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概要

1976年12月9日生まれ、滋賀県栗太郡栗東町(現・栗東市)出身。
「天才騎手」と呼ばれながらも、落馬事故で引退を余儀なくされた福永洋一の息子。それ故中学2年生の時に騎手になると決めた際は母親から猛反対されたが説得し、1993年、JRA競馬学校に第12期生として入学した。
同期には和田竜二細江純子などがいる。

2013年3月に元フジテレビアナウンサー松尾翠と結婚。3人の子供を授かっている。

経歴

デビューとキングヘイロー

1996年に競馬学校を卒業すると、同年3月にデビュー。いきなり2勝を挙げると、97年7月に川崎競馬場で初重賞制覇。早くも「天才二世」と騒がれるようになった同年、キングヘイローと組んで東京スポーツ杯3歳ステークス(現東京スポーツ杯2歳ステークス)を勝利して中央重賞を初制覇し、そのまま1998年のクラシック三冠路線に乗り込んだ。
しかし、皐月賞と菊花賞は横山典弘(セイウンスカイ)に、日本ダービーでは武豊(スペシャルウィーク)の前に惨敗。特にこれが初挑戦となった日本ダービーでは、顔面蒼白となって頭の中も真っ白の中で大逃げを打ってしまい、結果14着に終わった。
新人騎手が有力馬でいきなりのダービー挑戦等、今思えばそうなっても当然といえば当然なのだが、この騎乗は誰の目にもミスが明らかであり、騎手としての評価を大きく損ねてしまうことなった。天才というより新人としては十分上手い部類ではあったのだが、「父の名声で有力馬に騎乗しているに過ぎない」などという口さがない言葉も囁かれ、以後大一番では中々馬券で信用されなくなってしまう。
相棒とみられていたキングヘイローもこの頃には気性難が明らかになり、新人には荷が重い存在であるとして主戦騎手をベテランの柴田善臣に変えられてしまう。
そして、2000年の高松宮記念にてキングヘイローは柴田を鞍上に悲願のGⅠ初勝利を上げたのだが、よりによって福永自身はディヴァインライトと共に真後ろからそれを眺めることとなる。騎乗後の「一番いて欲しくない馬が前にいた」というコメントからもその無念さが窺える。
現在も事ある毎にキングヘイローへの思い入れの強さを覗かせる彼だけに、GⅠを勝たせてやれなかった後悔は非常に強い様子。

G1初制覇

99年、桜花賞プリモディーネに騎乗して勝利し、初G1制覇。これ以降、着実にG1勝利を積み重ね、2005年にはスペシャルウィークの娘シーザリオに乗り、オークスを制覇。同じコンビでアメリカンオークス招待ステークスにも優勝し、日本生産・調教馬初のアメリカG1競走優勝という偉業を達成した。さらには区切りの年間100勝も達成、このころには堂々たる1流騎手に成長していた。
13年にはエピファネイア菊花賞を、ジャスタウェイ天皇賞(秋)を初制覇。

しかし、日本ダービーだけは、ワールドエースリアルスティールといった有力馬に乗りながらも勝てず仕舞いが続いていた。中でも2013年、エピファネイアで挑んだダービーでは、ゴール手前で武豊が騎乗するキズナに大外から差されて敗北という屈辱を味わった。
それらの印象もあってか、この時点ではまだまだ「大事な時にポカをやらかす」という評価が抜けていなかった。
父・福永洋一は、ダービーに勝つことなく落馬事故でターフを去っている為、ダービーに勝つ事は「福永家の悲願」でもあったが、その日は遂に来た。

悲願のダービー制覇


2018年5月27日、第85回日本ダービー。キングヘイローでダービーに挑戦してから20年、19回目のダービーに、ワグネリアンで挑み、優勝。昭和からの悲願を平成最後のレースで成就させた。
ちなみに、ダービー初制覇までの所要回数19回は、父の洋一と同期の柴田政人と並ぶ最多数である。
そして、この悲願達成で憑き物が落ちたかのように快進撃が始まる。

2020年4月19日、第80回皐月賞コントレイルで制覇して、史上11人目のクラシック完全制覇を達成。そしてコントレイルはこの勢いのまま、日本ダービーと菊花賞も無敗で勝利し、史上8頭目の三冠馬となり、福永も三冠ジョッキーの仲間入りを果たした。
ちなみにこの時福永は43歳で、三冠ジョッキーとしては最年長の達成であった(ちなみに最年少は2011年に32歳で達成した池添謙一)。

