繁殖牝馬の生活
馬の寿命は、品種や環境によって変化するもののおおむね20~30年。そして、牝馬は3歳ほどで繁殖できる身体になり、15~20歳ころまで妊娠・出産が可能である。
妊娠期間は335日前後であり、ふつう1回の出産で1頭のみが生まれる。よって、一頭の母馬が一生の間に残せる子どもは多くて10数頭ということになる。
繁殖シーズンは主に春であり、牝馬が発情し交尾が可能な状態と見なされると、種牡馬のいる牧場に連れて行き、種付けが行われる。
(ふだん、牡馬と牝馬を一緒にはしておかない。意図しない妊娠が発生する可能性があるし、言い寄った牡馬が気に入らないと気が立った牝馬が蹴るなど、事故のもとになるからである。)
妊娠した母馬は、次の年の春に子を産み、身体の回復と発情を待って次の種付け、また次の春に…というサイクルを繰り返す。
産んだ子が成長し重賞を取るような活躍をすれば、その弟妹たちに高値がつくようになるし、娘たちの繁殖牝馬としての価値も高まる。こうした生産牧場の経営を支える優秀な繁殖牝馬を讃えて「竈馬」とも呼ぶ(かまどうま。かまどは一家の食と生を司る、昔の家屋の中心部だったことから。カマドウマではない)。
生まれたばかりの子馬(0歳、「当歳馬」「とねっこ」とも呼ばれる)は、競走馬の場合、生後半年ほどは母親とともに暮らす。
その後親離れが行われて同世代の馬同士で集団生活を学ぶが、この幼い馬の群れにリーダー・保育士役としてつけられるベテランの馬をリードホースといい、出産から退いた元繁殖牝馬が務めるケースも多い。(メジロドーベルなどがこの例)
なお、戦前及び戦後の時期は引退した競走馬が名前を変えて繁殖生活を送った記録もある。
代表的な例は牝馬としてダービーを制したクリフジで、引退後は年藤という名で繁殖生活を送った。
馬のきょうだい関係
競走馬のきょうだい関係は「同じ母親から生まれたこと」が基準であり、父親が同じだけでは兄弟姉妹とみなさない。
というのも、父親の側の種牡馬は、人気の馬であれば生涯で1000頭以上の子を成すため。牧場や競馬場を見渡せばそこら中に父親が同じ馬がおり、これでは数が多すぎてきょうだい関係を表すのに不適当だからである。
(父が同じだけの馬に対しては「馬Aと馬Bは同父」「馬Aと馬Bはどちらも〇〇(父馬名)産駒」のように表現する。「異母兄・異母弟」といった言い方はしない。)
- 「父親も母親も同じ」という馬を全兄弟・全姉妹と呼ぶ。
例:アグネスフライト(1997年生・牡)とアグネスタキオン(1998年生・牡)
「アグネスフライトはアグネスタキオンの全兄」「アグネスタキオンはアグネスフライトの全弟」のように使う。
- 「母親は同じだが父親は違う」という馬を半兄弟・半姉妹と呼ぶ。
例:タマモクロス(1984年生・牡)とミヤマポピー(1985年生・牝)
どちらも母親はグリーンシャトーだが、タマモクロスの父はシービークロス、ミヤマポピーの父はカブラヤオー。
「タマモクロスはミヤマポピーの半兄」「ミヤマポピーはタマモクロスの半妹」のように使う。
また、競走馬は生涯の中で繁殖期間が長いため、いわゆる「親子丼」(※競走馬の場合「同じ馬主・厩舎出しの馬が1・2着を独占する」意味の言葉だが、そっちの方ではなく人間の異性関係の方での意味)となることも少なくない。父子にあたる種牡馬が同一の繁殖牝馬と交配することもあれば、母子にあたる繁殖牝馬が同一の種牡馬と交配したりすることもある。
例:ダイワメジャー(2001年生・牡)とダイワスカーレット(2004年生・牝)
どちらも母親はスカーレットブーケで、ダイワメジャーの父はサンデーサイレンス、ダイワスカーレットの父はアグネスタキオン。そしてアグネスタキオンの父がサンデーサイレンスというパターンである。
この場合、ダイワメジャーとダイワスカーレットは血統的には75%(3/4)同じ血となる。半兄弟以上に血統が近い故に、非公式な呼称だが、このような兄弟を3/4兄弟と呼ぶこともある。
なお、繁殖牝馬は一生の間に複数の種牡馬との間に子を残すのが普通。血統のバリエーションを増やし、将来「みんな父や祖父が同じでどうあがいても近親相姦」といった事態を防ぐためである。又、どのような能力の子が産まれるかは実際、交配してみないと解らない事も多いから、という点もある。「この種牡馬との交配で競争能力に優れた子が産まれやすい」と見做された場合、同じ種牡馬やそれに近い血統の種牡馬との交配の回数は当然、増える。
