概要
130話(15巻)で、柱稽古に参加しなかった義勇を訪ねた炭治郎に対して発したもの。
背景
刀匠の里における戦いにおいて、禰豆子が太陽を克服した事により、彼女を狙って鬼殺隊に総力戦を仕掛けるべく鬼達が身を潜めた事を機に、鬼殺隊でも柱自身を含めた隊士達の力を底上げするべく、下の階級の者達が柱を順番に巡って稽古をつける「柱稽古」が開始される。
しかし、義勇は長らくこれを拒否しており、心配した産屋敷の頼みで炭治郎は義勇に事情を訪ねるのだが、彼は炭治郎が水以外の呼吸を追求し始めた事に言及して「水柱が不在の今、 一刻も早く誰かが水柱にならなければならなかった」と突き放し、上記の通り自分が柱である事を否定して、その理由を頑なに答えようとしない。
それでも産屋敷に言われた通り、根気強く四六時中彼に付き纏って話しかけまくる炭治郎。
そして4日後ついに根負けした義勇は事情を語り始める。
※以下、ネタバレ注意
「俺は最終選別を突破してない」
鱗滝の元で修行に明け暮れていた炭治郎が出会った少年剣士・錆兎は、義勇と同じ時期に鱗滝に入門した同期であり、共に鬼によって家族を殺され、天涯孤独となっていたところを鱗滝に引き取られる。同い年であった二人はやがて無二の親友となり、最終選別を通過する為に稽古に励んだ。
共に最終選別を受ける義勇と錆兎だったが、錆兎は鱗滝の門弟を執拗に狙う手鬼と戦って、命を落としてしまう。
その年の選別で死んだのは錆兎一人だけであり、彼は選別の会場である藤襲山に放たれた鬼達を殆ど一人で倒し、他の受験者たちを助けながら戦っていたという。手鬼との戦いで彼の刀が折れたのは、多くの鬼を斬り伏せた事で刀が摩耗していた為とされる。
義勇は、最初に襲いかかって来た鬼によって負傷したところを錆兎に救われた後に、別の受験者に預けられ、気がついた時には最終選別は終わっており、親友だった錆兎がもはや帰らぬ身となった事を後で告げられる。
この事から彼は、「何もしていない自分が、最終選別に合格して鬼殺隊に入隊できた事」に対して強烈な後ろめたさを抱えており、自分は本来なら他の柱達と肩を並べていい立場ではない、それどころか本当なら鬼殺隊に自分の居場所は無いとさえ考えていた。彼が多くの場面で単独行動を取り、他の柱達とも距離を置きたがるのはこうした経緯と、それによる思い込みが要因である。
故に炭治郎が自分より相応しい"真の水柱"となる事を望み、彼が自身の適性から水の呼吸以外の道を追及するのを心良く思っていなかった。彼が鱗滝に炭治郎を紹介した際の手紙の「突破して、受け継ぐ事ができるかもしれません」という文章は、「(自分と違って最終選別を)突破して、(本当の水柱を)受け継ぐ事ができるかもしれません」という意味である。
義勇が常に着ている羽織の半分が姉の形見であるのは「家族の死」、もう半分が錆兎の形見であるのは「友の死」、これらの過去からくる悔やんでも悔やみきれない不甲斐なさ、無力だった自分を忘れない為の自戒の証だと思われる。
これを聞かされた炭治郎は、かつて煉獄によって上弦の鬼である猗窩座から守られて何もできなかった自分を重ねて、本人は認めていないが錆兎を亡くした後に、柱になるまでに彼が血反吐を吐くような努力を重ねて自分を叩き上げてきた事を察して、彼に一つ問いかける。
「義勇さんは錆兎から託されたものを 繋いでいかないんですか?」
「自分が死ねば良かったなんて 二度と言うなよ もし言ったらお前とはそこまでだ 友達をやめる」
「翌日に祝言を挙げるはずだったお前の姉も そんなことは承知の上で鬼からお前を隠して守っているんだ 他の誰でもないお前が…お前の姉を冒涜するな」
「お前は絶対死ぬんじゃない 姉が命をかけて繋いでくれた命を 託された未来を」
「お前も繋ぐんだ 義勇」
炭治郎の言葉に、義勇は悲しみ故に心の奥に封じ込めていた記憶を思い出す。鬼から自分を守って死んだ姉の蔦子や、親友の錆兎から託された想いを受け継ぐ決意を固めた義勇は、これまでの態度を改めて、"水柱"としての責務を果たすべく遂に柱稽古への参加を表明する。
余談
自分の事を柱ではないと言い切った義勇だが、実際には作中において彼は柱の中でも古参の部類に入る。実弥が柱になる以前から既に柱として活動しており、在任歴で言うならば悲鳴嶼、宇髄と並んで古株である(義勇が最終選別を受けたのは8年前なのでキャリアそのものも長い)。
確かに長くやっていれば強いと言う訳では無い(実際に、彼と同期である村田は柱になることができず、那田蜘蛛山では下弦の鬼の部下を相手に劣勢に陥っている)が、柱としての戦歴の長さはそのまま経験の多さ・実力の高さであり、特に単独行動での任務が多かった義勇は呼吸の才能においても単独の戦闘力においても、確実に現柱の中でも上位に入る強さを持っている。親友を似たような状況で失っている実弥からすれば、例え義勇の本心を知ったとしても親友の死を負い目に自らを卑下して己の立場を貶める事に、ますます怒りを燃やしたであろう可能性がある(これは同じく冨岡を嫌い、凄惨な幼少期を送った伊黒小芭内も同様だと思われる)。
炭治郎との対話を経て柱稽古への参加を決意した義勇だったが、勘違いした炭治郎の提案で何故かざる蕎麦の早食い勝負する事になってしまい、その後からちょくちょくと実弥と和解する為に、おはぎを懐に入れて行こうとするなど、天然ボケが入るようになる。
ただし、これは炭治郎の影響というよりは、今まで他人に積極的に関わろうとしなかった為に、表に出てこなかった義勇のちょっとズレた気遣いや気の回し方が、人と接しようとした結果浮き彫りになったものと思われる。そしてさらに言えば、それらの行動を肯定してしまうくらい、唯一の相談相手である弟弟子の炭治郎もまたズレていたのも要因である。
一方で冨岡義勇外伝では、しのぶに対して「俺たちは鬼殺の柱だ」と自身が柱である事に肯定的な発言をしており、ファンの間でも混乱をもたらしたが、後にこれは後輩であるしのぶを彼なりに気遣って「柱として任命された以上は、お互い頑張ろう」というしのぶへのエールだった事が明かされた。
自身が柱である事をあえて否定しないなど、彼なりに誠意のあるエールだったのだが、あまりにも言葉が足りな過ぎて、当のしのぶからは「何だか煙に巻かれているみたい」と返されており、しのぶは勿論だがファンにすら全く真意は伝わらなかったという安定の冨岡っぷりである。