概要
2004年、1932年の創設以降71回目を迎えた東京優駿(日本ダービー)では、NHKマイル制覇など京成杯3着以外の6戦5勝でダービーにたどり着いた「大王」キングカメハメハや、後に国内において、ディープインパクトを負かした唯一の馬となるハーツクライ、皐月賞馬・ダイワメジャー、優駿までは記録があまりよくないスズカマンボ(のちに天皇賞を制する)、皐月賞2着で今回は2番人気になったコスモバルクなど17頭が出走することになった。
結果
最初からやや速い展開を見せ、中盤~終盤まで混戦が続いた。
終盤の方ではどんどんキングカメハメハが差を広げ、ハーツクライが外から追いすがるもキングカメハメハが優勝した。この時の「いま、最強の大王が降臨した!」という実況は有名。
速さの代償
従来のレコード保持者であったアイネスフウジンの「2分25秒3」(フウジンもまた、日本ダービーを最後に故障引退した馬である)を塗り替えて「2分23秒3」と二秒縮めた大王だったが、秋の神戸新聞杯で1着を取った後に屈腱炎を発症し、引退を余儀なくされる結果になった。
3着のハイアーゲームは燃え尽きたかのようにその後の結果が悪くなり(次に勝ち鞍を上げたのは2年半後)、4着キョウワスプレンダ、11着フォーカルポイント、12着コスモサンビーム、13着マイネルデュプレが足の故障で長期休養(コスモサンビームはのちに心臓麻痺で急死)、16着マイネルマクロスは屈腱炎で引退、マイネルブルックに至っては最後の直線で脱臼して競走中止、予後不良となってしまった。
これが死のダービーと言われるゆえんである。
10着までレコードを超える
このダービーの恐ろしいところは極端な高速馬場と各馬の速さにあったと言え、これが故障や疲労、予後不良になる結果になってしまったと言える。
1着のキングカメハメハは2分23秒3と14年ぶりの記録更新、2着ハーツクライが34.3という今回のダービーで一番の上りを見せて2分23秒5、3着ハイアーゲームが2分23秒8と3着までが2分23秒台だった。
さらに、24秒台が4着から10着、11着のフォーカルポイントはアイネスフウジンと同じ2分25秒3で、10着までレコードを更新するという驚異の力と速さを見せつけた。
乗り越えた馬たち
6着だったダイワメジャーは皐月賞の頃から兆候のあった喘鳴症がどんどん悪化し、同年の天皇賞・秋にて最下位となってしまう。
正常時の60〜70%しか空気を吸えないという重度の状態だったが、手術と休養を経て復調し、5歳時の天皇賞・秋で924日ぶりのGI制覇を達成。その後、6歳での引退までにGIを通算5勝という戦績を上げ、担当した獣医師が「あれだけ走れるようになるのは10頭手術したうちの1頭」と語ったほどの奇跡の復活を遂げた。
その後は種牡馬入りし、カレンブラックヒルやアドマイヤマーズなど8頭のGⅠ馬を輩出して成功を収めた。
2着のハーツクライはその後善戦するも勝ちきれないレースが続くが、こちらは単に晩成型だっただけなようで、4歳秋に馬体が急成長し、有馬記念で無敗三冠馬ディープインパクトを破り悲願のGI制覇を成し遂げた。
さらに5歳時は海外に遠征しドバイシーマクラシックでは、欧州年度代表馬ウィジャボードら各国最強クラスの馬たちを相手にムチを入れずに逃げ切り勝ちを決め、英国のキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスでは大激戦の末に日本馬初となる3着と健闘し、海外からも高い評価を受けた。
しかし秋シーズンにダイワメジャーと同じく喘鳴症を患ってしまい、ジャパンカップで惨敗した後引退する。
ちなみにキングジョージにて1着だったハリケーンランも秋に急速に衰えて引退、2着のエレクトロキューショニストに至っては心臓を患い治療を受けるも結局発作で現役のまま急死しており、ハーツクライは生涯に2度も死のレースを経験したと言えるかもしれない。
