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リアルチート

げんじつをとびぬけたそんざい

リアルチートとは、普通じゃありえないコトを平然とやってのけてしまう、実在する存在のコトである。
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概要

常人にはありえない、信じられない程の能力、偉業を列記していく。ただし本来これらの人々に対して「チート」などと呼ぶのは失礼極まりない行為である。彼らは才能と共に弛まぬ努力があったからこそこれだけの業績を上げたのであることは言うまでもない。

英語圏では本当に不正をして為したという意味となり、そこに賞賛の意味はまったくないので要注意。

人物

古代

当時としては空前絶後の大帝国:アケメネス朝ペルシアを建国する。

上記のアケメネス朝ペルシアを一代で滅ぼす。

古代ローマ共和国独裁官。「賽は投げられた!」や「来た見た勝った!!」の名言からも分かる様に、リーダーとしての資質がかなり高く、ローマが共和制から帝政へと移行する道筋をつけた。あまり美形ではなかったにもかかわらずプレイボーイとしての評判は知れ渡っており、元老院議員全員の妻と寝たという逸話もある。文名も高く、当時の西ヨーロッパの文化を記した『ガリア戦記』が代表作。後に、「カエサル」という名前はローマ元首の称号になり、一国の最高権力者「皇帝(Kaiser)」の語源ともなる。ちなみに借金の莫大さも空前絶後。

中世~近代ヨーロッパ

  • フラウィウス・ベリサリウス

東ローマ帝国の将軍。ゴート戦争において東ゴート王国の大軍相手に寡兵で戦いながらも、そのほぼ全ての戦いで勝利を収め、かつての帝国の首都ローマを東ゴート王国より奪還した名将である。彼の活躍は、東帝国嫌いの歴史家エドワード・ギボンをして「大スキピオの再来」と言わしめた。

  • アウグスト2世 (ポーランド王)
蹄鉄を飴のように曲げたり伸ばしたりできる驚異的な怪力の持ち主で強健王の異名がある。また伝説的な精力絶倫ぶりで絶倫王とも呼ばれた。本人も実子の数が多すぎて何人いるか知らなかったが、365〜382人くらいの子持ちだったようだ。

  • ルイ=ニコラ・ダヴー
「不敗のダヴー」という異名を持つ、ナポレオン・ボナパルトに仕えた将軍。2.5倍の戦力差を覆したアウエルシュタットの戦いを始め、彼の生涯に敗北の二文字は無く、厳格な統率と規律をもって軍を巧みに動かし、俗に地上最強で知られるフランス帝国軍「大陸軍(グラン・ダルメ)」の勝利に貢献してきた。だがあまりにも厳しい性格から部下や同僚から大いに嫌われ、友人が少なかったという。

  • アレクサンドル・スヴォーロフ
18世紀のロシア帝国の大元帥。ダヴーと同じく一度も負け知らずの軍人で、ナポレオンがどうしても勝てなかった敵将の一人。しかしとてつもない変人で、氷の張った湖に眠気覚ましと称して頭から突っ込んだり、高齢にもかかわらず酒をガバガバ呑んで、奇声を上げたり、お医者さんごっこをしたりとやりたい放題の人であった。とある絵画で、スヴォーロフ率いるロシア軍がアルプスを超える様子がどう見ても楽しそうで、「ヒャッハー!」と歓声をあげながらスキーをするかの如く急斜面を下って行く様子が描かれている。おそロシア…。一方、ナポレオンはロバでのそのそと登って行ったという。

数学者・哲学者

万有引力で有名な自然哲学者ニュートンだが、ただそれだけに留まらずニュートンがおおむね完成させたニュートン力学はアインシュタイン登場以前には「物理学を終わらせた」と言われていた。つまりニュートン力学で物理学はほぼ完成しており、あとは細かな修正が待つのみだと思われていたのである。これは19世紀のマックスウェルらによる電磁気学の発展により揺るがされ(電磁気の挙動について古典力学で説明できない部分が見つかった)、20世紀に至ってアインシュタインの相対論・量子論の登場によりついに覆されたが、現在でも近似としてはニュートン力学は有効である。