数少ない例としてシンボリルドルフの母のスイートルナはパーソロンとしか種付けしていない。
繁殖牝馬になれる馬
繁殖牝馬になれる馬の条件は種牡馬よりも低い。それこそ血統が良ければ現役時代に未勝利または地方でのみ走って中央未出走だったり、地方・中央問わず出走できなかったりしても繁殖牝馬になることができる。
前者はダンスパートナーやダンスインザダークなどの母であるダンシングキイ、後者はキタサンブラックの母のシュガーハートが当てはまる。
勿論現役時代にGIレースや重賞に勝利し、輝かしい成績と共に繁殖入りする牝馬もいる。しかしそういった輝かしい成績と産駒の成績は必ずしも比例しない。
稀な例を挙げると、サシカタというアングロアラブ馬がいたが、この馬の成績は生涯0勝、2着1回(3頭立て)、3着4回(全て3頭立て)、シンガリ負け115回、36戦連続最下位、通算159戦159敗という競走馬として有り得ないくらい弱い馬だった。
この馬が繁殖入りできただけでも驚きものだが、この馬の子孫からアラブ歴代賞金女王のヒカサクィーンが出てしまうのだから、血統というのは奥が深い。
繁殖牝馬の記録
種牡馬の方には、その子ども達が1年間のレースで合計いくらの賞金を稼ぎだしたかという「リーディングサイアー」という優秀さのひとつの基準があるのだが、繁殖牝馬にはそうした統一基準はない。
なのであくまで参考に記録例を挙げる。
子のGⅠ獲得数合計
国際GⅠに限定すれば合計9勝が最高。4例が存在する。
- スカーレットブーケ(1988~2018、ダイワメジャー5勝 + ダイワスカーレット4勝)
- オリエンタルアート(1997~2015、ドリームジャーニー3勝 + オルフェーヴル6勝)
- フサイチパンドラ(2003~2017、アーモンドアイ9勝)
- シャドウシルエット(2005~、オジュウチョウサン9勝)
子の重賞獲得数合計
国際重賞に限定すれば合計17勝が最高。
- パシフィカス(1981~1999)
ビワハヤヒデ(父:シャルード、GⅠ3勝 + GⅡ3勝 + GⅢ1勝)
ナリタブライアン(父:ブライアンズタイム、GⅠ5勝 + GⅡ3勝 + GⅢ1勝)
ビワタケヒデ(父:ブライアンズタイム、GⅢ1勝)
一頭の母が産んだGⅠ馬
4頭が最高。戦前の例なので「現在のGⅠに相当するレースに勝利した」ということではあるが、戦後もこれに並ぶ母は出ていない。また4頭のうちセントライトとトサミドリの2頭が顕彰馬に選出され、現在まで唯一の兄弟顕彰馬である。
戦後に限定すると3頭のGⅠ馬を産んだ母が最高である。
- ダンシングキイ(1983~2004、ダンスパートナー/ダンスインザダーク/ダンスインザムード)
- ハルーワスウィート(2001~、ヴィルシーナ / シュヴァルグラン / ヴィブロス)
- シーザリオ(2002~2021、エピファネイア / リオンディーズ / サートゥルナーリア)
一頭の母が産んだ重賞馬
中央競馬においては6頭が最高と言われている。ビワハイジは多くの種牡馬との間に活躍馬を産んだことでも知られ、重賞産駒6頭の父親は5頭にまたがる。
- ビワハイジ(1993~2022+)
アドマイヤジャパン(父:サンデーサイレンス)
アドマイヤオーラ(父:アグネスタキオン)
トーセンレーヴ(父:ディープインパクト)
ジョワドヴィーヴル(父:ディープインパクト)
サングレアル(父:ゼンノロブロイ)
他にエアグルーヴが産駒で5兄弟重賞制覇を達成していて、ダンシングキイとエリモピクシーが産駒で4兄弟重賞制覇を達成してもいる。
最多出産
日本の競走馬では19頭が最多とみられ、2頭の記録が残っている。
一頭はアキノマイリー(1973年生)という馬で、1957年にイギリスから日本に輸入された繁殖牝馬マイリーに始まる大牝系「華麗なる一族」の一員。父は種牡馬として活躍したアローエクスプレスで、同父の馬にサラブレッド最長寿記録(40歳2か月20日)を持つアローハマキヨ(牡、引退後は「シャルロット」の馬名)がいる頑健な血統である。
もう一頭はゴールデンサッシュ(1988~2012)であり、ステイゴールド(2001年香港ヴァーズなど)とレクレドール(2004年ローズステークスなど)の2頭の重賞馬を産んだ。2番仔のステイゴールドは後に種牡馬として大成功し、自身と産駒の頑健さはよく知られるところである。また12番仔キューティゴールドの産駒にショウナンパンドラがいる。