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トウカイテイオー

とうかいていおー

日本中央競馬会(JRA)に所属していた競走馬。皇帝・シンボリルドルフの正統なる後継者である。なお、この記事では馬齢表記に旧表記を使用する。
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誕生~デビュー

1988年4月、長浜牧場で誕生した。
父は「皇帝」と謳われた無敗の3冠馬、シンボリルドルフ。母はオークス馬トウカイローマンの半妹であるトウカイナチュラル、母の父がナイスダンサーという血統。
シンボリルドルフの名から連想し、「テイオー」という幼名で呼ばれるようになった。
小さい頃は華奢な体つきであり、それほど注目される馬ではなかった。が、育成運動を始めると一転して高い柔軟性を発揮し、評価は一気に上昇した。
彼の運動能力の高さを表すエピソードの1つとして、牧場での柵越え事件がある。
ある日牧場で放牧されていたテイオーが、突然放牧地の柵を飛び越えてしまったのだ。
一歩間違えば大怪我、最悪の場合予後不良にもなりかねない程危険な事態だったが、テイオーはそのまま放牧地の外を走り回ると、また柵を飛び越えてしれっと戻ってきた。
もちろん、牧場の柵を飛び越えるには相当なパワーと柔軟性が必要である。
この時からテイオーは、長浜牧場期待の馬となっていくのであった。

そして、1990年10月。競走年齢を迎えたテイオーは、栗東の松本省一調教師の厩舎に入厩した。
幼名のテイオーに冠名の「トウカイ」を付け足し、「トウカイテイオー」と名付けられた。
同年12月、松本厩舎の主戦騎手の一人・安田隆行を鞍上に迎え、中京競馬場の3歳新馬戦でデビュー。1番人気に応え、4馬身差つけての圧勝でデビュー勝ちを飾った。
2戦目のシクラメンステークスも勝利し、2戦2勝した所で3歳時代を終えた。

4歳時代

翌年、オープン特別の若駒ステークスに出走したテイオーは、ここでもしっかりと勝利する。
次走の若葉ステークスも鞭を使わずして勝利。
シンボリルドルフ産駒期待の逸材として、テイオーには期待のまなざしが向けられていた。
そして迎えた、牡馬クラシック1冠目の皐月賞。重賞未勝利ながら単枠指定となり、1番人気に推された。
スタート後、先行策をとったテイオーは直線で一気に抜け出し、2着のシャコーグレイドの追撃を振り切って勝利。
クラシック1冠目を手中に収めた。表彰式ではシンボリルドルフの主戦騎手、岡部幸雄が行ったパフォーマンスに倣い鞍上の安田騎手が1本指を天高く掲げた。

クラシック2冠を目指し、2冠目となる日本ダービーへ出走したテイオー。
皐月賞同様、大外枠の上単枠指定とされた。単勝オッズは1.6倍の1番人気。
レースでも、皐月賞同様の先行策をとり6番手辺りでレースを進めた。
そして直線で抜け出すと、2着のレオダーバンに3馬身もの差をつけ完勝。父と同じ、無敗でのクラシック2冠を達成した。
ゴール後、東京競馬場には安田騎手とテイオーを祝福する「ヤスダコール」が響き渡った。
表彰式で、安田騎手は2冠目を示す2本指を掲げた。
残るは最後の1冠、菊花賞。父仔2代にわたる無敗の3冠という前人未踏の快挙に向け、関係者の、そしてファンの期待は最高潮へ達しようとしていた。


ところが、栄光のダービーから3日後、トウカイテイオーの陣営からは余りにも衝撃的な発表がされた。
ダービー後、馬房へ向かっていたテイオーは歩様に異常をきたしており、レントゲン検査が行われていた。
そして検査の結果、「左第3足根骨骨折により、全治6か月を要する」という無情な事実が判明したのであった。
菊花賞は、テイオーの勝ったダービーからおよそ5か月後に開催される。
陣営からの発表は、シンボリルドルフとの父仔2代にわたる3冠制覇の夢が儚くも潰えた事を、ハッキリと示していた。
ちなみにテイオー不在の菊花賞では、ダービーで2着に敗れていたレオダーバンが勝利した。
その後、テイオーは残る年内の期間を全て休養に充てる事となった。しかしながら、無敗でのクラシック2冠が評価され、テイオーは1991年の最優秀4歳牡馬、最優秀父内国産馬、さらには年度代表馬にも選出された。

