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ハーツクライ

はーつくらい

2001年生まれの日本の競走馬・種牡馬。主な勝ち鞍は2005年の有馬記念、2006年のドバイシーマクラシック。日本国内において、無敗の三冠馬ディープインパクトを唯一破った競走馬として知られる。
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進化する王者、世界の主役。

ヒーロー列伝」No.62

現役時代

2001年4月15日生まれ。母アイリッシュダンスは1995年新潟記念を勝つなど重賞2勝を勝った名牝で、その母の名からダンス劇「リヴァーダンス」の一曲・『The Heart's Cry』から自身の名がつけられた。なお、母はハーツクライがGⅠを勝つより前に亡くなっている。

2004年(3歳)

2004年1月武豊を背にデビュー。
クラシック戦線では、皐月賞安藤勝己とコンビを組むがダイワメジャー(ダイワスカーレットの半兄)の14着に敗れる。
GⅡ京都新聞杯は勝利するが、横山典弘とコンビを組んだ日本ダービーは後方から追い込むもキングカメハメハのレコード勝ちに屈して2着。
俗に「死のダービー」と呼ばれたこの2004年の日本ダービーは、灼熱の中での異様なハイペースで進行(10着までがレコード超えという凄まじい結果だった)したためか、レース後故障馬が続出した(おまけにレース中にも最終直線で一頭が予後不良となった)。無事であってもスランプに突入する馬が多く、皐月賞馬ダイワメジャーも重い喉鳴症(通称喉鳴り)を患ったせいで大敗続きになり、とにかく出走馬が軒並み精鋭を欠くことになった。勝者のキングカメハメハも例外ではなく、神戸新聞杯後に故障引退している。
そしてハーツクライも長らくスランプに陥ることになる。
再び武豊とコンビを組んだ菊花賞デルタブルースの7着。
その後はジャパンカップは10着、横山に戻った有馬記念も9着(どちらもゼンノロブロイが勝利)と、この三連戦は走るたびに馬体が減り続け精鋭を欠いていた。

2005年(4歳)

古馬になった2005年は、大阪杯(当時はGⅡ)が2着、天皇賞(春)が5着、宝塚記念が2着と上位に健闘するも勝ちきれないレースが続く。
しかし宝塚記念後休養に入り、牧場から戻ってきたハーツクライの馬体には大きな変化が起きていた。「同じ馬とは思えない。ハーツクライが二頭いた」とは橋口弘次郎調教師の談。夏休みの間に、今まで成長しきれなかった馬体にようやく必要な筋肉が付き、体つきが全く変わっていたのだ。
晩成の血が目覚めようとしていた。

秋からは、当時短期免許で来日していたクリストフ・ルメールとコンビを組み、以後引退までルメールと共に戦った。
天皇賞(秋)は6着、しかしこれはドスローからの瞬発力勝負というハーツクライに全く向かない展開。これだけで橋口氏の期待は揺るがなかった。そして次走のジャパンカップはきわどいハナ差の二着。馬群を縫うようにしてとんでもない勢いで内から突っ込んでくる脚は目を見張るものがった。タイムは何と2:22:1の驚異の世界レコード。GI3回目の2着でシルバーコレクターという評価が付きかけていたものの、これまでのハーツの走りとは全く訳が違っていた。そのことに、果たしてどれだけのファンが気が付いていただろうか。


そして、この年が記念すべき50回目となった有馬記念では、無敗の三冠馬ディープインパクトが圧倒的な1番人気に推されていた陰で、ハーツクライは4番人気だった。
一応、前走を見て「ディープインパクトに勝つ可能性があるとすればこの馬か」と評価する人もいるにはいたらしい。
レースはルメールがこれまでの後方待機策からうってかわって初めて先行策を取った。
馬体だけでなく、精神的にも成長したからこそできた戦法である。
最後は直線抜け出し、追い込んでくるディープインパクトの追撃を振り切って1着でゴールイン。
実況したフジテレビ三宅正治アナウンサーも

