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ハーツクライ

はーつくらい

ハーツクライは、2001年生まれの競走馬。 2005年の有馬記念にて、無敗の三冠馬ディープインパクトを破ったことでも知られる。
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現役時代

2001年4月15日生まれ。

2004年(3歳)

2004年1月武豊を背にデビュー。
クラシック戦線では、皐月賞安藤勝己とコンビを組むがダイワメジャー(ダイワスカーレットの半兄)の10着に敗れる。
GⅡ京都新聞杯は勝利するが、横山典弘とコンビを組んだ日本ダービーキングカメハメハのレコード勝ちに屈して2着。
再び武豊とコンビを組んだ菊花賞デルタブルースの10着。
その後はジャパンカップは10着、横山に戻った有馬記念も9着(どちらもゼンノロブロイが勝利)と、3歳時代は勝ちきれないレースが続いた。

2005年(4歳)

古馬になった2005年は、大阪杯(当時はGⅡ)が2着、天皇賞(春)が5着、宝塚記念が5着と上位に健闘するも勝ちきれないレースが続く。
秋からは、当時は短期免許だったクリストフ・ルメールとコンビを組み、以後引退までルメールと共に戦った。
天皇賞(秋)は6着、ジャパンカップは2着だった。


そして、この年が記念すべき50回目となった有馬記念では、無敗の三冠馬ディープインパクトが圧倒的な1番人気に推されていた陰で、ハーツクライは4番人気だった。
レースはルメールが先行策を取ると、追い込んでディープインパクトの追撃を振り切り1着でゴールイン。

「ディープインパクト敗れる!!ディープインパクト敗れる!!勝ったのはハーツクライ!悲願のGⅠ初制覇!!」

鞍上のルメールはこれが日本のGⅠ初勝利でもあり、国内でディープインパクトに勝ったのは、結局ハーツクライだけであった。
この勝利が評価され、最優秀4歳以上牡馬のタイトルを獲得した。

2006年(5歳)

5歳になったハーツクライは海外へと転戦する。
初戦に選んだのはドバイで開催されたドバイシーマクラシックで、これを見事に勝利した。
続いてはイギリスの大レースキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスに出走したが、6頭立ての3着に敗れた。
国内での初競走となったジャパンカップでは、ディープインパクトとの再戦として話題になったが、2番人気に推されながら11頭立ての10着に大敗し、ディープインパクトに雪辱された。
この大敗が喉鳴りが原因だと言われ、このジャパンカップを最後に引退し2007年より種牡馬となることが発表された。

種牡馬時代

種牡馬としてもジャスタウェイワンアンドオンリーシュヴァルグランスワーヴリチャードリスグラシューと言ったGⅠ勝利馬を輩出し、2013年から6年連続でベスト5にランクインしている。

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ハーツクライ



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大和屋暁:ハーツクライの一口馬主だった。

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