※主な用例
1. 地名。
1-1. 長野県中部の地域名。ちくま。かつて筑摩県、筑摩郡(現東筑摩郡・木曽郡)があった。
1-2. 1-1.にある松本市内の地名。つかま。
1-3. 長野県内を流れる川、千曲川(信濃川の長野県部分)の古い名。筑摩川(ちくまがわ)。
1-3. 滋賀県米原市内の地名。つくま。
2. 艦艇名。ちくま。1-3.に由来。
2-1. 大日本帝国海軍の明治・大正期の防護巡洋艦。
2-1. 大日本帝国海軍の昭和期の重巡洋艦。本項目で説明。
3. 2-2.に由来する「艦隊これくしょん」のキャラクター。ちくま。本項目で説明。
4. かつて国鉄~JRが運行していた急行列車。1.に由来。表記はひらがなの「ちくま」。
重巡洋艦「筑摩」
大日本帝国海軍の重巡洋艦。利根型2番艦である。千曲川、信濃川の上流部にある筑摩川に因んで命名された。
建造の経緯は利根型を参照のこと。
三菱重工業長崎造船所にて昭和13年3月19日に進水。当初は偽装のために軽巡洋艦として建造されたのだが、軍縮条約脱退により20cm連装砲塔4基を前甲板に集中させた重巡洋艦として昭和14年5月20日に竣工した。
太平洋戦争では第一航空艦隊(一航戦または南雲機動部隊)の一員として真珠湾攻撃に参加。筑摩から飛びだった水上偵察機が真珠湾に先行し、港湾内の実情を偵察した。
その後も一航戦、二航戦と行動を共に知ることが多く、姉妹艦の利根は一航戦と、筑摩は二航戦と行動する事が多かった。
昭和17年3月、ジャワ島南で筑摩を含む一航戦はオランダ貨物船「メイモットヨート号」と遭遇。第二十七駆逐隊の駆逐艦「有明」と「夕暮」が砲撃を行ったがなかなか有効打を与えることができず、業を煮やした筑摩は独断で砲撃を開始し、発射された20cm砲弾が貨物船との間にいた「赤城」の頭上を飛び越えていった。これには赤城に乗艦していた南雲忠一中将も肝を冷やし、直ちに射撃中止命令をおくったが、「筑摩」は射撃停止までに数斉射を放ち、「メイモットヨート」を撃沈した。
同年6月にミッドウェー海戦に参加。
筑摩は早期警戒のために艦載機を2機飛ばしたのだが、運悪く立ち込めていた分厚い雲の所為で米艦隊を見逃してしまい、しかも米艦載機と接触しながらこれを報告しなかったことも米艦隊発見の遅れに直結し、敗因の一つになったと言われる。その後、空母「赤城」「加賀」「蒼龍」が米軍機動部隊から発進した急降下爆撃機の奇襲攻撃で大破炎上すると、筑摩は艦載5号機を飛ばして空母「飛龍」の攻撃隊を誘導。米空母「ヨークタウン」の撃破に貢献したが、5号機は帰投せず行方不明となり、また「飛龍」も善戦及ばず撃沈されてしまった。なお、筑摩自身は無事に帰還に成功している。
昭和17年7月以降、「筑摩」は第三艦隊に所属し、第二次ソロモン海戦や南太平洋海戦に参加。
南太平洋海戦では前衛艦隊として前にでるも、空母「エンタープライズ」艦載機による急降下爆撃にさらされ、艦橋左舷、主砲指揮所、艦橋右舷が大破。直後に誘爆を恐れて魚雷を投棄したため、魚雷の誘爆という致命的事態は免れるも艦載機が炎上、「筑摩」は戦闘不能状態となる。この時、一緒に前衛艦隊に所属していた姉妹艦の「利根」はスコールに隠されたため米軍機の攻撃を受けず、重傷を負った筑摩の古村啓蔵艦長は「爆弾の配給も、少しは公平にして貰いたい」と皮肉交じりに回想している。
戦闘不能となった「筑摩」は駆逐艦「谷風」「浦風」に伴われて戦線を離脱。この時、戦闘配食としてコーンビーフが出されたが、艦の内外には戦死者の肉片が散乱し、その凄惨な光景に食事どころではなかったという。この海戦で乗組員937名の「筑摩」は副長・砲術長・主計長を含む162名の戦死者を出した。
昭和18年2月に改修を兼ねた修理が完了。姉妹艦「利根」に先駆けて対空レーダーを装備するなど対空性能を強化し、同時に下甲板舷窓を閉鎖するなどの不沈対策を行った。
そして4月に山本五十六司令長官が戦死する海軍甲事件が起き、トラック泊地に進出していた「筑摩」は山本長官の遺骨を乗せた戦艦「武蔵」を護衛し、一時日本に帰還。だがすぐにトラック泊地に戻り、以後は訓練やラバウルへの輸送作戦、「瑞鶴」回航時の護衛などを行った。
昭和19年10月、「筑摩」は栗田艦隊に所属してレイテ沖海戦に参加。
サマール島沖海戦に於いて戦艦「金剛」、重巡「羽黒」と共に米護衛空母「ガンビア・ベイ」を砲撃し、「筑摩」は砲撃で前部機関室を浸水させるなどの活躍を見せ「ガンビア・ベイ」の撃沈に最も貢献する。だが追撃戦で米艦載機の反撃により、魚雷1本を艦尾に受けて火災が発生。舵故障と速力低下のため艦隊より取り残され、そこを再び米軍機の空襲を受けた。
生存者の証言によれば、弾薬が尽きて演習弾で応戦するものの、艦中央部に複数の命中弾を受け、大破炎上。その後、総員退艦で海面を漂っていた生存者120名余が駆逐艦「野分」に救助され、辛うじて浮いていた筑摩は「野分」によって雷撃処分された。だがその「野分」も、その晩に米艦隊に補足され撃沈され、生存者はなかったという。
「野分」に救助されなかった短期現役士官のみ、3日間の漂流ののちに米海軍に救助され、戦後日本に帰還した。「筑摩」、「野分」の生存者は、航空機搭乗員を除けば彼1名のみであったという。
艦これの筑摩
私だけ大事にされては…姉さんに怒られてしまいます。
概要も大丈夫ね?はい!出撃です!
