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もしかして → 大アルカナの「正義」

概要

道理にかなった事を意味する単語である。
社会秩序などを考えたときにそれに法る行動を正義と呼ぶことができる。

しかしながら何が正義で何が正義ではないか、というのは、国家民族環境などの要因が複雑に絡み合った上で構成される要素であるため、何が正義で何が正義でないか、という絶対的な尺度はどこにも存在しない。

基本的に元々正義に反する行為と分かってやってる場合を除けば、お互いに正義だと思っている行為が互いを衝突させる結果を招くこともあり得る。現実世界では正義という言葉だけだと誰が正しく、誰が誤っているかを判断できなくなる。

例えば「友人を殺した者を殺すのは正義だ」という考えを持つ者がいたとする。この場合友人を殺した者(加害者)はであるという考えが生まれ、その悪を取り除くという考えも一つの正義である、という見方ができる。

ところがここで別の人物が「行為は悪であるが彼女)を更生させることが正義だ」と思ったとする。実際この考えも一つの正義という見方としては誤っていない。

だがこれを人間を殺した熊に例えてみよう。人間を殺した熊は悪なので(または凶暴というレッテルを貼って)人間達はこの熊を正義の名の下に殺すだろう。だが熊自身は「自然の法則」にしたがっているだけで当然悪ではない(無論正義でもない)。その熊が人間を殺した理由について「空腹だったので食べるため」「殺した人間が自らを殺しに来たので自己防衛のため返り討ちにした」など何でも理由になるが何かしらの理由をつけて人間はこの熊を正義の名の下に始末するだろう。

この時、「正義」はとても歪んでみえるだろう。
むしろ自然の法則に逆らっている人間こそ悪といえるだろう。

このように「正義」があるということは利益があるということである。
それは同時に「正義の反対側」で不利益が生じるということでもある。

この時どちらにも平等に利益が生じない限り不利益による不満は争いの原因になるのでどちらも平等に利益が分配されるようにするのが最適だが、このどちらをも平等にすると「別の部分」が不利益が生じるということになると「別の部分」はどちらも平等にならないように妨害するようになるだろう。
(中略)
これらは永遠に繰り返すものである。
つまり全体が平等になることはないのである。

まとめ

このように複数の正義というものが存在すると国家としては秩序を維持するのが難しくなっており、そこで現代の世界では法律という言葉でそれを定義していることになっている。言ってしまえば法律とは正義を具体的に明文化したもの、ともいえるかもしれない。

小説ゲームなどでは正義と正義がぶつかるという作品が少なくない。この場合お互いに自分の信じる正義の名の許に行動を起こしていることが多いわけであるからどちらが完全悪とは言い切れない。下手すると主人公が正しくないと思われる可能性もある。

絶対的な解決策の存在しない、人類が永遠に付き合う必要のある問題でもある。

作品にての正義感

アンパンマン

国民的ヒーローの作者・やなせたかしは、24歳で中国に出征し、飢えに苦しみながらも“正義のための戦い”を信じて戦ったが、日本の敗戦により、日本は悪だということを知った(勝てば官軍負ければ賊軍)。

正義のための戦いなんてどこにもないのだ正義はある日突然反転する。逆転しない正義は献身と愛だ、目の前で餓死しそうな人がいるとすればその人に一片のパンを与えること

と戦争を通してそう思ったそうだ。

また、絵本『あんぱんまん』のあとがきには、こう書かれている。

子どもたちとおんなじに、ぼくもスーパーマンや仮面ものが大好きなのですが、いつもふしぎにおもうのは、大格闘しても着ているものが破れないし汚れない、だれのためにたたかっているのか、よくわからないということです。

ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そしてそのためにかならず自分も深く傷つくものです。

そしてそういう捨身、献身の心なくして正義は行えませんし、また、私達が現在、ほんとうに困っていることといえば、物価高や、公害、飢えということで、正義の超人はそのためにこそ、たたかわねばならないのです。

ONEPIECE

海賊ドフラミンゴは、海軍本部と白ひげ海賊団が全面衝突した戦闘中、「海賊=悪、海軍=正義」とする見方を嘲笑し、「頂点に立つ者が善悪を塗り替える」のだと言い放つ。
そして「正義は勝つって!?そりゃあそうだろ」「勝者だけが正義だ!!!!」と言い放っている。

キン肉マン

完璧超人始祖編にてキン肉スグルは闘いを経て、この世に絶対的正義などないのかもしれないとしつつも、目の前で苦しんでいる人がいたら手を差し伸べる、目の前で苦しむたった数人が救えぬものにこの世を丸ごと救うことなどできないと断言した。

その決意を聞いたザ・マンは「心は正しくても力は暴走する」と忠告し、もしもキン肉マンサイドがおかしな行動をするようなことがあれば後進達が止めに来ると言った。

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか

暗黒期の真っ只中、高潔なエルフのリュー・リオンは自分の正義が信じれなくなった。邪神に心を惑わされ、人々に後ろ指を指され、「無償に基く善行」と容易く口に出せなくなった。

