スターズオンアース
すたーずおんあーす
プロフィール ~地上に蒔かれた『麦の唄』~
空よ 風よ 聞かせてよ
私は『だれ』に似てるだろう
名前 | スターズオンアース |
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欧字表記 | Stars on Earth |
ファンからの愛称 | スタオン、ンアーちゃん、ターズオ、ズオンアー、スーズース、スターズ、etc… |
性別 | 牝 |
毛色 | 黒鹿毛 |
誕生日 | 2019年2月27日 |
父 | ドゥラメンテ |
母 | サザンスターズ |
母父 | スマートストライク |
産地 | 北海道千歳市 |
生産 | 社台ファーム |
馬主 | 社台レースホース |
管理・調教 | 高柳瑞樹厩舎(美浦) |
馬名は「地球上の星」から。
ドイツの名門牝系(通称「ドイツSライン」)の血を継いでおり、ドイツ産の競走馬は「馬名の最初の文字」を母馬を通じて代々子孫に受け継がせるルールとなっているためか、この馬のイニシャルもSになっている。
父ドゥラメンテは2015年に皐月賞と日本ダービーを制したクラシック2冠馬で、父キングカメハメハ、母アドマイヤグルーヴ、祖母エアグルーヴ、曽祖母ダイナカールという社台グループが誇る超良血馬である。ドゥラメンテは2021年に9歳という若さで世を去ってしまったものの、種牡馬としても初年度から菊花賞馬タイトルホルダーを輩出するなど活躍し始めていた。本馬は2年目の産駒である。
母サザンスターズはフランスの名牝スタセリタがイギリスで生産した初年度産駒。スタセリタがフランケルとの仔を受胎したまま日本へ渡って産んだのがスターズオンアースにとっては叔母にあたるソウルスターリングである。彼女が阪神JFと優駿牝馬を勝利したことにより、半姉サザンスターズも社台ファームによって輸入され、その2番仔としてスターズオンアースが生まれた。
父から子へ、母から娘へ、国から国へ、世代から世代へ…人々の様々な思いと様々な期待を乗せてこの国に運ばれてきた麦の種はやがて夜空の星々を目指して真っ直ぐに穂を伸ばし、やがて花咲く日を夢見た…
私たちは出会い 私たちは惑い
いつか信じる日を経て 一本の麦になる
クラシックまで ~今日は倒れた旅人の『時代』~
そんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ
2021年8月1日の新馬戦で石橋脩を鞍上にデビュー。やはりこのころはまだレース自体に慣れておらず、道中でフラフラとコース取りに手間取りながらも抜群のスタミナを見せて最後の直線で後の実力の片鱗を見せた。ここを2着とすると、続く未勝利戦で初勝利を飾る。
その後は赤松賞(1勝クラス)、フェアリーS(G3)、クイーンC(G3)を3着、2着、2着と勝ち切れなかったものの順調に賞金を積み、牝馬クラシック一冠目となる桜花賞に出走した。
出遅れ癖、道中の伸びしろ、多くの課題を残しながらも多くの期待を背負った一番人気を裏切らぬよう、馬券内は維持し続けて来た。下積み時期のこのことから善戦ウーマンの印象で語られることもあるが、よくよく見返せば少しずつ改善しながらの競馬をしており、巡り巡って時代は進むのである。
だから今日はくよくよしないで 今日の風に吹かれましょう
桜花賞 ~巡り逢わせた運命の『糸』~
なぜ 巡り逢うのかを 私たちは何も知らない
いつ 巡り逢うのかを 私たちはいつも知らない
2022年4月10日、阪神競馬場で行われた桜花賞。鞍上を横山武史から川田将雅へと乗り換えての出走だった。7番人気とさほど期待されてはいなかったが、直線で馬群の間を割って伸びると、2番手追走から抜け出したウォーターナビレラをゴール寸前で捉えハナ差で優勝した。
ドゥラメンテ産駒としては2頭目のGI勝利、初の産駒牝馬によるGI勝利で、管理する高柳調教師にとっても初のGI制覇となった。なお今回テン乗りだった鞍上の川田も翌年同父産駒のリバティアイランドで牝馬三冠を取っていることからも、ルメールに乗り換えないまま乗り続けていたらスターズオンアースが三冠を取っていたのではないかという声もあがる。
石橋脩、横山武史、川田将雅、クリストフ・ルメール、そして調教師や厩務員らスタッフ…彼らは時に絡み合い時に前に立ちふさがり複雑に掛かりあうのだとしても、誰一人彼女の織りなす戦績に欠けてはならなぬ仕合わせの糸。
運命とはわずかなボタンの掛け違い、糸の掛かり違いで全てが変わるのかもしれない。
…そしてこの織りなす布がささくれた時、再び出会う糸と糸はいつか誰かの傷をかばうかもしれない。
縦の糸はあなた 横の糸はわたし
逢うべき糸に 出逢えることを
人は 仕合わせ(幸せ)と呼びます
オークス ~命の砂漠につばめは飛んだ~
綿埃みたいな翼でも 木の芽みたいな頼りない爪でも
明日 僕は龍の足元へ 崖を登り呼ぶよ
「さあ行こうぜ」
5月22日のオークスでは、桜花賞で騎乗した川田将雅騎手が忘れな草賞勝ち馬のアートハウスへの騎乗を選択したため、クリストフ・ルメール騎手が騎乗することとなった。クラシックの勝ち馬が負傷や騎乗停止などの理由なく騎手変更というのは珍しいケースである。
(これは、川田騎手がかつて自身のお手馬だったアートハウスの母・パールコードに重賞を勝たせられなかったこと、またアートハウスを管理している厩舎が彼の幼なじみでもある中内田厩舎であることからそのリベンジを企図したものだった)
