概要
2010年にヤングアダルト向けの『ミステリーYA!』の一冊として『闇の喇叭』が理論社から上梓されたが、その理論社は、民事再生法による会社再建を申請し、続編の出版がご破算になった。その後、講談社に『闇の喇叭』とともに引き取ってもらった経緯がある。全三巻。
ソラは、有栖川作品の他の探偵役『火村英生』『江神二郎』のような『生まれつき類まれな探偵の才能を持っている天才型』ではなく、『他の子よりは探偵に向いてるかもしれないけれど、普通の女の子の域を出ない』『苦労しながら経験を積むことによって探偵になることを目指す努力型』である。
あらすじ
私的探偵行為を禁止する法律が成立した平世二十一年の日本。女子高校生の空閑純は、名探偵だった両親に育てられたが、母親はある事件を調査中に行方不明に。母の故郷に父親と移住し母の帰りを待つ純だったが…
作中世界
- シューベルト『冬の旅』の作曲(1827年)と、スターリン生誕(1878年)の間のどこかで分岐した世界観。(ロスアラモスの原爆失敗以前)
- 分岐した世界観なので、元号(名治・太正・召和・平世)や作中のミステリ作家やその作品名の名前が微妙に違う。
- 広島・長崎だけでなく京都にも原爆が落とされている。
- 召和二十年九月。日本は無条件降伏を受け入れ、沖縄はアメリカの、北海道はソ連の統治下に入る。
- 召和二十二年四月十日、原子爆弾を手にしたソ連の意向に添って、北海道以北は日本から独立(北海道=日ノ本共和国(日本からは「北」「向こう」「蝦夷」とも呼ばれる))
- 日本と日ノ本共和国は敵国同士の戦争状態(召和二十四年に米ソの代理戦争で半年ぶつかり、五万人の日本人が死亡。二十六年に停戦の合意に至るが終戦は宣せられていない)南北分断状態。
- 日本はアメリカと同盟関係を結んではいるが、関係が恐ろしく冷え込んでいる(沖縄は返還されている)
- 探偵行為が禁止されているのは、頭が冴えてる民間人が警察の鼻を明かすなんてあってはならないから。一元管理したがる統治主義にとっては不都合だから。統治者は知恵のある人民が大嫌いだから。
- 方言の使用が禁止されている。
既刊
タイトル | あらすじ |
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闇の喇叭 | 平世二十一年秋。徴兵制度で成人男性は検査時に指紋が軍で登録・管理されているのに、指紋の登録がされていない男性が他殺体で発見された。この殺された男は誰なのか?北のスパイなのか? |
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真夜中の探偵 | 平世二十二年。探偵行為が禁止され、六年前に探偵業を廃業した元探偵の砂家が、押照財閥の四男坊が祖父から遺産として貰った無人の屋敷で、水で満たされた木箱に詰められ殺されていた。 |
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論理爆弾 | |
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登場人物
空閑家
名前 | 概要 |
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空閑純 | 主人公。愛称はソラ。際立って色が白く、鳶色の瞳で、ショートカット。容姿は母親の面影がある母親似。身長は159㎝。料理に関しては母の流儀を忠実に守っている。警察が大嫌い。他者からの印象は『心のふらつきが少ない少しクールな人間』『いつも取り澄ました顔をしていて、表情の変化に乏しい』『親切の子だけれど、何を考えているのかよくわからない』友人の景以子はソラを『思慮深く、心根がきれい』だと思っている。(闇の喇叭)十七歳の高校二年生。外では標準語、父親と家の中でのみ大阪弁。合唱部所属(ソプラノ)。数学が得意。四年前に奥多岐野に移り住んだ(くすんだ赤い瓦屋根の平屋で亡き祖父母の家)/(真夜中の探偵)高校を辞め、私的探偵行為の科で逮捕・留置された誠がいる大阪に戻り、アルバイトを二つ掛け持ち(本屋と便利店)一人暮らし(鉄筋五階建て築十年で家賃四万円のエレベーター無し、阪急宝塚線の南服部駅から徒歩十分のアパート『あけぼの荘』の五階)を始める。阪急電車の色が昔から好き。勾留された父との面会の許可が下りない(探偵はどんな方法で外部とやり取りするからわからないと)。人の顔と名前をしっかり記憶する習慣をつけようとしている。手帳とボールペンはお気に入りのキャラクター『猫のフーとムー』をあしらったもの。 |
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空閑誠 | 純の父親。(闇の喇叭)元探偵で今は児童文学の翻訳と、畑仕事で生計を立てている。本来大阪弁を話すが法律により方言は禁止されているので、家の中でのみ大阪弁、外では標準語で話す。ぼさぼさ頭で服装にも頓着しないが、眼鏡だけはお洒落を心掛けている。茫洋としているが、目に宿る光に深い知性があり、寛容で慈悲深い。容姿はハンサムの手前くらい。高さを恐れない『高所不感症』口癖は「人は、一度しか生きられへんのや」(真夜中の探偵)四十七歳だが能天気な顔つきのせいで若々しく見える。私的探偵行為で逮捕され大阪府警察本部の留置場に。四月に大阪地方裁判所で第一審が始まる。逮捕されてからは開き直って大阪弁で話す。翻訳した本は全て絶版に。饅頭が好き。中国の通史に暗い。 |
