1986年4月9日生まれ、父ディクタス母ダイナビーム。通算50戦9勝。
1988年デビュー、1989年条件戦を勝ち上がり、神戸新聞杯3着。
1990年条件戦を勝ち上がり、1991年金鯱賞レコードタイムで重賞初制覇、北九州記念でもレコードタイムでイクノディクタスやヌエボトウショウを破って重賞2勝、秋の天皇賞9着。
1992年、中京記念で重賞3勝、安田記念3着、秋の天皇賞で先行勢が総崩れする中2着に連対する、有馬記念6着。
1993年中山記念でヤマニンゼファーやシスタートウショウを破って重賞4勝、安田記念9着、秋の天皇賞7着、六甲ステークス7着後に引退。
ライバルのヤマニンゼファーとは1勝3敗、父親が同じイクノディクタスとは8勝3敗だった。
引退後は岩手県の湯沢ファームで過ごした。
2016年10月、永眠。