概要
ノースカロライナ級はアメリカ海軍の戦艦であり、
基準排水量35000トンの条約型新戦艦にして、同海軍初となる28kt級高速戦艦でもある。
元来、アメリカ戦艦は広大な太平洋を戦場とした対日渡洋作戦を可能とするため、速力よりも航続力を重視する傾向にあり、速力性能は21~23kt程度にとどめられていたが、
海軍休日時代にはフッドやレナウン級、金剛型といった日英の巡洋戦艦やフランスのダンケルク級を始めとする欧州の高速戦艦に対抗可能な速力を付与すべきとの意見が出されており、
また海軍休日時代には機関製造技術の発達により高出力と低燃費を両立可能な良質タービンを生産できるようになったため、本級は渡洋作戦に十分な航続力と巡洋戦艦並みの高速力を兼ね備えることとなったのである。
本級はその航走性能に限らず、海軍休日時代の船舶建造技術、また兵器製造技術の向上を受けて、数々の新機軸が採用されており、
米戦艦として初となる対艦・対空両用砲の採用や、籠マスト構造を脱却して火器管制塔を装備したことなど、その性能および艦容はコロラド級以前の米標準型戦艦とは隔絶したものとなっており、新時代を担う米新型戦艦に相応しい良艦であった。
兵装
主砲
本級は主砲としてMk.6 45口径16インチ砲を採用し、これを三連装砲塔3基(前部2基、後部1基)分、計9門搭載した。
設計当初、本級はロンドン条約による新造戦艦の武装制限の影響で50口径14インチ砲搭載艦として計画されていたが、アメリカは日本の条約破棄を見越してエスカレーター条項発効後の16インチ砲換装案を同時に考慮しており、
14インチ砲を収める砲塔は四連装、16インチ砲を収めるのは三連装として、これらの砲塔に互換性を持たせて設計していた。
搭載する16インチ砲にはサウスダコタ級(未成艦の方)搭載予定の50口径砲が考慮されていたが、武装重量削減のため、コロラド級搭載の45口径砲を軽量化した新型砲身が採用されている。
新型砲身採用に際しては、対応砲弾に1200㎏のSHSが用意されるなど性能面でも多少の改良が実施されており、本砲は本級の防御性能改善型となるサウスダコタ級にも搭載された。
副武装
本級は就役時、副武装として38口径5インチ両用砲を装備しており、対空機銃として12.7㎜機銃と28㎜機銃を装備した。
上述の通り、本級は米戦艦として初めて両用砲を採用した艦であり、
副砲と高角砲が統合されたことで、武装重量の削減や兵装配置の効率化に役立っている。
第二次大戦中、対空機銃を20㎜機銃や40㎜機銃に更新したが、
戦後に練習艦となったノースカロライナでは、性能の陳腐化に伴って対空機銃の多くが撤去された。
観測装備
本級は司令塔上と各射撃管制装置(Gun Fire Control System 以下GFCS)に測距儀を搭載しており、GFCSには主砲用のMk.38GFCSと両用砲用のMk.37を採用した。
対空捜索レーダー・SKが搭載された他、GFCSにはMk.4射撃管制レーダー(Fire Control Radar 以下FCR)が搭載された。(Mk.38も当初はMk.4を搭載していた。)
1942年以降の改修ではMk.38GFCS上のFCRがMk.4からMk.3、次いでMk.8に更新された他、Mk.37GFCS上のFCRをMk.4からMk.12と高度測定レーダー・Mk.22に換装。対水上捜索レーダー・SGを追加し、対空捜索レーダー・SKはSK-2に更新された。
航空機
本級の航空機運用設備は艦尾にまとめられており、揚収クレーン1基とカタパルト2基を装備する。
艦載機にはキングフィッシャー水上偵察機3機が運用され、艦尾の格納庫内に収めることが可能であった。
艦体
船体形状
本級の船体形状は(戦艦としては)ニューヨーク級以来となる平甲板型とし、凌波性確保のため船首に強めのシアを設けて、艦首形状をバルバスバウとした。
艦幅は16インチ三連装砲の搭載にともなってパナマ運河の通行制限・パナマックスに準じた33mにまで拡大しており、
また艦尾の推進軸にはスケグと呼ばれる整流装置を装着して、乱流発生による推進効率の低下および雷爆撃の被害局限に備えている。
この船体形状は米新型戦艦に共通するものとなっており、以降の各艦では速力性能の向上や集中防御の徹底といった設計コンセプトにあわせて全長が調節されている。
ちなみに本級は就役直後にスケグの装着によるものとみられる高速運転時の異常振動問題が発生して、スケグの改良工事を行っており、
以降の各艦でもこの問題に対処するべく、スケグの取り付け位置変更やスケグ形状の改良などが行われたものの、抜本的な改正には至らなかった。
航走性能
本級は4軸推進艦で、重油専用ボイラー8基にギヤードタービン4基を搭載し、ボイラー2基とタービン1基を1セットとして、2セットずつを前後に分散して配置した。(シフト配置)
また高速戦艦として速力性能の要求水準が引き上げられたため、機関出力は前級比4倍近くとなる12万7千馬力となり、最高速28ktを発揮可能であったものの、航続能力は巡航速度15ktで15000海里(約28000㎞)と航続距離・経済速力の両面で改装後の旧式戦艦並みの水準を確保した。
しかしながら、最高速力に関しては上述の振動問題があったため、額面上の最高速よりも低く制限されていた。
防御
本級はテネシー級にて採用された多層式防御を踏襲しつつ、
水平防御を拡充して、垂直防御に傾斜装甲を配置するなど、耐弾防御の強化に努めた。