古馬時代

翌年、怪我から復帰したテイオーはGⅡ大阪杯へ出走。
この頃、主戦騎手の安田隆行が調教師試験のためテイオーへの騎乗が難しくなっていた。
そのため、テイオーの主戦は父シンボリルドルフの主戦騎手であった岡部幸雄に乗り代わる事となる。
前年の有馬記念馬ダイユウサクや、以前テイオーとも戦ったイブキマイカグラなどの強敵を尻目に、鞭を使わずして勝利した。
その後、無敗のまま迎えた天皇賞(春)。
テイオーにとっては未だ未経験の長距離レースは、ある意味では彼にとって真の菊花賞と言えるレースだったのかもしれない。
このレースでは、前年度覇者メジロマックイーンとの対決に注目が集まった。
前走の大阪杯で「地の果てまで走れそう」と岡部に言わしめたテイオーに対し、「こっちは天まで昇りますよ」と発言したマックイーン陣営。2強対決のムードが日増しに濃くなっていく中、レース当日を迎えた。
当日のオッズは、テイオーが単勝1.5倍の1番人気。対するマックイーンは2.2倍の2番人気だった。

しかし、このレースは意外な結末を迎える。
結果から言えば、レースはマックイーンが勝利した。
マックイーンが第3コーナーで抜け出しそのまま2馬身半差をつけて快勝し、天皇賞(春)連覇を果たした。対するテイオーは、なんと5着に敗れていた。
幾度も下していたイブキマイカグラにすら交わされ、完敗という形で生涯初の敗北を喫してしまったのである。
さらにレースの10日後には右前脚の剥離骨折が判明し、春シーズンを丸々休養に充てることになる。

その後、11月にテイオーは天皇賞(秋)で復帰。
しかし、9月中に風邪を引いていた事もあり調子は万全ではなかった。松本調教師も「正直言って、背水の陣」と口にする程であった。
しかし、天皇賞(春)とは違い一度経験した距離。距離面での不安は無く、当日は1番人気に支持された。

がこのレース、春とは違う形で意外な決着を迎えた。
レースがスタートすると、メジロパーマーダイタクヘリオスの2頭がガンガン競り合い、ガンガン加速。1000m57.5秒という超絶ハイペースで逃げまくった。そう、このレースは誰が言ったか「バカコンビ」が結成された、正にその瞬間だったのである。
おまけに、テイオー自身も折り合いがつかずそんな殺人的ペースの中で3番手追走。
テイオー含め先行勢はバカコンビのバカ逃げに巻き込まれて壊滅状態となり、最後の直線でまとめて失速した。
で1着となったのは、最後方から追い込んできた単勝11番人気のレッツゴーターキン。テイオーは掲示板すら外しまさかの7着…唖然とするほかない結果である。

一応、このレースは重賞勝利後7連敗という絶不調に陥ってたりしたターキンが、苦難の果てで遂にGⅠタイトルを手にするというサクセスストーリーが完成した感動の瞬間でもあったのだが…それ以上にレースのインパクトが凄まじすぎたため、あまりこちらが話題になる事は無い。可哀想。

…話をトウカイテイオーに戻すが、テイオーの次走はGⅠジャパンカップに決定。
この年から国際GⅠとなったジャパンカップには、英2冠牝馬ユーザーフレンドリーの他、本場イギリスのダービー馬2頭が来日するなど、今では考えられないほど豪華なメンバーが世界中から集結した。
「史上最強」とも言われたこのメンバーの中、テイオーは単勝オッズ10.0倍の5番人気となる。

レースがスタートすると、テイオーは4、5番手辺りの好位で競馬を進める。
最後の直線で豪国のナチュラリズムとの競り合いを制し1着でゴールイン。世界の強豪を相手に、見事な走りを見せたテイオー。
皇帝の血は伊達ではない事を、世界中に知らしめたレースとなった。

