概要
横溝作品の中で最も映像化されている。
1977年の映画化の際、要蔵が鬼のような形相で殺戮を行うシーンや、CMで頻繁に流されたセリフ「祟りじゃ~っ!」は当時の流行語にもなるほど有名。
但し、後述するが、この台詞自体は本編には無い、映画版の独自要素である。
この影響からか、本作(特に原作)をよく知らない人や海外からも「サイコホラー」、「ジャパニーズスリラー」扱いされる。
しかし、残虐な場面は落ち武者惨殺や辰蔵の狂気で語られる、昔話でのほんの一部分である。
本編の連続殺人事件は毒殺がほとんどで、被害者が猟銃で撃ち殺されたり、日本刀で斬り殺されたりすることは全く無い。
映像作品では割愛されるものの、原作では長年天涯孤独だと思っていた主人公にとって、直系親族(最初の被害者とは別人)が生存している事が判明する、最初は魅力的ではなかったヒロインが女性として成長してゆく経緯が描かれるなど、横溝正史シリーズらしい怪奇事件に見せ掛けて、実は……という構成となっている。
あらすじ
戦国時代(永禄9年)、現在の鳥取県と岡山県の県境に当たる所にある小村に、尼子義久の家臣だった8人の落武者たちが財宝とともに逃げ延びてきた。
最初は歓迎した村人たちだったが、やがて毛利氏による捜索が厳しくなるにつれ災いの種になることを恐れ、また財宝と褒賞に目がくらみ、共謀して武者達を皆殺しにしてしまう。
武者大将は死に際に「七生までこの村に祟ってみせる!」と呪いの言葉を残して果てた。村人達は彼らが鍾乳洞に隠したであろう財宝を探すが、ついぞ見つかる事はなかった。
その後、村では財宝を探す者達が怪事に巻き込まれるなどの怪事が相次ぐ。
そして遂には落ち武者虐殺の指揮をとった田治見庄左衛門が発狂し、7人の村人を殺した上で自害するという出来事が発生。
祟りを恐れた村人たちは野ざらしになっていた武者達の遺体を手厚く葬り、村の守り神とした。
これが「八つ墓明神」となり、いつの頃からか村は「八つ墓村」と呼ばれるようになった。
時は下って大正時代。
村の旧家「田治見家」の当主・要蔵が発狂し、村人32人を惨殺した上で姿をくらますという事件が起こる。
要蔵はかつて狂死した庄左衛門の子孫であり、犠牲者の数は8人から32人に増え、いまだ祟りは続いていると暗い噂が流れる。
こうしたことの積み重なりで、村人は古い因習に囚われながら日々を送っていた。
それから20数年後の昭和23年。
またもやこの村で謎の連続殺人事件が発生することとなる。
物語は、本作の語り手にして主人公の寺田辰弥の身辺をかぎ回る不審人物の出現から始まる。
彼は母の連れ子であるということ以外、郷里については何も興味を持たず母が亡くなるまで尋ねなかった。その為、太平洋戦争から復員した際に、養父の消息が途絶えたの最後に天涯孤独の身となっていたと思っていた。
しかし復員後2年近く過ぎたある日、ラジオ放送で諏訪法律事務所なる弁護士事務所が彼を捜している旨を知る。いぶかしく思いながらも面会した諏訪弁護士により、彼が田治見家の人間であること、当主が嫡流の断絶を恐れて彼の面倒を見たいと言っていることが伝えられる。
ところが後日田治見家の使者である母方の祖父・井川丑松と面会した時、二人きりになった途端、彼は血を吐いて死んでしまった。
だがこれは、その後続く世にも恐ろしい連続殺人事件の、ほんの始まりに過ぎなかった。
登場人物
寺田辰弥:本編の主人公であり、語り部。正義感の強い青年で、色白の美男子。本人に自覚は無いが、女性に好意を持たれる事が多い。
7歳で母を亡くし、養父と行き違いになり出奔。戦争で徴兵され、終戦後に帰国した時には養父の消息は不明となっており、天涯孤独の身となっていた。
田治見家の跡取りとして、八つ墓村に呼び戻されるも、あまり歓迎はされていないようだと第一印象を述べている。
身体には酷いやけどの跡があるが、本人はその事を記憶していない。村に訪れた際から村人たちの強い悪意にさらされ、心身ともに追い詰められていく。
そのような経緯から、本人としては事件を振り返りたくなかったのだが、金田一耕助に稀少な体験を生き延びたのだから、書き残した方が良いと諭されて、記したのが本作である。
大根嫌いだったので、通夜の席で出された煮物に箸を付けなかった事で犯人扱いされたり(この料理に毒が仕込まれていた)、「辰弥が村にやってきたせいで、落ち武者の祟りが起きた」と狂乱に陥った村人達に襲われそうになったりと、不遇な展開が多い。
