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巡洋戦艦

じゅんようせんかん

戦艦の砲力と巡洋艦の機動力を合わせ持った軍艦
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定義

巡洋戦艦とは、戦艦並みの砲力と、巡洋艦の機動力を合わせ持った軍艦の一種である。

日本語では戦艦の一種とみなされることが多いが、英語ではbattlecruiserと呼び(直訳だと戦闘巡洋艦となる)、本来は装甲巡洋艦の発展型である。

歴史

日露戦争日本海海戦で、日本海軍は戦艦から成る第一戦隊と共に、装甲巡洋艦から成る第二戦隊を編成した。日本海軍はほかの国なら主力と見なされていなかった装甲巡洋艦隊を、戦艦隊を力のある右腕に例えるならば、機敏な左腕として戦艦と並ぶ主力扱いで用いて歴史的戦果を挙げた。
戦後、日本海軍はこの考えをさらに発展させ、戦艦(前ド級戦艦)と同等の、12インチ砲を連装2基4門備えた筑波型・鞍馬型の装甲巡洋艦を建造した(のち、書類上巡洋戦艦に類別)。
同じころ、イギリス海軍は、副砲を排して前ド級戦艦の2.5倍の10門もの主砲を備え、機関をタービン化することで巡洋艦に近い21ノットの速力を得た超戦艦ドレッドノートを建造したが(ド級戦艦の誕生)、同様の手法を装甲巡洋艦にも取り入れた。こうやって建造されたのがインヴィンシブル級であり、12インチ砲8門と速力25ノットを備えていた。このインヴィンシブル級を形容するために生まれたのがbattlecruiserという言葉である。
巡洋戦艦は、発祥の国イギリスで次々と建造され15インチ砲を備えたレナウン級フッドに至る。また、イギリス海軍の弟子である日本海軍も巡洋戦艦を取り入れ、金剛型を輸入・コピー建造した。また、イギリス海軍の当時のライバルドイツ海軍も追って取り入れた。ただし、イギリス海軍式の巡洋戦艦が防御が前身の装甲巡洋艦並みの弱体にとどまっていたのに対し、砲力を一段押えることで(ドイツ自身の戦艦には劣るものの)十分な防御力を得ていたことが異なる。
そして、当時の戦艦は、戦艦として砲力と防御力は強力だったものの鈍足だった。
これは、第一次大戦ごろの技術力では一隻の軍艦に攻防走全てを満足させることができなかったことによる。それにも関らず、巡洋戦艦は下手をすると同時期の戦艦よりも大きく建造費も高くついた。このため、アメリカ・フランスなどのように、戦艦を建造するような大海軍でありながら巡洋戦艦建造に乗り出さないものも多かった。ロシアはボロジノ級巡洋戦艦を建造していたが、ロシア革命の影響により中止された。
また、巡洋艦の数的な主力となったのも安価な軽巡洋艦であった。
そして、第一次世界大戦、巡洋戦艦はその速力で海戦があれば花舞台に必ず顔を出し、その大砲力で戦果も多かったが、防御力の弱さから犠牲になるのも真っ先であった。

このため、戦艦は高速化、巡洋戦艦は防御力を増す方に進化は向かい、一本化して高速戦艦に至る道が見えたところで、ワシントン海軍軍縮条約により戦艦や巡洋戦艦の建造は中断され、同条約の失効後(海軍休日明け)に建造された戦艦の多くはいずれも高速力と重装甲を両立させており、(装甲巡洋艦の発展型としての)巡洋戦艦は建造されていない。なお、条約前に建造された高速戦艦の走りが、クイーン・エリザベス級や長門型である。

なお、海軍休日明けに建造された軍艦のうち、戦艦並みの巨体や、巡洋艦並みの高速力を備えながら、砲力が戦艦にしては弱いダンケルク級シャルンホルスト級は、装甲巡洋艦の系譜ではないが巡洋戦艦と呼ばれることは多い。またドイッチュラント級装甲艦アラスカ級大型巡洋艦など重巡洋艦の強化型も「戦艦と巡洋艦の中間」ということで巡洋戦艦と呼ばれることがある。

余談

ロシア海軍のキーロフ級ミサイル巡洋艦はジェーン海軍年鑑で巡洋戦艦と記載されているが、巡洋戦艦の定義である「戦艦並みの砲力」に該当せず、これは冷戦期の「ジェーン海軍年鑑」で暫々見られる実態と異なる記述の一つである。
キーロフ級ミサイル巡洋艦は現代的なミサイル艦が大型化したものであり、通常「巡洋戦艦」に分類されることはない。

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