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ピクシーナイト

ぴくしーないと

2018年生まれの日本の競走馬。主な勝ち鞍は2021年スプリンターズステークス(GⅠ)。モーリス産駒では初のGⅠ馬である。
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データ編集

生年月日2018年5月14日
欧字表記Pixie Knight
性別
毛色鹿毛
モーリス
ピクシーホロウ
母の父キングヘイロー
馬主シルクレーシング
主戦騎手福永祐一戸崎圭太
主要勝鞍スプリンターズS(GⅠ・2021)、シンザン記念(GⅢ・2021)
戦績14戦3勝(うちGI1勝含む重賞2勝)

マイル戦線を中心にGⅠ6勝を挙げた2015年の年度代表馬モーリスの初年度産駒。祖父は2008年のジャパンカップスクリーンヒーロー、曾祖父は有馬記念連覇などGⅠ4勝のグラスワンダー

後述の通り、JRA初となるグラスワンダーから父系4代連続のGⅠ制覇を達成することとなった。


メイン画像の鞍上であるキングヘイロー(ウマ娘)現実では母父に当たり、2000年の高松宮記念を制した。また、母母父はスプリンターズステークス連覇のサクラバクシンオーであり、このように母系ではスプリント路線の実績馬の血を引いている。


ピクシーナイト


ひとつ下の半弟フェーングロッテン(父:ブラックタイド)はラジオNIKKEI賞勝ち馬。


戦歴編集

デビュー~2歳編集

2020年9月、栗東トレーニングセンター音無秀孝厩舎からデビュー。新馬戦(中京芝1400m)勝利を飾る。


3歳時編集

2021年は1月のシンザン記念で重賞初制覇も、次走のアーリントンカップは4着、さらに5月のNHKマイルカップシュネルマイスターの12着に大敗。

これを機に短距離に軸足を移し、夏戦線ではCBC賞セントウルステークスと連続で2着に入る好走。


スプリンターズステークス2021編集

10月3日のスプリンターズステークスでは、2枠4番からのスタートでスムーズに内目好位を確保。逃げを打った2020年の高松宮記念馬モズスーパーフレアを直線で捉えると、セントウルSで敗れたレシステンシアの追撃を制し、2馬身差の快勝。

モーリス産駒初のGⅠ制覇を果たし、グラスワンダースクリーンヒーロー ⇒ モーリス ⇒ ピクシーナイトでJRA初となる父系4代GⅠ制覇を記録した。

また鞍上の福永騎手は以前に「キングヘイローでもその子供でも結果を残せなかったが、母父キングヘイローのピクシーナイトで結果を出せれば」と語っており、その思いが実る形となった。


香港スプリント編集

12月12日には香港スプリントへ遠征。現地では3番人気、日本では1番人気で出走する。

ゲートを出た後は、後方に位置取って最終コーナーで追い込む競馬を選択した。

しかしここで、ピクシーナイトを突然の不幸が襲う。

4コーナーで、前方を走っていたアメージングスターがバランスを崩して転倒したのに巻き込まれ、ラッキーパッチ、ナブーアタックなどが転倒・落馬するという事故が発生。

ピクシーナイトは最初に転倒したアメージングスターを咄嗟に飛び越えたものの、着地先に他の事故馬がおりかわしきれずに転倒。鞍上の福永騎手も背中から放り出され、競走中止。

この事故で合計4頭が落馬し、アメージングスターとナブーアタックの2頭がレース後に予後不良となってしまった(なお、最初に転倒した馬のすぐ斜め後ろにいたダノンスマッシュも巻き込まれかけたが、辛くも回避している)。

※事故のシーンがあるため注意


福永騎手は病院へ搬送され、鎖骨の骨折が発覚。

ピクシーナイトは最悪の事態は免れたものの、レース後に左前脚に腫れを生じ、左前脚橈側手根骨(ヒトで言うと、手首内側の骨)の剥離骨折と診断された。


帰国編集

その後、馬体の経過を確認の上、ピクシーナイトは12月15日に関西国際空港に到着。

12月22日、JRA栗東トレーニングセンター診療所にて骨片の除去と、折れた骨をプレートとボルトで固定する手術を実施。

12月24日付でJRAより、香港での当初の診断よりも一段階重い「左橈側手根骨板状骨折、全治不明」と発表された。暫くの治療休養は避けられない見込みである。


また、福永騎手は帰国後、17日に京都市内の病院で再検査を受けて25日に手術を実施。2022年2月5日から復帰した。


4歳時編集

骨折の治療のため、4歳時は一年間ノーザンファーム早来で休養した。


7月にトレッドミルによる常歩を開始。その後、速足を取り入れ、さばきが軽快になってきたことから、9月にキャンターに移行し、10月21日に放牧先のノーザンファーム早来で落馬後に初めて牧場スタッフがまたがって坂路入りを再開。この際、来年の復帰を目指していることが発表された。


5歳時編集

1月27日に福島県のノーザンファーム天栄に移動、1月28日に栗東トレーニングセンターに帰厩して復帰を目指す。

音無秀孝調教師は「状態を確認するために早めに戻します。牧場では順調に進めてこられています。高松宮記念は使いたいと思っています」と語っていた。

当初阪急杯で復帰予定だったが、調教後に左トモの歩様に違和感があったことから獣医師により診てもらう事に。診断の結果では幸いにも骨や筋に異常は見られなかったが、大事を取って回避することが発表された(これにより福永が最後に乗る機会は失われた…かと言われればそうではなく、元々この週に福永はサウジ遠征へ出ているため、最初から乗る話はなかったが)。


そしてその一ヶ月後の高松宮記念でぶっつけながらも復帰。デビューから主戦を務めていた福永騎手が調教師転身により2月末を以て引退したため、鞍上は戸崎圭太騎手に乗り替わりとなった(一度きりのテン乗りではなく、これ以降は後述の最終戦を除き全て戸崎が乗っている)

レース本番では6枠11番と極端な枠ではなかったが当日は雨が降り続け不良馬場であった。中468日ぶりの中まずまずのスタートを切りレースを進めたが、4コーナーの勝負どころでも上がっていく様子は感じられず、13着という結果に終わったものの、一年以上にも及ぶ長期間の休養明けと不良馬場、本番前の予行演習も出来なかった点を考慮すると、この結果はまずは無事に復帰、完走して何よりと思えるところだろう。

次走は5月13日の京王杯スプリングカップに前走と同じく戸崎騎手を背に出走するも8着に終わった。

それから4ヶ月後の9月10日のセントウルステークスは8着、10月1日、2年ぶりの出走となったスプリンターズステークスも8着に終わる。

12月23日、B・ムルザバエフ騎手を鞍上に迎え阪神カップに出走するも15着。このレースを最後に現役を引退、北海道・日高町のブリーダーズ・スタリオン・ステーションで種牡馬入りすることが、27日のシルクホースクラブのホームページ上で発表された。


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