概要
深緑野分のファンタジー小説(全一巻)。後に空カケル作画でヤングエースで漫画化もされた(全三巻)。
【書誌情報】
著者:深緑野分
発売:2020年10月8日(木)予定
※電子書籍同日配信予定
定価:本体1,500円+税
装丁:鈴木成一デザイン室
装画:宮崎ひかり
判型:四六判上製
頁数:344頁予定
ISBN:9784041092699
初出:「文芸カドカワ」2018年8月号~2019年6月号
発行:株式会社KADOKAWA
【STORY】
深冬「ああ、読まなければよかった!これだから本は嫌いなのに!」
書物の蒐集家を曾祖父に持つ高校生の深冬。父は巨大な書庫「御倉館」の管理人を務めるが、深冬は本が好きではない。ある日、御倉館から蔵書が盗まれ、父の代わりに館を訪れていた深冬は残されたメッセージを目にする。
“この本を盗む者は、魔術的現実主義の旗に追われる”
本の呪い(ブックカース)が発動し、街は物語の世界に姿を変えていく。泥棒を捕まえない限り元に戻らないと知った深冬は、私立探偵が拳銃を手に陰謀に挑む話や、銀色の巨大な獣を巡る話など、様々な本の世界を冒険していく。やがて彼女自身にも変化が訪れて――。
真白「それは、深冬ちゃんが“今読むべき本に呼ばれた”んじゃないのかな」
登場人物
- 御倉 深冬(みくら みふゆ)
本作の主人公。読長町に住む高校一年生の少女。家族構成は父親の御倉あゆむと、叔母の御倉ひるねがいる。母親は既に故人。
一人称は「あたし」で、真白のことは「真白」と呼ぶ。髪型は黒い長髪。
幼いころから、御倉の娘ということで、勝手に仲間扱いしてくる本愛好家や、御倉館の蔵書目当てで近づいてくる者に付きまとわられて、うんざりしており。
また幼少の頃に、よく知らない女性を言われるがままに御倉館に連れてきたことで、祖母たまきから凄まじい剣幕で叱責されたことがある。
そのせいで極度の本嫌いで、学校の教科書と漫画以外では、本は全く読まない。
本以外でも、他人に対しても冷めた感情を持っているようで。クラス内では孤立はしていないものの、特に打ち解けることなく、他人と距離を置いている。
家事は必要最低限のことしかできず、みそ汁は顆粒だしで済ませる程度。家事は主に父親がやっている。
自堕落な叔母に常に苦手意識を持っており、同居を拒否したり、御倉館から叩き出すべきと発言するなど、彼女の生活ぶりにかなりの不満が溜まっている。
父親あゆむが事故で入院して、自分が代わりに叔母ひるねの世話をしなければいけなくなり、あゆむの代わりに御倉館に通う羽目になる。
その時に“本の呪い(ブックカース)”が発動。真白と共に、物語の世界と化した読長町で、本泥棒を捕まえるための冒険をすることとなる。
一度目の冒険では、その時の体験が現実とは信じられず、後になってあの経験が夢だと信じ込もうとした。だが二度目の本の呪いで、ようやく現実と理解する。
何故自分が泥棒を捕まえなければいけないのか?という理不尽に不満を口にする一方で。あの不思議な世界の冒険に少し惹かれていたようで、あゆむからもう御倉館に来なくていいと言われた時には、強い苛立ちを見せた。
また複数回の冒険の中で、真白とも強い繋がりの感情を持つようになる。
- 真白(ましろ)
本の呪いが発動したときに、深冬の前に現れる謎の少女。深冬に本の呪いのことを教え、共に泥棒を捕まえるための冒険に出る。
雪のように真っ白な髪をしており、突然足音も気配もなく姿を現したため、深冬から一瞬幽霊かと思われた。
一人称は「私」で、深冬のことは「深冬ちゃん」と呼ぶ。常に不思議な雰囲気を見せる少女。初対面の筈の深冬に、何故か昔から知っているような態度で、親しげに接してくる。深冬の方も、彼女に対して覚えがある気がしていたが、それが全く思い出せずにいた。
「文芸部」という単純な単語を知らず、世間知らずかと思ったら、妙に専門的な知識に関して詳しかったりする。
