希望したところ、「新米馬主なので若い調教師の方が良いだろう」との配慮から紹介されたのが当時開業2年目の須貝尚介調教師であった。
余談だが、同年セレクトセール出身のもう1頭のGI馬ラキシスもまた漫画のキャラクター由来の名前であり、結果的に2010年セレクトセール出身のGI馬が共に漫画由来の珍名馬になるという珍事となった。
後期育成(ノーザンファーム空港牧場)
2010年秋に早来ファームからノーザンファーム空港牧場のC-1厩舎に移り、須貝厩舎入厩まで後期育成を受ける。
なお、同じC-1厩舎の同期の育成馬には後の天皇賞馬フェノーメノや後に鎬を削ることになるカレンブラックヒルがいた。特にカレンブラックヒルとは集団調教で併せ馬をすることもあった。また、道路を挟んでC-1厩舎の隣にあるC-3厩舎には後の三冠牝馬ジェンティルドンナがいた。
ライバルたちとの因縁は既にこの時から始まっていたのである。
現役時代
目指せ厩舎初重賞
2011年6月、ジャスタウェイは須貝厩舎へ入厩。当時3年目の若手だった榎本優也氏が厩務員兼調教助手としてジャスタウェイを担当。隣の馬房は5月に一足早く入厩していたゴールドシップ。デビューに向けた併走では引き分けという結果となった。
大和屋氏にとって所有馬のデビューは人生初であったため、勝負服を作ることになった。初め希望した青い勝負服が審査に通らなかったため、競馬ゲームで作ったサンプルを10件ほど提出。その内、審査に通ったものの中から選んだのが現在の緑と黒の勝負服である。
そして2011年7月、新潟競馬場でデビュー。2着馬に5馬身差の圧勝でデビュー勝ちを飾る。
その後は重賞挑戦もディープブリランテやワールドエースに及ばず3連敗。東スポ杯4着敗退後は疲労が抜けず、目標としていた朝日杯FSを回避。
当時の須貝厩舎が厩舎の初重賞制覇を目指す中で、厩舎初の重賞馬はゴールドシップかジャスタウェイのどちらかだろうと考えていた榎本助手は先に重賞を勝つことを目指していた。しかし、ゴールドシップがディープブリランテを破り、G3共同通信杯を制したことで、この戦いは今浪隆利厩務員とゴールドシップが勝者となる。
その2週間後の2012年2月25日、G3アーリントンカップに出走。
最後方に位置したまま外を回ったが、直線に入ると最後方から12頭をまとめて追い抜くというド派手な勝ち方で自身の重賞初制覇を飾った。
大和屋氏は既にこの時には「ドバイに行きたい。ドバイで勝ちたい。」という夢を口にしていた。
なお、2009年4月30日に放送されたアニメ銀魂第155話には「ジャスタウェイ」と言う名の芦毛馬が登場しており、そのレースは馬番13番で右回りのコースを大外からごぼう抜きして1着入線というアーリントンカップに酷似したものであった。そのため、レース後、予言と視聴者からネタにされるのであった。
ああいうものをいつかは
NHKマイルカップ
その後、予定していたG2ニュージーランドトロフィーを感冒から回避。
このレースの勝者はC-1厩舎での僚馬カレンブラックヒルであり、彼はジャスタウェイ同様、NHKマイルカップへ駒を進めた。
そして迎えたかつての僚馬との初対決。手がけた馬たちが最高の舞台で激突するということでC-1厩舎のスタッフたちが応援に駆けつける中、結果はブラックヒルがデビューから無敗の4連勝でG1制覇。榎本助手が「ゴールドシップだけじゃないってところを見せたい。簡単にはいかないと思うけどチャンスはあるから」(既にゴルシはワールドエースを破り皐月賞馬となっていた)という思いを抱く中、ジャスタウェイは6着に終わった。
東京優駿(日本ダービー)
続いてオーナーの強い希望で日本ダービーに出走。ゴールドシップそしてフェノーメノとの初対決となったが、ディープブリランテの11着と惨敗を喫した。当時はフォームが未完成であり、榎本助手は「思い返せばもっと僕にできることがあった」と振り返る。
この惨敗から距離延長は不向きと判断した陣営は菊花賞回避を決断し、中距離戦線に的を絞ることとなった。
毎日王冠
毎日王冠では、3歳馬としてジャスタウェイとカレンブラックヒルのみが参戦。
カレンブラックヒル、エイシンフラッシュ、リアルインパクト、グランプリボス、エイシンアポロン、ストロングリターンGI馬6頭を筆頭に出走16頭中13頭が重賞馬という豪華布陣。競馬ファンの間ではサイレンススズカ・エルコンドルパサー・グラスワンダーが対決した1998年の毎日王冠以上の名勝負になるのではないかとも囁かれ、古馬を抑えて1番人気に迎えられるブラックヒルに対し、ジャスタウェイは12番人気。
レースではブラックヒルを猛追するもクビ差及ばず、無敗の5連勝を許す2着という決着となった。
天皇賞(秋)
天覧競馬となった2012年の天皇賞(秋)。ブラックヒルに加え、フェノーメノも参戦し、C-1厩舎の3頭が揃うことになった。結果は毎日王冠9着のエイシンフラッシュが復活Vを決め、フェノーメノは2着、ブラックヒルは5着、ジャスタウェイは6着。大和屋氏は須貝師から勝ったら必要(天皇盾は一点物であるため)と言われ、白手袋を用意したものの、使わずに終わった。
