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馬超

ばちょう

馬超とは、中国後漢末から三国時代に活躍した武将・将軍。字は孟起(もうき)。諡(おくりな)は威侯。『三国志演義』では、その雄姿から錦馬超(きんばちょう)として称えられ、五虎大将軍の一人。
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概要

 馬超とは、劉備に仕えた武将。後漢の名将馬援の子孫。父は馬騰。弟に馬休、馬鉄、
従兄弟に馬岱がいる。
また小説小説『反・三国志』においては馬雲騄という妹がいる。妻は楊氏、側室に董氏がいる。

 <正史>においては、剛力の持ち主で若い頃から勇名をはせていた。
鍾繇の要請を受け、部下の龐徳と共に兵を率いて、郭援・高幹・呼廚泉
討伐することとなった。鍾繇・龐徳らと共に郭援と戦い、足に矢を受け
負傷したが、その足を袋に包んで尚も戦い続け、戦いに勝利し、龐徳が
自ら郭援を討ち取った。

建安16年(211年)3月、曹操は鍾繇・夏侯淵らに命じて漢中の張魯を討伐しようとした。この動きを見て、馬超ら関中の諸将らは自分達が攻められると疑心暗鬼になったという。

この時、馬超は遠征から戻った(かつて自分の母親や兄弟を殺した)韓遂に「鍾繇は私に韓遂殿を捕まえるよう命じました。彼らは信用できません」と言い、曹操に子を人質を出している韓遂が煮え切らない態度でいると、馬超は「自分は父を棄てて韓遂を父とするので、韓遂も子を棄てて自分を子と思って欲しい」とまで言い、すすんで反乱を持ちかけたという

馬超は時の朝廷の権臣曹操と敵対し、韓遂らあわせて十部隊らと共に兵を
挙げ、馬超は十万の軍勢を率いて黄河、潼水の地に布陣した。曹操もまた
夏侯淵曹仁らを率いて馬超らと対峙した(潼関の戦い)。
最初こそ破竹の勢いで曹操軍を上回り、曹操自身も命の危険にさらされた。
しかし、次第と戦況は膠着し、曹操の参謀・賈詡の離間の計で韓遂と仲違いし
大敗。そして、この反乱が原因で、馬騰、馬休、馬鉄らは処刑される。

涼州刺史の韋康を騙して殺害し、冀城を根城にして同州の他の城を味方につけ、しかし、韋康の復讐の為に挙兵した楊阜、姜敘らの抵抗により冀城を奪還する、そこで同じ志を持つ州内の趙昂、王異、尹奉、梁寛、趙衢らと手を結び、212年鹵城で楊阜と共に馬超に反旗を翻した、一族の多くを再び失い。

馬超討伐計画が実行されると、冀城から追い出された馬超は姜敘の母のいる歴城を襲います。
馬超に捕えられた姜母は、馬超を真っ向から罵倒します。
「お前は父に背いた親不孝者のうえ、殿(韋康)を殺した逆賊だ。天も地もどうしてお前を許すことがあろうか。自分の罪を恥じて死にもせず、よく平気で人に顔向けできるものだ。」
馬超は彼女を始めとする姜叙の一族を虐殺し、城を焼いて漢中に去った。

その後、張魯に兵を借り失地回復を試みたが、韋康の旧臣、趙昂・王異夫婦の抵抗に遭い、失敗した。

協力者である張魯の部下(楊白)にもその残酷さを警戒(楊白は馬超を「家族を愛せない者」と呼びました)され、劉備のもとへ出奔、張魯のとこに置き去りにされた馬超の子(馬秋)処刑される

張魯の傘下から劉璋を攻めていた劉備を頼って帰順した。劉備が漢中王になると
左将軍・仮節に昇進し、 さらにその後には驃騎将軍・涼州刺史になるが、翌年
亡くなった。

 <演義>においては、蜀の五虎将軍の1人として数えられて、ただ猛将だけでなく
容姿端麗な為に「西涼の錦馬超の異名をとる。

基本は<正史>通りの活躍をしているが、曹操に対する挙兵のタイミングが異なっている。
<演義>では、曹操暗殺計画に加担していた馬騰を、曹操が一族と共におびき寄せ、
謀殺された。そして馬騰の義兄弟だった韓遂と共に復讐戦を挑む事となった。
<正史>とは、逆の順序となっている。

その後演義の創作では張魯の傘下で劉備軍と戦い張飛と激しく打ち合うが、李恢の説得に応じて
正史では馬超は益州の劉璋を成都に包囲していた劉備に手紙を送り、降伏を申し入れた。馬超は妻子や部下を漢中に置き去りにして出奔した。
劉備陣営に加わった。そして、劉備帰順後は程無くして死去してしまう。

逸話

 「西涼の錦馬超」の由来としては、「顔の色冠の白玉の如く、眼は流れる星の如く、
唇は紅をさしたようで虎の如き体躯猿の如き臂、腹は彪の如く腰は狼の如き」
というように形容されている。性格は多少坊ちゃん気質で短気な感じがある。

 大変な猛将と知られている馬超であるが、若い頃、韓遂の部下の閻行と一騎打ちとなり、
負傷し、殺されそうになったことがある。このエピソードは、馬超の強さを際立てるためなのか「演義」には登場しない。
また曹操に敗戦こそしたが、部下の楊阜が、「馬超は韓信・黥布のような武勇を持ち、
羌族に心服されているので、警戒を怠ってはなりませぬ」と進言し、曹操ももっともだと
答えたとされ、敵将からも十分な評価を得ている。
劉備は馬超の来降を聞くと、「私は益州を手に入れたぞ」と言って喜んだ。そして、
馬超が劉備に帰順したという噂に恐れをなした劉璋は程なく降伏した。

『山陽公載記』では、馬超は劉備からの待遇が厚いのをいいことに常々劉備の字を呼び捨てにしたため(目上には官職名で呼ぶのが礼儀であり、字で呼ぶのは完全に無礼)、関羽と張飛が怒り馬超を殺そうとしたという一文がある。しかし裴松之は、関羽は当時荊州の守りについており、益州に行った事は無い。よって馬超と関羽が共に劉備の傍にいた事実は考えられないとして、この記述の信憑性を強く否定しており「単純に考えても、いくら馬超でもそれはない」と擁護している。

登場作品

基本的には、武力はかなり強く設定されているが、他の五虎大将軍たちと比べて活躍は少くなっている傾向にある。

真・三國無双』シリーズ

無双4 馬超


馬超(真・三國無双)を参照

三国伝

馬超


馬超ブルーディスティニーを参照

一騎当千

馬超孟起


馬超孟起を参照

恋姫†無双』シリーズ

真・恋姫無双 「馬超」


を参照

蒼天航路

錦馬



十三支演義

声:杉田智和

関連タグ

 五虎大将軍 錦馬超 槍族 王異

作品タグ
三国志 三国無双 三國無双 無双 無双OROCHI
蒼天航路 三国志大戦 三国伝 一騎当千
恋姫無双 真・恋姫†無双

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