最初は白髪以外では普通の人間の容姿をしていたが、泥棒探しになると、頭から犬のような耳が生えて、鼻も犬のような形状に変化する。
最初はコスプレを疑われたが、それらは生きているように動いており、本物の耳と鼻だと判る。こうすると嗅覚や聴覚が上がるようだ。
また全身を完全な犬の姿に変身することもできる。白い大型犬になって、背中に深冬を乗せて、空を飛ぶこともできる。
本の呪いが発動していない間には、どこで何をしてるのか不明。
最初に現れた時には「生まれたばかり」と発言し。また食事も睡眠も必要としないとまで言っている。
服装は何故か、いつも深冬と全く同じ服を着て現れており、「真似をしたの?」という問いに、あっさりと肯定した。最初は学校の制服姿で現れたため、文芸部の勧誘かと誤解された。
- 御倉 あゆむ
深冬の父親で、母たまきの死後に、御倉館の管理人を引き継いだ。柔道の道場の師範も務めている。
自転車事故で怪我をして、全治一か月で入院中。そのために道場のことは師範代のチェ・ジフンに任せ。御倉館にこもりきりの妹のひるねの世話を、娘の深冬に任せることになる。
- 御倉 ひるね
深冬の父方の叔母。三十歳だが、見た目で年齢が分かりにくい容姿で、そばかす顔で眼鏡をかけている。
生活能力が全くなく、着替えや食事の準備も全くできず、常に誰かが面倒を見なければならない。
また何故か、御倉館から全く離れようとしない。それは本がないと生きられない人間からだと言われているが……。
一日のほとんどの時間を寝ており、起きている間は、ひたすら御倉館の本を読み続けるか、食事をするかだけである。
兄のあゆむが入院した時には、一人で大丈夫と発言したが、空の弁当箱をそのままゴミ捨て場に捨てる・御倉館の警報装置を何回も鳴らしてしまうと、近隣住民から苦情を寄せられている。
御倉館の膨大な書物を、全て読むということを達成しており。その面では姪の深冬からは評価されている。
だが一方で、他人の世話がないと、まともな生活もできない有様に、心底呆れており、何度も御倉館から出すよう、あゆむに進言されるほど。
そこまで深冬から嫌われているにもかかわらず、ひるねが見知らぬ人物と親しげに話しているところを見ると、嫉妬心なのか急に不機嫌になるなど。深冬からは嫌悪以外でも、複雑な感情を抱かれているようだ。
呪いが発動したことを示す謎の護符は、いつも眠っている彼女の手に握られた状態で現れる。
作中用語
- 本の呪い(ブックカース)
御倉館と読長町全体にかけられた呪い。印刷機がまだなく、本が貴重な時代に、本を守るために生み出された防衛魔術。
御倉館の全ての本に、その呪いがかけられており、御倉一族以外の人間が、一冊でも本を御倉館の外に持ち出したら発動する。
本来は一冊につき一つの呪いだが、今は本の数が多いために、盗んだ冊数に関わらず一つの呪い。
これが発動すると、読長町全体が異界に閉じこめられて、町そのものが変容する。町の建物や、自然の姿が、選ばれた本の内容に沿って、物語通りの形に変化する。
物語の登場人物も、町の住人がその役割を与えられている。
この呪いの世界では、住人たちは記憶や人格を改竄されて、自分を物語の人物本人だと思い込んで、その役を演じ続ける。また深冬のことを、誰も覚えていない。
だが町がどんなに変わっても、何故か御倉館と読長神社だけは、現実世界と同じ姿で、この世界に残っている。
また呪いが発動してから時間が経つと、元の物語の設定など関係なく、住人全員が狐になる現象が起こる。
最初は身体に、狐の耳や尻尾が生えるなどの、部分的な変化だが、更に時間が経つと、全身が完全な狐になる。
体格が変わるほどの大きな変化にもかかわらず、深冬達と泥棒以外には、その変化を全く自覚できない。言葉は普通に喋れており、そのまま物語の役を演じ続ける。
この世界に閉じ込められた泥棒を捕まえて、本を全て取り返すと、呪いは解けて、世界は元通りになる。