レース後、エイシンフラッシュ鞍上のミルコ・デムーロ騎手が最敬礼を行う中、榎本助手は“ああいうものをいつかはしたいな”という思いを抱くのであった。
走っても走っても銀銀銀の銀魂(ぎんだましい)
次に予定していた朝日チャレンジカップは熱発で回避し、ゴールドシップがエイシンフラッシュらを破り有馬記念を制覇(大和屋氏もちゃっかり口取りに参加)する中で3歳期を終える。
この頃はまだ肉体的(発熱や蕁麻疹)にも精神的(国内遠征で飼葉食いが悪くなる)にも弱い面があったという。
4歳になり、天皇賞出走のために賞金獲得を目指すも、中山金杯3着→京都記念5着→中日新聞杯8着と、勝ち切れない日々を過ごす。
この頃の榎本助手は「本当はもっと大きいとこを獲れる馬なんじゃないかと思っているので。毎日反省というか、今まで何がダメだったのか、ずっとそんなことを考えてますね。僕じゃなかったら、もっと走ったんじゃないかとか……。」といったことを考えていた。
ドバイデューティーフリーへの予備登録(招待状は届かなかった可能性が高いが)等、海外遠征も検討していたが、陣営は秋に備え短期放牧を決定。これが功を奏して10㎏増の成長をすることになる。
しかし…
- エプソムカップ:今浪厩務員が「アッ、勝ったわ」とテレビ観戦を終え、競馬番組では麒麟川島も「ジャスタウェイ!差したウェイ!?」と、勝ったかと思いきや写真判定の末に3cm差で2着
- 関屋記念:夏季放牧を返上し挑むも2着
- 毎日王冠:差しから先行に切り替えエイシンフラッシュに再挑戦も2着
という結果に。この3連続2着から、競馬漫画馬なり1ハロン劇場でも「走っても走っても銀銀銀の銀魂(ぎんだましい)」とネタにされたりもした。それでもジャスタウェイ自身は着実に成長をしていっていた。榎本助手は愛馬の成長を実感することへの楽しさ、そして「ゴールドシップばかりが目立って悔しい気持ちがあった。新聞で人気がないのを見て、自分の馬はもっと強いのに…と思っていた」という悔しさ、2つの思いを抱いていた。
覚醒《天皇賞・秋》
そして、1年ぶりのGI出走となる第148回天皇賞。
このときは現役最強とも呼ばれた三冠牝馬ジェンティルドンナや、前走で惜敗した前年覇者エイシンフラッシュといった錚々たるメンバーが揃い、対抗馬としては札幌記念など重賞3連勝中のサマー2000シリーズチャンピオントウケイヘイローが挙げられていた。大和屋氏すらジェンティルドンナの存在から「これは流石に無理だろう」と考えていた。そんな中、賞金不足で1週前の時点では除外対象だったジャスタウェイだが、回避する馬が出たため出走馬にギリギリ滑り込んだ。
福永騎手が「何もやらずにレース後に『やっておけば良かった』って後悔はしたくなかった」と直前に敢行したゲート練習の甲斐あり、好スタートを切る。そしてジャスタウェイは中段真ん中後ろのポジションについた。
このポジションは福永騎手の作戦によるものであり、実はゲート練習もそれを可能とするためのものであった。その作戦とは2年前に天皇賞(秋)をレコード勝利した際のトーセンジョーダンのレースを完コピするというもの。勝利を万全に狙える立場ではなく、行ける感触もないが、ポジションや仕掛けるタイミング等、レコードホルダーの走りを再現することで一発に賭けたのである。
レースはトウケイヘイローがややハイペースで引っ張る展開。福永騎手は「エイシンフラッシュが道を作ってくれる」と道中の目標と想定していたエイシンフラッシュをマーク。結果、エイシンフラッシュのすぐ"外"に道ができた。当初はインを通っていくことを考えていたが、これで外に切り替えることを決めた。第4コーナーで内か外か迷うこともあったが、外のポジションをキープ。そして、最終直線でジェンティルドンナが先頭に立とうとした瞬間…
トウケイヘイロー!トウケイヘイロー!粘る粘る!
ジェンティルドンナ!ジェンティルドンナ!
外からジェンティルドンナ!
外 か ら ジ ャ ス タ ウ ェ イ ! ! !
やや後方にいたジャスタウェイは直線半ばで一気に、出走馬最速の、他馬が止まって見えるほどの爆発的な末脚で抜け出した。
居合抜きの如き豪脚を発揮し、一時、先頭に立ったジェンティルドンナに競り合う暇すら与えず、置き去りにする。
外からジャスタウェイ!一気に躱したぁ!!
ジャスタウェイ先頭!ジェンティルドンナ2番手!
ジャスタウェイ先頭!ジェンティルドンナ2番手!
3番手コディーノ!外からエイシンフラッシュ!
思わずジャスタウェイを二度見するジェンティルドンナ鞍上の岩田騎手。客席では頭が真っ白になった大和屋氏は大声で「ジャス!ジャス!!」と叫び続けていた。
ジャスタウェイだ!ジャスタウェイだ!
突き抜けた突き抜けた!!
ジェンティルドンナ2番手!
ジ ャ ス タ ウ ェ イ ! ! こ の 破 壊 力 ! ! !
GIまで届きました!