しかし乗り替わったルメール騎手、言わずと知れたトップジョッキーなのは間違いないのだが、何故かこの年は未だJRA重賞未勝利(海外重賞ではサウジカップデーで重賞4勝)。この乗り替わりが心配されたか、あるいは大外8枠18番という枠順を引いてしまったせいか(過去40年間で8枠18番でオークスを勝ったのは、2010年オークスをアパパネと同着優勝したサンテミリオン一頭のみ)、桜花賞勝ち馬でありながら3番人気に甘んじることとなる。1番人気は2歳女王のサークルオブライフ、2番人気にアートハウスと続いていた。
迎えたオークス当日、出走直前に同じドゥラメンテ産駒のサウンドビバーチェが放馬(のち競走除外)、10分以上発走が遅れ、各馬は観衆の戻ったメインスタンド前で輪乗りの状態で待つという、体力・メンタル的にも難しいレースになった。
スターズオンアースは道中は馬群の中ほどでレースを進め、東京競馬場の長い直線で外から進出すると上がり最速の脚で駆け上がった。亡き父ドゥラメンテを経てダイナカールやエアグルーヴたちから脈々と受け継ぐ根性強さを、父たちが見せた東京直線で発揮し美事差し切り勝ちをおさめた。
銀の龍の背に乗って 届けに行こう 命の砂漠へ
銀の龍の背に乗って 運んで行こう 雨雲の渦を
「残り200を通過して、スターズオンアース先頭!スターズオンアース先頭!内、2番のスタニングローズ!スタニングローズ!外から18番、スターズオンアース!スターズオンアース二冠達成!」
「吠えたクリストフ・ルメール、スターズオンアース!」
「キングカメハメハ、ドゥラメンテ、その輝きはまだ失われていませんでした!」
「『地上の星』スターズオンアース! 二冠達成!!」
(フジテレビ・立本信吾アナウンサー)
下馬評を覆して見事牝馬二冠を達成し、これが今年JRA重賞初制覇となった鞍上のルメール騎手はガッツポーズを決めて歓喜の咆哮を挙げた。(なお桜花賞を勝利に導いた立役者である川田が、自身の熱意を込めてアートハウスに乗ったオークスは、最後の直線で伸びず7着と惨敗した)
父ドゥラメンテとの父娘二冠であり、桜花賞勝ちから乗り替わりでオークスを制したのは2012年のジェンティルドンナ以来10年ぶり。それ以前を振り返っても1952年のスウヰイスーしかいないという極めて珍しいものだった。ちなみにジェンティルドンナのオークスの時も3番人気であり、その時騎乗していたのはまだ若手の川田騎手であった。
こうして二冠を達成したスターズオンアースだったが、二冠達成後に骨折した父ドゥメランテの血は争えなかったのか、5月28日、右前肢第1指骨の剥離骨折が判明したと報じられた。宮城県の山元トレセンで放牧中に球節のむくみが見つかり、レントゲン検査の結果判明したとのことで、オークスのレース中に骨折した可能性が高いと見られている。
これを受け、6月1日にも栗東トレセンに帰厩して再検査を実施。結果右前肢第1指骨に加えて左前肢第1指骨の剥離骨折も判明し、両前脚の骨片摘出手術を受けることとなった。この後のスターズオンアースは距離適性と脚部不安、ライバルや屋根の乗り替わりに振り回されることとなる。
秋華賞 ~『荒野より』届く君の声~
朝日の昇らぬ日は来ても 君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても 君の声を忘れる日はないだろう
幸い術後の経過は順調で、10月16日に行われた牝馬三冠最後の一冠・秋華賞に直行。父ドゥラメンテは秋を全休になって三冠達成ができなかったが、その娘スターズオンアースには怪我を乗り越え牝馬三冠を達成することが期待された。
当日は単勝3.0倍の1番人気。鞍上はオークスに続きルメールが務めた。
ところが、5枠9番からスタートしたスターズオンアースはスタートのタイミングが合わず出遅れ、後方からのレースを余儀なくされてしまった。最終直線を向いても最後尾付近の苦しい展開となった。
だが二冠牝馬の意地、内から馬群の間を割って次々と抜き去り先頭に迫る。しかし、先に抜け出したスタニングローズ・ナミュールの2頭に届かず3着まで。
直線では前の馬群に突っ込みかき分けるかのように猛進する勝負根性と、他馬をかわしながらでも上がり最速33秒5の末脚を見せて能力の確かさを示したものの、惜しくも三冠達成はならなかった。
三冠を逃したといえ見事な追い込みを披露して二冠馬としての実力を見せつけたスターズオンアースだったが、秋華賞後の放牧中に左前脚がむくむ異常が発生。検査を行ったところ、繋靭帯炎を発症していることが発覚し、年内は休養に充てる事となった。
それでも牝馬二冠という実績が評価され、2023年1月10日に発表された2022年度JRA賞において最優秀3歳牝馬に選出された。
父ドゥラメンテは、古馬一年目の宝塚を最後に競走馬生涯を終えた。そして短い種牡馬生活の中で歴史に名を刻む有力馬たちを残してこの時代を去って行った。現役時代、永久欠番とならず無事にキタサンブラックらと覇を競い合っていたら、もしもあの時の怪我が軽傷で済んでいたら、回復して現役復帰できていたら。だれもが『もしも』を胸に描きその別れを悲しみ、そしてその『もしもの向こう側』を産駒たちに夢見た。
この前年、タイトルホルダーが菊花賞を制して、皐月とダービーに続く『もしもの向こう側』の扉は開かれた。ここから先は、父がたどり着けなかった『それぞれの物語』となる。
荒野より君に告ぐ 僕のために立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ 後悔など何もない