しかし、戦死した友「正義は巡るよ!」という言葉を思い出し、再び『絶対惡』に立ち向かうこととなった。

また、正義を司るアストレアは正義は『星々』だと称した。此の世に「絶対の正義はない」とも。絶対の正義があれば、それ以外の正義は存在せず、下界はそこで停滞を迎えてしまう。故に、正義は星々だと。

Fateシリーズ

「ボクはね、正義の味方になりたかったんだ…」
この世界においての「正義」とは子供の描く理想論で片付けられるような甘いものなどではなく、正義に味方をするという事は自分を含めた誰かに犠牲を強いる「少数を切り捨てて、多数を救う」事に他ならないと描写されており、正義の味方を志した人々がやがて現実とのギャップで絶望に陥っていることからもそれがわかる。
そもそも世界観からして、世界を円滑に運営する為には「不要と見なされた」世界線を剪定したり人類存続の為に人類の一部を殺してでも人類の滅びを回避する機構があるというシビアな設定であり、この世界における「正義」の嫌にリアルな在り方を裏付けている。

人智を超えた力を発揮できるまさしく「ヒーロー」である英霊でさえも、一人の犠牲も出さずに世界を救うのは不可能に等しいのである。(そもそも「過去に存在して功績を打ち立てた英雄」である以上、「誰かの犠牲」を抜きにして語れない存在だからという事情もある。皮肉にも正義の味方を志す男がタブーとも言えるこの話題に言及しているのだった。)

余談だが、「犠牲」(GISEI)をアナグラムすると「正義」(SEIGI)となる。


仮面ライダー

仮面ライダーは正義のヒーローと一般的に認知されてはいるが、実際のところ、一部の例外こそあれど、ほとんどの仮面ライダーは敵と同じもしくはそれに準ずる能力を使って、人間の自由を守る戦士を指す。

平山亨著『仮面ライダー名人列伝』の市川森一氏の発言によれば「正義のために戦うなんて言うのは止めましょう。ナチスだって正義を謳ったんだから、正義って奴は判らない。悪者とは、どんなお題目を掲げていても人間の自由を奪う奴が悪者です。仮面ライダー、我々人間の自由を奪う敵に対し人間の自由を守るために戦うのです」とある。

これが仮面ライダーの基本的な戦う目的の設定の下地になっていることなのは確かなようだ。
しかし、この設定は難解なものと取る人物もいるためか、便宜的に正義のヒーローする作品もある。今では、仮面ライダーの守る人間の自由とは人類全ての自由だけでなく個人の自由のためだけ(仮面ライダーシザースなど)という場合や、人間ではなく敵側の自由を守るというケース(仮面ライダーアークなど)も存在するため、この作品群は一概に善悪で割り切れるものではない。明らかに人間側に非のあるケースも存在し、ライダーシリーズ以外の特撮作品でも度々見られる。

バッタヤミーの記事も参照の事。

ウルトラシリーズ

基本的には登場するウルトラ戦士のほぼすべてが正義の存在である。とくにM78星雲・光の国は警察組織がなくとも40万年以上も平和であった(侵略者による破壊活動を除く)ということもあり、後ろ盾もしっかりしている。

またウルトラ戦士のほとんどは人間にはできない事を単体でできる超人・超常の存在という立場もあり、人間サイドで正義について語ることはあれど、ウルトラ戦士の方で正義と悪があいまいな例は漫画作品ではともかく映像作品ではほとんどない。例外としては明確な悪のウルトラマンとして登場したウルトラマンベリアル関連であり、『ウルトラマンオーブ』でのギャラクトロンサンダーブレスターの争いはウルトラ戦士という存在自体が絶対の正義ではないことを証明する戦いとなってしまっていた。また、オーブをはじめとする惑星O-50から力を授かったウルトラマンの故郷である宇宙は全土が世紀末と言っても過言ではないディストピアになっていたり、『ウルトラマンタイガ』では前作の劇場版で初登場したウルトラマントレギアがM78星雲出身であると判明、これらの設定は、正義の抱える矛盾を視聴者に投げ掛ける設定となっている。

その他では「宇宙正義」を掲げるデラシオンの行動が描かれた『ウルトラマンコスモスVSウルトラマンジャスティス THE FINAL BATTLE』がある。本作品でデラシオンは「地球が2000年後に宇宙に害をもたらす星になる」という事で、グローカーやギガエンドラを送り込んでリセットを強行していたが、これは地球人類同様に2000年後宇宙に害悪になると予見された「異形生命体サンドロス」が、2000年猶予与えた結果案の定邪悪な存在となり、幾多の惑星を滅ぼしてしまった事例からの反省である。

その結果、必要な犠牲をあってはならないとするコスモスサイドと責任感から宇宙正義を厳守すべしとするジャスティスサイドが争うこととなってしまったが、ジャスティスは地球で優しさに触れたことで地球側の味方になり、最終的に未来への「希望」をデラシオンサイドが受け入れたことで和解している。

関連タグ

哲学 倫理 法律 裁判
馬超無双シリーズで正義を連呼するキャラクター)

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