そして、テイオーは年末のグランプリ有馬記念のファン投票で1位に選ばれ、有馬記念へと参戦する。
当日の単勝オッズは2.4倍の1番人気。
岡部が騎乗停止処分を受けていたため、鞍上は田原成貴に乗り代わりとなった。
調子は万全であると報道されるなど、その期待は並々ならぬものがあった。
ところが、テイオーは後方に位置したまま伸びてくる事が出来ず、生涯最低着順となる11着に敗れてしまった。
鞍上の田原は「追い切り後に変わってしまった」と後に話している。
ちなみにこのレース、秋天でもテイオーを巻き込んだバカコンビが再結成を果たしまたも"バカ逃げ”を行っていた、ように見えた。
実際はスローペースで、2頭が楽に走ってるのに向正面では後続が大きく離れている状況で、更に有力馬が互いに牽制しあい先行勢の前残りを許してしまった。
この2頭が絡むとどうもテイオーは力を出せなかったのかもしれない。

さらに、翌年左足の故障が判明し放牧に出される事に。
帰厩後は宝塚記念を目標にしていたものの、その10日前に剥離骨折が判明しまたも休養へ。
最終的に、復帰レースとなったのは去年惨敗した有馬記念となった。
その間、なんと364日。物凄い開きである。
しかし、主戦騎手の岡部は菊花賞馬ビワハヤヒデに騎乗するために騎乗できず。
ならばと武豊に依頼したが、牝馬2冠馬ベガに騎乗するためこちらも断られてしまい、結局前年も騎乗した田原が再び騎乗する事になった。
しかし、トウカイテイオーは単勝オッズ9.4倍の4番人気。複勝人気も8番であり、無敗のクラシック2冠馬とは思えないオッズであった。
「テイオーは終わった。」その思いが、当時の競馬ファンの間には渦巻いていたのだろう。

そして、第38回有馬記念がスタート。
昨年同様、後方待機策をとったテイオー。しかし、彼は去年と同じ負け方をするつもりは無かった。
最後の直線、ビワハヤヒデが抜け出す。
すると、テイオーはそこから抜け出しビワハヤヒデに追走した。

           「ビワハヤヒデとトウカイテイオー!ダービー馬の意地を見せるか!」

ビワハヤヒデとトウカイテイオー、2頭の叩き合い。その果てに、テイオーは半馬身差ハヤヒデより抜け出した。

                「トウカイテイオーだ!トウカイテイオーだ!」
               
                   「トウカイテイオー奇跡の復活!!」

最後。ビワハヤヒデとのマッチレースを制したのは、トウカイテイオーだった。
テイオーは364日という長きブランクと、前年の苦い敗北を跳ね返し、見事に勝利した。

前年度覇者メジロパーマー。競馬史上最高のヒールライスシャワー。2冠牝馬ベガ。そしてビワハヤヒデ
史上稀に見る豪華メンバー達に対し、「皇帝」の血を受け継ぐ「帝王」の意地を見せ、彼はまさに「奇跡」の復活を果たしたのであった。

その後テイオーは天皇賞を目標に調整されていたが、GⅡ大阪杯を筋肉痛により回避。
更に左前トウ骨をまたも骨折してしまう。その後は天皇賞(秋)に照準を定めたが、体調が思わしくなかったため引退が決定。
10月23日、東京競馬場で引退式が催された。
その日は重賞レースが無かったにもかかわらず、重賞レースが行われた前日をはるかに上回る10万人以上の観衆が府中に詰めかけた。
手綱を取ったのは田原成貴。安田と岡部の両名も引退式に出席し、トウカイテイオーの思い出等を語った。

ちなみに、この日のメインレースだった東京スポーツ杯を制したのは、皐月賞でテイオーに敗れ、3年以上も勝つ事が出来なかったシャコーグレイド。トウカイテイオーに見届けてもらいながらの勝利となった。

