両澤千晶
もろさわちあき
人物
1959年3月28日生まれ。埼玉県出身。
夫はアニメ監督の福田己津央。弟は同じく脚本家の両沢和幸である。
短期大学の保育科を卒業している。学生時代に漫画サークルに所属しており、福田とはそこで知り合った。短大卒業後も、一般企業に勤務しながら同人サークルで活動していた。
結婚後、主婦業の傍ら夫の稼業を手伝うような形で福田のアシスタント的な活動を行うようになる。
もともと脚本家志望というわけではなく、脚本の清書・修正作業を行う程度であったが、徐々に脚本へのアドバイザーのような立ち位置へと進出。
『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』OVA版のストーリーについて家で話していたところ福田からシナリオを書くよう勧められ、1996年に本格的にシナリオライターとしてデビューした。
また、1998年には『星方武侠アウトロースター』(9話のみ)の脚本も手がける。これは、生涯唯一の「福田が監督を担当していない作品」への参加となった。ちなみに当作品のプロデューサーは上述の新世紀GPXサイバーフォーミュラOVA版や『GEAR戦士電童』でもプロデューサを担当し、福田と個人的親交が深い古里尚丈である。
2001年からは自身の代表作となる『機動戦士ガンダムSEED』(以下「ガンダムSEED」)シリーズのシリーズ構成を手掛ける。
「機動戦士ガンダムSEEDDESTINY」以降は表舞台から去り、2012年のガンダムエース連載の「機動戦士ガンダムSEED Re:」に於いて協力という形で携わった。
作風と評価
ストーリー構成においては一定の評価を得ている。また”キャラの個性付け”には強く、多くのキャラクターを扱いながら個性のカブリを回避する手法など、素材作成にも高いスキルを持つ。
その一方で、以下の点で不評を買うことがあり、いわゆる「アンチ」を生み出す一因となった。
- 何かと恋愛絡みにする、男同士の友情描写がやや不自然なほど濃厚で、BLに近い
- 台詞に指示代名詞(これ・それ・あれ・どれ等)を多用し、またキャラが複数登場し、複雑なやり取りが行われる場面では台詞量を減らす傾向があるため、心理描写が抽象的になりわかりにくい。
- 思い入れの強いキャラクターを活躍させたいという意図が散見し、ストーリーの細かい部分で破綻をきたしている。
なお、こうした自身の作風について、両澤本人は尊敬する脚本家に北川悦使子、井上由美子、倉本聰らを上げ、自分の作品は「『月9ドラマ』に近い」と語っている。
また、福田監督以外の作品でほとんど脚本家として活動しておらず、仕事量も多くはなかったことから(「ガンダムSEED」シリーズまでに手掛けた脚本数はデビューから実質6年間程で30分×2クール分にも満たない)、プロとしての自信はあまりなかったようで「プロ脚本家と名乗っていいのか?という感覚が未だに抜けない。ほぼ福田の作品でしか仕事をしてない自分は半人前だ」とコメントしている。弟の両沢和幸からは「福田以外の作品に参加した方がいい」と勧められたこともあったというが、主婦との兼業であることや年齢を理由に「福田以外と(組んで)やらないというスタンスもありかな」ともコメントしている。自身を「パン屋の奥さんが旦那の店でお菓子を売っているようなもの」と例えており、両澤自身としては、あまり公私の区分がついていない感覚であったことは否めない(会社のオーナーたる「パン屋の主人」と違い、夫の福田はサンライズという会社においてはフリーの立場である)。
健康問題と死去
「ガンダムSEED」シリーズでは脚本の遅筆により制作が停滞し、バンクや総集編が多用される原因になっていたという。これについては作画監督を務めていた糀島洋介が、自身のブログに「(福田の)嫁」と揶揄して制作環境を批判する内容を投稿していたことからも窺える。
この遅筆については、『SEED』制作中の2002年ごろ子宮筋腫と卵巣嚢腫という重病に罹って体調を崩していたことが原因であり、テレビシリーズ終了後に子宮と右卵巣の摘出手術を受けたことが明らかにされた。
