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藤原実頼の編集履歴

2024/09/16 17:42:24 版

編集者:大納言

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概要

父は藤原忠平、母は源順子(宇多天皇の皇女)、一説に源昭子(源能有の娘)、官位は従一位、摂政関白太政大臣

プロフィール

時代平安時代前期ー中期
生誕昌泰3年(900年)
死没天禄元年5月18日(970年6月24日
官位従一位、摂政関白太政大臣
主君醍醐天皇朱雀天皇村上天皇冷泉天皇円融天皇
氏族藤原北家小野宮家
父母父:藤原忠平、母:源順子(宇多天皇の皇女)、一説に源昭子(源能有の娘)
兄弟実頼師輔師保師氏師尹貴子重明親王妃、藤原諸房
藤原時平の娘
敦敏頼忠斉敏、慶子、源高明

経歴

延喜15年(915年)に従五位下、後に右衛門佐、侍従、右少将、蔵人頭を経て延長9年(931年)に参議となる、右衛門督検非違使別当を経て承平4年(934年)に従三位、中納言、後に左衛門督、右大将となり天慶2年(939年)に大納言に就任、天慶7年(944年)に右大臣、天暦元年(947年)に左大臣となった、康保元年(964年)に従一位、康保4年(967年)に関白太政大臣となる、安和2年(969年)の安和の変では左大臣源高明大宰府に左遷させ摂政となる。

人物

水心記という日記がある、惟喬親王の邸宅を受け継ぎ小野宮殿と呼ばれた、有職故実に詳しく小野宮流の流派の祖となった。

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