泥棒は記憶の改竄はなく、現実世界の人格のままだが、一番先にこの世界に来たこともあり、深冬達が来た時には、既に全身が狐化している。
深冬と真白は、当初この法則を知らなかったため。最初の冒険では、たまたま見つけた狐を、探している泥棒本人だと気づかず保護していた。
また泥棒が変化した狐は、他の住人や真白と違い、何故か人の言葉は喋れない。
呪いが解けると、その世界の中で流れた時間はなかったことになり、呪いが発動した直後の時間から、読長町の本来の姿に戻る。
住人たちは誰も、自分が物語の人物になったことを、泥棒と深冬達以外は覚えておらず、この事実を町の住人に信じさせるのは不可能である。
- 御倉館
読長町の名所。書物の蒐集家・御倉嘉市の蔵書庫で私設図書館でもあった。三角の切妻屋根の洋館。
地下二階から地上二階までの巨大な書庫であり、かつては「読長に住む者なら、幼稚園児から百歳の老人まで一度は入ったことがある」と言われるほどに、多くの人が出入りしていた。
蔵書は本館と分館を合わせると、真白曰く二十三万九千百二十二冊もあるという。
御倉嘉市の死後、娘の御倉たまきによって引き継がれた。
だがある時に、御倉館の本が大量に盗難される事件が起き、これにヒステリックを起こしたたまきによって閉鎖されてしまう。
元は入館料などで、御倉家の収入源になっていたが。閉館後はそれもなくなり。蔵書の修繕費・本館の維持費・税金等で、御倉家の財政は悪くなっている。
- 読長町
本作の舞台となる町。かつては田園や林が多い寺町だった。だが御倉館の影響で、本の町として発展するようになる。
町中には本関係の店が五十店舗も存在し、全国本好きの観光客が訪れる町である。
一方で本を盗む、万引きの被害も多く、町内の書店関係者が頭を悩ませている。
作中での会話で深冬が「読長町の住人で若い人なんて三千人以上いる」という発言をしており。人口は二万人程度と推測される。
- 読長神社
読長町にある大きな神社。書物を祭る稲荷神を祭っているとされている。
全国から集まる参拝客の願いや、絵馬に書かれる願いは、大抵書物関連である。年に一度、水無月祭という祭りが行われる。
ここがいつから書物の神を祭っているのかを知るものは少ない。
……実は元々は、特徴のない普通の稲荷神社で、書物の神という言い伝えは、御倉嘉市と当時の神主が、町おこしのために創作したものであった。
作中でも、印刷技術が始まったのは近代なのに、古来からの本の神などあるわけないと指摘されている。
- 煉獄
本の呪いが発動していない間、真白がいるという特異な空間。場所は御倉館であり、そこの蔵書も読むことができるのだが。現実世界の人間と接触することはできない。
真白の目からは、深冬達の姿は分厚いガラス越しに見てるかのように、おぼろげにしか見えず、こちらから声を届けることもできない。
そして呪いが発動したときに、真白は現実世界に渡ることができて、深冬と接触することができる。
名前の由来は、キリスト教用語の、現世と天国の合間にある場所の名を、真白が独自につけたもの。
小説内小説一覧(ネタバレ注意)
本の呪いが発動した後、指定された本が本棚に現れる。
深冬がそれを読むことで、その本の世界観設定通りに読長町が変容し、深冬と真白が本泥棒探しに向かうことになる。
本の全文を読む必要はなく、冒頭部分を読むだけで良い。
また本の盗難が起きてから、深冬が本を読むまでの間、泥棒はどうしてるかというと、異界に閉じ込められて、無人と化した読長町の中を彷徨っているようだ。
各本は深冬には覚えがなく、蔵書録にも載っていない。インターネットで探しても、該当する本を見つからない。また作者の名前も、本のどこにも記されていない。
深冬がそのことを真白に聞いた時、「見たことあるよ、深冬ちゃん、作者の顔を」という返答がされた。
- 繁茂村の兄弟
