概要
ドイツ海軍時代から日本回航までの話はU511を参照。
日本本土にたどり着いたU-511は、1943年9月16日をもって帝国海軍に正式に編入され、「呂号第五〇〇潜水艦」と命名された。
呉鎮守府所属となった彼女は早速日本での研究を受け、これを参考に量産された伊200型潜水艦は通商破壊に大いに活躍……できなかったのである。
工業の国ドイツの粋を集めて作られたUボートはあまりにも精巧であり、当時の日本の工作技術の精度では複製ができないと判断されたのである。
さらに航行速度もそう速いわけではなく、建造計画は高速潜水艦である伊201型や波201型の建造に方針転換されたため、彼女の遺伝子を受け継ぐ伊200型の建造は取りやめになってしまった。
ただし完コピこそできなかったものの、その電気溶接技術やブロック工法などの研究データは大いに参考となり、伊201型の建造に役立てられた。
彼女の来日は、決して無駄ではなかったのである。
その後実戦には投入されずに、訓練目標用として使用されることになった。
しかしソ連が参戦した事により1945年8月12日前後にソ連のウラジオストクへの出撃命令が下る。同18日に舞鶴を出港するも繰り返し下された帰港命令に従い帰還。
この出航の際に日の丸の横にドクロマークを描いていた事が元乗組員への取材で明らかになった。
翌年4月30日に若狭湾にて海没処分された。
ちなみにもう1隻の譲受艦であるU1224改め呂501は大西洋上で撃沈され、本土にはたどり着けなかった。
またドイツから正式に譲り渡されたUボートはこの2隻のみだが、他にもドイツ降伏時に日本領内にいた数隻が接収され日本側に編入されている。その内の1隻が「伊504」こと「Luigi Torelli」である
2018年7月3日、九州工業大学の浦環(うらたまき)特別教授が代表理事を務める一般社団法人「ラ・プロンジェ深海工学会」が2018年6月18日から21日までの4日間、小型底引き漁船を借り切って、音波を発射して海底の地形を計測する「マルチビームソナー」と、遠隔操縦式の無人潜水機「ROV(Remotely Operated Vehicle)」を使って調査を実施、「呂500」「伊121」「呂68」の3隻を若狭湾にある冠島西方で発見したと発表した。3隻とも流線型の船体やブリッジがほぼ原型をとどめているという。
因みに同会は昨年、長崎・五島列島沖に同様に米軍により海没処分された旧日本海軍潜水艦20数隻の正確な沈没地点及び「伊58」の沈没状態を突き止めている。
(一緒に処分された20隻以上の潜水艦の中で唯一伊402のみテレビ番組の特集に合わせた海底調査でいち早く海没地点は判明していた。)
余談だが、この調査の生中継が開始される前日の2018年6月17日には呂500の史実紹介番組「旧日本海軍 潜水艦コレクション ~「呂500」を徹底紹介~」がニコ生で配信され、ナレーションを艦隊これくしょんので本艦をモデルとした擬人化キャラクター呂500を演じた茅野愛衣氏が務めた(さすがに艦隊これくしょんの呂500の演技にはなっていない)。
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呂500→表記ゆれ