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空閑朱鷺子 | 純の母親で探偵としての調査中に行方不明に(平世十七年九月三日)。編み物が趣味。色白の美人。探偵の腕は夫の誠より上。行方不明になる前日に九州に行くと言っていた。四十代前半 |
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空閑勇 | 誠の二歳下の弟で、純の叔父。大阪帝国大学の教授で専門は建築工学。純に一緒に暮らそう、大阪の高校に通いなさいと説得するが甘えることを拒絶する純から拒否され、仕方なく毎日電話をすることと近くあるアパートにすることを条件に折れた。兄と違い大阪弁は話さず標準語。眉の形が整っていて目許が涼やかで鼻が心持ち誠より高い。コンタクトレンズ使用。総じて誠より男ぶりが良いが、純にはお父さんの方が顔が良くと見える。喫煙者だったが二十四年から喫煙(と所持)が違法(処罰の対象)になることから禁煙に悪戦苦闘している。誠と朱鷺子のことは『兄貴』『お義姉さん』と呼ぶ |
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空閑静代 | の妻。ふっくらとした顔で柔和な目。ふくよかな体つきで、母なる者の象徴なような人。専業主婦だか勇の資料集めや整理を手伝う助手。夫とは大学生の時知り合い結婚。 |
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空閑秋代 | 勇の娘で純より三歳上の従姉(純は彼女を『お姉さん』と呼ぶ)。身長や体格が純と同じなため、着なくなった服や浪華女学院のセーラー服を純にあげた(純はその制服は変装用に貰った)。下宿して京都の大学(洛中大学文学部で心理学の中でも都市心理学を学んでいる)に通っていて月二回自宅に帰る。食べ物の好みは純と似ている。眼鏡でお洒落をする。ジャーナリスト志望。普段はつっけんどんで愛想の欠片もないが、アルコールを接種すると饒舌になって演説口調になり、一線を越すと異様に色っぽくなる。美人。 |
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純の友人
有吉景以子 | 合唱部所属(メゾ・ソプラノ)。誕生日は二月五日。髪型はお嬢様結び。海老フライが好物。父親は東京に出稼ぎに出ていて母親と二人暮らし。父親からの仕送りが遅れがち。ギターは弾けるがあまり得意ではない。 |
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小嶋由之 | 合唱部所属(テノール)。あだ名はガンジス(合唱部顧問から何か好きな歌を歌ってみてと言われて歌いあげたのがイタリア古典歌曲『陽はすでにガンジス川から』だったことから)。推理小説が大好き。上品で、頭の回転が速く、抜群の美声なので女子に人気。平世四年生まれ。両親と二歳上の姉の四人暮らし。アコースティック・ギターが弾ける。 |
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中央警察
明神 | 警視。長身で、手足が長い(子供の時の綽名は『クモ男』)三十五歳だが落ち着きと貫禄からか実年齢より老けて見える。仕立ての良いスーツに身を包み、日本人離れした悪魔のような鉤鼻で、広い額に前髪がひとつまみだけ垂れている(オールバック)。英語が嫌い(アメリカが嫌いだから)。ウイスキーよりビール。東京帝国大学法学部卒。幼い息子がいる。方言はどれも苦手だが、特に大阪弁が耳ざわりで最も嫌い。妻の言葉遣いにもうるさい。休む暇もなく働いているが、妻と語らい子供の相手をしてやる時間が少しは欲しい。 |
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来須 | 中央警察庁調査局長 明神の上司で、東京帝国大学の先輩。生家が鹿児島の素封家。上品で裕福に育つうちに身に付いた所作な、ロマンスグレーの紳士。ふとした弾みで目つきがひどく悪くなる。横文字をまぶして話すのが好き。ウイスキー党。 |
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その他の人物
森脇貞雄 | 西天満のビルの三階に『森脇法律事務所』を構える弁護士で、誠の担当弁護士。抑揚の乏しいぼそぼそとした話し方。頬がたるんでいる。掴みどころがない。私的探偵行為の事件を多数扱っている。 |
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三瀬竜馬 | 純のアパートの隣人。長身。艶のいい肩までの長髪。召和六十二年高知市生まれ。両親は公務員。平世十七年京都帝国大学法学部入学、十八年十月退学。 |
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押井照幸 | 大阪発祥の財閥・押照グループの現会長。中央の政治家とつるんでいる。 |