2着ジェンティルドンナとは4馬身差、3着エイシンフラッシュとは6馬身差の圧勝。
長い雌伏の時を経て無敗三冠馬ディープインパクトを破り、悲願のGI初制覇を果たした父の如く、ディープインパクト最高傑作ジェンティルドンナを破り、まさかのハーツクライ産駒初のGI馬となった。
また、2勝馬が天皇賞を制覇するのは史上初の展開である(古馬GIでは降着による例を除くと史上初)。
そして1年間眠らせていた白手袋をはめ、天皇盾を手にすることとなった大和屋氏。彼は報道陣を前にドバイ遠征プランを明らかにした。
レース後、榎本助手は「やっとGIをひとつ使って(ゴールドシップに)近づくことができた」と更なるタイトル獲得に意欲を見せた。また、父須貝彦三騎手がタイテエムと共に勝利した天皇賞(春)に深い思い入れを持つ須貝師は「天皇賞は一番勝ちたかったレース」と涙を流した。
岩田騎手だけでなく、大和屋氏も福永騎手も榎本助手も角田場長も皆、この圧勝に驚いていたが、須貝師だけは「自分はびっくりなんかしてない」と言い切っていた。
世界3位浮上《中山記念》
2014年1月、陣営はドバイデューティーフリーへの出走を表明。
海外では賞金ではなくレーティングで出走馬が決まるが、天皇賞でI(中距離)123(2013年世界24位タイ)を獲得していたことで2月に今度こそ招待状が届き、ドバイ遠征が現実のものとなった。
2014年初戦はそのステップレースとして、3月のG2中山記念に出走。
レースにはジャスタウェイと同じくドバイDFへ出走するトウケイヘイローと皐月賞馬ロゴタイプが参戦。前走をフロックと見られた部分があったことや福永騎手の騎乗停止による横山典弘騎手への乗り替わりもあり2番人気。しかし、今回は差しではなく先行で勝負を挑み直線の短い中山競馬場でありながら直線で突き抜け三馬身半差の完勝を果たし、先の勝利がフロックではないことを証明した。
レーティングは当初の121が正式発表で123へ上方修正され、ロンジンワールドベストレースホースランキング(LWBRR)(2014/1/1~3/9)で暫定世界3位タイにランクインする。
世界のジャスタウェイ《ドバイDF》
3月21日、ジャスタウェイはジェンティルドンナ、トウケイヘイロー、ブライトライン、ロゴタイプと共に関西国際空港から出国し、22日にドバイ国際空港に到着。一足早く到着していたホッコータルマエ、ベルシャザール、デニムアンドルビーと合流し、遂にドバイワールドカップデーに出走する日本勢8頭がドバイの地に集結した(今回は帯同馬不在だが、他に日本からの遠征馬が多くいたことから精神的に大丈夫だったという)。
その中でもジャスタウェイは天皇賞(秋)と中山記念の完勝によりメディアからは日本の総大将として扱われることもあった。
また、GI馬になったことでこの遠征から須貝厩舎の汎用メンコではなく、ゴルシ同様、馬名入りの専用メンコを着用することになった。デザインが変わっただけでなく、ドバイの花火対策に防音機能が強化されている。なお、翌日23日、ゴルシは阪神大賞典を連覇。須貝厩舎に弾みがついた。
現地で順調に調教をこなしつつ、迎えた3月29日ドバイWCデー当日。
日本勢の初戦は第2レースG2ゴドルフィンマイル。出走馬はジャスタウェイとは過去に3度対戦し、同じく福永騎手が騎乗するブライトライン。結果は南アフリカの年度代表馬にして後の14年LWBRR年間3位タイバラエティクラブが1着、ブライトラインは健闘の5着。福永騎手そして日本の初戦は南ア勢のワンツーフィニッシュにより黒星に終わる。
その後はしばらく日本勢の出番はないまま夜を迎え、ドバイワールドカップオープニングセレモニーがスタート。ダンスやパフォーマンスで会場のムードも最高潮に達したところで、ジェニファー・ロペスが開会宣言。ドバイデューティーフリー出走馬たちが姿を現した。
日本からはジャスタウェイ、ロゴタイプ、トウケイヘイロー。
待ち受ける世界の猛者たちは…
- 同条件の前哨戦も快勝、ここまで6戦無敗の南アフリカの怪物ウェルキンゲトリクス🇿🇦
- そのサポート役のアルゼンチンGI3勝馬アナエロビオ🇿🇦
- 次走で凱旋門賞馬トレヴをも破る愛チャンピオンS覇者・中距離世界No.1ザフューグ🇬🇧
- GI連勝中のエクリプス賞芝牝馬チャンピオンダンク🇬🇧
- 後に芝とダート両方でGIを勝利するムシャウィッシュ🇫🇷
- 香港スチュワーズカップ覇者ブレイジングスピード🇭🇰
- ローマ賞・マクトゥームCR3勝者ハンターズライト🇦🇪
遂に戦いの火蓋が切られた。
ゲート自体はうまく出たものの、ドバイのゲートの仕様に慣れない故か、行き脚がつかず、後手にまわる。福永騎手は中山記念のような先行策をとるプランAを当初、予定していたが、腹を括り瞬時にプランBへ移行。有力馬と聞いていたウェルキンゲトリクスをマークする後方待機策を選んだ。後方2、3番手に控えてトウケイヘイローやザフューグが刻む淀みないペースを追走していく。
そして第4コーナー。外へ持ち出し、直線を向き、ウェルキンゲトリクス鞍上のスミヨン騎手が「勝った」と思った瞬間…
Just a Way from Japan sprinted!!
(日本のジャスタウェイが飛び出した!!)
Coming to the 250m mark and
(ゴールまで残り250m!)
Just a Way!! Dashed away!!
(ジャスタウェイ!爆走!!)
from Vercingetorix!!
(ウェルキンゲトリクスを突き放した!!)
They’re clear of Anaerobio and Mshawish!
(両者アナエロビオとムシャウィッシュを引き離す!)
But Just a Way was hyped and the hype is right.
(これは前評判に偽りなし!!)
Just a Way is a big big winner
of the Dubai Duty Free from Vercingetorix!!
(ジャスタウェイ!ドバイデューティーフリー!
ウェルキンゲトリクスを破り大、大勝利です!!)