「なんと、ハーツクライだーーっ!!ディープインパクト敗れる!!ディープインパクト敗れる!!勝ったのはハーツクライ!悲願のGⅠ初制覇!!」

と驚愕の実況をしており、場内も相当などよめきが起こったほどであった。

鞍上のルメールはこれが日本のGⅠ初勝利、かつ最初の八大競走制覇でもあり、国内でディープインパクトに勝ったのは、このハーツクライが唯一であった。
ゼンノロブロイやタップダンスシチーらも破り世代交代もアピールし、年間のGI戦線の活躍と、この有馬記念勝利が評価され、同年のJRA賞最優秀4歳以上牡馬のタイトルを獲得した。

2006年(5歳)

有馬記念優勝後、管理する橋口弘次郎調教師は馬主である社台レースホースとの協議で、海外遠征のプランを明らかにした。
そして翌年、5歳になったハーツクライは海外へ遠征する。
初戦に選んだのはドバイで開催されたドバイシーマクラシックで、これを鮮やかに逃げ切り、見事に勝利した。元々追い込み馬だったとは思えないような、ノーステッキで四馬身突き放す恐ろしい勝ち方であった。しかもハーツクライのはるか後方には、2004年・2006年のヨーロッパ年度代表馬ウィジャボードもいたのだ。この圧勝には「どうせダイユウサクみたいな一発屋だろう」と思っていた日本の競馬ファンも度肝を抜かれた。

続いてはイギリスの大レースキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスに出走。一番人気の凱旋門賞馬・クールモアのハリケーンラン、三番人気のドバイワールドカップ馬・ゴドルフィンのエレクトロキューショニストまでほぼ差のない人気になっており、三強による決戦であるという見方がされていた。
起伏が激しく、ボコボコで馬場も良くないアスコット競馬場は綺麗な馬場に慣れている日本馬には全く向いていない。とにかくスタミナとパワーを要求される競馬場で、ハーツクライは世界最強を相手に互角以上に走ってみせた。一旦は先頭に立ったが、ハリケーンランとエレクトロキューショニストにゴール寸前で差し替えされ6頭立ての3着に敗れた。
しかしこの熾烈な戦いぶりはヨーロッパの競馬ファンにも絶賛され、レース帰りにはファンから温かい拍手で迎えられた。こうして、ハーツクライの走りは素晴らしいものとして世界に称えられることになった。

しかし橋口調教師によると、帯同馬を付けなかったことにより寂しがって馬体を大きく減らし、満足な調整が出来なかったという。またこの時、後に引退の原因ともなる喉鳴りの兆候が出始めていたという。それなのに休み明けにアウェーであれだけの走りをしてみせたハーツクライが、いかに常識外れの化け物であったか。だからこそ、今でもファンは万全であったらどうだったのかを考えてしまう。ロンシャンはともかく、アスコット競馬場では未だにハーツクライ以外の日本馬は勝負に加わることすら出来ていない。

そしてこの年国内での初競走となったジャパンカップに挑んだハーツクライ。ディープインパクトとの再戦として話題になったのだが、2番人気に推されながら11頭立ての10着に大敗してしまった。
レース前、橋口調教師は「馬券を買ってくれるファンのため」と言って前述の喉鳴りを公表していたが、それでもファンはハーツを二番人気に推した。しかし、喉鳴りの影響は大きくハーツの呼吸と走りはもはや本来のものでは無くなっていた。「息遣いがハーツじゃなかった。可哀相なことをしてしまった」と述べた橋口調教師はその場で引退を宣言。ディープインパクトはレースに勝利していたが、ハーツクライがこんな状態であったため、結局二頭が全力で対決できたのはあの有馬記念だけとなってしまった。
なお、イギリスで戦ったハリケーンランも同じ頃急に精彩を欠き引退、エレクトロキューショニストに至っては9月に心臓発作で急死という悲劇に見舞われた。あのキングジョージはハーツクライにとっても死の日本ダービー以来、第二の死のレースだったのかもしれない

こうして引退したハーツクライは2007年より種牡馬となることが発表された。一方、ディープインパクトは2006年の有馬記念を勝利して引退したため、結局国内でディープインパクトに勝てた馬はハーツクライだけとなった。
そしてこの2頭のドラマは、その子供たちに受け継がれていく。

