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ダンケルク級

だんけるくきゅう

フランス海軍の戦艦の艦級
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概要

フランス海軍戦艦の艦級。ワシントン海軍軍縮条約における代艦建造規定により、クールベ級戦艦の代艦として建造された。

 艦名起工就役退役
一番艦ダンケルク1932.12.241937.5.11942.11.27(自沈)
二番艦ストラスブール1934.11.251938.12. 1955.5.27(解体)

建造当時のアメリカイギリス日本が保有する主力戦艦と比べ、一回り以上小型のため「中型戦艦」と呼ばれる事もあるが、それまでフランスが建造した戦艦としては最大である。
フランス海軍は「cuirassé rapide(高速戦艦)」に類別していた。

特徴

ドイツ海軍のドイッチュラント級に対抗して建造されたと言われがちだが、次期主力戦艦(リシュリュー級)のテスト・ベッドの意味もあり、革新的設計が行われた。

四連装主砲塔

主砲塔にはノルマンディー級(未成)以来の四連装砲塔が採用され、バイタル・パート(弾薬庫・機関部・通信・操艦・主兵裝などの区画)の短縮が為された。また、同口径砲で連装砲塔4基と四連装砲塔2基とした場合、四連装砲塔2基の方が連装砲塔1基分の重量を軽量化できる。
四連装砲塔は中央を強固な隔壁で区切られ、連装砲塔2つを接合したような構造だった。
1931年型33cm砲は、重い(560kg)徹甲弾により長距離砲撃時の砲弾の大落角を得つつ、長砲身(52口径)により射程距離を延伸するバランスの取れた設計で、射程30,000m台では敵艦の甲板、射程20,000m台では敵艦の舷側に着弾する良好な弾道特性を持つ。
射程23,000mで舷側装甲340mmを容易に貫通する威力があり、最大仰角35度で射程距離は40,600mに及ぶ。

副砲に両用砲を採用

副砲の1932年型13cm砲は対艦・対空共に使える史上初の両用砲で、後世の新型艦艇の設計に強い影響を与えた。仰角75°~俯角5°で、どの角度でも装填が出来る。
船体中央部の両舷に連装砲塔1基ずつ、水上機格納庫カタパルトの周囲に四連装砲塔3基が配置された。

バイタル・パートの集中防御

四連装主砲採用で短くなったバイタル・パートに軽量化で浮いた重量分の装甲を充て、広範囲をカバーした。ストラスブールでは舷側装甲が283mm、主甲板装甲が140mm+40mmに達する。

機関のシフト配置を採用

フランス伝統の「缶室分離配置」を進化させ、缶室と機械室が交互に配置される「シフト配置」を採用し、生存性を高めた。
インドル式重油専焼水管缶6基とラテュ式ギヤード・タービン4基4軸を組み合わせ、最大出力133,730馬力、最大速力31.5ノットを発揮したが、対外的には「最大出力130,000馬力、最大速力30ノット」と発表された。
航続距離は17ノットで17,500浬と長大だった。

インナー・バルジの採用

対水雷防御は舷側内側に埋め込む形でバルジを設け、船体抵抗を削減。

外洋での凌波性能の確保

艦首にクリッパー・バウを採用し、乾舷は高く、凌波性は良好だった。
船型は波の荒い外洋を航海することを念頭に、中央部を1段高く嵩上げする中央船首楼型。

対空電探を採用

ストラスブールは1941年に新開発されたサディ式対空レーダーを信号マスト上に装備した。

メルセルケビール海戦

第二次世界大戦の初期、ダンケルクとストラスブールは連合国側の船団護衛任務に従事した。
1939年8月21日より、イギリス海軍と共にアドミラル・グラーフ・シュペー追撃に参加。

1940年6月21日、フランス・ヴィシー政権がドイツに降伏し休戦条約を結んだ。
ドイツが休戦条約を無視してフランス海軍艦艇を接収する可能性があるため、ダンケルクとストラスブールはアルジェリアメルセルケビール港に泊め置かれた。
しかし、イギリス首相ウィンストン・チャーチルは、フランス海軍艦艇がドイツ軍指揮下に入ることを危惧し、自軍の指揮下に入らないなら撃破するよう、ジェームズ・フォウンズ・サマーヴィル中将のH部隊を差し向けた。

7月3日、H部隊はメルセルケビール沖に到着し、フランス側にチャーチルからの最後通牒を突きつけた。勝手にイギリス側に降れば休戦条件違反を口実に、フランス本土の全フランス海軍艦艇をドイツに接収されかねない。イギリス側のサマーヴィル中将も愚策だと思っていた。
明確な回答がないことを口実に、艦尾を港外側に向けメルセルケビール港に停泊中のフランス海軍艦艇に、イギリス海軍の攻撃が開始された。
ダンケルクは中破し、故意に浅瀬に座礁した。ストラスブールは脱出し、追撃を振り切ってトゥーロン(フランス)に帰投した。ダンケルクも後に離礁し、1942年2月にトゥーロンに帰投した。
ダンケルクとストラスブールはドイツの手の届く所に戻り、いつでも接収できる状態になり、フランス国民に反英感情を植えつける結果に終わった。

自沈

1942年11月11日、ドイツ軍は休戦条約を無視し、フランス全土を占領した。
続いてトゥーロンのフランス艦隊接収を仕掛けてきたが、フランス海軍の指揮官達が時間稼ぎをし、11月27日に艦艇を自沈させた。乾ドックで修理中のダンケルクと港に停泊していたストラスブールも自沈した。
1943年7月17日、イタリア軍がストラスブールを浮揚したが、損傷がひどいのでフランスに返還した。イタリア降伏後はドイツに接収されたが、1944年8月18日、アメリカ陸軍B-25に爆撃され、ストラスブールは再度沈没した。

除籍

連合軍のトゥーロン解放後の1944年10月1日、ストラスブールは再び浮揚され、海中爆破実験のテスト・ベッドとして使用された。
ダンケルクは1945年に浮揚解体された。
ストラスブールは1955年5月27日に解体され、スクラップとして売却された。

性能諸元(ダンケルク)

全長215.1m
全幅31.1m
基準排水量26,500t
満載排水量34,884t
武装
  • Mle1931 52口径33cm四連装砲塔2基
  • Mle1932 45口径13cm四連装両用砲塔3基
  •  〃 連装両用砲塔2基
  • Mle1933 60口径37mm連装機関砲10基
  • Mle1929 76口径13.2mm四連装機関銃16基
艦載機ロワール・ニューポール130飛行艇3機
装甲
  • 水線部225mm
  • 甲板140mm+40mm
  • 主砲塔前盾360mm
出力133,730馬力
速力31.5ノット
乗員1,381~1,431名


外部リンク

wikipedia:ダンケルク級戦艦

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