異次元の末脚が炸裂。レコードを更新する走りを見せた2着ウェルキンゲトリクスを更に6馬身と1/4突き離し、コースレコードを2秒以上更新する大勝であった。
ゴール後、大和屋氏は天高く黄金のジャスタウェイ人形を掲げた。ドバイシーマクラシックを勝利したハーツクライに続く親子ドバイGI制覇という大和屋氏が口に出し続けていた人生の夢が現実のものとなった瞬間である。一方、ハーツクライを管理した橋口師は「来年は自分たちがドバイへ行こう」等と、自分のことかのように喜び、実際に有言実行することになった。
当時の英競馬紙レーシングポストは「誰もが口をアングリと開けて見つめた、ウルトラ・インプレッシヴなパフォーマンス」と評している。
ジャスタウェイの1分45秒52というレコードは未だに更新されておらず、1分45秒台を出した馬さえ2022年まで現れなかった。
続く第8RドバイSCもジェンティルドンナがレコード勝利を果たし、第9RドバイWCには届かなかったものの、ドバイWCデーは日本馬2頭のレコード勝利という形で幕を閉じた。
更にその勝ちっぷりが評価され、ロンジンワールドベストレースホースランキングにおいて130ポンドの評価を獲得し、日本馬初の単独トップという栄冠に輝いた。
この130ポンドという評価は、日本調教馬ではエルコンドルパサーに次いで当時歴代2位、内国産馬に限定すればディープインパクトやオルフェーヴルといった名馬たちをも超える当時歴代1位の評価であった。
4歳秋に覚醒、そして5歳春!ドバイの地で
世界にその名を知らしめる!
まさに父ハーツクライそのもの!
圧巻でした、ジャスタウェイ!
日本のジャスタウェイが
世界のジャスタウェイとなりました!
諦めないっていう気持ちが世界一《安田記念》
帰国後は第64回安田記念に挑戦。福永騎手が騎乗停止となったため、柴田善臣騎手に乗り替わっての参戦となった。
GI馬9頭が出走するという豪華布陣で単勝1.7倍の1番人気。
小雨が降る中、迎えたレースでは徹底的にマークされ馬群に飲まれかけるというピンチに陥る。ドロドロの不良馬場に何度も足を取られ体勢を崩しながらも、坂を超えると馬群を抜け出し加速。先に抜けていた大穴馬グランプリボスとの一騎打ちへ。
激しい叩き合いを写真判定の末にド根性でハナ差(9cm)で制し、GI3連勝の快挙を成し遂げた。
3歳時に3戦全敗していたブラックヒルからの唯一の勝ち星になったほか、覚醒前に辛酸を嘗めさせられたライバルたちへのリベンジも果たした。
レース後、善臣騎手は「二度三度、脚をとられて、普通の馬だったら諦めてもしょうがないっていうぐらいのバランスの崩し方だったんですけど、それでも諦めないっていう気持ちがやっぱり世界一だなって思いましたねと述べた。また、榎本助手は「見ているこっちのほうが先に諦めてしまいそうになる競馬でした。でも、馬は最後まで諦めていなかったと善臣さんは言っていました」と語っている。
レース後の写真撮影では新馬戦、アーリントンC、天皇賞、ドバイ(中山記念では忘れてきた)と、名前の由来となったジャスタウェイ人形を掲げてきた大和屋氏だが、今回は遂に発売されたジャスタウェイのアイドルホースぬいぐるみを持って撮影を行った。名馬の仲間入りをしたことを示す象徴的な出来事と言えよう。
終わりなき旅
凱旋門賞
そして、「世界最強馬」の称号と日本中の期待を背負って、ジャスタウェイは世界最高峰のレース、第93回凱旋門賞出走のため、フランスへ遠征。
お互いの帯同馬としてゴールドシップも遠征したことに加え、別陣営の桜花賞馬ハープスターも参戦した。
しかし、レースではスタート後は内を突いて進めたものの、爆発的な末脚を見せることなく8着という結果に終わった。
なお、ワールドベストホースランキングには変化はないが、M(マイル)区分のドバイDFとL(中長距離)区分の凱旋門賞の距離の違いが考慮されているためである。
ジャパンカップ
その後、帰国初戦としてジャパンカップへ出走。
結果はエピファネイアに4馬身差ちぎられての2着だったものの、国内外のGI馬総勢12頭が集まった豪華メンバーの中で2着を確保している。
また、エピファネイアはこのレースで最終的に2014年のL区分で世界1位、全体2位となるL129というレーティングを獲得しており、結果的に2014年のマイルNo.1の世界1位と中長距離No.1の世界2位が激突したレースとなり、単年のレースレーティングも年間1位となった。
なお、エピファネイアは大和屋氏の競馬仲間が母シーザリオの代から一口馬主をしており、親の代から互いの馬を応援していた。そのため、ゴール後、顔を見合わせたが、気を取り直し、ジャスタウェイ残念会兼エピファネイア祝勝会ということで一緒に飲むことになった(競馬仲間の奢りで)。
有馬記念
そして年末の有馬記念に出走。出走馬には相棒ゴールドシップに加え、共にドバイを戦ったジェンティルドンナ、デビュー前に同じ育成厩舎で鍛えられたフェノーメノ、そしてこれが最初で最後の対戦機会となったヴィルシーナと当時、芝GIレースを複数勝利していた同期が一堂に会することになった。枠のドラフト抽選では既に内枠が埋まっていたことから、陣営は「はまりがいいんじゃないか」との理由でゴールドシップの隣の8枠15番を選択。結果はジェンティルドンナ1着、ゴールドシップ3着、ジャスタウェイ4着と、入厩からゴルシの隣であったジャスタウェイは着順も隣で現役生活を終えた。
5歳秋は、大敗を喫したダービーと同様の中長距離に挑んだ訳だが勝てず、中距離競走のスペシャリストという位置付けのまま現役生活を終えた。しかしラスト2戦の入着から、距離延長に対応できたと見れるであろう(大和屋氏はジャパンカップ2着で距離延長への対応を証明できたことには喜んでいた)。
現役引退
2015年1月4日、京都競馬場で引退式が行われた。大和屋氏は引退式のBGMに自分で作った曲(本人曰く酷い曲)を流すことも考えたが流石に考え直し、Mr.Childrenの大ファンの榎本助手がBGMの選曲をすることになる(結果、大和屋氏は引退式で真面目にしていたことを周囲から驚かれていた)。
選ばれたのは何の偶然か過去に福永騎手が自身のテーマソングとして語り、8年後の彼自身の引退式でも流される曲であった。
その曲とは『終わりなき旅』
その歌詞には次の一節がある。
現役引退後
表彰
国内においてはJRA賞最優秀4歳以上牡馬を受賞。
また、IFHA(国際競馬統括機関連盟)が発表した2014年ロンジンワールドベストレースホースランキングにおいて日本馬初の年間単独1位の快挙を達成。
更に2位にはエピファネイアが入り日本馬ワンツーも達成。
2015年1月20日にロンドンで行われた表彰式ロンジンワールドベストレースホースセレモニーには、大和屋氏たち関係者やJRAの後藤理事長が招待され、出席。
クリスタルのトロフィー「エクウス」に世界一の競走馬として、ジャスタウェイの名前が今ここに刻まれるのであった。
反響
ジャスタウェイが世界ランク一位に輝いた2014年!
