遊撃隊
ゆうげきたい
遊撃隊とは、幕末に結成された軍事部隊(幕末諸隊)の一つ。
幕府軍遊撃隊
慶応2年(1866年)の江戸幕府の軍政改革で結成された幕府軍の陸軍部隊の一つ。
幕府が設置した武芸訓練所「講武所」の中でも剣術・武芸に秀でた旗本・御家人を選んで、将軍警護隊「奥詰」を組織化、これに銃撃隊などを加えたのが「遊撃隊」である。高橋泥舟・榊原鍵吉・桃井春蔵・伊庭八郎といった幕臣のエリート剣客集団からなる部隊で、発足当時は頭取7名の総員366名。(ちなみに慶応3年(1868年)12月、京都見廻組が「新遊撃隊」、新撰組が「新遊撃隊御雇」と名乗るよう命ぜられたが、速攻で返上している。)
慶応4年(1868年)1月、戊辰戦争が勃発。鳥羽・伏見の戦いで幕府軍は大敗を喫した。その後遊撃隊は、高橋泥舟のように新政府軍(薩長軍)に従い将軍徳川慶喜の護衛に徹した恭順派、新政府軍との徹底抗戦を唱え幕府軍から脱走した抗戦派に大きく分かれた。この抗戦派は更に、彰義隊と合流し上野戦争で戦った部隊、伊庭八郎のように榎本武揚ら幕府海軍と盟約し箱館戦争まで転戦し続けた部隊とに分かれている。他に、榊原鍵吉のように隊を抜けて戦争に参加しなかった者、桃井春蔵のように幕臣を辞め新政府軍に下った者もいた。