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レオナルド・ダ・ヴィンチの編集履歴

2013-01-28 15:45:52 バージョン

レオナルド・ダ・ヴィンチ

れおなるどだゔぃんち

『レオナルド・ダ・ヴィンチ』(Leonardo da Vinci,1452-1519)は、中世イタリアに存在した歴史上の人物。万能の天才と呼ばれた芸術家にして科学者。

概要

14世紀から16世紀にかけて、イタリアを中心とした西ヨーロッパで勃興した文化復興運動『ルネサンス』で活躍し、ラファエロ・サンティミケランジェロ・ブオナローティと共に「ルネサンス三大巨匠」の1人に列する代表的な芸術家。


芸術以外にも医学科学建築学などに精通し、当時としては計り知れない先進的かつ莫大な知識を残したために「万能人」の異名を持つ。

来歴

1452年4月15日、トスカーナ地方のヴィンチ村で公証人を務めるセル・ピエーロ・ダ・ヴィンチと農夫の娘カテリーナの子として生まれる。

幼少期は学校などの正規教育を受けずに自然と親しむ中で自由奔放に育ち、1469年に単身でフィレンツェに移るとアンドレア・デル・ヴェロッキオに弟子入りし、見習いとして雑用をこなしながら画業を学ぶ。


1482年に当時のミラノを治めていたスフォルツァ家の当主ルドヴィーコ・マリーア・スフォルツァに仕え、後にパトロンとしての援助を得て自らの工房を設立すると同時に独立するが、1499年10月に起こったフランス王ルイ12世のミラノ侵攻でルドヴィーコ公が失脚すると弟子を連れてその年の暮れまでフィレンツェを離れる。


以後、イタリアの各地を転々としながら様々な活動や研究に傾倒していたが、1515年にミラノが再びフランスに占領されると和平交渉の締結役に任命され、この交渉の場で終生の恩人となるフランス王フランソワ1世と対面する。

和平交渉での対面を境にフランソワ1世の庇護を受けるようになり、翌年にはフランス王城アンボワーズに隣接する『クルーの館』(フランソワ1世が幼少期を過ごした館)へ招待されて平穏な余生を過ごす。

1519年5月2日に死去。享年67歳。


遺言状に従って葬儀が執り行われ、聖フロランタン教会に埋葬されたが、後に何者かの手によって墓荒らしに遭ったために遺骨は行方不明となる。

業績

本業は画家でありながら様々な方面に対して徹底的な研究を行い、現代にも通じる知識を手稿13000ページに及ぶ莫大な資料として残しており、以下はそのうちの一部である。

美術

スフマート技法(視認困難な色調変化によって形状や質感を精密に表現する)と空気遠近法(透視図法に光の軌道を組み込んで実際の視覚に基づいた色調変化や境界の歪みを表現する)の導入による写実描画技法を確立し、『モナ・リザ』『最後の晩餐』などを描く。

解剖学

当時は題材として見向きもされなかった老体や死体を通じて、自身の作品に宗教美術の対極にある現世の真実性を見出そうとする目的から動物の死骸や死刑囚の死体を解剖し、内蔵や骨格の構造を詳細に記した緻密な解剖図録を作成する。この中には、眼球内での光の屈折によって網膜に投射されるという物体の視認についてののメカニズムを解析した研究書の他、陰茎勃起が当時の通説であった空気によるものではなく血液の循環によって起こるとする考察文も含まれている。

航空科学

滑空機(ハンググライダー)、飛翔機(オーニソプター)、回転翼機(ヘリコプター)の原型となるそれぞれの設計図面を作成しており、さらには上記の実験による上空からの落下事故を想定して現代のパラシュートの概念を持つ布製用具の図面も残している。

機械工学

大小が異なる歯車の動きを利用した機械式計算機、バネの伸縮を動力とする自動車、凹面鏡による集光型太陽熱温水器などの構想を残している。

建築学

着工には至らなかったが、コンスタンティノープル(後のイスタンブール)の金角湾の対岸を結ぶ全長240mの橋の設計を行っている。

土木学

イタリアのアルノ川、フランスのロアール川やソーヌ川などの河川改修に技術者として携わる一方、水の動きや連続性をスケッチとして克明に記し、研究書『水の運動と測定』の中で水の流れに関する科学的な考察を示すなど、特に水理学に対して大きな功績を残している。

天文学

長期の天体観察によって地動説の確証を導き出した他、複合多面体『ダ・ヴィンチの星』などの立体図形も考案している。

軍事学

ミラノがルイ12世の統治下にあった頃、ローマ教皇軍総司令官チェーザレ・ボルジアの招聘を受けて建築技術総監督、軍事顧問、軍事技術者を8ヶ月間に渡って兼務しており、兵器開発についても機関銃、装甲戦車潜水艦などの構想を残している。

音楽

自ら作詞作曲を手がける他、弦楽器『リラ』を自作して演奏も行なっている。

逸話

遅筆

あまりに完璧主義過ぎたためか〆切にはかなりルーズであったようで、納品期限を一年以上ブッちぎるのは当たり前、時には山のような習作やスケッチのみで完成しなかった作品も多かったという。

そして実際、完成形として現存するダ・ヴィンチの作品は少ない。

男色疑惑

1476年に、当時17歳の男娼ヤコポ・サルタレッリに対してモデルの依頼を打診した一件に端を発し、匿名の告発によって同性愛者の嫌疑がかけられる。取り調べの結果、証拠不十分による無罪放免を言い渡されるが、これ以降は『夜の士官』(当時の風紀取締巡察官)の監視を受けることとなる。


また、ミラノに工房を開いた頃にジャコモという非常に美しい少年を引き取り、幾度と無く盗みを働く手癖の悪さを知りつつも「サライ」(小悪魔)と呼んで溺愛したとされている。


しかし当時のミラノでは、男性による同性愛が『新しい愛の形』としてちょっとしたブームとなっていたため、レオナルドが男色嗜好あるいは少年愛者であったとしてもそれほど珍しいことではなかった。

創作物におけるダ・ヴィンチ

天才的な頭脳と業績、ミステリアスな生涯、その手稿など後世の人々の想像力を掻き立てるものを豊富に持っていることから様々な作品の題材に取り上げられていたり登場人物として登場していたりする。

作品によってはオーバーテクノロジーの整合性を合わせるために何かと便利に彼の名が使われることもある。

(似たような立ち位置の人物に日本の時代劇における平賀源内がいる)

ゲーム

アサシンクリード2

日本語吹替声優:森川智之

主人公エツィオの母がパトロンであった縁で彼と知り合い、終生の親友となる。

アルタイルの遺した写本を解読してエツィオの装備をパワーアップさせたり『エデンの果実』の分析を行ったりしてエツィオの活動に協力する。

続編『ブラザーフッド』にも登場。史実の通りにチェーザレ・ボルジアの下で技術顧問として働かされているが、友情は続いており秘密裏にエツィオに協力してくれる。

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