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大艦巨砲主義(たいかんきょほうしゅぎ)とは、大きいことは正義ということである。

読んで字の如く「きな大なを積もう」という考え方である。


概要と歴史編集

木造帆船の時代より、軍艦大砲を舷側にずらりと並べ武装してきたが、大砲の技術発展に伴って威力が増してくると、戦艦に多数の艦砲を並べることはむしろ弱点を晒すことになるため、その数を減らし、一門あたりの威力をあげることが重視されるようになる。

一方で敵艦砲の攻撃に耐えるため、艦船全体に装甲を施すようになる。装甲艦の始まりである。


さらに軍艦の役割分岐が進んでゆき、大型の戦艦と小型の巡洋艦に分岐していく。

その内の大型戦艦に用いられた設計思想がこれである。

戦艦という艦種は基本的に「自らが装備する最大口径の砲(=主砲)に想定交戦距離から撃たれても、バイタルパート(司令塔、弾薬庫、機関部などの主要部)を抜かれない装甲を持つ」とされているため、敵よりもより大きな艦に大きな主砲を積めば、敵の砲弾は通さず、自らの砲弾だけを一方的に貫徹させられることになり、それだけ優位に戦うことができるのである。これが大艦巨砲主義の基本的な考え方である。


これに更に拍車をかけたのは日清戦争日露戦争である。この二つの戦争以前、装甲化された軍艦を沈めるのは砲撃か衝角を用いた体当たりか、意見が割れていた。というのも当時は砲や火薬の精度が今に比べるとかなり悪く、命中しても上手く加害しなかったりそもそも当たらないなんてこともあったからだ。ましてや陸と違い波で揺れる中動く目標に的確に当てるのは至難の業である。砲撃は遠距離から撃てるが命中精度が悪く、体当たりは与えるダメージは大きいが近づくときに集中砲火を受ける恐れがある。日清戦争においては黄海海戦で日本側は砲撃に、清側は体当たりに固執していたが、小回りの利く小艦で体当たりを避け続けた日本側と、大型艦艇の装甲で小口径砲を跳ね返し続けた清国側という、双方が相手方の強みを潰す様相だったため、日本側が勝利を収めたものの論争の行方は未だはっきりしなかった。そしてその論争に決着をつけたのが、近代における最初の海戦と言われる日本海海戦である。この海戦で連合艦隊は最新鋭艦を含む38隻で構成され、当時の世界最強(と、日本では喧伝されていた)バルチック艦隊を砲撃のみで壊滅に追い込んだ。ここに論争は決着し、以降ドレッドノートに代表されるような攻撃手段が砲撃中心の戦艦が建造されていき、一方で衝角による体当たりは攻撃手段としては廃れていった。大艦巨砲主義の幕開けである。


実は同じく砲と装甲を主体に戦う戦車の進化もこれに近い様相を呈していたのだが、陸上を走る関係上、おのずと大きさや重量に制限の多い戦車と違い、海に浮かぶ戦艦は運用する国の港湾や造船施設などの事情が許す限り巨大化が可能であり、殊更に大艦巨砲の傾向に拍車がかかっていった。


だが当然ながら艦や砲を大きくすればするほど1隻の価格は高価になり、戦艦は第一次世界大戦の後には列強国以外は所持すらままならないような兵器になっていった。さらに大戦で発生した戦艦同士の一大決戦である「ユトランド沖海戦」の結果、紙装甲で脚だけ速い巡洋戦艦も、重厚だが鈍足の戦艦も使い物にならないことが判明した。


ユトランド沖海戦ではもう一つの問題も浮き彫りになった。日露戦争時代と比して飛躍的に大仰角、長射程となった艦砲から放たれる、大落角で落下してくる砲弾である。

それまでの戦艦では敵弾はほぼ真横から命中するという前提で艦の側面を重厚に防御していたが、敵弾が大落角で落下してくるという発想は無く、艦の水平面、つまり上甲板には破片防御か、浅い角度の敵弾を弾く程度の薄い装甲しか施されていなかった。結果、ユトランドでは水平装甲を撃ち抜かれて大破、大爆発沈没といった大被害が相次ぐこととなり、水平防御の重要さが痛感された。