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押井照雅 | 三十代半ば。嵐で猛る海のような髪型(くりくりの巻き毛)。目鼻立ちがはっきりしている。大阪の財閥押照グループの現社長の四男。西天満の老松通に画廊を経営している道楽息子。ビジネスの才覚は無い一族の落ちこぼれ。亡くなった祖父・照尭の別宅(密談用)で、他の一族は欲しがらなかった京都桂川の屋敷(桂川まで徒歩十分、隣家との間に竹林がある隠れ家の風情がある静かなところ)を譲り受けたが、住むには何かと不便でたまに家政婦と共に掃除に行って風を通す空き家状態。頭を掻きむしる、ぼりぼりやるのが癖。 |
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真行寺晴香 | 三十代半ば。照雅の画廊を任されている。 |
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花隈慎一 | 四十歳前半。黒々とした髪を七三に分けていて、太っていないのに顔の輪郭が真ん丸。南船場で骨董品店を営んでいるが、切り盛りはほとんど妻がしている。 |
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花隈慎二 | 慎一の弟。 |
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幣鴻太郎 | ぬきこうたろう。福岡在住のルポライター。 |
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韮川士郎 | フリーライター。軍事関係の取材記事などをよく書いていた。 |
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法律・用語・地名など
法律 | 内容 |
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警察類似行為の禁止 | 私的探偵行為の禁止。平世になって禁止された。犯罪の真相を究明するのは警察だけに許された権利。犯罪捜査は国家権力が一元管理しなくてはならない。一般人が警察を凌駕する犯罪解決力を持つことは危険である。 |
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徴兵制度 | 二十歳になった男は、徴兵検査(心身の健康状態を調べる)を受け、三十歳までに最低二年間兵役に就かなければならない。検査の際に合格不合格問わず指紋が軍に登録される。 |
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標準語政策 | 方言の禁止。戦後すぐ(召和三十年代)に始まった。方言で話すと反抗的で非社会的な人間だと思われる。 |
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裁判員制度 | 健全な市民感覚を司法の場に持ち込むためと設けられたはずが、選ばれるのは国の方針に正しいと思っている人ばかり。裁判所が変な判決を下す共犯者のような状態。 |
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用語 | 意味 |
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便利店 | コンビニエンスストアのこと。反米感情から英語を言い換えている。 |
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網絡 | インターネット。テレビや新聞と同様に国に監視され、規制を受けている。 |
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電子郵件 | 電子メール |
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個人電脳 | パソコン |
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地名 | 概要 |
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県立多岐野高校 | 純達が通ってる高校。奥多岐野から汽車で四十分ほど。制服は、赤いネクタイ、ブレザーは薄墨色、スカートやズボンは銀鼠色、女子のソックスは羊羹色。合唱部はコンクールで優秀な成績を残している。 |
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奥多岐野 | 架空の土地。純達が住んでる地区。江戸時代の街道筋からはずれているが、室町時代に拓けたところで由緒ある寺や行事が残っている。多岐野鉄道を走るのはディーゼルカー。東側太平洋が広がっていて(海に面している浜通り)、東京まで五~六時間以内に行けて、方言は(法律で禁止されているから話す人はいないが)「~いけねえべか?」で、全国きっての合唱県 |
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大阪 | 毎月十七日は北からのミサイルに備えた防空訓練の日。 |