大阪杯 ~惜敗に呟く『わかれうた』~
途に倒れて誰かの名を 呼び続けたことがありますか
人事に言うほど黄昏は 優しい人好しじゃありません
未勝利戦以来の牡馬との対決だったが一番人気に押される。
出遅れもなくスタートは出来たが他馬に揉まれる形でまたもや後方からの競馬となるも、直線で加速をはじめてしっかりと2着までこぎつけた。末脚自体は悪くないのだが、どうやら加速度最高点に至った瞬間にゴール版を迎えてしまうクセがあるのか、今一歩のところで勝ちきれない。
鞍上のルメールは「もともと2400mの馬」「長い直線があれば勝てる」とコメントした。東京直線コースで魅せたトニービンの系譜として納得の分析である。
もっとも、この後の彼女は実力を示しながらもコースや鞍上、出走するライバルたちなど様々な要因で勝ちきれない勝負を重ねていくこととなり、二冠ながら地味な戦績という身もふたもない評価が流布するようになった(古馬戦線で牡馬と走れて掲示板にいる時点で地味ではないのだが)。
特にルメールと川田は以前より多方面から有望視されており、出ようものなら武豊よろしく出走馬たちによる争奪戦が繰り広げられる有様で、G1タイトルに出ればまず乗り替わりを危惧するような事態になってしまっていた。
わかれはいつもついてくる 幸せの後をついてくる
それが私のクセなのか いつも目覚めればひとり…
ヴィクトリアマイル ~見届ける『最後の女神』は~
幼い日に見た夢を 思い出してみないか
2023年は、アイドルの年でもあった。
そして競馬界のアイドルと言えば、魅惑の白毛馬、桜のマイルの女王ソダシであった。
前年度牝馬クラシックをアカイトリノムスメ、ユーバーレーベンと分かち合いその後のマイル路線を引っ張ってきた誰もが目を奪われてく完璧で究極のマイラーと目されていたが、前者二頭の引退が決定するなか現役を続投し続けても次第に勝ち星に恵まれなくなり、誰の目にもソダシの衰えが見え始めていた。
折しもゴールドシップの現役時代も須貝尚介厩舎を支えてくれていたベテラン厩務員で、ソダシも担当している今浪隆利厩務員の定年による現役引退が決定し、競馬関係者として関わる最後のG1レースがこのソダシのヴィクトリアマイルとなった。多くのファンはソダシが今浪厩務員の引退に錦を渡す晴れ姿を夢見て応援馬券を買ったが、それにも負けずスターズオンアースは安定の人気を抱えてソングラインやナミュールも抑えて一番人気となる。前走でマイルは不向きという分析をしたルメールではあったものの、得意と目される東京直線で内枠から実力を測るためにも前向きな姿勢で挑んだ。
しかし、空と地上との間に今日も冷たい小雨が降る東京競馬場、ゴール板の前に現れた最後の女神は、ソダシでもスターズオンアースでもなく真の歌姫ソングラインであり、上がり2位の33.2で迫る彼女に両者はそれぞれ二着と三着に敗れた。
特にソダシとソングラインの争いは、首の上げ下げの接戦となった。
…一番最後に見た夢だけを人は覚えているのだろう、その夢の舞台のセンターで輝く、金輪際現れない一番星の生まれ変わりとは、一体誰の事だったのだろうか。
この後ソングラインは安田記念を連破、毎日王冠を経て世界へと羽ばたきBCマイルへと挑戦、結果は振るわなかったものの輝かしい戦績を土産に引退から繁殖へと次のステップを進める。
一方、同じく安田記念にも出走したソダシは着外とあって競走能力の低下を認められた上、レース後に脚部不安を発症。10月に妹のママコチャがスプリンターズステークスを勝利したこともあって馬主判断で繁殖行きが決まった。結果的にこのヴィクトリアマイルが結果的に競走生涯最後の掲示板となり、彼女との再戦は叶わぬ夢となった。どの道鞍上のルメールをして、「両者は生粋のマイラーで中長距離に適性を見出したスターズオンアースでは届かない」という旨を述べている。
ああ あれは最後の女神 天使たちが歌い止めても
ああ 例え最後のロケットが 君を残し地球を捨てても
秋天回避からのJC ~『ファイト!』 滲んだ文字 東京ゆき~
『あたし中卒だからね 仕事をもらわれへんのや』と
書いた女の子の手紙の文字は尖りながら震えている
『うっかり燃やしたことにしてやっぱり燃やせんかった
この切符 あんたに送るけんもっとてよ』
滲んだ文字 東京ゆき
ああ
小魚たちの群れきらきらと 海の中の国境越えてゆく
諦めという名の 鎖を 身をよじってほどいてゆく
エイシンフラッシュの勝利とミルコ・デムーロの最敬礼から年月を経て、12年ぶりの天観競馬となる天皇賞秋。父ドゥラメンテと同じデムーロを鞍上にスターズオンアースも参戦する予定だったが、蹄の不安から回避。結果は天才イクイノックスがトーセンジョーダンのレコードタイムを塗り替え、全ての歴史を過去のものにした。
大歓声の栄光の日曜日…そこに地上の星は、なかった。
悔しさを握りしめ過ぎた 拳の中爪が突き刺さる…
そして陣営が次走に定めたジャパンカップは、それ以上に強力なメンツが揃っていた。
- 説明不要、世界最強の天才児イクイノックス
- 令和に蘇りし異次元の逃亡者パンサラッサ
- 同世代のダービー馬ドウデュース
- 同父に最後の忘れ物を届けた孝行息子タイトルホルダー
- そして自身が得た二冠を超す三冠牝馬リバティアイランド
