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北里柴三郎の編集履歴

2016-12-03 18:05:35 バージョン

北里柴三郎

きたさとしばさぶろう

日本の細菌学者。熊本県出身。

概要

日本細菌学の父と呼ばれる人物。ドイツロベルト・コッホのもとで破傷風ジフテリアの治療法を発見した。帰国後、伝染病研究所を設立し、ペスト病原体であるペスト菌を発見。志賀潔野口英世などの後輩の指導にもあたった。


略歴

北里は1852年、肥後熊本県)の比較的裕福な農家に生まれる。喧嘩好きだったが学業成績は優秀で、東京医学校(現在の東京大学理科三類)に入学、医師の道を目指した。しかし卒業後、内務省就職し、病気予防する「予防医学」の道へ進んだ。

そこで病原体細菌に興味を示すようになり、1885年、医学先進国であるドイツ留学。細菌学者であるロベルト・コッホ研究所で細菌の研究を始め、破傷風ジフテリアの治療法を発見した。

帰国後の1892年、北里は慶應義塾の創設者である福沢諭吉の援助を受け、伝染病研究所を設立、初代所長となった。ここで北里はペストの病原体であるペスト菌を発見、さらに弟子志賀潔細菌性赤痢の病原体である赤痢菌を発見し、北里の名とともに伝染病研究所の名も世界中に知れ渡ることとなった。

その後、福沢が創設した慶應義塾医学部の初代学部長を務めた。1931年死去


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