《「中央競馬GIレース2014総集編」より》
ドバイ圧勝劇及び日本馬初の世界1位戴冠は2014年最大の競馬ニュースとして人々の記憶に残ることになった。netkeiba.com集計の2014年の最も注目した競馬ニュースでは2位以下に大差をつけて1位にランクイン。また、同年の重大ニュースとして、各メディア(競馬ブック、スポニチ、日刊スポーツ、競走馬のふるさと案内所等)で取り上げられ、特にスポルティーバ(競馬では唯一)・週間レース(競走馬のニュースでは唯一)等では他のスポーツ・公営競技の話題と共に取り上げられている。
更には橋本聖子氏が「昨年、ジャスタウェイが世界ランク1位になるなど、強い馬づくりの成果が出てきている」と述べるなど、競馬法改正の国会審議で複数回、活躍が挙げられるまでに至った。
種牡馬入り後
2015年1月7日付でJRA登録抹消。
社台スタリオンステーションにて種牡馬としての道を歩むことになる。
当初は少々ヘタクソで脚を痛めることもあったが、今では普通に上手くなっている。
ちなみに父ハーツクライはかなり上手く、牝馬に対し「雄だぞ」という雰囲気を全面に出し情熱的に接したという(ジャスタウェイはその辺は普通)。
2018年6月、初年度産駒がデビュー。7月に重賞2着、12月にGI2着、2019年4月の皐月賞2着という好スタートを切るも、初重賞制覇は11月となる。
2020年11月に社台SSからブリーダーズSSへ移動となったものの、その直後にダノンザキッドがホープフルステークスでG1初制覇。
2021年には初年度産駒のテオレーマがJBCレディスクラシックで交流G1初制覇した。
また、同年デビューの母父フランケル・母母デインドリームの良血馬ルージュエヴァイユは2023年のエリザベス女王杯で2着となった。
2022年にはヤマニンウルスがJRA平地競走の最大着差記録とダート1700mの2歳レコードを更新する衝撃のデビューを果たす。2024年には無敗の5連勝で重賞制覇を果たした。超大型馬で、出走に間隔が必要という歯痒さはあるものの、これからの活躍が期待されている。
産駒傾向としては長くいい脚を使うタイプが多く、洋芝を得意とする。母方の血統故にダートでの活躍馬も出している。エヴァイユを管理する黒岩師曰く「概ね気性も穏やかで操縦性が高いタイプが多い」。
後継種牡馬としては、内国産馬として初めてケンタッキーダービーに挑戦したマスターフェンサー(ジャスタウェイが現役時代に放牧に利用していた吉澤ステーブルの代表が所有)がイーストスタッドにて2023年より供用開始、ビッグレッドファーム(余談だがゴールドシップが繋養されている牧場である)からオファーがあったダノンザキッドが2024年より供用開始。
主な産駒
2016年産 | 主な戦績 |
---|---|
ヴェロックス | 19'皐月賞2着·東京優駿/菊花賞3着 |
ロードマイウェイ | 19'チャレンジC |
アウィルアウェイ | 20'シルクロードS |
アドマイヤジャスタ | 20'函館記念 |
マスターフェンサー | 20-21'マーキュリーC、20'白山大賞典・名古屋GP |
テオレーマ | 21'マリーンC・JBCレディスC、22'TCK女王盃 |
2017年産 | |
エーポス | 20'フィリーズレビュー |
ヴェルテックス | 21'名古屋グランプリ |
2018年産 | |
ダノンザキッド | 20'ホープフルS·東スポ杯2歳S |
2019年産 | |
ルージュエヴァイユ | 23'エリ女2着·24'大阪杯3着 |
2020年産 | |
ガストリック | 22'東スポ杯2歳S |
コレペティトール | 24'京都金杯 |
ヤマニンウルス | 24'プロキオンS |
※斜体は現役馬
性格・特徴
性格
関係者から「優等生」「真面目な良い子」「お坊ちゃん」「マイペース」「賢い馬」「ポワ~っとしていて、すごくかわいい馬」等と評される。
榎本助手は「(最大の長所は)競馬で一生懸命に走るところ。疲れていても、負けたときも、最後までバタバタになることがなかった。勝とうという気持ちを常に持っていた」、福永騎手は「とても真面目な馬で、(脚が)痛くてもその素振りを見せなかった」と語っている。
種牡馬時代は他馬同様に変化があり、段々と主張するような仕草も見せるようになった。現在は「ベテランらしく、ちょっと人間を試すような頭の良さを持っていますが、人に媚びる事もしないし、ほかの馬を意に介さない落ち着きがあって、穏やかです。」との評判。