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京都 | 文化財がたくさんあるからアメリカも攻撃を避けているらしいと市民は安心していたが、広島・長崎に続いて原爆を投下され(九万人が命を落とした)、一度は廃墟と化し、『日本のふるさとの消失』と呼ばれた。終戦六十五年を経て見事に復興を遂げたが、歴史的な建造物・文化遺産が灰となって散ったため(召和終わりごろにやっと再建が始まったが完成した物は全て新しい)。京都人は以前にも増して伝統行事や作法にうるさくなった。 |
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組織 | 概要 |
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自治体警察 | 検挙率100%を目標としているが、ソラたちはそれは冤罪を生むと懸念している。密室殺人は全て事故か自殺として処理している。 |
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中央警察 | 各自治体の警察本部とは別の組織。複数の都府県をまたいだ重大犯罪および北海道が関与した可能性の濃厚な事件を専門的に扱う。 |
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国防軍 | 陸軍・海軍・空軍があり、徴兵検査で入営不適な判定を受けるのは非常に不名誉なこととされている。 |
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分断促進連盟 | 分促連。非合法組織で本拠地は大阪。大阪や九州、そのほかの地域も、北海道のように独立し、東京幕府からの支配から離脱すべきと主張している。暴力革命も辞さない過激な組織。スローガンは『日本を七つに』 |
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政府 | 概要 |
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自由憲政党 | |
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電脳倫理委員会 | 愛国法にもとづいて接続業者に政府や軍に不都合な国民の声の投稿の削除を命じている。 |
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他国 | 概要 |
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ソ連(旧ソ連) | (闇の喇叭時より)十八年前に社会主義を捨てて『ロシア連邦』となった。 |
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その他 | 概要 |
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黒色歌劇団 | 女二人男一人のポップグループ。ラブソングや青春ドラマ風の情景を描いた歌が多く、さほど深い楽曲はない。上質のポップスでコーラスの美しさなど歌唱力には文句のつけようがないが最近マンネリ気味。(純・景以子・ガンジスは『県立多岐野高校の黒色歌劇団とからかわれた』) |
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MIDNIGHT BLUE | 黒色歌劇団の新曲。歌詞に具体的な言葉があるわけではないのに、初めて彼らの歌に時代や社会を感じたと、純のお気に入りに。九十年代に反米感情が高まるにつれ英語は好まれないのに使用している点で異色。アコースティック・ギターのアルペジオにヴァイオリンがかぶさる。 |
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大阪空港 | 平世二十三年の春に新新幹線が開業したら閉鎖され、空軍専用に。関西圏防衛のため、迎撃ミサイルが配備される。 |
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桜吹雪 | 新種のコンピューター・ウイルス。感染すると画面上の文字や画像がバラバラになって散らばり、ハードディスクに致命的な損傷を与える。 |
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作中の曲
シューベルト『冬の旅』より「凍った涙」/モーツァルト『レクイエム』より「怒りの日」/
作中の推理小説家
作家名 | 著書 | 登場人物 |
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ヒラリー・クイーン | スウェーデン燐寸の謎 | |
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ジャクソン・カー | | |
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アーシュラ・コナン・ドイル | シャーロット・ホームズ | ジェーン・ワトソン |
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関連タグ
ポル・ポト(ポルポトの政治の項) シベリア抑留