物事にははじまりと終わりがある。繁茂村もはじめのうち、ベイゼルとケイゼルの兄弟が黒い甲虫を追いかけてたどり着くまでは、ただの乾ききった赤茶色の荒野であった。
雨男のベイゼルと晴れ男のケイゼルは、荒れ果てた「運命の地」にたどり着く。二人は力を合わせて村を作り、治めていくが、ベイゼㇽが恋をしたことで村に真珠の雨が降るようになり――。
深冬と真白が最初に冒険する物語の世界。
町の様子や人々の姿は、一見して現実世界と変わりないように見える。
だが「空から大量の真珠が降ってくる」「月が目のように瞬きしている」「側溝から人が生えてくる」等の、非現実的な現象が起きており、住民の誰もがそれが当たり前のことと認識して、誰も驚かない。
この世界でベイゼルの役を演じているのは、父親が経営してる道場の師範代の、チェ・ジフンである。
兄のような存在として近しい人物の彼が、全く別人と成り果てているうえに、深冬のことを全く知らない様子を見て、深冬は本の呪いの世界を法則を理解し始める。
- BLACK BOOK
リッキー・マクロイは窓のブラインドを下ろし、煙草に火を点けた。青い夜に橙が灯る。 「お互い考えていることは同じだな、ジョー」
リッキー・マクロイは私立探偵。あるとき、かつての相棒が強盗殺人の犯人として警察に射殺されたことを知る。リッキーは相棒の無実を信じ、警察組織の背後にいる黒幕を捜すが――。
この世界の読長町は、住宅の全てが強固な塀に囲まれており、かつて書店だった場所は、銃専門店や高利貸店に変わっている。
また住人が当たり前のように銃を持って、不審と思った人物に容赦なく発砲するなど、かなり物騒な世界になっている。
また本の販売・所持が禁じられている世界であるため、御倉館にいた深冬達は、この世界に来てすぐに、警察に追われる羽目になった。
この物語の主人公のリッキー・マクロイを演じるのは、深冬の通っている学校のクラスの副担任で体育教師の菊池田(あだ名:サンショ)。
普段のノリの良い性格とは一変して、本の世界ではクールな私立探偵に成りきっている様子に、深冬は本人の前で思わず笑いかけた。
- 銀の獣
〝銀の獣〟――そのおとぎ話をはじめて聞いたのは、いつのことだったろうか。 全身が銀でできている美しい獣で、ここステムホープの街が生まれるずっとずっと前から生きているそうだ。
石炭の一千倍ものエネルギーを持つ鉱石・イメンスニウム。国の発展を支えるこの鉱石は、おとぎ話に出てくる「銀の獣」と関係があるらしい。冒険の末、獣の正体を暴き、手懐けることに成功した「僕」は――。
これまでで最も町の変容が大きな世界となった。
町は近代初期のヨーロッパをイメージした、スチームパンクの世界となっており、元の読長町の面影は微塵もなくなっている。
この世界での深冬達は、奴隷狩りに捕まったことが原因で、泥棒の捜索が遅れてしまい、時間が経ちすぎたことで、深冬含めた全員が完全な狐になってしまった。
ただし何故か真白だけは、狐への変化がなくそのままであった。
この世界の主人公のコーネリアスは、深冬達が見つけた時には、完全に狐になってしまっていたため。誰がその役を演じていたのかは、外見では判別できず不明である。
- 人ぎらいの街
二ヶ月続いた多忙な日々が一段落し、ひさびさの休暇を取った俺は、愛車を駆って旅に出た。行き先は決めず、ただ気ままにアクセルを踏んでハンドルを回し、好きなように進むひとり旅だ。
海沿いの旅の途中、立ち寄った喫茶店で奇妙な体験をした「俺」は、トンネルの先で奇妙な街に入り込んでしまう。活気があり、店にも品物が溢れているのに、そこには人が一人もいないのだ――。
最後に冒険をすることになる世界。物語の内容通りに、読長町は人がいなくなり、動物達以外では、完全に無人の町となっている。
そのため物語の登場人物は、一人も登場しない。
事件の発端と、その真相(超ネタバレ超注意!)