18世紀の数学者。
8桁同士の掛け算は2秒で十分」と言う生きるコンピューター
途中で視力を完全に失うも、むしろ失う前より結果を出すようになった。死を迎える当日になるまで、孫の面倒を見ながら研究に没頭していた。
ドイツを代表する文豪であり、政治家。詩人であり、劇作家であり、小説家である。哲学者でもあり、自然科学者。さらにはヴァイマル公国の宰相まで務め、のちには貴族にも列せられている。

アメリカ

セールスマンの息子から史上最大の資産を持つ富豪に上り詰める。

イスラム

二十いくつで一人でウマイヤ朝を再興する。

十字軍とモンゴル軍の両方を中東から撃退する。
奴隷の身から這い上がって北インドを支配する王朝を造り上げる。

東洋

三国時代のの基礎を作った武将・政治家・詩人・学者。カリスマ性に富み、多くの群雄を打ち破った名将であるとともに、組織運営を巧みに行う実務家としても傑出していた。文人・学者としても軍学から漢詩まで当時の学問・文芸のあらゆる分野で名を残したオールラウンド型の天才であった(当時行き過ぎた加筆によって訳が解らない状態と化していた兵書『孫子』を解りやすく再編纂したのは彼である)。若い頃は後漢に仕え、魏王となり王朝成立後、武帝と諡号される。
後世には『三国志演義』の影響で乱世の奸雄のイメージが強かったが、近代に至って人望に篤く才能ある人材を登用した実像が見直されるようになり、現在では中国史上有数の政治家・文人として高く評価されている。

三国時代の蜀の皇帝。圧倒的な求心力で人心を集め、時に非情な行動をしても
批判の声があがらないという優れた人心の持ち主。戦争にも強く、何よりその魔性とも
言えるカリスマ性は多くの群雄を翻弄させ、ついに皇帝の座を掴んだ。

没落した少部族から領土面積約3300万km²・地球上の陸地の約25%を支配し当時の人口は1億人を超えていた史上最大国家モンゴル帝国を1代で築き上げた。

近現代

第一次世界大戦エースパイロット。元祖赤い悪魔(自機を赤く塗っていたことが由来)。WW1中最高の撃墜数を記録するだけでなく、容姿端麗で責任感が強く統率力に溢れ、態度も紳士的(もちろん変態がつく方ではない)であり女性からの人気も高い。一方で戦闘では熱くなりすぎて周りが見えなくなるという軍用機乗りとしては致命的な欠点があり、そのため幾度となく窮地に陥り、最終的には英軍機を深追いしすぎてオーストラリア軍の対空砲火に撃墜され戦死した。

すでに蒸気船が主力であった第一次世界大戦にあたり、帆船ゼーアードラー号を駆って通商破壊戦を行い、約30,000トンの船舶を拿捕、撃沈させたドイツ帝国の軍人。様々な計略をもってイギリス軍の封鎖を破り追撃を振り切って大海原を暴れ回った、自艦の乗組員のみならず、敵兵にもほとんど死傷者を出さなかったことから騎士道精神の持ち主と讃えられた。
あのイタリアが産んだ最強の戦艦キラー。当時オーストリア・ハンガリーに苦しめられていたイタリア海軍にあって、わずか排水量20トンの魚雷艇で警備厳重なオーストリアの軍港に侵入し、海防戦艦を単独で撃沈・無事帰還。さらにその後、攻めてきたオーストリア・ハンガリー軍の迎撃作戦に参加し、そこで同じく魚雷艇にて弩級戦艦「セント・イシュトバーン」の弾幕を全て回避し、至近距離で魚雷を発射。見事に排水量2万トンの戦艦を撃沈したのだった。この功績が認められ、当時大尉だった彼は最終的に少将にまで昇進した。
第一次・第二次大戦を筆頭とした様々な大戦に従軍した英軍兵士。ブリティッシュ舩坂弘といえばだいたい説明できる。