引退後

引退したトウカイテイオーには総額9億円のシンジケートが組まれ、テイオーは社台スタリオンステーションで繁殖生活を始めた。
当初は成績が振るわなかったものの、マイルチャンピオンシップを制したトウカイポイント阪神ジュベナイルフィリーズを制したヤマニンシュクルなどを輩出し、種牡馬としては成功していると言える。
しかし、トウカイポイントはセン馬(去勢した馬)であり、ヤマニンシュクルは当然ながら牝馬である。
そのため、未だ彼の後継種牡馬は出ていない。

そして2013年8月30日、繋養先の社台スタリオンステーションで心不全により、この世を去った。
享年25歳。
後継のメドは未だ立っておらず、現状のままでは「皇帝」シンボリルドルフのサイアーラインは途絶えてしまう事となる。

競馬界の「帝王」として駆け抜けた、気高き馬生であった。

競走成績

S=ステークス

競走名グレード施行条件人気着順騎手
3歳新馬新馬阪神芝1800m1人1着安田隆行
シクラメンSOP京都芝2000m3人1着安田隆行
若駒SOP京都芝2000m1人1着安田隆行
若葉SOP中山芝2000m1人1着安田隆行
皐月賞GⅠ中山芝2000m1人1着安田隆行
東京優駿GⅠ東京芝2400m1人1着安田隆行
大阪杯GⅡ阪神芝2000m1人1着岡部幸雄
天皇賞(春)GⅠ京都芝3200m1人5着岡部幸雄
天皇賞(秋)GⅠ東京芝2000m1人7着岡部幸雄
ジャパンカップGⅠ東京芝2400m5人1着岡部幸雄
有馬記念GⅠ中山芝2500m1人11着田原成貴
有馬記念GⅠ中山芝2500m4人1着田原成貴

生涯成績 12戦9勝
9-0-0-3

誕生に関する逸話

1987年春、シンボリルドルフの種付け権を確保したオーナーは配合相手にオークス馬トウカイローマンを予定していた。
新潟大賞典を、勝ったら最後の花道として、負けたら潔く、どっちにしても引退のつもりで出走させたところ2着。この結果に、せっかくだから勝てるまでやろうと引退を撤回。
ルドルフの種付け権はトウカイナチュラルに使うことにし、トウカイテイオーが生まれた。ちなみに、翌年引退したトウカイローマンにシンボリルドルフを付け、生まれてきたのがトウカイテイムスだが、25戦0勝という結果に終わっている。
また、現役続行したトウカイローマンは1987年10月に京都大賞典を制したが、これは
武豊の重賞初勝利となった。トウカイローマンが引退していたら、武豊の重賞初勝利も別の馬で記録されていたことになる。

余談

・2011年の日本ダービーのCMには、このトウカイテイオーが題材として使われている。
その際のキャッチコピーは、「天才はいる。悔しいが。」
偉大なる父の力を受け継ぎ、無敗でのクラシック2冠を達成したテイオーには、確かに「天才」という言葉が似合うだろう。
しかしそれ以上に、有馬記念での奇跡の復活の際には血の滲むような「努力」も重ねていただろうが。

・競馬シミュレーションゲームウイニングポストシリーズでは、テイオーが幼駒時代に起こした柵越え事件がイベントとして存在している。
ウイニングポスト7では、スピードA以上、瞬発力or勝負根性、柔軟性、パワーSの幼駒が起こす事があるイベントである。
重要なサブパラメータである「パワー」と「柔軟性」の高さが保障される上一定以上のスピードも期待できるため、非常に美味しいイベントだと言える。
また、同シリーズにはテイオー産駒であるサードステージという馬が登場している。
多くのシリーズで無敗の3冠を達成する上にほとんどの場合連対を外さないという、化物じみた馬である。
「皇帝」から「帝王」へ、そして「三番目の舞台」へと繋がる血統ロマンを体現した馬。
彼に勝つ事が、ウイニングポストシリーズの一つの目標と言えるだろう。
そのため、現実でも「サードステージまだかなー」といった事が冗談半分で言われる事があるらしい。
ある意味、ウイニングポストシリーズの要となっているのがトウカイテイオーと言えるだろう。

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