読長町の御倉嘉一は、全国的に名の知れた書物の蒐集家であり評論家であった。
彼が大正時代から集めた膨大なコレクションは、御倉館という建物に収められ、多くの人に読まれていった。
彼の娘「御倉たまき」もまた優れた蒐集家であり、ますます書物の量は増大していった。
だが嘉一の死後、たまきが引き継いだ御倉館に、水無月祭の日に、二百冊もの本が盗難される事件が起きる。
これに激高したたまきは、御倉館を閉鎖。多くの警報装置を設置して、誰も立ち入れないようした。
以前からたまきは、本のことに関して激情的過ぎて、町の者から厄介がられていた。
これまで盗難の被害が出る度に、聞こえていたたまきの怒声も聞かれなくなり、「今や読長は本の町。御倉館の蔵書に触れられないのは残念だが、もう本を読むのに苦労することはない」と人々は安堵した。
だがたまきの死後、ある信じられない噂が流れる。「たまきが仕込んだ警報装置は普通のものではない」というもの。
たまきは愛する本を守ろうするあまり、読長と縁の深い狐神に頼んで、本の一つ一つに魔術をかけた……というのものであった。
たまきの子供らの、あゆむとひるねが御倉館の管理を引き継ぐ。
だがあゆむが事故で入院して、彼の一人娘の深冬が、ひるねの世話をするために、御倉館に通うことになる所から、本作の物語が始まる。
以下に本作の核心に触れる、重大なネタバレあり。読む人は自己責任でお願いします!
盗まれた二百冊の本が未だに見つからず、苛立ったたまきは、読長神社に向かって、神主に詰め寄り問いただしたが無駄だった。
その後に彼女は神社で、神を騙る魔物と遭遇する。
その魔物は想像上の存在を具現化する力があった。たまきはその魔物と、ある取引をすることになる。
このたまきと魔物の契約の経緯は、深緑野分作の短編集「空想の海」に収録されている、本作のスピンオフ小説に詳しく書かれている。
家に戻ったたまきは、一歳ぐらいの幼い女児を連れて来て、息子のあゆむを驚かせた。そして「今日からこの子はあんたの妹だ」と発言する。
たまきの夫は、それよりずっと前に離婚している。以前にも妊娠の様子もないから、その赤子が彼女の実の娘でないことは明白であった。
その赤子の世話を、あゆむがすることになる。生き物ではありえないぐらい、全く眠らないその赤子に、あゆむはよく眠れるようにと「ひるね」という名前をつける。
成長したひるねは、御倉館の書物をどんどん読んでいった。幼児には理解できないような、難しい本まで、昼夜構わず読み続けた。
あゆむはそんな彼女の世話を続ける一方で、自作の小説を御倉館で執筆するようになる。
その小説は、後に本の呪いの媒体となる物語であり、深冬が冒険した物語の世界の原作者は、あゆむだったのである。
やがてひるねが、御倉館の全ての蔵書を読み切ったときに、たまきは真実をあゆむに語る。
実はひるねは、かつてあゆむが書いた小説の登場人物を、神を自称する魔物の力で具現化した存在であった。
ひるねは“呪いの護符”であり、彼女を通して、御倉館の本に呪いがかけられる。ひるねが全ての蔵書を読んだことによって、御倉館の全ての書物に呪いがかけられたのだ。
この呪いによって、泥棒が本を持ち出して御倉館から出ると、呪いが発動し。泥棒はあゆむが書いた小説の世界に閉じ込められる。
泥棒は狐に姿を変えられて、言い訳や嘆願をさせないために、一切言葉が話せなくなる。
そしてもし泥棒を捕まえられず時間切れになった場合、泥棒と読長町の住人全員が、魔物に差し出される仕組みであった。
この「差し出す」とは具体的にどうなるのか、本作でははっきりと明かされない。
だがスピンオフ小説で、実はこの魔物は人喰いであり、差し出すというのは、町の住人が魔物の餌にされるということであることが判明する。
