「Here's the Titan of the World's turf; He is Equinox!」
概要
2023年3月。この年の中東競馬の祭典・ドバイワールドカップデーには日本からは合計26頭が大挙出走した。
うち8頭がメインレースのワールドカップに向かった中、準メインのシーマクラシックは古馬王道路線の3頭がエントリー。前年の年度代表馬・イクイノックス、前年のシーマクラシック覇者で2021年日本ダービー馬のシャフリヤール、惜敗続きから前走香港ヴァーズを勝ってGⅠホース入りしたウインマリリンである。
外国勢はイギリスのレベルスロマンス(前年のBCターフ他GⅠ3勝)、アイルランドのウエストオーバー(前年のアイリッシュダービー馬、他にもイギリスダービー3着)、フランスのボタニク(前年のドーヴィル大賞典など重賞2勝、他にもGⅠ2着2回)、香港のロシアンエンペラー(前年の香港ゴールドカップなどGⅠ3勝)などがエントリーし、10頭立てとなった。
出馬表
番 | 枠 | 馬 | 性齢 | 騎手 | 厩舎 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 5 | ボタニク(IRE) | セ5 | M.バルザローナ(FR) | A.ファーブル(FR) |
2 | 8 | モスターダフ(IRE) | 牡5 | J.クローリー(GB) | JT.ゴスデン(GB) |
3 | 10 | レベルスロマンス(IRE) | セ5 | W.ビュイック(GB) | C.アップルビー(GB) |
4 | 3 | ロシアンエンペラー(IRE) | セ6 | A.サナ | D.ホワイト(HK) |
5 | 9 | セニョールトーバ(AUS) | セ5 | L.デットーリ(GB) | C.ファウンズ(HK) |
6 | 7 | シャフリヤール(JPN) | 牡5 | C.デムーロ(FR) | 藤原英昭(JPN・栗東) |
7 | 6 | イクイノックス(JPN) | 牡4 | C.ルメール(JPN・栗東) | 木村哲也(JPN・美浦) |
8 | 1 | ウエストオーバー(GB) | 牡4 | R.ムーア(IRE) | R.ベケット(GB) |
9 | 2 | ザグレイ(FR) | 牡4 | C.スミヨン(FR) | (FR) |
10 | 4 | ウインマリリン(JPN) | 牝6 | D.レーン(AUS) | 手塚貴久(JPN・美浦) |
前評価
人気 | JRA | ウィリアムヒル |
---|---|---|
1 | イクイノックス | イクイノックス |
2 | レベルスロマンス | レベルスロマンス |
3 | シャフリヤール | ウエストオーバー |
4 | ウエストオーバー | モスターダフ |
5 | モスターダフ | シャフリヤール |
6 | ウインマリリン | ウインマリリン |
7 | ボタニク | ボタニク |
8 | ザグレイ | ロシアンエンペラー |
9 | ロシアンエンペラー | セニョールトーバ |
10 | セニョールトーバ | ザグレイ |
日本・欧州ともイクイノックスとレベルスロマンスの2強オッズ。日本はシャフリヤールまでが1桁台オッズの人気だった。
※出典は以下
レース展開
他に行く馬がおらず、ポンと出たイクイノックスがなんと押し出されるようにハナへ。ルメールがマイペースで他馬を引き連れてレースを進める。直線に入ると軽く促されて持ったまま加速。他の先団は苦しくなり差が開く一方、一時7-8馬身差に。加速してきたウエストオーバーが2番手に上がったところでイクイノックスが持ったまま3馬身半差残しゴールイン。3着は日本で8番人気の伏兵ザグレイだった。勝ち時計は2年前にミシュリフが記録したコースレコードを1秒も更新する2:25:65だった。
2番人気レベルスロマンスは伸びきれず7着、芝転向後初の大敗となった。前年覇者シャフリヤールは5着だった。
因みにイクイノックス側は残り100m地点で鞍上のルメールが後方をチラ見するわゴール直前なのにイクイノックスの首を撫でた後にガッツポーズを取るわ、そもそもここまでノーステッキだわとやりたい放題なのにこの結果である。本気で走ってたらどんなタイムが出ていたのだろうか。
レース結果
着順 | 馬 | タイム/着差 |
---|---|---|
1 | イクイノックス | 2:25:65 |
2 | ウエストオーバー | 3+1/2 |
3 | ザグレイ | 2+1/4 |