一言で水平防御の強化と言えば簡単だが、これは大きな問題であった。それまでの舷側(艦の側面)、しかも喫水線より上部のみ防御すればよいという前提だったのが、戦艦の広大な上甲板、さらに水中弾や魚雷に備えて喫水線以下まで防御しなくてはならないとされたため、戦艦に必要とされる装甲が突如として激増したのである。


このためそれまでの戦艦では一般的であった、舷側全体を強力に防御する全体防御方式のまま上甲板も全面を防御するのは事実上不可能となってしまい、艦のバイタルパートのみ側面と上面を防御し、その他は潔く無、または軽装甲に留めて区画分けで浸水を防ぐという集中防御方式がその後のトレンドとなる。


結果として攻防走の全てに高レベルを求められるようになった戦艦は、やがて数隻建造して維持するだけで列強国の国家予算の数%をつぎ込むまでになってしまった。もちろん、既存の戦艦も問題に対処するためには大改装が必要であり、列強各国の海軍費はうなぎ登りに上昇、その天文学的な財政負担を抑えるため、海軍軍縮条約が結ばれ、海軍休日(ネーバル・ホリデー)と呼ばれる束の間の平和が訪れた。


海軍休日と言われた条約時代が過ぎ再び大戦が勃発、条約明けの各国待望の新鋭戦艦は、攻防走全てが前大戦時の艦を大きく上回る、主力艦の名に恥じない性能を持って現れていた。だが最前線で戦うための戦闘ユニットでありながら、もしも撃沈されれば国家が傾くような価格となってしまっており、戦艦はおいそれと気軽に前線に出すわけにはいかない兵器となっていた。

さらに悪いことに、第一次世界大戦ではまだ洋上の戦艦を脅かす能力は無かった航空機が恐るべき強敵となっており、ここに至って海戦の主役は航空機とそれを搭載する航空母艦にシフトしてしまった。


このため大艦巨砲主義の頂点、史上最大の巨大戦艦を保有していた日本海軍では、開戦後早々に戦艦は主力と見なされなくなり、内地や後方で不遇を囲うこととなった。

もう一つの大艦巨砲の権化アメリカではその一大勢力が開戦と同時に行動不能とされてしまったため、その修理が完了するまでの間は新鋭艦は欧州で集中運用され、太平洋は暫く空母で何とかするという戦略がとられた。

欧州では戦力で劣る枢軸側が損失を恐れて港に立て籠もる現存艦隊主義に徹し、戦艦を中々動かさなかったため、艦隊決戦は発生しなかったが連合国側の戦艦は比較的自由に行動し、要所要所でその砲撃力を持って地上軍を強力に支援した。


この時点でも戦艦は依然として強力なユニットであり、自慢の攻撃力と防御力を存分に奮うことは可能であったが、如何せん大きく重いために人員燃費他の運用コストが高く、撃沈された時の損害額もはかり知れず、護衛の艦艇も必要となるコストパフォーマンスの悪さも目立った。


このため大戦後しばらくは各国で温存されたものの、再び大きな戦争が起きる気配も過ぎ去ると、大戦後の不況に喘ぐ国を中心に早々に一線を退いた。

何より対艦ミサイルの登場により、そもそも砲で戦う必要が無くなってしまったという点がもっとも大きかった。空母や航空機だけならともかく、巡洋艦や駆逐艦にまで撃破される公算が大きくなり、大艦も巨砲も不要になってしまったのである。