また、その後も体調は芳しくなかったようで、『SEED DESTINY』でも何度かバンクや総集編などが用いられたのも自身の健康問題と認めている。また、2008年のインタビューでは『劇場版SEED』の制作状況がストップしているのは自身の体調が関係していることを明かしているが、詳細は不明である(ガンダムでは監督はじめメインスタッフがなんらかの事情で降板や交代しても、シリーズを中断させずに続行した例が幾つもあるため、メインスタッフの状況が制作の長期中断の理由になるとは限らない。制作中断はあくまで「会社側の事情と都合による判断」である)。
2016年2月19日、大動脈解離(※)で亡くなったことが明かされた。享年56。
ガンダムシリーズの公式サイト『GUNDOM.INFO』において追悼文が掲載された。このほかにも関係各所から追悼のコメントが寄せられ、SEEDシリーズで音楽プロデュースを手がけた野崎圭一や、「サイバーフォーミュラ」で主役を務めた金丸淳一らがTwitterでコメントしている。
なお、劇場版SEEDについては両澤の死去もあいまってお蔵入りがほとんど確定したという見方が強かったが、TV版の主題歌を担当した西川貴教(T.M.Revolution)が2019年9月にイベント会場で「同作のプロジェクトが進行中である旨を耳にした」と発言。しかしサンライズ側から厳重注意を受けている。
のちにこのプロジェクトは『GUNDAM SEED PROJECT ignited』として2021年5月に正式発表され、劇場版についても制作中であるとしてプロジェクトに含まれている。
※大動脈の大血管の三層に隙間が生じ、そこに血流が流れ込む病気。
激痛を伴い、初期段階で心不全を併発させる危険を伴う。
「アンチ」問題
「ガンダムSEED」シリーズは商業的には成功を収めたものの、その分注目も大きく、両澤の脚本に対して強い批判が浴びせられることになった。
ことに「アンチ」と呼ばれる苛烈な層においては、その一部が作品への意見を超えて個人に対する誹謗中傷へ走ることも多かった(両澤が福田との私的な繋がりから脚本家となり、ほぼ福田の作品のみでしか活動していなかったという個人としての特殊さも一因であるが)。さらに彼らが両澤の訃報に対しても目を覆いたくなるような発言を行った点については、同じ「両澤アンチ」からも眉を顰められる事態となった。
エピソード
- 脚本家としてのデビューは夫である福田の勧めによるものであり、「GEAR戦士電童」でスタジオ入りするまでは自宅で執筆していた。感覚的には、夫の仕事を助けるといったものに近かったという。また「電童は当初、別のシリーズ構成の採用が予定されており、自分は後から呼ばれた」と明かしている。事実、電童の1クール目では終盤近くまで脚本の担当話がなく、約3クールの全38話中、脚本としてクレジットされているのは4話分である。
- ガンダムシリーズに参加するつもりはなかったが、福田に説得され、また、昭和ライダーのファンからは批判を浴びつつも、新しい世代からは好評を得た『仮面ライダークウガ』を見て、『機動戦士ガンダムSEED』を手掛ける決心をしたとも述べている。
- 『機動戦士ガンダムSEEDDESTINY』製作当時、スタッフ達が多忙を極める中、夫の福田とラジオ番組の観覧に出かけていたとして、当時の作画監督である椛島洋介に、遅筆問題と合わせブログで猛烈に批判された(福田のみであったという説もあるが実態は不明。また、椛島は先述の体調不良については触れていないため、単なるサボタージュだと認識して批判した可能性もある。とはいえ、本当に体調不良であるならば、周囲が迷惑を被る事態になるまで自身が抱え込まず、交代を願い出る等も大事なのは事実だが…)
主な作品
- 新世紀GPXサイバーフォーミュラSAGA (OVA)
- 新世紀GPXサイバーフォーミュラSIN (OVA)
- 星方武侠アウトロースター(9話のみ)
- GEAR戦士電童(シリーズ構成)
- 機動戦士ガンダムSEED(シリーズ構成)
- 機動戦士ガンダムSEEDDESTINY(シリーズ構成)