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インターフルーク

いんたーふるーく

インターフルークはかつてドイツ民主共和国に存在した航空会社。同国のフラッグキャリアでもあった。

概要

1958年9月に東ドイツ(ドイツ民主共和国)におけるチャーター便会社として誕生。当初ドイツ民主共和国が唯一のドイツ国(ワイマール共和制)の後継であるとしてフラッグキャリアにおいても東西共にルフトハンザドイツ航空を「再建」し、それをもってフラッグキャリアとしたものの、西ドイツのものが正統な後継であるとの判決が出た為、1963年に東側のルフトハンザドイツ航空を吸収しナショナルフラッグキャリアとなった。
長年ソ連製の機材を使って運用していたが1989年にエアバスからA310を3機購入。その直後ベルリンの壁崩壊となってしまった。DHC-8等、小型機を主体に切り替えてのコミューター航空会社化、ルフトハンザドイツ航空との合併構想、英国航空への支援要請など延命を模索したものの、結局1991年に解散した。一部の従業員と資産によって「ベルリン」というチャーター貨物便とホリデーフライトを目的とした第二会社が設立されたものの、こちらも1994年に破産し消滅した。
2003年にハンブルグの航空代理店が商標を取得し「インターフルークチャーターシステム」として復活させたものの、こちらも2年後に破産している。

関連タグ

ドイツ民主共和国 東ドイツ ルフトハンザドイツ航空 国家人民軍

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