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これが賞金総額600万ドルの国際GⅠで見れる光景だというのか。展開の都合もあれど初見殺しめいた走りをしたルメール騎手の立ち回りも見事なものだったが、そもそもまるで本気を出していないのにレコード更新を決めてしまったイクイノックスの走りは逃げたというより「差し馬が先頭に出ただけ」と言わんばかりのもの。ダービー以降につけられた「天才」の二つ名にふさわしい……否、それ以上の走りだった。それは逃げを得意としつつも後方一気も出来た父は勿論、底が見えないノーステッキでの圧勝ぶりは全盛期のディープインパクトすらもを思い出させる出鱈目ぶりだった。
本職の逃げ馬が居らず誰も競り掛けなかったのでイクイノックスが先頭でも足をじっくり溜められたという勝因こそあれ、それにしたって足を溜めていたのは他の馬も同じな上に彼らはムチも使った全力疾走なのにイクイノックスは流してこの圧勝劇。
その驚異的なパフォーマンスは世界に衝撃を与え、英国RacingTVはレース後にTwitterで「Equinox looks a monster」とさえ評した。下記動画の現地実況を担当したL.コルムズアナ(注1)もあまりの大勝っぷりに
「Here's the Titan of the World's turf; He is Equinox!」と声を張り上げていた。訳すならば「ターフの巨神ここに在り、その名はイクイノックス!」と言ったところか。まさに名台詞というべきだろう。
対戦した他の陣営もイクイノックスの強さを高く評価しており、4着となったモスターダフに騎乗していたグロウリー騎手は「別次元の馬。僕がバーイードに騎乗していたとき、他の騎手はこんな感じだったのだろう」とコメントし、2着となったウエストオーバーの陣営に至っては「彼(イクイノックス)がどこに行くにせよ、私たちは彼から遠ざかりたい。」とイクイノックスとの対戦を回避したいととれるコメントまでしている。
さらにニコニコ動画に投稿された本レースの動画のタグには「恐怖映像」「UMA」「令和のマルゼンスキー(注2)」など、強いとか凄いを通り越してドン引きされているのがよくわかる反応が見られる。
直後のレースの展開を比べると「強い馬をマークする事の重要性と、それを放置するとどうなるか」の対比がよくわかる結果と言える。
- 注1:アメリカの競馬実況でお馴染みの名物アナウンサー。直近ではフライトラインの引退レースとなった2022年BCクラシックでの「Flightline take off!!」が有名。
- 注2:イクイノックスが活躍する約半世紀ほど前に日本競馬で活躍した競走馬(詳細はリンク先を参照)。逃げ馬に分類されることが多い馬だが、実際には主戦騎手を務めた中野渡清一騎手曰く「逃げ馬ではない」と語ったように、「本来の脚質は逃げではなかったが、他の馬との次元が違い過ぎた故に結果的に逃げ馬のようにずっと先頭を走っていただけ」という説が唱えられている。
動画
日本実況(グリーンCH) 実況:大関隼
日本実況(フジ系) 実況:川島壮雄
現地実況 実況:L.コルムス(USA)
余談
- イクイノックス鞍上のルメール騎手は06年ハーツクライ以来の17年ぶり2勝目。同じ逃げ切り勝ちで、奇しくも同月亡くなったハーツクライへの弔い星となった。日本所属の騎手による勝利は01年のステイゴールドの武豊以来22年ぶり2度目、G1昇格後では初となった。
- 管理する木村哲也調教師は前年ネオムターフカップ(オーソリティ)以来となる海外重賞2勝目で海外G1は初勝利となった。ちなみに木村調教師はイクイノックスのこのパフォーマンスには本当に予想外だったらしく、レース後のグリーンチャンネルのインタビューに困惑気味に答えていた。
- 同時期に日本がWBCを優勝したが、その際に話題となっていたペッパーミルのパフォーマンスをルメール騎手が披露していた。またハーツクライが勝った年には侍ジャパンが初勝利した年でもありシーマクラシックが行われた日付も3月25日で一致している。ついでに両方とも有馬記念馬
- メイダンの芝コースはこれで14年ドバイターフのジャスタウェイと併せ、1800m・2410mの2コースで日本馬がコースレコードを持つこととなった。
その後
勝ったイクイノックスを含む出走馬たちは帰国後に次々と結果を出していった。
- 勝ったイクイノックスは帰国初戦の宝塚記念を差し切って勝利。GⅠ4連勝とした。
- 2着ウエストオーバーは帰国初戦でエミリーアップジョンの2着。次のサンクルー大賞でGⅠ2勝目を挙げた。サンクルー大賞はザグレイも復帰初戦に選んで2番人気に押され2着。次のバーデン大賞でG1初勝利を挙げた。
- 4着モスターダフは帰国初戦のプリンスオブウェールズステークスでルクセンブルク相手に4馬身差完勝。
- 8着大敗したロシアンエンペラーは帰国後2走目のチャンピオンズ&チャターカップを優勝した。
- 7着のレベルスロマンスは翌年のドバイシーマクラシックで勝利。
こうしたイクイノックスを筆頭とした上位馬のその後の活躍もあり、23年のロンジンワールドベストレースでは126.50ポンドをマークし同年第2位となった。