意地とロマンで戦艦を維持し続けたアメリカ海軍も、湾岸戦争を引退試合とし、ついに最後の戦艦が退役した。

これが大艦巨砲主義の終焉である。






ここから転じて組織やユニットの極端な肥大化や特定の方向性への一点特化(そしてそれ自体によってしばしば機能不全に陥る)することを比喩もしくは揶揄する意味でも使われる。

例としては体の大きな選手やホームランバッターばかりを集める球団、一部の機能のみを必要以上に強化し続ける電化製品など。

歴史的経緯から通常、良い意味ではあまり使われる事は無い比喩表現である。





現代では編集


現実では第二次世界大戦で航空機とそれを搭載した空母の方がより重要という事実が判明し、実戦でその戦力の高さを示し、機動性・汎用性・コストパフォーマンスの面で劣る戦艦が重視されなくなった結果、現在は「戦艦」というジャンルごと廃れてしまっている。

(ロシアのキーロフ級ミサイル巡洋艦はジェーン年鑑で「巡洋戦艦」と紹介されたこともあるが、実態は装甲を備えた大型のミサイル艦である)




...と思いきや、大艦巨砲主義が現代によみがえる可能性が出てきた。

その理由は「レールガン」である。


レールガンとは「電磁気力で弾丸を射出する」砲熕兵器であり、弾速は既存の火器を遥かに上回る。 アメリカ軍が開発中のものでは試験射撃でマッハ6を記録したとされ、2016年に試験運用が開始されるところまでこぎつけた。

何故これが大艦巨砲主義の復活に関わるかというと、前述の通りレールガンは弾速が桁外れな程高速である。 つまり「高速で動く目標にも対応しやすい」ため、「砲熕兵器でありながら対艦ミサイル等を迎撃できる」可能性が高いのだ。

さらにさらに高弾速のため射程はそこらの大砲より長い(というかミサイル並み)上、命中した際に相手に与えるダメージも大きいとされる。

そしてレールガンはとてつもない大電力を必要とするため、そもそも小型の艦には積むことができないという都合もある。

つまり実用化すれば、「砲熕兵器であるレールガンが対艦戦闘の主役になる」可能性があるのだ。 大艦巨砲主義の部分的な復活と言えるだろう。


とはいえ現代ではそもそも艦隊戦自体が完全な時代錯誤の代物であるため殆ど意味はないが。


しかしこうなるとイージス艦のやられる前にやるから装甲は薄くても良いという前提が覆される可能性もないわけではなく、砲弾に砲弾を当てて迎撃できれば問題はないのだがレールガンほどの高速飛翔体ともなるとどうなるか分からない。レールガンが実用化するかどうかはともかく、タンカーとの衝突も増えてきた昨今、多少なりとも被弾を考えた装甲が必要になっている…のかもしれない。





pixivでは編集

上記の意味通り、戦艦のイラストに使われる以外に、どことは言わないが

「大きければ大きいほど良い」というようなイラストに使われることがある。

特に「艦隊これくしょん」のブレイク以降、派生タグ「大艦巨乳主義」の使用頻度が増加している。

ちなみに艦隊これくしょん関連のイラストに大艦巨乳主義ではなく当タグが付けられる場合、戦艦娘を主とした砲撃艦の艤装が印象的なイラストである場合が多いようだ。

一応「大艦」と言っているので、身体の一部だけでなく、体格も大柄な場合が当てはまる、はず。


関連タグ編集


軍事 軍艦 戦艦 装甲艦 大砲 砲撃

大和型戦艦:日本における大艦巨砲主義の象徴的存在。史実を良く知らない人々から『建造当初から完全に時代錯誤の代物』と言われる事もあるが、実際にはアメリカもアイオワ級戦艦をWW2中に4隻建造した上、更に大和型戦艦(72,800t 45口径46cm 9門)と同等のモンタナ級戦艦(71,922t 50口径16インチ砲 12門)5隻を計画していた(1943年に建造中止)最後の戦艦はWW2後に英仏で完成した2隻。

大艦巨乳主義

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