しかしながら、本級の装甲防御はロンドン条約の制限に基づく14インチ砲対応となっており、
設計期間の問題でこの点を改正することが出来なかったため、本級は後に防御力不足を指摘される結果となった。
これを受けて、同型艦として建造予定であった残りの新戦艦4隻は16インチ砲対応防御に改設計した上で就役させることに決まり、4隻はサウスダコタ級として完成した。
火器管制塔について
本級は従来の籠マストとは異なる塔型の上部構造物を有しており、以降の米新型戦艦とあわせて外見上の大きな特徴となっている。
もともと籠マストというのは、イギリス式の三脚マストに構造上の弱さを感じたアメリカが、支持構造を増やすことでより強度に優れるマストと生み出そうと考案されたもので、発想的には日本の長門型に採用された多脚式マストと似たようなものであるが、
その後、ミシガンで生じたマスト倒壊事故を受けて籠マストの構造強度も十分ではないことが判明しており、海軍休日時代には籠マスト構造の改良や三脚マストへの更新によって、マスト強度の改善をはかったものの、満足のいくものではなかった。
同じく海軍休日時代には、イギリスのネルソン級などにおいて、増設に増設を重ねてパゴダマスト化した上部構造物の合理化のため、見張り所と艦橋設備をあわせて塔型の構造物に統合する試みが行われており、
イギリスではクイーン・エリザベス級やレナウン級といった旧式艦にも装備された他、欧州の新型戦艦や日本の大和型などもこれを採用するにいたり、アメリカでもニューメキシコ級において採用された。
しかしながら、上部構造物の拡大により重心が上がることを嫌ったのか、或いは海軍休日時代の観測装置の性能向上によるものか、
条約明けの米新造戦艦は高所に設置する有人の密閉式見張り所を廃止したため、
余分なスペースを設ける必要がなくなった塔型艦橋は、射撃管制装置や索敵装備を載せるだけのコンパクトな火器管制塔と、装甲司令塔とともに低くまとめられた艦橋設備とに分けられた。
こうした配置には低重心化や被害の局限など、箱型艦橋に比べてメリットと呼べる点もいくつかあるが、レーダーを始めとする観測装置が未発達であった当時としては、見張り所を廃止するというのは多分に先駆的な設計思想であり、同世代の戦艦においては珍しい特徴である。
同時に、当時は光学兵器の域に及ばなかったレーダーの将来的な可能性に期待し、これを積極的に導入しようとしたアメリカの兵器運用思想の柔軟さがうかがえるものでもあり、こうした点を他国と比較して考察するのも興味深いだろう。
艦歴
本級2隻はワシントン条約が失効した後の1937年に計画・起工され、太平洋戦争直前の1941年春に就役した。
当初は振動問題の対処に忙殺されるというトラブルにも見舞われたが、1941年末以降には調整を完了し、1942年にノースカロライナが太平洋方面、ワシントンが大西洋方面に回航されて活動を開始した。
ワシントンのイギリス派遣
イギリスへの増援のために大西洋方面へ回航されたワシントンは、1942年4月にイギリス艦隊の指揮下に編入された。
ワシントンは北海やバルト海での船団護衛に従事し、ドイツ戦艦・ティルピッツの襲撃に備えていたが、任務は何事もなく無事に終了し、同年7月には米本土へ帰還・改装工事を実施した。
ソロモン諸島での戦い
1942年より太平洋方面に配備された本級はソロモン諸島攻略支援に従事した。
8月にはノースカロライナが機動部隊の護衛として第二次ソロモン海戦に参加した他、
10月以降、ワシントンが南太平洋海戦、次いで第三次ソロモン海戦に参加した。
第三次ソロモン海戦では日本海軍の巡洋戦艦・霧島と交戦し、ワシントンは霧島に多数の命中弾を与えて航行不能に追い込み、彼女の沈没に関与することとなった。
ちなみに1942年9月、日本海軍の潜水艦・伊19の雷撃によって、船団護衛中だった空母ワスプが沈没した際、
同行していたノースカロライナが巻き添えを食う形で被雷・大破するという事件が起こっており、日本潜水艦が大戦果を挙げたエピソードのひとつとして知られている。
中部太平洋の戦い~終戦
1942年11月、ノースカロライナが戦列に復帰すると、12月にはソロモン諸島攻略が完了した。
1943年以降、本級は中部太平洋のギルバート諸島やマーシャル諸島、パラオ諸島の攻略に参加して機動部隊の護衛や対地火力支援を行っており、
1944年にはマリアナ沖海戦に参加した他、フィリピン攻略作戦に従事し、レイテ沖海戦ではハルゼー提督の機動部隊について行動した。
1945年には沖縄や小笠原諸島などで火力支援を行った他、空襲を行う機動部隊の護衛を務めるなどして過ごし、8月に終戦を迎えた。
戦後
終戦後、本級は復員兵の輸送及び占領軍の支援任務に就き、ノースカロライナは練習艦として巡航を行うなど、1947年まで活動していた。
同年6月に本級2隻が退役し、以後十数年の間、予備役として保存されたが、1960年6月にアメリカ海軍から除籍された。
その後、ワシントンはスクラップとして売却されたが、ノースカロライナは同州ウィルミントンにて博物館として公開され、第二次大戦中の死者を悼むメモリアルとして現在も保存されている。
同型艦
- USS North Carolina BB-55
- USS Washington BB-56
関連タグ
アメリカ海軍 戦艦 高速戦艦 前級コロラド級 次級サウスダコタ級