インボイス制度
いんぼいすせいど
非常に誤解されがちだが、このインボイス制度で特に影響を受けるのは本則課税方式を採用している課税事業者である。
例えば元々納税が免除されている免税事業者(課税売上1000万円以下でかつ課税事業者としての届出をしていない事業者)は、あくまで自分自身の納税については一切関係が無い(詳しくは後述)。
また、課税事業者であっても課税売上が5000万円以下の場合に選択できる「簡易課税制度」を採用している事業者も、インボイス制度導入以後も簡易課税方式から本則課税方式に変更する予定がない場合は特に関係が無い(簡易課税方式の場合、計算方法がそもそも異なるためである)。
このため以下は本則課税方式を採用している課税事業者を中心とした解説を行う。
令和5年9月30日以前の場合、本則課税方式における消費税の納税額の計算方法は非常に簡素にすると
「1年間の課税売上(1年間の売上)-1年間の課税仕入(1年間の経費)」
である。
ところが、同年10月1日以降は、この「1年間の課税仕入」の計算において条件が加わることとなった。
商品の仕入先が「適格請求書登録事業者」と呼ばれる事業者でなければ、その商品の仕入にかかった費用を上記の「1年間の課税仕入」の計算に含めることができないようになったのである。
例えば、適格請求書登録事業者であるA社と、適格請求書登録事業者でないB社から商品を仕入れ、他の仕入れがないものと仮定して消費税の納税額を計算する。
売上が1000万円、A社からの仕入が300万円、B社からの仕入が400万円、消費税は全て10%として、令和5年9月30日以前の場合の納税額は
「100万円(売上1000万円×10%)-30万円(A社仕入300万円×10%)-40万円(B社仕入400万円×10%)」=30万円
となる。
しかし、同年10月1日以降は適格請求書登録事業者であることが計算に含まれる仕入として認められる条件であるから、納税額は
「100万円(売上×10%)-30万円(A社仕入300万円×10%)」=70万円
となる。
つまり適格請求書登録事業者でないB社の仕入は以前のように計算に含まれず、実質的な増税となる。
そして下記の「*問題点」に記載するが、導入を巡りSNSを中心に波乱を呼ぶこととなった。
消費税の議論の中に「益税」と呼ばれるものがある。
詳しい説明は消費税を参考にしてもらいたいが、簡潔に説明すると次のものを益税と考えるのが主流である。
- 免税事業者が消費者(事業者を含む国民)から売上として受け取った消費税相当額(そもそもそんなものは無い)が、納税されないためにそのまま免税事業者の懐に入ること
- 軽減税率の導入以降、税率の違いによる余剰額(8%で仕入れて10%で売上げた場合など)
前者は2005年の判決(詳しくは消費税の「免税事業者は「納付」を免除されているのか?(益税は存在するのか?)」が詳しい)の通り、存在しない。
後者も実は軽減税率の導入以前から既に存在している(そもそも国外輸出のための0%課税取引や税金などの非課税取引、不動産などの非課税取引などで、業種によっては仕入と売上の税率が異なることはしばしばある)が、消費税の計算上税率が必ずしも一致する必要は無い。
例えば10%課税なら10%課税でまとめて計算し、非課税取引もまとめて計算に組み込めば良い。
課税売上も8%,10%,輸出免税の0%をそれぞれまとめて、最後に各々の合計額を計算に含めた上で計算するだけである。
ところが、そもそもインボイス制度導入のきっかけは、前者の免税事業者の売上分に含まれる消費税相当額の是正である。
どうやら2005年の判決を知らない人が多かったらしく、国会議員や税理士も含むインボイス導入の賛成派も反対派も2001年の判決を中心に議論していたために、益税の有無に対する判断が分かれたものと思われる。
というのも2001年の判決文は読み方次第で益税が有るようにも無いようにも読み取れるという難儀な文章であった。
消費税の問題提起として有名な判決文は、果たして最初にそれを引用した人物は明らかでは無いものの、結果的に消費税並びにインボイスに対しての理解を難解にし、国民の分断を招く結果となった。
本来のインボイス制度の導入目的は他にもあり、元々消費税については脱税が多いという事情もあった。
しかし脱税が多いのは消費税に似た課税方法をとる法人税と比較した場合、法人税よりも納税額が多くなりがちな上、法人税と異なり赤字になっても納税しなければならない点が担税力の低い事業者には非常に重く、特に法人化していない個人事業主の場合は自己破産しても消費税の納税義務を免れることはできないという事実上の借金に変換される性質もある。
要するに消費税の制度設計の問題であり、この問題を課税/免税を問わず事業者に対して向けること自体がおかしい。
簡単に言えば「適格請求書の登録番号」が付与されたレシートを発行できる権利を税務署から取得すると、自身や取引先の企業が本則課税方式を採用した事業者だった場合に、従来通りに仕入額の計算ができるレシートを発行できる事業者である。
ただしこの適格請求書を発行できるのは課税事業者のみであり、免税事業者は発行できない。
免税事業者は発行できないため、免税事業者には課税事業者になった上で適格請求書登録事業者となる道の選択を強いることとなった(細かい話だが、課税事業者になるための書面と、適格請求書登録事業者になるための書面は、別途用意する必要がある)。
このため免税事業者を中心にSNSで大きな波紋を呼んだ。
注意として、課税事業者であっても適格請求書登録事業者として申請していなければ、従来通りの計算は行えない。
簡易課税方式の場合は、自社は計算に関係ないものの、関与先は計算に関係するため、免税事業者だけの問題では無いのだ。
加えて問題となるのは、適格請求書登録事業者として登録する際、特に個人事業主の場合は住所などの個人情報の漏洩が問題となる。
個人事業主は屋号の登録の際、本名以外の名称で屋号を登録することはできるが、住所はどうしても架空の住所を用いることはできないため、住所の特定により個人情報が漏洩する可能性は常にある。
幸い国税庁の適格請求書登録事業者公表サイトで適格請求書登録事業者を検索しても相手の住所などの個人情報は表示されないものの、この情報が確定するまでの間、本名等を伏せて活動する漫画家やYouTuberなどの場合身バレに繋がるとして、被雇用者・自営業の意見対立が起こっていた。
インボイス制度導入直前のSNSでは特に、国民間でインボイス導入を巡ってインボイスの是非を問われたのかというと、それは殆ど無かった。
むしろこの話題で浮き彫りとなったのは消費税法そのものの理解の差である。
「消費税の益税の有無」はともかく、これと同列に語られる「消費税は預り金」だの「免税事業者は益税で得してる」だの「消費者は消費税を支払っている」だの、消費税法を理解しているなら明らかにおかしい話が税理士にすら散見されたため、インボイス導入を巡る議論あるいはインボイスに対する周知が思うようにできないままに導入されてしまった。
導入後も暫くは混乱が続いており、企業の経理係は今日も適格請求書登録事業者の登録番号をレシートなどから探しているだろう。