好き嫌い
好きな食べ物はニンジン、ヘージ、乾草等あっさりめのものとのこと。逆に胃が弱いのか濃いめの飼料は体に合わない様子。他の一流馬と比べた食事の程度は分からないとのことだが、ゴールドシップよりは軽く、飼葉を完食した際には「珍しく」と表現されている。中山記念前には太り過ぎないように初めて飼葉の量を加減する程度には食べられるようになった。引退後1年は腹痛をしたことがないなど、胃腸も強くなったようだ。
苦手なことはG1で掲示板にパドックの映像が映されること、口に何かされること、種牡馬見学のような大勢の人間の前。
外見
顔は十字型の流星が特徴的。当初は幼い顔だったが、種牡馬入り後、段々風格も出てきたという。
体型は脚が短めで体高が低い(引退直後は162cm、現在は164cm)胴長体型。社台SS関係者からは以下のように評され、シャープな見た目に反して馬体重がある。
- 「(3歳時は)ヒョロっとして、薄手で華奢だったと記憶しています」「(古馬になって)シャープなタイプではありますが、体つきにメリハリが出てきましたね」
- 「インナーマッスルの固まりで骨密度が高く、見た目よりも体重があって力強い。陸上界で言えば多田修平選手ですかね。見た目のさわやかな印象よりも速くて切れ味があるよね」
歩様・走行フォーム
父からの遺伝で脚は外向している。須貝師曰く「パドックで笑われてしまうくらいの歩き方」で、2歳時は他厩舎のスタッフから笑われていた。これが原因で誤って人の足を踏んでしまうこともある。
一方、走法について、社台SSは「苦しくなると頭が高くなるサンデーサイレンス系の父に対して、直線になると前脚が着地していないかのようにどんどん頭は下がるけど肩は上がってくる不思議な走法」と述べており、父含め他のSS系とも異なる走り方である様子。
血統
5代アウトブリードだが、実は現代だと結構特殊な血統である。母シビルはワイルドアゲインが19歳のときの産駒で、そのワイルドアゲインも母が22歳という高齢出産だった。故にジャスタウェイは5代前の先祖に1930年代の馬がいるという、時代を考えれば古い血が流れる馬と言える。
また、シビル自身がネアルコとハイペリオンのクロスを持っており、ハーツクライも遡ればそれらの血を引いていて、そこへネイティヴダンサーなども含めると5代前にややこしいクロスが発生している。
ジャスタウェイの種牡馬としての苦戦はこの辺の事情もあるのかもしれないが、逆に当たれば大物が出るかも……?
ゴルシ等、他馬との関係
ゴールドシップ&ジャスタウェイ
暴れん坊と優等生、最強のふたり
(「Number競馬ノンフィクション傑作選 名馬堂々。」より)
ジャスタウェイの対馬関係でまず語られることと言えば、現役時代に須貝厩舎の隣の馬房にいたあの天上天下唯我独尊なゴールドシップと大の仲良しだったことだろう。放牧に利用していた吉澤ステーブルWESTでも馬房を並べており、引退後の現在は2頭のヒーロー列伝が隣同士でクラブハウスに飾られている。
あちらが「暴走インテリヤンキー」なのに対しこちらは「真面目優等生」であり、調教でもジャスタウェイが宥める関係だったらしい(須貝師は2頭の性格を度々「番長とお坊ちゃん」「ガキンチョと優等生」「ロックスターとフォークシンガー」等と対比させている)。
- 普段調教を嫌がるゴルシが、ジャスタウェイと一緒に訓練する際には互いに闘争心を駆り立てる(出典:うまレターVol.169、名馬堂々。)
- ジャスタウェイが前にいるとゴルシの落ち着きが全然違う(出典:名馬堂々。馬三郎、あの馬を訪ねて)
- トレセンで離れ離れになると互いの姿を探し合う(出典:名馬堂々。)
- 「(ゴールドシップは)寂しかったんじゃないかな。ジャスタウェイが先に引退してしまって」と須貝調教師(出典:2015年ジャパンカップ前の須貝厩舎見学動画)
など、仲睦まじいエピソードが残っている。
なお
- フランスでの調教中に進行方向に崖があることに気づいた騎手の指示に反抗したゴルシが崖に突っ込みそうになる一方で、自分は途中で停止する
- 凱旋門賞入場時のゴルシの奇行から顔を背ける
- ゴールドシップはジャスタウェイにも時々吠えていたが、ジャスタウェイは特に気にしてない
- ゴールドシップなど、他の馬が近くで暴れていても気にせず食事や睡眠をしたり(名馬堂々。)、暴れるゴルシを優しく見守ったりしていた(おがわじゅり的21世紀名馬列伝!)