このうち、タイトルホルダーとリバティアイランドは同じドゥラメンテ産駒でもあり、なおのこと同コース同条件下でスターズオンアースがどれだけの勝負ができるのか、かかるプレッシャーは増すばかりであった。さらに言えば、この年のドゥラメンテ産駒は彼らの活躍もあって賞金額を上げており、ロードカナロアを相手にしたリーディングサイアー争いにも、大きな影響を及ぼしうる大一番。なにせこのレースと有馬記念はこの年から1着賞金は5億円、総賞金は10.85億円に増額されており、一発逆転も狙える状況になっていた。
ところが、こともあろうに最有力候補のイクイノックスとリバティアイランドが最内枠となったのに対して、スターズオンアースは大外枠の17番。出遅れ癖は治りつつあるとはいえ、18頭立ての大外枠は完全に不利と見られた。鞍上はコロナ禍を経て久しぶりに短期免許で来日したウィリアム・ビュイックのテン乗りで、ゴドルフィンジョッキーでもある彼自身の戦績は輝かしいが、それが日本の芝でどれだけ活かせるかは未知数でもあった。
結果的に休み明け初戦であったことも重なり、様々な要因から不安視する声も多くスターズオンアースの馬券も五番人気に落ち着いた。果たしてこれが妥当だったのか、それとも過大だったのかかは結局のところ答えが出ない。
そのレースは、余りの豪華すぎるメンバー故に怪獣大決戦とまで評された。
世界を相手取る強豪たちを前に、地上の星は小さく、か弱くさえ見えた
だが勝つか負けるか それはわからない
それでもとにかく闘いの 出場通知を抱きしめて
彼女(アイツ)は海に漕ぎ出した
今日の府中は曇り空、輝く星は私だけでいい
17番スターズオンアース!! (ラジオNIKKEI山本直アナ)
ファイト! 闘う君の歌を 闘わない奴らが笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を ふるえながら登ってゆけ
ファイト! 闘う君の歌を 闘わない奴らが笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を ふるえながら登ってゆけ
ジャパンカップ ~沿海に『宙船』描く地上の星~
その船はいまどこに フラフラと浮かんでいるのか
その船はいまどこで ボロボロで進んでいるのか
出走してコーナーを曲がる手前からおおかたの大勢は定まった。スタートの時点ではタイトルホルダーが先手を切ったが、同年の天皇賞春で垣間見たあの姉にも繋がる大馬鹿野郎どもの末裔に泣かされた苦い悪夢の再来か、自分の型である大逃げを令和のツインターボことパンサラッサに先越された。春天の傷がうずくのか、それともパンサラッサが展開した1000m57.6秒というハイペースには流石にまともについていけないのか、ここであえてタイトルホルダーは抑えパンサラッサを見送った。
既に後ろにはイクイノックスが控えていた。
スターズオンアースは、リバティアイランドと倶にそれを見る形で競馬を進める。後ろにはドウデュースとディープボンドが控え、さらに後続は長く伸びている。
ある者には希望、ある者には興奮、そしてある者には絶望が待ち受けていた。
パンサラッサもタイトルホルダーもイクイノックスを警戒していた。その結果出来上がったこのペースはこれら時代のリードホースたちの熾烈な駆け引きから生まれている。世界最高峰のレースに参加した彼らのペースは言ってみればこの時代の日本競馬最高レベル。それは手すりの無い橋を全力で走る事にも似て、下手に踏み込んでしまえば自分のペースを壊して潰れてしまう…ガラスかも、氷かも、疑いが足をすくませる。無敵の三歳三冠牝馬のリバティアイランドですら道中その領海には足を踏み出せず、結局は最後の直線までこの大勢は変わらなかった。
第四コーナーを抜けて、タイトルホルダー、パンサラッサが次々イクイノックスに抜かされていく。三番人気のドウデュースも迫ってくる。この時点で上位馬にはスターズオンアース自身を含む五番人気までの実力者たちがそろっていた。
大外枠から出走したスターズオンアースには分が悪い。誰もがそれを予想していた。
春秋分岐点≪Equinox≫が天を分かち海を割り、原初之海≪Panthalassa≫を抜かしてゆく。自由島≪Liberty Island≫がそれを追い、地図を描き海図を引き、世界の起点を定めてゆく。まだ見ぬ陸を信じて飛ぶ鳥たちが、恐れ知らずの若き水夫たちが、指針としてきた星々を思うがままに描き替える。誰もが夢見た景色、誰もが諦めた景色がそこに広がった。
競馬に絶対はない…かつて掲げたシュプレヒコールの波、通り過ぎてゆく…はじめからどうせこんなことじゃないかと思っていた…ならばせめて永遠の嘘をついて、いつまでも種明かしをしないでくれ…地上の星に夢を託した誰もが明かりを消して黙り込みかけていたそのときを、有謬の者共、スターズオンアースとビュイックは決して見逃さなかった…
流されまいと 逆らいながら 船は挑み 船は傷み…
すべての水夫が 恐れをなして逃げ去っても
一着 イクイノックス、二着 リバティアイランド
三着 スターズオンアース。上がりタイムは34.0でリバティアイランドとは0.1秒差。
絶対視された最強牡馬と最強牝馬相手に、運命の悪趣味としか言いようのない大外枠も不確実視されたテン乗りもすべて己の意地と根性で跳ね返して、地平の果て水平の果て、宙船の離陸地点に地上の星は輝いた。たとえ王者には届かずとも、女王気取りにひとり上手を決めると見込まれたリバティには斤量を背負いながら少なくとも一馬身差まで食らいついた。
有馬記念~まだ終わらない『旅人のうた』~
女には女の ふるさとがあるという
なにも持たないのは さすらう者ばかり