これが実行されると、読長町の存在は現実世界から消え去り、人々の記憶からも消し去られる。
自分の利のために、無関係の町の人達全員を勝手に巻き込んだ、たまきのこの契約に、あゆむはその恐ろしさに驚愕させられた。
このせいであゆむは御倉館から離れられなくなり、盗難が起きないよう常に監視する必要が出た。
だがそれでも、何度か盗難事件が起きてしまい。その度にあゆむは、ひるねと共に、自分の書いた物語の世界を探索し、泥棒を捕まえることになる。
その時にあゆむは、自分が漫画や映画の主人公の気分になり、自分が悪を成敗するヒーローの気分になりかけるが。そんな彼の慢心を、ひるねが諫めた。(これを見るに、ひるねは単なる物語の世界の虚像ではなく、明確な意思や感情を持つ存在であることが判る)
ひるねは本の呪いが発動して以降、今まで眠らなかった分を取り戻すように、よく眠るようになっていた。
これに関して事情を知らない深冬は、叔母であるひるねのことを、ただの自堕落な人間だと思われることになる。
だが実際は、彼女が眠るのは、呪いの維持のために常に力を消耗するために、長い休眠を必要とするためであった。
また彼女が御倉館から離れようとしないのは、呪いの管理のために、そこを離れるわけにはいかないからであった。
そして真白もまた、ひるねと同様に、物語の登場人物が具現化した存在であることも判明する。
深冬は幼いころに、犬の少女の絵を何度も描き、それを自分の友達という、空想の友達を作り出した。
「真白(ましろ)」という名前は、当時はまだ本が好きであった深冬が、絵本の登場人物の名前からとったものであった。
当初から真白は、初対面の深冬に親しげに接したり、深冬が本嫌いなのに悲しげな様子を見せたりと、おかしな素振りを見せたが。そもそも深冬こそが、真白の生みの親だったのだから当然と言える。
何故魔物が、真白を具現化させたのかは、作中では説明されない。
ただ以前のあゆむの泥棒探しに、ひるねが付き添っていた。そして泥棒を捕まえる役が、深冬に移ったことで、ひるねに代わる新しい付き添い人を作ったとも考えられる。
最後の呪いによって無人化した読長町の中で見つけた、父・あゆむの日記帳から、深冬はこれらの真実を知ることになる。
そして全ての始まりの場所ともいえる読長神社にて、深冬は更なる真実を知ることになる。
盗まれたとされる二百冊の本は、実は読長神社の社殿の床下に隠された、箱の中にあったのである。
ただしこれは、神社関係者が犯人というわけではない。
実はその二百冊の本は、深冬の曽祖父の御倉嘉一が、友人であった神主に寄贈したものであった。
嘉一は数年後の水無月祭の日に、神主にこれらの本をあげる約束をしていた。だがその年が来る前に、嘉一が亡くなる。
そして約束の日に、神主はその本を受け取りに来たが、手違いからその件が御倉家に伝わらず、たまきが本が盗まれたと誤解したのである。
凄まじい剣幕で、町中の人間に問い詰めるたまきの姿に怯え、神主をこの事実を言い出せず。これらの本はそのまま神社の中に置かれることになったのだ。
つまりは本泥棒など最初から存在せず、たまきの極端に人を信じない性格から、騒ぎを大きくしただけだったのである。
この事実を知った深冬は、魔物に対して、本当はこのことを知っていて、たまきを利用したのではと問い詰める(漫画版では、持ち出された本を床下に隠したのも、この魔物だと疑った)。
そして深冬は、現在の御倉の主として、魔物に対して宣言する。
「この本を盗む者は、読長町からいなくなって、街の人を元に戻せ!」
この言葉によって、魔物とたまきとの間に交わされた契約は解約され、魔物は読長町から退散した。
そして読長町は、ようやくこの理不尽な呪いから解放されたのであった。