2021年にはワールドプレミア天皇賞(春)を初めて勝利。有馬記念を勝てば八大競走完全制覇となる。
また、シャフリヤールで日本ダービーを勝利し、騎手として史上3人目のダービー連覇を達成した。都合、初制覇を含め4年で3回ダービーを制覇していることとなる。これは現在ダービー勝ち数トップの武豊に迫るハイペースである。
更には、キングヘイローの孫であるピクシーナイトと共に挑んだスプリンターズステークスにて、14年ぶりの3歳馬勝利という快挙を成し遂げた。インタビューでも「キングヘイローにようやく恩返しできた」と語っている。
そしてそのピクシーナイトと共に香港スプリントに挑戦するが、第4コーナーで先頭を走っていたアメージングスターが転倒、ピクシーナイトもそれに巻き込まれて転倒してしまい福永騎手も落馬してしまった。幸い人馬ともに命に別状は無かったが、福永騎手は左鎖骨を骨折し、当面の間はリハビリに専念する模様である。

  • ちなみに事故直後、自らの足で救急車に乗り込んだようだが、福永騎手によると「この時の記憶がない」らしく、恐らく脳震盪の状態だったのではないかと推察している。
加えて年が明けてから騎手として初のダービー制覇を成し遂げた相棒であるワグネリアンが急死するなど、年末から不運が続いている福永騎手だが、政府から新型コロナウイルス対策で帰国後14日間の自宅での隔離(通院目的の外出は可能)が命ぜられている分、有馬記念の騎乗が見送られる等、日程に比較的余裕が生まれていた事もあり、2月中頃の復帰を予定しているとされていた。

そして2022年2月5日、中京競馬場第3レースで約2か月ぶりに復帰。同日のメインレースであるアルデバランステークスをスマッシングハーツに騎乗して勝利し、復帰後初勝利。さらに2月20日にはGIフェブラリーステークスに昨年同レース覇者カフェファラオとの初コンビで参戦し優勝。テン乗りでカフェファラオを連覇に導いた。

人物像

ここまで騎乗歴に関することを記述しているが、実はゲーム好き(キングヘイローも登場するウマ娘もプレイ済み)。幼少期は信長の野望三國志が好きだったほか、競馬ゲームも好きなようで、時間さえあれば実際のレースの合間を縫ってまでプレイしていたことから周りに呆れられたことも。
コラムでの情報発信なども積極的に行っていたため、pixivでもそこそこイラストが投稿されている。

また、2016年7月に普段から仲のいい川田将雅と共にホリプロとマネジメント契約を締結(藤田菜七子も同年4月に契約締結)した為、メディアへの出演も多い。GIレース前にはテレビ番組のインタビューでコースの特徴やレース展開の予測を披露してくれることがあるが、実際のレースでも解説・予測通りに展開することがありファンを驚かせている。こういった分析力の高さが、福永の活躍を支えているのだろう。

主な騎乗馬

※海外重賞は()に開催国を、地方交流重賞は〈〉に開催地を記載する。

'99桜花賞

'99朝日杯3歳ステークス、'01香港カップ(香港)、'02/'03クイーンエリザベス2世カップ(香港)

'04優駿牝馬

'05桜花賞、'05NHKマイルカップ

'05優駿牝馬、'05アメリカンオークス(アメリカ)

'06エリザベス女王杯
※2着入線だったが、1着に入線したカワカミプリンセスが進路を妨害したとして降着となり繰り上げで優勝。

'07優駿牝馬

'10阪神ジュベナイルフィリーズ

'13菊花賞

'13天皇賞(秋)、'14ドバイデューティーフリー(ドバイ)

'16高松宮記念

'16秋華賞

'17帝王賞〈大井〉、'18川崎記念〈川崎〉、'18JBCクラシック〈金沢〉

'18東京優駿

'19高松宮記念

'19安田記念

'19ホープフルステークス、'20皐月賞、'20東京優駿、'20菊花賞、'21ジャパンカップ

'21天皇賞(春)

’21東京優駿

'21スプリンターズステークス

'22フェブラリーステークス

'22皐月賞

関連イラスト

東京優駿


2018年、初の日本ダービー制覇を記念したイラスト。キングヘイロー(ウマ娘)、かつての相棒を祝福。

関連タグ

騎手 キングヘイロー コントレイル

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