種牡馬時代

引退前、同じサンデー×トニービン血統のアドマイヤベガは種牡馬として成功を収めていたが、ハーツクライの引退時には既に8歳という若さで早逝していたため、血統的に近いハーツクライはそのポジションを引き継ぐ形で人気を博した。
ジャスタウェイの大活躍を皮切りに、ワンアンドオンリーが父の勝てなかったダービーを制覇。
その後もシュヴァルグランスワーヴリチャードリスグラシューと言ったGⅠ勝利馬を輩出し、2013年から8年連続でベスト5にランクインしている。種牡馬引退後の2022年にはドウデュースが日本ダービーを制し、これで産駒から2頭のダービー馬が生まれることとなった。

活躍した産駒はよくも悪くも父親に似た晩成型(母の父トニービンの影響もあると言われる)が多く、善戦止まりの勝ちきれない日々が続いたかと思えばジャスタウェイのごとく突如覚醒し、時の最強クラスの馬相手に大金星を上げることもある。リスグラシュー、ジャスタウェイの覚醒の仕方は本当にえげつないので、ぜひレースで確認してみてほしい。最高到達点、という意味ではどんな種牡馬も適わないのが種牡馬としてのハーツクライのロマンであり、同時に強さでもある。
晩成覚醒型の産駒が強烈だが、ワンアンドオンリーやウインバリアシオン、サリオスのようにクラシックで活躍(バリアシオンは相手が悪かったが)した産駒もいる。
母父としてもエフフォーリア21世代の代表格として活躍している。

ちなみに、ジェンティルドンナを倒したジャスタウェイ、アーモンドアイを倒したリスグラシュー、孫にはコントレイルを倒したエフフォーリアなど、ハーツクライ自身も合わせて三冠馬キラーの血筋として有名(もっともコントレイルはハーツクライ直仔のサリオスには完勝しているが)。他にはギュスターヴクライもオルフェーヴルに勝っている……相手が盛大にやらかしたレースだったが。

2014年にオークス⇒ダービー⇒安田記念の3レースを、同一年に産駒が勝利するという史上初の快挙を達成している。
またジャスタウェイがGI初制覇でジェンティルドンナを破ったり、ディープインパクトメモリアルの副題が付けられた2019年ジャパンカップをスワーヴリチャードが制したり(2〜4着がディープ産駒)と、ディープインパクトの血筋とは因縁めいたことも起きている。

2021年にフラつきが見られたため休養に入り、6月に種牡馬引退が発表された。
そのため今年は種付けを行っておらず、今年春生まれの当歳馬がラストクロップとなる。

後継種牡馬としては、産駒の中でも最強クラスだったジャスタウェイが期待されていたが、社台スタリオンステーションからブリーダーズ・スタリオン・ステーションへ移動になったため、現在はスワーヴリチャードに期待が集まっている。
またアメリカで活躍した産駒のヨシダが種牡馬入りし、現地では「サンデーサイレンスの血統がアメリカへ帰って来た」として期待されている。

余談だが、馬の基準だと相当なイケメンらしく、「すれ違った牝馬が振り向く」「牝馬が必死になってハーツクライの馬房を覗こうとする」などのエピソードがある。ルメール騎手からも「ハンサム」と評されている通り、人間から見ても二重の綺麗な瞳はキリっとしていて、流星も美しく、小顔で高身長(高体高)で脚が長いというモデル体型であり、競馬史の中でも相当ハイレベルなグッドルッキングホースである。ぜひ画像検索でそのイケメンぶりを確認してほしい。
加えて度胸があり種付け自体も非常に上手いため、気性の荒い牝馬への種付け役としても重宝された模様。

2022年現在は、功労馬として社台SSにて悠々自適の生活を送っている模様。
2019年に相次いで先に旅立ったキングカメハメハ、ディープインパクトの分まで長生きして欲しい。

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メリークリスマス!



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競走馬

大和屋暁:脚本家。ハーツクライの一口馬主だった。後に産駒のジャスタウェイの個人馬主となる。

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