多くの名馬たちがそうであったように、わかれの季節がやってきた。
ジャパンカップを最後に、イクイノックスとパンサラッサは引退を表明する。また寄る年波には勝てないのか、近走で掲示板を外し続けたタイトルホルダーも次走有馬記念を以って引退することが決定した。同父産駒のリバティアイランドはこのまま年内は休養となり来年も走るが、距離の適正から再戦を見送ることになるかもしれない。
そしてイクイノックス引退によって帰って来たルメールとコンビを再結成したのもつかの間、有馬記念出走にはタスティエーラ、シャフリヤール、そして鞍上を武豊に戻したドウデュースらのダービー馬三頭が集結し、この年の皐月賞馬ソールオリエンス、天皇賞春を優勝したジャスティンパレス、そして一介の重賞馬ながら宝塚でイクイノックスをクビ差まで追い詰め、凱旋門の舞台で久方ぶりとなる日本馬の掲示板入りを果たした伏兵スルーセブンシーズなどジャパンカップを超す千両役者たちがイクイノックスなき後とは誰にも言わせない気勢を誇る。
中でも前走JCで強い走りを見せたスターズオンアースのパフォーマンスには多くの人が極めて高い期待と関心を寄せた。外枠テン乗り外人ジョッキーという二重三重に掛かる直前の不安要素をものの見事に跳ね返した彼女の勝負根性と、主戦騎手の復帰に誰もが彼女の勝利を確信した。
しかしあろうことか陣営は有馬記念の枠順抽選で今まで誰も制した事のない8枠16番という数字を引いてしまい、ファンですら余裕綽々の楽勝ムードが意気消沈、一瞬でお通夜ムードになってしまった(後述参照)。この結果はオッズにも大きく響き、当初三番人気以内を行き来していた人気が枠順確定後は五番人気から振り落とされるほどだった。
だがそこはプロのジョッキーと二冠の女王、当日ゲートを好スタートで飛び出すや否や一気に前に飛び出し一時はハナを叩き、その後タイトルホルダーの2番手を追走するという先行策を敢行。
かつて天才と謳われた元JRAジョッキーの田原成貴氏も東スポの予想動画にて「展開次第」「距離ロスは取り戻せる」「有馬外枠は上手い騎手がやれば決して不利にならない」と持論(と経験)を述べて太鼓判をおしていたが、それでも道中はスルーセブンシーズと中団から後続の外につけて足を溜めると予想していた。
二重三重の意味で多くの推測を裏切ったルメール騎手のこの展開は氏の予想を遥かに超え大波乱を呼んだ。ひょっとしたらと誰もが馬券を握りしめた。そして道中、じわじわとタイトルホルダーとの差が開くものの競り合いを避け、第四コーナーから進出するも、残り100m程でタイトルホルダーを捉えた。
前二頭を懸命に追うシャフリヤール、タスティエーラ、ジャスティンパレス、ソールオリエンス、スルーセブンシーズ…それぞれの騎手が、この一年の終幕を前に熱い思いをムチに込める。ここにいるよ、愛はまだここにいるよと。そしてスターズオンアースがタイトルホルダーを捉えた瞬間、馬群の中から一頭その思いに応える男が居た。
愛よ伝われ 独りさすらう旅人にも
愛よ伝われ ここへかえれと
あの日々は消えても まだ夢は消えない
君よ歌ってくれ 僕に歌ってくれ
忘れない 忘れないものも ここにあるよと
ゴール前の展開は溜めたスタミナが底尽きかけた瞬間を見計らって出てきたドウデュース、鞍上武豊との叩き合いにもつれ込み、最後の最後でキッチリ差されて半馬身差2着でゴールイン。見事なまでの差し切り勝ちは直後のルメールをして「素晴らしい」と評するほどであった。
同枠から出走したスルーセブンシーズは馬群に揉まれ12着、後に池添騎手が明かしたところによると距離がやや長かったのではという。残る他馬たちも彼女ら作り出した展開に大なり小なり計算を狂わされて終盤の波乱を呼んだ。彼女が終始追い続け、そして今日引退を迎えるタイトルホルダーは一時馬群に呑まれかけながらも意地を見せて3着に残った。
この結果、秋の5億GⅠで2,3,5着、2,3着の賞金を積み上げたドゥラメンテは、ロードカナロアを最後の最後で逆転。父の死から2年、リバティアイランド・スターズオンアース・タイトルホルダーの活躍でリーディングサイアー獲得という最高のプレゼントが届けられるのだった。
ソダシ、パンサラッサ、イクイノックス、そしてタイトルホルダー…一つの時代を沸かせた伝説級の名馬たちがこの年一斉にターフを去った。そしてリバティアイランドを初めとした次の萌芽たちと共に、終幕を飾るに相応しい有馬記念では武豊とドウデュースのコンビが美事な復活を見せた。この年スターズオンアースの勝ち星はゼロだったが、名だたる者を追って走り続けた輝きは着実に増してきている。
まだ終われない、終わるわけにはいかない。
未だ結末を知らない家なき子たちの旅はまだ終わらない。
あの愛は消えても まだ夢は消えない
君よ歌ってくれ 僕に歌ってくれ
忘れない 忘れないものも ここにあるよと
ドバイシーマC ~全然泣けなくて、苦しいのは誰ですか?~
逃げ道のない戦いの日々がいつか人類を疲れさせてゆく
危ぶみ乍ら見ぬフリの未来がいつか本能を痺れさせてゆく
有馬記念から開けて二月、「スターズオンアース、負けてなお強し」と未だ沸き立つファンの間に激震が走った。
スターズオンアースから規制薬物の成分が検出され、調教師高柳瑞樹師には罰金が科せられる事態となる。検出されたフルニキシンは、非ステロイド性解熱・鎮痛・抗炎症剤で疝痛や炎症性疾患に用いられる。いわゆるドーピングのような「禁止薬物」ではないものの、痛みを忘れながら走ってしまえることが動物愛護の観点から問題視されている。