しかし、それを乗り越えた最後には、優しく救われる展開が彼を待っているのだった。
ちなみに、本作は叙述トリックでは無いので、この人物は犯人ではない。あしからず。
金田一耕助:言わずと知れた私立探偵。ある人物の依頼で八つ墓村に訪れた。村とは全く関係のない人物の為、辰弥を始めとして多くの人物から訝しがられている。
狂言回しである辰弥の登場シーンが多い為、目立ってくるのは後半になってから。
田治見家の人々
「東屋」と呼ばれる、村の分限者(ぶげんしゃ、と読む)の一族。
戦後パージ(横溝正史作品では常にこの言葉が使用されているが、本来はレッドパージを指す)の一環であるGHQの農地改革では山林が対象外だったため、多くの山地を持っていた田治見家は戦前にも増して地元一の豪族となっている。
田治見小梅・田治見小竹:一卵性双生児の老姉妹。要蔵の大伯母。両親を失った要蔵を育てた。田治見家の財産を狙う分家筋に嫌悪感を抱いている。
久弥が病床に伏しているため、事実上の当代代理役である。それもあってか、周囲の人々には「小梅様」、「小竹様」と敬称付きで呼ばれている。
田治見家の存続を最優先しており、その為には周囲がどんな犠牲に陥ろうとも、それを厭わない冷酷さを持っている。その対象は肉親であっても例外では無く、実際にある人物を謀殺している。
一卵性の双子なので、当然の如く、そっくりさん。映像作品では、一人二役であることが多く、原作では美也子が見分けを付けられずに、小竹の事を小梅と呼び間違えている。
田治見要蔵:田治見家先代。26年前、妻子がありながら井川鶴子を暴行し、無理矢理自分の妾にした。辰弥の出生後は彼を可愛がっていたが、彼の父親が亀井陽一という噂を聞くと豹変。暴力に耐えかねた鶴子が辰弥と共に家出して10日余り後に発狂、猟銃と日本刀で武装して妻を含む32人を虐殺すると、山中へと姿を消した。
田治見久弥:要蔵の長男。田治見家当代だが肺を病んでおり、先が長くない。辰弥との面会後に血を吐いて死ぬが、死因は毒殺だった事が判明する。よって、時系列としては、第二の被害者である。
父・要蔵によく似ていると原作にある為か、小梅・小竹同様、映像作品では一人二役であることが多い。
田治見春代:要蔵の長女。一度嫁いだが、子供が産めない体となったため離縁され、実家に戻る。小梅・小竹の身の回りの世話をしており、姉として辰弥にも親身に接するが、それが行き過ぎている事を指摘されて、双子には辛辣に当たられてしまう。
里村家の人々
田治見家の分家筋の一族。
里村慎太郎:要蔵の甥。元軍人(階級は少佐)。終戦後に帰郷、失意の内に生活を送る。美也子と昔恋仲だった模様。近付きがたい人物とされており、人付き合いも控えている様子。
慎太郎の妹で、26年前の事件のさなかに月足らずで生まれた早産児。
天真爛漫な性格で、辰弥を「お兄様」と呼んで慕う。一方、辰弥からは「典ちゃん」と呼ばれ、終盤では「典子」と呼ばれる。
なお、辰弥は要蔵の子ではないので、血縁関係は無い。
辰弥の第一印象では発育不良で、さほど美人には見えなかったものの、恋によって活力を得て、傍目にも美しさを増してゆく。
被害者達に共通点が無く、犯行動機もわからない、本物の祟りでは無いかと思われるような連続殺人事件が巻き起こる中で、この典子と辰弥の交流は数少ない癒し要素といえる。
早産のため、歳の割にちょっと(お知恵が)足らないところがあるとされており、当初は、山の洞窟に繋がる滝の前で「ここで願ったら、お兄様に会えるかしら」と、夢見て待っていたくらいである。ただ、実際には本当に会っているので、第六感は鋭いのかもしれない。
他人様の評価はともかく、実際の所は機転の利いた気配りが出来る人物で、通夜の席ではすぐ寺へ帰らなければならなくなった梅幸に、後で彼女の寺へ膳を届けるように辰弥に手配させている。(膳を出すのは、通夜の参列者に対する最低限の返礼故の処置)
終盤になってから暴徒化した村人から逃れるために、辰弥が洞窟に身を置かざるを得なくなった際も、危険を冒して甲斐甲斐しく弁当を届けてくれる健気さもある。
更には(時と場の流れとはいえ)、洞窟内で辰弥と愛を確かめ合うという、大胆さすらも見せるようになる。
そして、その結果、物語の最後には辰弥との「ある幸せ」を授かるに至る。
26年前の事件の関係者