だがそれでもハーツクライは命は繋ぎ止めて種牡馬入りし、ジャスタウェイやリスグラシュー、ドウデュースといった名馬を輩出した他、母父としてもエフフォーリアを輩出している。
2021年の種牡馬引退後は功労馬として悠々自適な余生を送っていたが、2023年3月9日に22歳で天国に駆けて行った。
関連項目
- アイネスフウジン:キンカメ以前のレコードを持っていた。また、2004年に死去している。
- アドマイヤベガ:アイネスフウジンとレコードタイ。こちらも2004年に死去している。
- ネオユニヴァース:前年のダービー馬。タイムは2分28秒5。
- ディープインパクト:翌年のダービー馬。彼の記録はカメハメハと同じタイム。
- ドゥラメンテ:キングカメハメハ産駒で、父の記録を0.1秒塗り替えた2015年のダービー馬。なおこちらもその後故障に苦しめられ三戦しか走れなかった。
- ロジャーバローズ:ドゥラメンテの4年後に記録更新(2分22秒6)。ディープ産駒。やはり故障によりダービーが引退レースになった。
- シャフリヤール:2021年のダービーで記録を更新(2分22秒5)。ディープ産駒。
- エフフォーリア:前述の通りハーツクライの孫(母の父)。2021年ダービー2着馬。無敗で皐月賞を制してダービーに挑み、シャフリヤールと同じタイムでゴールしたがハナ差で二着となった。父のエピファネイア、祖父シンボリクリスエスもダービー2着であり(ついでに言うなら、鞍上の横山武史騎手はこの時22歳だったが、父親の横山典弘騎手も22歳でメジロライアンと共にダービーに挑むも2着に終わっている)、回がぞろ目の年(2021年は88回目)にあるダービーは一番人気が勝てないというジンクスも合わさったためにファンからは「呪われてるのでは…。」と言われる有様で(父母父(曽祖父)のスペシャルウィークはダービー馬)、同年は有馬記念を制して年度代表馬になったものの古馬になってからは1勝もできず2023年京都記念で心房細動を起こしたことにより競走中止、そのまま引退した。なお、横山武史騎手は2年後のダービーで、エフフォーリアと同じ無敗の皐月賞馬ソールオリエンスで挑んだものの再び2着に敗れた。同レースでは後述の悲劇もあった。
- ドウデュース:2022年のダービーで前年シャフリヤールが叩き出した記録を更に更新(2分21秒9)。ハーツクライ産駒であり『レコード更新にもかかわらず勝利は逃した』という父の無念を17年越しに晴らしたこととなった。なお、この回もレース後に出走したライバルたちの故障が次々と判明し『第二の死のダービー』と呼ばれつつあるが、当のドウデュース自身はレース翌日も平然と調教メニューをこなす異常なタフさを見せ、古馬になった2023年は不調が続くも同年末の有馬記念を優勝して復活を遂げた。
- 12世代:クラシック期はディープ産駒とステゴ産駒が鎬を削ったが、ダービー後にディープ産駒3頭が屈腱炎(ブリランテはその少し後だが)で引退もしくは長期休養を余儀なくされ、最終的に例の白いのを除く上位馬は軒並み屈腱炎を患って引退することになった。ただし2着のフェノーメノは繋靱帯炎に悩まされながらも天皇賞・春を連覇し6歳春まで現役を続けており、白い方共々ステゴ産駒の屈強さを見せた。
- スキルヴィング:2023年の日本ダービーでレース中に失速、17着で大差でレースを終えたのち歩様がおかしくなりクリストフ・ルメールが下馬したあとに倒れこみ急性心不全で死亡してしまい文字通り「死のダービー」になってしまった(同レースに出走していたドゥラエレーデは競走中止したが落馬で終わっており大事には至らなかった)。