厩舎側に投与履歴がなく、どこから混入したのか判明もせず、JRAも有馬入線の有力馬に与える印象の影響を考慮してか公表まではタイムラグがあったものの、現在に到るまでこの件はハッキリしないまま事は進んだ。
仮に意図があったとしても不思議がる者は居ない。昨年の善戦と圧巻の追い込みで忘れてしまいそうになるが、血統的には本来脚部の不安が拭えない。強気な気性も一筋縄ではいかない。どれほど印象に強く残れど、結果的に戦績も1勝すら出来ないまま昨年は幕を閉じた。
次こそは、こんどこそ次こそは…
強くなれ、負けないで。大人になれ、泣かないで。サラブレッドはいつだって、乳飲み子の頃だって、隙も見せられない闘いの日々。そんなファンと陣営の強い期待と焦りが綯い交ぜになりながら、2024年の初舞台は初の海外遠征となる第26回ドバイシーマクラシック。
有馬記念から引き続き騎乗するルメール騎手は「勝つ自信があります」と高らかに宣言しての挑戦。父ドゥラメンテが惜しくも果たせなかった同レースの勝利に向けて万全を期していた…
ところが、直前に行われたドバイターフでルメール騎乗のキャットニップが最終直線で前から躓き転倒、直前で異変に気付き追うのをやめていたが止まり切れずルメール騎手が落馬。動けなくなったルメール騎手は病院に搬送され急遽騎乗できなくなってしまい、命に別状はないものの鎖骨と肋骨を骨折、後に検査にて肺にも穴が空いたことが判明してしまう。
どんな幻滅もぼくたちは超えてゆく
けれどその前にひとしきり痛むアンテナもなくはない
そこで代打騎乗として白羽の矢が立ったのは世界の名手乗れば五馬身違うランフランコ・デットーリ騎手。日本馬への騎乗は2019年香港スプリントのダノンスマッシュ以来であった。
だがビュイック騎手の時とは違い、直前1時間前でのテン乗りでは出来ることも伝えられることも限られてくる。迎えたレース本番では好スタートを切るも先行勢を行かせて中団を追走。道中での折り合いは殆ど釣り合って居らず、前に後ろにペースをかき乱しながら進んだ。極めつけに最終直線で右に大斜行、流石の名手もテン乗り、それも1時間前のぶっつけ本番ではその持ち味を活かしきれず結果は8着。同レースに参加した日本馬はリバティアイランドとジャスティンパレスが入着を果たす中、この敗北の原因は歴然としていた。
これが他の馬であれば着外入線など数ある勝ち負けの一つに過ぎないが、デビューから一度も三着以下を逃さなかったスターズオンアースの戦績にはここに来て初めて複勝圏内を逃すこととなった。出走前、ライアン・ムーア騎手は彼女の低人気に異を唱えその能力を高く評価していたものの、このレースで我の強さから来る操縦性の悪さや斜行癖がルメール騎手の神業で抑えられて居たことが判明してしまった。何も彼だけが世界中で一番上手い騎手だと限るわけじゃあるまいが、そのルメール騎手が療養で現地二週間の足止めを食らう。ここに来て運の悪さが彼女ではなくルメール自身の方に重なってしまった。
唯一の慰めは、この件でスターズオンアース当人の評価を下す見方がおこらなかったこと。しかしクラブ馬の宿命か現役期間の終わりが見えてきた矢先、倒木の敗者復活戦は限られてくる。瞬きもせずに塗れた瞳、二冠の女王は浅い眠りについた。
こんな約束を 僕たちはしていない
泣き虫な強いやつ、なんてのがいてもいいじゃないか
全然泣けなくて、苦しいのは誰ですか?
全然今なら 泣いてもいいんだよ
ジャパンカップ~限りない『慕情』~
愛より急ぐもののが どこにあったろうか
愛を後回しにして 何を 急いだのだろう
ドバイからの帰国後、スターズオンアースは浮腫がみられたため休養に入る。回復は秋ごろと見られ、去年と同じく春シーズンは見送る形となった。
その間に、秋の天皇賞はドウデュースとリバティアイランドの二強対決に思われたが、並ぶことなく見事な末脚を繰り出してドウデュースの勝利を飾った。あまりの衝撃に呆然と立ち尽くす陣営は勝利の美酒に酔う間もなくジャパンカップへと歩を進めた。
この年は3冠チャレンジャードウデュースの他にも、海を超えてやってきたディープインパクトのラストクロッパーオーギュストロダンをはじめとした、国内外のGⅠ馬10頭が集結。前年の怪獣大決戦に比肩する豪華メンバーが続々と轡を並べていた。
当のスターズオンアースは同じく前年3着だったジャパンカップへ向かうことに。一晩泣いたら女は美人、見紛うばかりに創り上げられたその馬体は去年の覇者イクイノックスらの不在もあって有利に働くと思えた。ただ、本命のルメール騎手は本年の二冠牝馬チェルヴィニアに乗ると宣言。今年初めにスタオン一筋と太鼓判張ってからのこの仕打ちは、移り気なフランス男の不実か、ドバイで不始末を見せた気おくれか、それ以上に高い次世代二冠馬の期待値の現れか。
しかし今回は誰の意図か、桜花賞以来となる川田将雅騎手とのコンビで臨むこととなる。反面、スターズオンアースは悪女の不運に振り回されて再び14頭立ての枠順抽選でよりにもよってGⅠで4度目の8枠に放り込まれてしまった。もはやだれもが恒例芸と言わんばかりに後ろ指を指す中、鞍上の川田は「長くこの馬を見続けてきた、乗ってない間も常に気にかけてきた」「日本馬の意地を見せつける」と真剣なまなざしで応えた。
この川田ジョッキーの意気込み、スターズオンアースに対する熱い思いはラジオNIKKEIの山本直の当日前口上にもあられる。
桜咲かせたあなたと倶に 世界が見上げる星になる
14番 スターズオンアース!
