CV:花輪英司
概説
シンフォニカの最高責任者でグランドマエストロの称号を受けるコンダクター。
シンフォニカにおける最高責任者という地位にありながら常に謙虚で柔和な物腰の人物。
それと同時にD2との戦闘ではシンフォニカを指揮するのみならず、自らも最前線でムジカートである天国、地獄を連れて、戦う兵士たちを鼓舞すると共にD2との戦闘も行ってきた勇猛果敢な人物でもあり、人々から英雄と称賛されてきた。
D2の多くを倒し、残されたD2も休眠状態に入った2043年に「ザーガン宣言」を出し、休眠したD2をシンフォニカがこれからも監視していくことで、その脅威は消えた事と暫くの音楽自粛を呼びかけた。
2047年、ニューヨーク・シンフォニカで地下に保管されていた大量の黒夜隕鉄が原因不明の暴走を起こす事件が発生し、その折に死亡。
世界的な英雄の呆気ない最期であった。
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ネタバレ
D2を引き寄せる音叉を発して、ボストンの惨劇、ザーガン宣言後のD2の活動再開、ニューヨークシンフォニカでの黒夜隕鉄の暴走を引き起こした黒幕。
当初は人類の為にD2と戦う純粋な人物であったが、多くの人命がD2によって奪われていく様を目の当たりにして心を痛め、そして、自身が人類を救うために多くの兵士やコンダクター、ムジカートが命を散らしていく事になる命令を発さなくてはならない事に苦慮し、それでも人々に英雄視される自分は不安を与えないためにも毅然とした態度を取り続けねばならない責任感の重圧に心身を消耗していき、次第に精神を蝕まれていった。
自分のせいで死んでいった者への負い目を感じ続ける彼は、やがて死を殊更に美化し始め、特に愛する者達を救う為に命を差し出す自己犠牲の姿を美しく、栄光に満ち、喜びに満ちていたと考えてしまうようになる。そして廃墟の中の巨大黒夜隕鉄に触れた折に人々の悲痛な悲鳴を聞き、もはや絶望で壊れきり自傷に痛みすら感じなくなっていた彼はそれを契機として絶望と痛みこそが喜びの歌という狂気の結論に達した。
結果、D2をアメリカに隔離して世界を守る為にアメリカにD2を引き寄せて国民ごと滅ぼす(彼にしてみれば「人々の自己犠牲からの絶望・痛みと共に世界に安寧を与える」最大限の計らい)という恐ろしい計画を立案し、それを進めながら「痛い、痛い。張り裂けそうだ」と自分が起こした惨劇を見守っていた。
そんなザーガンが敬意を表したのは、彼を信じて疑わなかった忠実な部下であるフェリックス・シントラーや、壊れてしまった彼を正す事を諦めても未だに献身的に尽したムジカートの地獄のオルフェ(天国、地獄)といった生者でなく、暗い世界でも人々に最期まで音楽で光を与えようとした朝雛ケンジ、自分を止めようとして命をかけたレニーといった、彼の狂気に反した故人であったのは皮肉でもあり当然でもあった。
ザーガンがタクトに興味を持ち、タクトに危害を加えようとしたシントラーを解任したのもケンジの息子である彼に期待をしていたのかもしれない。そんなザーガンをレニーは憎むことなく、自分がオーケストラでのケンジの指揮に見たような「光」を見なかったのだろうと憐れんでいる。
レニーを斃した後、ニューヨークシンフォニカの地下の巨大黒夜隕鉄に右手を突き刺して、その暴走を引き起こし、自身の計画の最終章を開始する。
オルフェとの戦いを運命に任せて現れたタクトに「私はこの世界を愛しています」と前置きした上で自身の絶望を終わらせる為の欲求をはき違えた世界救済の狂気の思想を語るが、タクトには「だってこの世界には音楽があるじゃないか」から始まる音楽があるからD2と戦える、音楽は何時だって人を救っているとの言葉で真っ向から反論される。
「彼に喝采を。我が喜劇は終わった」
音楽と世界の喜びを純粋に愛していた自分を思い出したのか、自分の行いを止めてくれた者が現れて安堵したのか、彼は妄執から醒め、奇しくもベートーヴェンの最期に似通った言葉を告げる。
そして憑き物の落ちたような安らかな表情で、運命から取った武器によりタクトに体を貫かれ絶命した。
アニメ公式サイトの「Intermezzo」では、彼は計画が失敗に終わった時を想定して、自身が計画の首謀者である記録を残していたことが判明している。
しかし実際は、人類を守るシンフォニカの最高責任者がアメリカ国民の抹殺を企てていた事が公になればシンフォニカへの人々の信頼が地に堕ち、世界が混乱する事が懸念されたため、一連の事態は上記の「原因不明の暴走」の体で片付けられた。
己の歪みを心のどこかで自覚しつつも世界を救おうとし、自ら断罪と死を望んだ彼が、死しても「英雄」として人類に記憶される事となった末路は皮肉なものと言える。