利根型重巡洋艦姉妹の、色々と大きい妹の方。
史実では航空巡洋艦のような扱いを受けていたのだが、何故か艦これでは重巡洋艦扱いである。
初期ステージである「鎮守府海域」からドロップ可能であり、建造落ちもするため入手機会は多い。
性能は雷装、対空が優秀な部類であるほか、索敵については通常49~59であるところ、本艦は79(軽空母と同等)を誇っている。装甲も高めであり、優秀な重巡である。
また偵察機搭載数も他の重巡が各スロット2機ずつ、合計8機しか搭載できないところ、本艦は改造前でも3機ずつ合計9機と1機多く、改になれば4機ずつ合計16機と倍も搭載できる。めったにないが、連続で未帰還になっても安心 。
ちなみに改修素材にすると通常の重巡の上昇量に加えて、対空値も上がる優秀さがある。
平成26年4月23日のアップデートでついに姉の利根とともに改二実装。
改造の際には毎月の拡張作戦およびイベント海域攻略でもらえる勲章4つと交換で手に入る「改装設計図」1つを消費する。さらに艦種が重巡から航巡になるので、ルート固定用の主力重巡を利根型に頼っている人は要注意。
容姿
腰まである黒髪ロングにブラウンの穏やかな瞳。
身長は姉の利根より高く、細身の割に胸の装甲は厚めな模様。高雄姉妹らと同様大艦巨乳主義に分類するナイスバディである。
服装は白い襟のついた、タイトスカートと一体化したような前留式の柳色の制服を着用し、前のチャックにそってオレンジのラインが入り、胸元には赤の蝶ネクタイ。袖は二の腕まで捲られていて、半袖のようになっている。
下は上着がミニタイトスカートのようになっているため、スカートはなし。左脚だけ黒のニーソックスを履いており、右太ももには黒のベルトをし、靴は膝ほどまである黒のロングブーツを履いている。改二になるとチャイナドレス風の衣装に変わり、髪型も微妙に変わる。
艤装は前部甲板に砲塔が集中配置されている史実の表現としてか、右肩に1基、右腰あたりに3基の連装砲を装備し、逆の左肩には対空機銃座が2つ横並びになり、左腰には三連装魚雷発射管。左腕の甲には水上機射出用のカタパルトが装備されている。
ちなみに立ち絵の見た目から筑摩gifなどの雑コラによる風評被害を受ける被害者である。
性格
丁寧で落ち着きの中に女性らしさを持つ朗らかな性格。
だがことあるごとにセリフに「姉さん」が入る姉LOVE勢であり、その姉LOVEっぷりは千代田や山城、比叡に匹敵するほど。メディアミックスでも嬉々として姉の世話を焼いている姿が散見される。
ちなみに大人な見た目と言葉遣いだが、ところどころにシスコンとは別に妹らしい天真爛漫さも散見できる、意外と可愛い性格でもある。
シスコンだが提督との関係も悪くない。むしろ良好。姉LOVE勢の中で唯一といって言い位、最初から提督を敵視しておらず好意的である。
お触りに関しても怒らず、改修時などでもちゃんとお礼も言ってくる。基本的に礼儀正しくいい人。
ただし、やはり姉が大事なようで、お礼の後に姉に報告に行ったり、姉に遠慮する姿も見れるが。
改二が完成したみたいです。
2014年とともに姉の「利根改二」と合わせて実装された。
艦種も重巡洋艦から本来の航空巡洋艦になり、耐久・装甲・索敵で重巡トップクラスの性能を手に入れた。
また艦載機枠も後ろ2スロットに偏って配置されており、他の航空巡洋艦より艦載機運用がしやすくなったのも特徴の一つだといえる。
詳しくは筑摩改二を参照。
関連イラスト、準備万端、出撃します。
提督への関連タグですよ。
三菱重工業 - 姉妹そろっての建造元。