概要
主な勝ち鞍は高松宮記念(2014年)、阪急杯(2014年)、アーリントンカップ(2013年)、スワンステークス(2013年)など。
プロフィール
JRA:名馬の肖像
「研鑽を経て」
自分の個性や強みを
再認識できたなら
それをさらに鍛えればいい
足りないものに気づいたなら
補う策を考えよう
完勝の陰にも大敗の中にも
進歩への手掛かりはある
研鑽を怠らなければ
風雨に傷められた道すらも
乗り越えることができる
略歴
2010年
4月15日、北海道日高町のヤナガワ牧場で誕生。父はマイル中心に活躍したダイワメジャー、母は故障で未出走ながらトニービンを父に持つヒガシリンクスだった。ダイワメジャーに似て気が荒く、馬格に恵まれていた。
2011年
小国スティーブルで馴致・育成が施され、同じヤナガワ牧場生産のコパノニキータの4番仔(コパノリッキー)と共に小林祥晃(Dr.コパ)に購入された。小国スティーブルで初めて見た際に「この馬は危ないから離れていてください」と注意された事から、イングランドの暴君・リチャード3世から採って「コパノリチャード」と名付けた。
2012年
栗東の宮徹厩舎に入る。
11月4日、岩田康誠騎手を鞍上に京都競馬場の新馬戦(芝1400m)でデビュー。初勝利を飾った。
2月2日、福永祐一騎手に乗り替わり千両賞(500万下)に出走しカオスモスの2着に敗れた。
2013年
1月12日、ウィリアム・ビュイック騎手に乗り替わり白梅賞(500万下)に出走し1着。
2月23日、アーリントンカップ(GⅢ)で重賞初挑戦。1着で入線し、重賞初勝利。
4月14日、内田博幸騎手に乗り替わり皐月賞(GⅠ)に出走。馬主の小林にとって初のクラシック出走であったがロゴタイプの13着に敗れた。
5月5日、福永祐一騎手に乗り替わりNHKマイルカップ(GⅠ)に出走しマイネルホウオウの8着に敗れた。東京優駿への出走は見送り、秋まで休養。
9月29日、浜中俊騎手に乗り替わりポートアイランドステークス(オープン)に出走。古馬との初対決だったが、ドリームバスケットの16着に敗れた。
11月17日、マイルチャンピオンシップ(GⅠ)に出走しトーセンラーの4着に敗れた。
12月23日、阪神カップ(GⅡ)に出走しリアルインパクトの10着に敗れた。
2014年
3月2日、阪急杯(GⅢ)に出走し1着。高松宮記念の優先出走権を獲得。
3月30日、ミルコ・デムーロ騎手に乗り替わり高松宮記念(GⅠ)に出走し1着。デムーロ騎手は「飛行機ポーズ」で入線したため過怠金が課された。
5月17日、浜中俊騎手に乗り替わり京王杯スプリングカップ(GⅡ)に出走しレッドスパーダの7着に敗れた。秋まで休養。
10月5日、スプリンターズステークス(GⅠ)に出走しスノードラゴンの12着に敗れた。
11月3日、武豊騎手に乗り替わりJBCスプリント(JpnⅠ)に出走。唯一のダート戦だったが、ドリームバレンチノの16着に敗れた。
12月27日、阪神カップに出走しリアルインパクトの2着に敗れた。
2015年
3月12日、阪急杯に出走しダイワマッジョーレの6着に敗れた。
3月29日、高松宮記念に出走しエアロヴェロシティの5着に敗れた。
6月21日、函館スプリントステークス(GⅢ)に出走しティーハーフの14着に敗れた。秋まで休養。
10月4日、ミルコ・デムーロ騎手に乗り替わりスプリンターズステークスに出走しストレイトガールの13着に敗れた。
10月31日、藤岡康太騎手に乗り替わりスワンステークスに出走しアルビアーノの12着に敗れた。
11月29日、古川吉洋騎手に乗り替わり京阪杯(GⅢ)に出走しサトノルパンの14着に敗れた。二桁着順が続いている事について馬主の小林は精神的なものと判断し、引退を決めた。
12月4日、JRAの競走馬登録を抹消。
2016年
レックススタッドで種牡馬となった。主な産駒はコパノキャリー、キモンルビー、グットクレンジング、メンコイボクチャンなど。
2021年
種牡馬を引退。にいかっぷホロシリ乗馬クラブ(新冠町)で乗馬に転向。