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岡部幸雄

おかべゆきお

日本の元騎手(1948-)。20世紀後半から21世紀初頭にかけて、中央競馬におけるトップジョッキーの一人として活躍した。

概要

1948年10月31日生まれ、群馬県出身。

同期は福永洋一、柴田政人など。

1967年にデビューし、1971年オークスでGI初制覇。
1984年、シンボリルドルフで史上初の無敗でクラシック三冠を達成、翌年史上初のGⅠ7勝馬とする。
1993年~1994年ビワハヤヒデでGⅠ3勝と活躍。
1998年タイキシャトルで日本馬として史上2頭目の海外GⅠ制覇達成。
2002年史上最年長での中央GⅠ制覇達成。

最終的には当時中央史上最多の2943勝を達成し2005年3月引退(中央最多勝利記録は2008年に武豊騎手が更新)。
八大競走の内、桜花賞だけは勝てなかった。

引退後は「自分の肌に合う職業ではない」として調教師には転身しなかったが、2006年より「JRAアドバイザー」として裁決委員や審判業務を行う決勝審判委員に対する指導、若手騎手に対する技術指導を行うアドバイザーを務める傍ら、フリーランスの競馬評論家的活動も行っていた。
2009年からはJRA裁定委員会外部委員に就任し、引き続き裁決委員や審判業務を行う決勝審判委員に対する指導などを行っている。

人物

フリーランス騎手の先駆け的存在であり、武豊が騎手になってから最も影響を受けたとされる人物。
シンボリルドルフ騎乗時の岡部が一冠、二冠、三冠と指を立てていくポーズは、武自身も「いつか自分もやりたい」と憧れていたという(後年、武はディープインパクトでこれを実現させた)。

私生活においては家庭を大切にし、騎手としての全盛期においても「仕事と家庭、どちらか優先しなければならない状況に直面したならば躊躇なく馬をやめる決断をする」と公言していた。
それでも騎手時代は子供の学校行事に一度も出席できなかったり、妻の出産に一度も立ち会えないなど、家族との交流が制限されていたという。引退後は父親と旅に出たり子供の学校行事に参加するなど、家族との交流に努めている他、「好きなこと」「現役時代にできなかったこと」に挑戦し、新たな趣味としてスキューバダイビングサーフィンなどを始めた。

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