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Gr.B

ぐるーぷびー

1983年~1986年まで存在したラリーのクラス
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概要

1973年から1982年迄行われていたグループ4の後継で、1982年は移行期間の試験導入が行われており、完全に移行したのは1983年の事である。マシンは見た目こそ市販仕様と同等だが、中身はパイプフレームだのトリフラックスエンジン(後述するデルタS4のエンジン)だので完全に市販仕様からかけ離れていた。
 グループBのホモロゲーションは連続1年で200台製造された車両が対象となる(グループ4時代は2年間に400台)

Gr.Bマシンの遍歴


1982年
アウディがターボxAWDの初代クワトロをWRCに持ち込んできたことが全ての元凶である。他にはオペルアスコナ400等(ランチアはグループB用に037を投入してきた)

1983年
グループB元年であり、この年はクワトロと037の一騎打ちとなる

1984年
アウディに対抗すべくプジョーが205ベースの205t16を投入。外見は205をワイドにした程度だが、中身は1800ccターボ+AWD+1t以下と言う正にモンスターマシンである

1985年
前述のプジョーが圧倒的な強さでシーズンを制した年で、グループBの危険性が表面化した年でもある。1tそこそこの車重に450~600PS(デルタS4は最終的に870PSにもなる)前後のパワーに空力性を上げるためのエアロがついた事もその一つだろう。結局速さだけを求めてしまい結果として制御不能な領域に達してしまった。この年にベッデガが037で木にぶつかり死亡。バタネンはアルゼンチンラリーで大クラッシュを起こし瀕死の重傷を負ってしまう
 前述のトリフラックスエンジンを搭載したランチアデルタS4が投入された年でもある

1986年
グループB終息の年でもある。カンクネンの駆る205t16の活躍によりプジョーvsランチアの一騎打ちとなった。しかし、ポルトガルラリーでワークス参戦していたRS200が200km/hで観客席につっこみ死者3名を含む40人以上が死傷する大事故を起こす。
 第5戦のツールドコルスでこのクラスの終わりを決定づける事故が起きる。ヘンリトイヴォネンの駆るデルタS4が(緩い)左コーナにノーブレで突っ込み崖下し転落、直後に爆発炎上、彼はコドラのセルジオクレストと共に死亡した(この事は弟のハリトイヴォネンがWRCから引退するきっかけにもなる)。FISAはこの事を受け86年でグループBは中止

その後のグループBマシン

ラリークロスや下位クラスのグループA。アンリミテッドクラスの存在するパイクスピークに参加している。競技で使用できなくなったマシンはワークス(の母体となっているメーカ)が保管していたりコレクターの手に渡るなどしているが、デルタS4の様に日本のナンバーを取得して一般道を走っている個体も存在する

Gr.Bマシンたち

Audi
スポーツクワトロ
Opel
マンタ400
Citroen
ヴィザミスピルテ
BX-4TC
Toyota
セリカGT-TS(ST145)
Ford
RS200
Peugeot
205t16
Porsche
911SC-RS
Mazda
サバンナRX-7(SA22C)
Lancia
ラリー037
デルタS4
Renault
Maxi5ターボ
MG
Metro 6R4

生産されたもののホモロゲ取得ができなかった車両


ポルシェ959 - 生産されたのがグループB消滅後の為
三菱スタリオン4WD - グループBに投入する予定だったが間に合わずプロトタイプクラスで参戦。また、ランエボの4WDシステムの開発用としても使われた
トヨタ222D - AW11ベースのグループSマシンだが、グループB消滅のため公認が取れなかった

グループS用としてデルタS4をベースにしたものが企画されていた


ECV - 小径ツインターボとトリフラックスエンジンに変更したもの
ECV2 - ハイテク素材と空力改善のテスト用。冷却系を改良し水冷式I/Cに変更されている

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