結果は振るわずの着外。決定打になる逃げ馬の不在からスローペースは予想されていたが、馬体重の不利を危惧して急いだことで馬群から上手く抜け出せなかった。休み明け一走目でこの馬にしては太めの馬体、前半ハナを進むドゥレッツァに大外から着けた二番手のバテ、「マイルと2000の川田」由来の時計狂い…言い訳ならばいくらでも出てくる。
ただ一つ残った報酬は、桜花賞以来ほつれまぎれちらばっていった糸の端が再び掛かったこと。もいちどはじめから、もしもあなたと走り出せたら…。しかし思いは募っても、限りない慕情は限りない愚かさ…。少しうれしかったことや少し悲しかったことで明日の行方は容易く翻ってしまう。このレースの勝者となったドウデュースは、去年の覇者イクイノックスにG1勝利数で同点までリーチが掛かる。同世代が歴史に名を刻む中にこんなことで満足して終わらせては、地上の星の名が廃る。
愛だけを残して、激流のような時の中へ星の軌跡は飛んで行く。
スターズオンアースと陣営はおそらく旅路の最後となる、有馬記念へと歩みを向けた…
甘えてはいけない 時に情けはない
手放してならぬ筈の 何かを間違えるな
振り向く景色は あまりに 遠い…
挑戦者たちのラストラン~そして次の『誕生』へ~
独りでも私は生きられるけど
でも誰かとならば 人生は遥かに違う…
強気で 強気で生きてる人ほど
些細な寂しさで 躓くものよ…
呼んでも 呼んでも 届かぬ恋でも
虚しい恋なんてあるはずがないと言ってよ
待っても 待っても 戻らぬ恋でも
無駄な月日なんて ないと言ってよ…
前年2着の有馬記念、馬体の調整も完璧ならば今年もチャンスがあるのではと、競馬ファン全体が期待視できたのは、JCからほんのわずかの間だった。
今回もルメール騎手は本年度菊花賞馬アーバンシックに騎乗するため川田騎手が続投。同時に秋華賞で自身を破ったスタニングローズと秋古馬三冠に王手をかけたドウデュースがラストランとなるため、同期へリベンジを果たすラストチャンス。
だが…まさかのドウデュースが翌日に跛行が見られ出走取消…前年イクイノックスと同じ轍を踏み、時代の覇者たちがまたひとつづつ消えてゆく。
悲運は重なる。リベンジを誓う陣営は表に出したがらなかったが、ファンはにわかに察していた。追い切りで明らかにスターズオンアースの動きが悪く、最終追いですら彼女はモタれるところを見せていた。これがかつての2冠牝馬の姿なのかと、鞍上を務める川田騎手ですら苦言を漏らすほど背中が固く状態が悪かったが、そのコメントすら削除されて真相は闇の中に消され、余計にファンを怪しませた。
(後述)
対して「また大外枠なのか…」と懸念されていた枠順抽選会では川田騎手がシャフリヤールに不運を押し付けるかのように4枠7番を引き当てた。場を盛り上げようと普段は見せない笑顔を振りまいて相手陣営を煽り誤魔化したが、騎乗馬へのコメントを振り切るなど不自然な動きが目立ってしまう。それでもファンは信じ続け、10倍台にはしたものの自己最低の8番人気に甘んじる。
しかし、出走直後の出だしも甘く、コース取りも早々に前を明け渡したままいつもの伸びが見られず、ドンケツの大敗。終盤は、一切の抗う力を失ってズルズルと馬群に沈み、なんとかハヤヤッコに先着する程度の頑張りしか残っていなかった。
かたや大いに煽り、大外枠に押し込んだはずのシャフリヤールが同枠に収まっていた3歳牝馬レガレイラとの写真判定に持ち込む激走を見せる。さらに自身の同期達も5着が最高に終わるという完敗を喫した。時代の潮流は、もう戻れない所まで流されていた。完走後は「もういい、もういいから」「無理をしないで、生きて帰って」「いままでありがとう」と労うファンの声と供に、無事に怪我無く、生かして帰してくれた川田騎手への愛の賞賛が集まる。
結果は14着…先頭からの着差は10馬身以上開いた。
ここに、スターズオンアースのプロジェクトXが終わった。
結局、クラシック期のオークス優勝が最後の勝利だった。
振り向けば回避したドウデュースだけに留まらず、8着に終わった秋華賞馬スタニングローズ、前を走っていたディープボンド、そして最後に因縁を残したシャフリヤールまでもが引退を表明し、挑戦者たちは、各々の道へと歩み出していた。
ラストランを走り切りエンドロールを迎えたのは、彼女だけではない。
そして大方の予想通り社台のクラブ規定に則りスターズオンアースも現役を引退する発表がなされた。かつて伯母にあたるソウルスターリングは、クラブ規定6歳3か月の限界ギリギリまで走り切ることが出来たが、馬体のダメージを考えてそれらの処置は取られなかった。
また、2025年は高額賞金のレーシングカーニバルであるドバイワールドカップミーティングが3月後半から4月初頭開催に移行されているというのも大きいだろう。
今後、スターズオンアースは競走馬としてではなく、繁殖牝馬として願いを託し、次の時代を歩みゆく。その姿が再びターフを踏むとき、その蹄鉄が彼女のものでなかったとしても、その血脈の中に彼女の生きた証が刻まれている。
…今はこんなに悲しくて、涙も枯れ果てて、もう二度と笑顔にはなれそうもないけど、織りなす布はいつか誰かを暖めうるかもしれない…握りこぶしの中に掴んだ、あの日と変わらない夢を流れに求めるとき、わすれられない歌がも一度流行る…この一生だけではたどり着けないとしても、命のバトン繋いで願いを引き継いで行く…たたえる歌は英雄の為に過ぎても、僕は褒める、君の知らぬ君について、いつまででも
そう、旅はまだ終わらない。
ここに、新たな名牝が『誕生』した。
恐れながら憎みながら いつか愛を知ってゆく
泣きながら生まれる子供のように
も一度生きるため 泣いて来たのね
Remember 生まれたこと
Remember 出逢ったこと
Remember 一緒に 生きてたこと
そして 覚えていること…
Remember けれどもしも 思い出せないなら
わたし なんども あなたに言う
生まれてくれて Welcome…!!