など、ジャスタウェイもゴルシとは別ベクトルに図太くマイペースな面があった。GI勝利前のジャスタウェイにゴールドシップが併せ馬で負けてしまい、1週間ほぼ食事を摂らなくなった結果、20kg痩せたといった逸話もある。
また、関係者が以下の通り語るように互いに支え合う間柄でもあった。
- 榎本助手「ジャスタウェイ以外に期待馬のいない厩舎だったら、無理な使い方をして成長しきれなかったかもしれない」
- 大和屋氏「(調教パートナーとして)ゴールドシップが須貝厩舎にいてくれたからこそジャスタウェイもここまで強くなれたとも思っています」
- 須貝師「ジャスタウェイは扱いやすかったが、最大の学習曲線はゴールドシップからで、ゴールドシップのような気性の激しい馬がいるとき、調教や厩舎では馬を制御できる必要があるが、その能力を消すことはできない。だから、彼が落ち着くように、必要なときに集中し続けると同時に、彼を阻害せず、レースでベストを尽くすようにしようとして、本当にバランスが取れていた」
オルフェーヴルとの関係
一方でゴルシと同じステマ配合のオルフェーヴルとは不仲説もあった。個人ブログや個人のツイートが出典と思われる。もっともオルフェーヴルは他馬と仲良くするタイプではなく、「オルフェーヴルに立ち向かえる馬はそういませんよ」と社台SSスタッフは評している。
一方でオルフェーヴルがジャスタウェイを併走に誘い、しばしば一緒に遊んでいたことが社台SSへの取材記事から明らかになっている。不仲説には公的ソースはなく、むしろ良好な関係であったともとれるスタッフの発言もある。
キャプテントゥーレ、クロフネ、ディープブリランテとの関係とそこから生まれた与太話
ジャスタウェイが社台SSに来たばかりの頃の話である。隣の放牧地の芦毛馬(キャプテントゥーレとクロフネ)と仲良くしていた、じっと見ていた、付いて行ったという目撃談が続き、「ゴールドシップを懐かしんでいる?」「芦毛のほうから寄って来る?」とどんどん話が広がり、「ジャスタウェイは芦毛好き」という与太話が生まれた。実は反対側の放牧地のディープブリランテから威嚇され続けていたため、その反対側に寄って過ごしていた(なお、しばらくすると慣れ、気にせずブリランテを眺めることもあった)。
関係者が特に触れたことがないことやハービンジャーやキンシャサノキセキ等、他の毛色の馬とも仲良くなっていることを考えると、当時、仲良くなった隣人がたまたま芦毛だっただけである可能性が高い。
余談だが、ゴールドシップはビッグレッドファームスタッフから芦毛牝馬好き(基本的に芦毛・白毛の牝馬は種牡馬から人気)なことが明かされ、須貝調教師は自身が芦毛馬好き(理由は切実なものであるが)なことを語っており、信憑性の薄いジャスタウェイに対して、親友と恩師は実際にそうであるという何処か奇妙な状況に…
他の種牡馬たちとの関係
2016年の取材によれば、隣の放牧地のハービンジャー(ジャスタウェイから4年前の世界一の競走馬)と相性がいい一方、一時期、隣の放牧地になったキズナとは互いに対抗心を燃やしたのか、併せ馬で競い合っていたそう。
2019年の見学者は、リアルインパクトと相性がよさげな様子や、キタサンブラックが走る度にその様子を眺めている光景を写真に撮っている。
当初は父ハーツクライの向かいの馬房を使用していたが、入れ替わりの激しい社台SSでは度々引っ越しがあり、2016年2月に大和屋氏が訪問した際には、向かいにディープインパクト、隣にエピファネイアという配置となっていた。
大和屋オーナーとその著作
大和屋暁氏はオグリキャップブームをきっかけに馬主になることを夢見るようになった。父同様に脚本家になったのも馬主を目指せる職業であったことが一因である。
ジャスタウェイ以外にもオツウ、パンデモニウム、カリボール、オシゲなどなど、視聴者ならばニヤリとする馬名を所有馬に命名している。当初はハーツクライ産駒のみを購入していたが、ジャスタウェイを初めとした産駒の活躍で手が出せなくなるまで値上がりした(須貝師曰く大和屋バブル)ため、現在はジャスタウェイやオツウの産駒を自家生産している。
大和屋氏の馬主活動や所有馬の詳細については本人の記事を参照。
ドバイのジャスタウェイ人形
大和屋氏は金色と通常色の人形を1つずつドバイに持参した。金色verは天皇賞の祝勝会でテレ東のプロデューサーからもらった一番くじのラストワン賞で、通常verは以前同様ジャンプショップで購入したと思われる。
通常verは馬主席で紛失してしまったが、曰く「あのジャスタウェイは自らドバイに永住することに決めたんだと思います(笑)」。
金色verは優勝カップのお礼としてプレゼンターに手渡し、プレゼンターを困惑させた。曰く「顔をしかめて『What's this?』と言ってきたので、『Just A Way!』と言っておきました」。
最終的にプレゼンターもノリノリで黄金のジャスタウェイを掲げるに至った。
ジャスタウェイな本~世界最強馬との1640日
馬主になって最初に走った馬が世界一強い馬になった!14年春、ドバイDFを制して世界ランク1位となったジャスタウェイ。世界最強の馬を持った馬主が明かす、引退までの奇跡のエピソード集。
2015年2月出版。大和屋暁が自ら綴る、新米馬主と世界最強馬のサクセスストーリー………と言うより、飲み歩きリポートである。それを除けば、新米馬主の馬主体験エッセイである。
コラム等でジャスタウェイを我が子に例えている大和屋氏のジャスタウェイとの妄想会話も収録されている(なお、ジャスタウェイからは「僕のお父さんは榎本さんだよ」と返され、それに対し大和屋氏は「榎本さんはお母さん」等と返している)。
本著の中で大和屋氏は運を引き寄せ、夢を叶える秘訣は夢を口に出し続けることと振り返る。「口に出せば何か考えるようになりますし、考えていれば何か見つかることがあるじゃないですか。」とのこと。
ふるさと納税 完全制覇読本
「お願いだからふるさと納税をやって!」。愛馬ジャスタウェイの活躍で億万長者となった大和屋を説き伏せ、見事総計800万円のふるさと納税を完遂した恵子。続々と送られてくるお礼の品々に歓喜したのもつかの間、あまりの量に家の中はとんでもないことに……。納税特典の「一日町長体験」はじめ、体当たりで挑んだ爆笑奮闘記。
