蚕
かいこ
概要
蚕(カイコ)とは、チョウ目(鱗翅目)・カイコガ科に属する昆虫(蛾)の一種である。正式和名はカイコガで、カイコは本来この幼虫を指す名称だが、一般的にはこの種全般のことも指す場合が多い。学名(ラテン語名)はBombyx mori。
繭から絹糸を生産するためにクワコから5,000年以上前に家畜化されたとされる。ただし、クワコを飼育して絹糸を採るのは難しい為、クワコの近縁種が起源という説もある。有史以来、養蚕の歴史と共に各国の文化と共に生きてきた昆虫である。
一生
他の蛾の仲間と同じく完全変態の昆虫であり、卵→幼虫→蛹→成虫という過程を経て成長する。
幼虫
幼虫はクワ(桑)を食餌として成長する。ある程度成長すると、十数時間程度の「眠」(みん、脱皮の準備期間にあたる活動停止期)を経て脱皮する。多くの品種の場合、5齢が終齢幼虫となる。
孵化したての1齢幼虫は、黒色で疎らな毛に覆われるため毛蚕(けご)と呼ばれ、また、アリのようでもあるため蟻蚕(ぎさん)とも呼ばれる。
2齢以降の脱皮後も毛は生えているが、大きくなる体と相対的に毛はあまり育たないため、イモムシのような姿となる。幼虫の体色や模様は品種によって様々であるが、通常は白く、頭部に眼状紋が入る。この白い体色が天敵に発見されやすいこともあって、幼虫は自然下では生育できない。また2齢幼虫になるころに毛が目立たなくなるのを昔の養蚕家は「毛をふるいおとす」と考え、毛ぶるいと表現した。
蛹(サナギ)
蛹化が近づくと、幼虫の体はクリーム色に近い半透明に変わり、繭を作るのに適した隙間を求めて歩き回るようになり、それまでに摂食した餌をすべて糞として排泄する。やがて口から絹糸を吐き出しつつ、頭部を∞字型に動かしながら繭を作り、その中で蛹化する。繭の色や形は品種によって異なるが、白い楕円形が一般的である。
絹糸は唾液腺が変化した絹糸腺(けんしせん)という器官で作られる。後部絹糸腺では糸の主体となるフィブロインが合成される。中部絹糸腺は後部絹糸腺から送られてきたフィブロインを濃縮・蓄積するとともに、もう一つの絹タンパク質であるセリシンを分泌する。これを全て吐き出しきらないとアミノ酸過剰状態になり死んでしまうため、幼虫は歩きながらでも糸を吐いて繭を作る準備をする。また蛹になることを蛹化というが、養蚕家は化蛹(かよう)という。
繭が完成すると、内部の幼虫は丸く縮んで前蛹になる。この時、体内ではアポトーシス(プログラム細胞死)が起こり、体の構造が幼虫から蛹に作り変えられている。それが終了すると、脱皮して完全な蛹となる。蛹は最初は飴色だが、だんだんと茶色く硬くなっていく。
ちなみに、この繭は複数の糸を何本も束ねているわけではなく、一本の長い糸からできている。絹を取るには、繭を丸ごと茹で、ほぐれてきた糸をより合わせる。茹でる前に羽化してしまった繭は紡績には使用されない(後述)。
成虫
蛹化してから10日前後すると、蛹の頭部が割れて内側から成虫が出てくる(羽化)。羽化すると、成虫はすぐに尾部から茶色い液(蛾尿)を出す。また、口から絹糸を溶かすタンパク質分解酵素を出して自らの作った繭を破って出てくる。このタンパク質分解酵素の働きで絹の繊維が短く切断されているため、羽化した後の繭は紡績には使用できない。
成虫は基本的に他の蛾の成虫とほぼ同じ姿で翅もあるが、体がずんぐりして大きいことや飛翔筋が退化していることなどにより、飛翔能力は持たない。その昔、より多くの生糸を採る為に人間が身体を大きく改造し過ぎたのが原因と言われている。もし、実際に飛ばそうと思ったら、オオミズアオ辺りの大きさの翅が必要と考えられる。嫌われやすい蛾であるが、カイコガはぽっちゃりしているので可愛いという人もたまにいる。
ヤママユガやオオミズアオ同様、成虫は口が退化しているため何も食べることができず、交尾・産卵を終えるとすぐに死ぬ。羽化してから死ぬまでの期間はわずか10日ほどで、短命で知られるセミやホタルより短い。
野生回帰能力
余計な話だが、カイコは野生に戻そうとしても、
- 枝にしがみつく力が弱い(枝から落ちる)、
- 葉を探しまわらない(近くの葉を食べ尽くすと餓死する)、
- 成虫が飛べない(交尾相手との遭遇・産卵場所への到達が困難)、
- 真っ白で目立つうえ身を守る術が一つとしてない(天敵からすぐ捕食される)、
といった理由で、野生に戻る事は不可能と思われる。
カイコはもはや野生回帰能力を喪失し、人間の飼育下でしか生きていけない(完全家畜化)体になっている。