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ルフトハンザドイツ航空

るふとはんざどいつこうくう

ドイツの航空会社。
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概要

ドイツケルンに本社を置く航空会社。ドイツにおけるフラッグ・キャリアである。単に「ルフトハンザ」と呼ばれることもある。
社名の由来は、中世の都市同盟であった「ハンザ同盟」から来ている。後述のように、ドイツ国内の航空会社を統合した事から名付けられた。
機体のメンテナンスの丁寧さには定評があり、中古機は高値で取引されているという。

歴史

1926年1月にドイツ国内の航空会社を統合する形で創設されたが、ナチスに協力させられてしまい、結果、1945年5月のナチスドイツ崩壊とともに事実上消滅してしまう。

1953年に「ルフターク」という名前で再設立、1954年にルフトハンザと改名、西ドイツの航空会社として、1955年に運行を再開したものの、同じ年になんと東ドイツも同じ名前の航空会社を設立(もっとも、あちらにしてみれば「ルフトハンザを復活させました」であろうが)。
結果、東西両ドイツが「俺の国の航空会社こそが戦前からのルフトハンザの流れをくむ航空会社だ!!お前名前変えろ!!」と主張しあうことになってしまう。そのひどさは、東側が西側の「出入り禁止」を食らわせ、西側が東側に対し「土足で上がってるからその分金払え」と要求するほどだった(しかも東側は律儀にも金を支払っていた。おかげで経営は思わしくなかったとか)。
結局西ドイツ側の主張が認められたため、東側はインターフルクという航空会社(1958年9月に設立されてはいた)に業務を移管、解散したのだった。1963年のことである。

その後1990年の東西ドイツ統一に伴い1991年4月にインターフルクを事実上吸収合併している。

日本との関わり合い

1961年に日本乗り入れを果たしてはいるが、実は1930年代後半にも日本乗り入れを検討し、実際にルート調査を行っていたことがあった。当然ながら第2次世界大戦の影響で実現しなかったので、約25年越しの構想が実現したことになる。

2017年2月時点で東京国際空港関西国際空港中部国際空港に乗り入れている。
なお成田国際空港は2017年1月9月以降乗り入れを行っていない。同年11月頃を目処に再開したいとしてはいるが、果たして!?

中部国際空港線での都市伝説

ところで、同社の日本線の中では中部空港線が採算が取れるのかが疑問に思うだろうが、これにはドイツの自動車メーカー「フォルクスワーゲン」(VW)の日本法人の本社や新車整備センター(VPC)が豊橋にある事が挙げられる。同路線はドイツ本国からの役員や従業員ならびに「アウディ」や「ポルシェ」等の傘下ブランドの修理用パーツの輸送にも関わっているからである。
同路線の維持にもVWから補助金が出ているという都市伝説がある模様。VWにとってはまさに生命線といった所であるが、2015年終盤に発生したクリーンディーゼル車における排出ガスのデータ改ざん問題』で該当車種が販売されているアメリカ等の各国に多額の制裁金等の捻出が必要となる為に補助金の額を少なくしている模様。その為に2016年の夏ダイヤからは週7便から一気に週3便に大幅減便となり、VWとしては日本市場からの撤退はないにしろ、もし中部線が撤退する時はこちらも豊橋から撤退して首都圏もしくは関西圏に本社やVPCを移転せざるを得ないだろう。

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