語り継ぐ ひともなく 吹きすさぶ 風の中へ
まぎれ散らばる 星の名は 忘れられても
スターズオンアースは、その競争生涯において圧倒的主役として注目されるようなことは少なかった。出遅れ、馬群、伸び悩み、モタレ、怪我、枠の不運…走り出せば好走を脅かす者たちが行く手を妨げ、惜しいレースになることも多々あった。
だがそれは、彼女が同時代を走る強豪たちと競り合ってきた歴史を物語っている。
イクイノックス、リバティアイランド、ドウデュース、…彼らに先着を許しながらも、時代の名馬たちに噛みついていく戦績はまさに、「名だたる者を追って、輝く者を追って…人は氷ばかり掴む」姿に酷似していた。
スターズオンアースは、その命の別名として授けられた地上の星そのものであり、回る時代に揉まれながら別れと出会いを繰り返していく。彼女は今後も語り継がれるたびに、ネオンライトでは燃やせない名もなき地上の星々を、見送りつづけるのかもしれない…
旅は まだ 終わらない
- 桜花賞開催日の2022年4月10日は、プロ野球・千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希が完全試合を達成したが、この試合を実況していたのは、父のドゥラメンテの皐月賞勝利を実況していた吉田伸男アナウンサーだった。
ルメールとの縁
- スターズオンアースの祖母・スタセリタはディアヌ賞(仏オークス)などG1を6勝した名牝だが、そのディアヌ賞で騎乗していたのはルメール騎手。また叔母・ソウルスターリングがオークスを勝利した時に騎乗していたのもルメール騎手である。どうも彼とこの一族のオークスには何かと縁があるらしい。
- なお、ルメール騎手は日本に活動拠点を移した当初、JRAの口答試験対策として朝ドラのマッサンで日本語を勉強した。マッサンの主題歌『麦の唄』は中島みゆきの作詞作曲でありこちらからもスターズオンアースに縁がつながる。
- マッサンの筋書きも『大正時代、ウイスキー製造の武者修行でスコットランドに来た造酒屋の跡取り息子と国際結婚した女性が日本へ移住し、日本文化との違いに右往左往しながら故郷を離れここで生きていくと決意する』話であるため、当時のルメール騎手と心境が重なる部分も多かったかもしれない。
枠運の悪さ~『わらわせるじゃないか』~
スターズオンアースの特徴として枠運の悪さが掲げられる。それが最も如実に出たのは2023年の有馬記念であっただろう。
2023秋、前走ジャパンカップで誰もが予想だにしてなかった好成績を残したスターズオンアースには多くの期待が集まった。追い切りではそれに応えるかの如く陣営からも極めて好印象、騎手のルメールは目を煌々と輝かせていかにも自信ありげに明朗快活な返答を見せていた。これに対して池添謙一騎手と共に父娘で有馬制覇を目指すスルーセブンシーズ陣営もかなりの好印象を前面に押し出し、両陣営自信たっぷりで本番に臨んだ。
…そう、お互いにあの日を迎えるまでは。
……迎えた有馬記念の枠順当選ではよりによってライバル視されたスルーセブンシーズ陣営と一緒に大外8枠に叩きこまれ、自身はこれまで勝ったどころか馬券圏内に入った馬すらないという最外枠の16番を引いてしまうというあまりにも無残な不運に見舞われた。
笑わせェるじゃないか アタシときたら
泣きついてじゃれついて ママゴト気分
…ちなみにソールオリエンス1番、シャフリヤール2番、タイトルホルダー4番、ドウデュース5番と、有力馬はみんな好位をとれる内枠を引き、長距離に対応できるジャスティンパレスも10番と悪くない数字に収まったなか、牡馬顔負けの牝馬かつ長距離適性を見出された二頭が尽く罰ゲームの如き最外枠。
…しかもそんな中ルメール騎手は先に15番を引いた池添騎手をあまりの不運さに不謹慎にも笑ってしまい、そんな縁が因果応報、自分まで同枠に突っ込まれて思わず舌打ちし(しかも引く直前には「1番と16番は避けたい」と発言していた。見事なフラグ回収である)、寂しく二人肩を組んで登壇し謝罪会見のような顔色で「心臓が痛いデス…」と受け答えする…というあまりにも非道すぎるがゆえの美事な伏線回収具合から多くの競馬ファンが抱腹絶倒か阿鼻叫喚の感情地獄絵図に叩き落され、下半期最も予想しづらい有馬記念をさらに困難なモノに。
それも有馬記念開設以来、8枠からの優勝は03年に12頭立てからのシンボリクリスエスと、08年に14頭立てのダイワスカーレットであり、フルゲート8枠での勝利はほぼ不可能というジンクスがあった。結果スターズオンアースはオッズ8.6の7番人気と桜花賞直前ぶりの低人気を叩き出してしまった。
そして2024年のドバイシーマクラシックに至っては鞍上を務める予定であったルメール騎手が落馬負傷により急遽乗り替わりとなり、結果デビュー以来初の大敗を喫してしまうという不運に見舞われることとなった。
後に、2024年度の有馬記念では逆にシャフリヤールに大外を押し付けて良枠を引き当てるというミラクルをおこした。この時くじを引いた川田騎手は(スタオンの体調不良を誤魔化すためか)シャフリヤール陣営に「先行すれば有馬も勝てる」と脚質を無視した煽り行為に徹した鬼畜ムーブを取ったが、結果はシャフリヤールが先着したためこっちも因果応報が発生したと言われる。
(同時に、長年言われてきた有馬大外不利の呪縛が二年連続覆り本格的にジンクスブレイクするきっかけを作ったともいえる…)
ある大物歌手
- この記事の冒頭から最後に至るまで、ありとあらゆるところに中島みゆきの歌詞が仕込まれているが、それもそのはず名前の由来は地上の星。…一応権利関係に触れるせいなのか表向きは「S系の命名ルールに則り母系から連想した地球上の星」と誤魔化しているような建前をしているが、競馬新聞や実況をはじめちらほらと中島みゆきを意識したネタを仕込んでくる。
- なお、一部で楽曲『地上の星』の英訳はEarthly Starsと紹介されたりもする…また中島みゆきの楽曲は多くのアーティストによってカバーされているが、聖飢魔Ⅱのデーモン小暮閣下のカバーではしっかりと「Stars on Earth」と仰られている。
流石です閣下。
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