2015年11月出版。親戚の藤村氏(ファッション誌のライター)との共著。賞金約7億円の節税のため、31市町村へのふるさと納税に挑んだ奮闘(群馬県中之条町の一日町長体験、人間国宝の壺等)を書く。
最終的に藤村氏は焼酎や食器等も返礼品で揃え、赤坂にバーB.Bar恵子を開店した。開店経緯から店内にはジャスタウェイのヒーロー列伝やオツウのゼッケン(そして置き場に困った壺、仏像、甲冑、八代亜紀画伯の絵といった返礼品の数々)等が飾られている。
ぱからん
2024年10月出版。ドバイでジャスタウェイと大和屋氏が巻き込まれた大騒動を描く不思議コメディ小説。師浦沢義雄氏の原案を大和屋氏が執筆した。詳細はぱからんを参照。
銀魂との関わり
名前の由来が由来であることから様々な逸話がある。
競馬関係者による犯行
- 名馬の肖像に縦読みが仕込まれる
- 「ジャスタウェイ、この破壊力!」(フジテレビの吉田伸男アナウンサー)
- 競馬場で販売されているグッズぱかぱかばっじやステッカーのジャスタウェイ(競走馬)の目が労働意欲が失せるような目をしている(凱旋門賞の際にはその原案イラストに思わずフランスギャロもリツイートしたそうな)。
- 種牡馬展示会で社台SSから配られたジャスタウェイどら焼きにジャスタウェイ(競走馬)にジャスタウェイ(爆弾)が騎乗する絵が焼き印されている。
- 日刊スポーツの2013年有馬記念のファン投票をテーマにしたイラストでジャスタウェイ(競走馬)がジャスタウェイ(爆弾)を所持している。
一方、銀魂サイドは…
天皇賞制覇時には以下の通り祝福?のコメントが寄せられた。
- 大西恒平編集「ジャスタウェイ天皇賞制覇おめでとうございます。こんなふざけた名前で…!!」(週刊少年ジャンプ2013年50号巻末)
- 空知英秋氏「J(ジャスタウェイ)天皇賞おめでとう。こんな事なら名前使用を許可する時金とっとくんだった…」(同51号巻末)
- 坂田銀時「ち、違うんだ。まさかジャスタウェイが将軍賞を取るとは…あんな駄馬もうとっくに馬刺しになってるもんだと…」(同51号本編で競馬で金をスったことを責められた場面。アニメではマイルドな台詞になった)
- 空知(ぬいぐるみ)「こちらにも権利がありますので、お金待ってます!」(アニメ銀魂スタッフの天皇賞の祝勝会にて大和屋氏宛の手紙より)
その後、制作された記念品のQUOカードでは主人公坂田銀時との共演を果たした。
また、実写版銀魂公式サイトのミニコーナー「ジャスタウェイを回収せよ」ではジャスタウェイ(爆弾)に紛れてジャスタウェイ(競走馬)が隠れているというネタが仕込まれている。
銀魂ファンの反応
馬名故にtwitterやまとめサイト等で話題に挙がることがあり、当初は一部のファンに生暖かく見守られていた。
その後の秋天制覇で少年ジャンプで名前が出され、ネットを中心に大きな話題となった。更にドバイを制覇した際には驚きの声で迎えられている。中にはドバイまで応援に行ったファンや、ジャスタウェイをきっかけに競馬に嵌ったファンもいる。
トッキュウジャー出演
「ジャスタウェイが、ファラウェーーーーイ!?」
大和屋氏が脚本として参加した烈車戦隊トッキュウジャーでは怪人管理人ナイトの武器として競走馬ジャスタウェイをモチーフにした戦斧ナイト系ジャスタウェイが登場。実はスタッフ主導で話が進み、大和屋氏が気が付いたらジャスタウェイになっていた。上記台詞に込めた願いは、「無事、引退してくれること」とのこと。詳細は管理人ナイトを参照。
なお、流石に仮面ライダーへの出演はないが、藤岡弘、氏からは「世界に挑戦する姿勢に共感する」という理由で応援されたこともある。
競馬漫画・ゲームにおいて
馬なり1ハロン劇場
ジャスタウェイ(爆弾)型のパワードスーツに身を包むと爆弾になるというキャラ付けで登場。最初にスーツを持ち出したのはカレンブラックヒルだが、ゴールドシップが多用。天皇賞ではジェンティルドンナ、ドバイでは他の日本馬が爆撃された。
ウイニングポスト
「ウイニングポスト7 2013」より登場。当然、2014年のドバイWCデーの2日前の3月27日発売の次作「ウイニングポスト8」にも登場するのだが、24日の完成発表会にはゲーマーでありシリーズ全作をプレイしている福永騎手が出席した。そこでドバイDFをウイニングポスト8でシミュレートしたところ、結果的に1-2着を的中させることになった。
なお、「ウイニングポスト8 2016」で登場する架空馬の中には父ジャスタウェイ・母テイエムプリキュアというタマキュ…ではなく、アニメ配合のスタコラサッサが存在する。
『Winning Post 9 2022』の新システム「優駿の絆」の紹介やよしだみほ先生とのコラボ漫画ではゴールドシップとのコンビで一番手として紹介されている。
ダービースタリオン
2014年12月発売「ダービースタリオンGOLD」より登場。本作の発売前の紹介では登場する最新の世代としてゴールドシップ共々、クローズアップされた。
ウマ娘プリティーダービー
現時点で未登場であるが、スナックズンコとウマ娘のコラボ動画での実馬のエピソードの紹介やフォークシンガーに例えられた逸話を由来とした示唆などがなされている。詳細はジャスタウェイ(ウマ娘)を参照。
関連イラスト
関連タグ・外部リンク
関係者
ライバル
カレンブラックヒル:1勝3敗
エイシンフラッシュ:2勝2敗
ジェンティルドンナ:2勝1敗
関連キャラクター
ジャスタウェイ(架空馬)(同上)
世界一
外部リンク
【3分でわかる】ジャスタウェイ・道の先は世界の頂 | JRA公式
ジャスタウェイ・突然の覚醒、父に続いた世界一の息子|名馬メモリアル|競馬情報ならJRA-VAN
ジャスタウェイ | 競走馬データ - netkeiba.com
ニコニコ大百科は元は爆弾のジャスタウェイの項目だったが、競走馬ジャスタウェイの活躍で、そちらの記述がメインになってしまった(なお、ピクシブでは2021年5月に爆弾の記事から独立した)。ニコニコでも独立が検討されたが、その掲示板には現役時代当時の反応が残っていることもあり、今更分割する利点は無いという意見が多く、そのままである。
こちらは本記事同様に2023年11月に競走馬の記事が独立した。
馬主活動の近況等が語られている。