もしもこの世に、幸福や美や善なるものがあるとしたら。俺にとってそれは、この男の形をしているのだ。
清瀬を撃った確信の光は、そのあともずっと、心の内を照らしつづけた。
概要
同じ大学の4年生と1年生である清瀬灰二と蔵原走のカップリング。陸上部の選手同士かつ同じ寮の住人でもある。
かたやしたたかで話術に長けた社交家、かたや情緒が未発達で浮世離れした口下手という正反対の性質をしていながら、走ることへのひたむきさが根幹にある点では互いに一致している。
清瀬が走こそずっと欲していた存在だと一目見た時から確信したのに対し、走の清瀬への第一印象は脚フェチの変質者であった。しかし、清瀬は「下心を感じさせたり過去に触れたりせずにテリトリーへと囲い込み、嘘を交えてでも昔の男(の監督)たちとは違うことを示しつつ、大事な時はきちんと叱る」という難事を鮮やかな手腕でやってのけ、期待と信頼に値する指導者に飢えていた走のはじめての男となった。
陸上部の事実上の寮監兼コーチとして君臨する清瀬は、最長で3年半を共にした住人たちを常に淀みなく鼓舞し、自らの柔軟な指導に対して「厳しいほうがいいと思っていたら、もっときみたちの手綱を締めるはずだろ」と、悠然とした態度を取っていた。ところがその直後、出会ってからの月日が半年足らずと最も短い(しかも精神面が不調だったうち2ヶ月は、清瀬への感情まで悪化していた)走に「俺は甘いか。みんなをもっと規律で縛りつけてでも……」と吐露する。走は清瀬が見せた新たな一面に目を瞠りつつも、「あんたが縛ってくるようだったら、とっくに俺とのフラグ折れてましたよ(意訳)」と彼の迷いを払った。
仲間たちは数年間淡白な男だと思っていた清瀬が、突如途方もない挑戦に自分たちを巻き込む強引さと執念を発揮したために大いに驚き、「ハイジに情熱を与えつづけたのは、やはり走だ」とのちに述懐している。
走も色恋には淡白な人生を送ってきたが、清瀬の恋愛経験に対しては興味を示した他、運転がめきめき上達した清瀬に「凝り性だから、研究と練習を熱心にしてしまう」と言われて、「運転技術=あっちの手管」という俗説を思い出し、もやもやした気分を味わっている。