言わずと知れた空の魔王
第二次世界大戦におけるリアルチートの代表。
史上最多の352機撃墜を達成した黒い悪魔。坂井三郎と並んで、僚機を一度も失わなかったことも有名。
撃墜数300機超えしたエース・パイロット。
ハルトマンとは、戦友でもあり親友でもあった。300機以上撃墜したのは、後にも先にもこの二人だけである。
アフリカの星と呼ばれたエース・パイロット。
西側連合軍機の撃墜数ではドイツ空軍第一位。一ケ月で54機、一日で17機、10分で8機撃墜するなど驚異的な記録を持つ。その戦績と容姿端麗なため、本国から多くのファンレターが殺到した。
撃墜数100機越えでやっと中堅扱い。
戦車138両、対戦車砲132門の撃破数を誇る武装親衛隊ティーガーエース。
特に単騎で英軍の戦車部隊に壊滅的打撃を与えたヴィレル・ボカージュの戦いは有名。
東部戦線で活躍した国防軍のティーガーエース。敵戦車撃破数は150両以上。
歩兵と戦車の連携を重視し、事前に地形の偵察を欠かさず行うなど、戦術面でも優れた人物である。
ムーミン谷の生んだ白い死神
史上最強のスナイパーである妖精兵士。
フィンランドのもう一人の死神。
フィンランド空軍の無傷の撃墜王
437回の出撃で唯一被弾したのが、機関弾がかすって塗装が剥げた一回だけという恐るべき操縦の腕と運の良さを持っている。
上記とは逆に運の無さがチート級。
乗機の故障が度々あり、貴重な戦闘機を複数壊した事から爆撃機隊に飛ばされた事もある。
普通なら死んでいてもおかしくない事故で生き残っているあたり、それなりに運がいいといえるのかもしれないが。

独ソ戦初期から志願し参戦、各地を転戦し309名のドイツ兵を狙撃したソ連の英雄(女性)
後方勤務を蹴ってまで狙撃手として志願。初陣で2名狙撃を皮切りに、オデッサ攻防戦の二ヶ月半で187名を狙撃。その後も戦果を重ね、英雄の死を恐れた上層部から後方勤務を命じられるまで最前線で戦い続けた史上最高の女性狙撃手。

チェ・ゲバラ、実弟のラウルら18人の仲間と共にキューバ革命に成功。なお最初は仲間は82人いたのだがバチスタ政権の襲撃でここまで数が減ってしまった。この時カストロは「18人も生き残った。これでやつら(バチスタ政権)の命運は尽きたも同然だ」と叫んだ。チェはカストロが悲嘆の余り気が狂ったのではないかと思ったという。しかしその後のカストロの軍は連戦連勝で仲間は雪だるま式に増え、ついにバチスタ政権を追い落とす。政権掌握後もCIAなどに命を狙われること数知れず、2006年に閣僚評議会議長の権限を暫定的にラウルに移譲するまでに暗殺を638回計画されたといわれ、命を狙われた回数が最も多い人物としてギネスブックへに掲載された。

チートのアナグラムのような名前のユーゴスラビアの指導者。WW2真っ最中に対ナチスパルチザンとして名を上げ、枢軸陣営を国土から叩き出し共産主義国家を設立。王制時代から根深い民族対立でまとまったことが無かったユーゴスラビアをその英雄然としたカリスマと政治的バランス感覚で切り従えた東欧第3世界の巨魁。彼のアクロバット飛行的な国家運営を真似できる後継者が存在せず、死後にユーゴが血みどろの紛争でバラバラに崩壊した事で「あんなすぐに殺し合いを始める火薬庫をまとめていた凄い奴が昔にいた」と現在になって評価されているのは何とも皮肉な話。

科学者

スイスの特許庁という当時の物理学界の最前線から遠く離れたところにいながら独自に研究を続け、1905年に当時の常識をひっくり返す特殊相対性理論・光量子論・ブラウン運動の理論を立て続けに発表する。この三つ全てノーベル賞級であり、この1905年は「奇跡の年」と呼ばれて物理学界の記念年になっている。その後も研究を続け一般相対性理論を初めとして現代物理学の基礎となる重要な研究理論を多数発表。ノーベル賞は一人一回なので光量子論だけがノーベル賞を獲得しているが、そうでなければアインシュタイン一人で10回くらいノーベル賞受賞しててもおかしくない。

日本

独立項目を参照⇒リアルチート(日本)

アスリート

独立項目を参照⇒リアルチート(スポーツ選手)

人外

独立項目を参照⇒リアルチート(人外)

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