寺田鶴子:辰弥の母。旧姓は井川。19歳の時に要蔵に執心され、拉致監禁されて凌辱される。その後周囲の説得により妾となり、辰弥を出産。しかし父親が亀井陽一ではないかと疑念を持たれて壮絶な虐待を受け、耐えかねて逃亡。神戸に避難後再婚するが、辰弥が7歳の時に病死する。
亀井陽一:小学校の訓導(教師)で鶴子の元恋人。事件当時はたまたま外出していて無事だったが、その後転勤して所在不明となる。辰弥の実の父であり、当時の写真を見ると瓜二つである事が解る。実は、ある登場人物とは、同一人物である。
井川丑松:鶴子の父、辰弥の祖父。最初の面会の場で毒殺され、第一の犠牲者となる。
その他の人物
野村荘吉:「西屋」と呼ばれる村の分限者。美也子の亡き夫・達雄の兄だが、弟の急死に美也子がかんでいると思い込んでいる。金田一耕助に事件解決を依頼したのは、この人物。
森美也子:荘吉の義妹で、未亡人。大変な美人で、都会風の姉御肌。旧弊な八つ墓村にあって数少ない辰弥の味方となったが、一方で春代や典子からの反応はあまり良くない。
長英:麻呂尾寺の住職で英泉の師匠。老齢で中風(脳卒中の後遺症のこと)にかかり、伏せっている。隣村に住んでいるものの、八つ墓村の村人からの信望は厚く、終盤で暴徒化した村民をなだめる為に登場。
英泉:長英の弟子で、長英にかわって麻呂尾寺のことを取り仕切る。度の強い眼鏡をかけている。
洪禅:田治見家代々の菩提寺、蓮光寺の住職。書生のような風貌。第三の被害者。
妙蓮:通称「濃茶の尼」。迷信深く八つ墓明神の祟りを恐れている。通称の濃茶は、濃茶庵という庵に居を構えている為に付いたもの。
キャッチコピーになった「祟りじゃ~っ!」はこの人の発言。但し、原作でも数々の暴言は吐くものの、この台詞自体は言っていない。
言動からしてどう考えてもまともな人物ではないのだが、実は狂気に陥った要蔵に夫と息子を殺されてしまってから、おかしくなってしまったという、気の毒な過去がある。ちなみに、その頃は尼ですらない、ただの村民だった。
しかし、そういった経緯はともかく、手当たり次第他人のものを盗む癖があるため、村人達からは疎まれている。そして、この窃盗行為が事件に対して重大な展開を及ぼす、様々な意味で、本作の重要人物と言える。
梅幸:慶勝院の尼。妙蓮とは対照的なきちんと修行を積んで尼となった人物で、村人の人望もある。田治見家も把握していない「辰弥に関係する重大な事実」を知っているのだが……
久野恒実:村の診療所の医者で、田治見家の親戚筋。辰弥は「恒おじ」と呼んでいる。医師としての腕は心もとなく、診療所の薬品管理も杜撰。
大家族であり、新居医師が村へやってきたことも拍車を掛けて、生活に貧している。
彼の妻からは、当家ではしばらく銀飯(白米の飯のこと)など食べたことは無いとまで言われるほど。
原作においては、ある重大な事を行った人物なのだが、それでも本人自体は影が薄い。
新居修平:疎開医者(都市部から村落へやってきた医師のこと)。確かな技術と円満な人柄で、村人の信頼を得ている。一方で患者を取られたとして久野医師には恨まれている。
8人の落武者たち
過去話(松竹版のみ、現代の場面でも亡霊として登場)にしか登場しないが、松竹配信の映像版では夏八木勲や田中邦衛といった、名優が演じた。
一連の連続殺人事件は、彼らの祟りであると村人達は信じているようだが……?
津山三十人殺し
『その男は詰襟の洋服を着て、脚に脚絆をまき草鞋をはいて、白鉢巻きをしていた。そしてその鉢巻きには点けっぱなしにした棒型の懐中電燈二本、角のように結びつけ、胸にはこれまた点けっぱなしにしたナショナル懐中電燈を、まるで丑の刻参りの鏡のようにぶらさげ、洋服のうえから締めた兵児帯には、日本刀をぶちこみ、片手に猟銃をかかえていた。』
(原文より引用)
本作で要蔵が殺戮を行うシーンは「津山三十人殺し(津山事件)」と呼ばれる事件がモデルになっており、そのときの犯人の風体がそのまま要蔵の格好となっている。
不連続殺人事件との関係
エッセイではっきり述べているように、この八つ墓村を書くきっかけとなったのが坂口安吾著、不連続殺人事件である。
疎開中何とか手に入れた雑誌連載中のこの作品の肝が「ABC殺人事件の応用」とピンときた横溝は、犯人あてに参加したかったものの、結局中盤以降の雑誌が取り寄せられず、果たせなかった。
その消化不良の気持ちは、後年挑戦という形で昇華したわけである。
犬神家の一族との関係
よく「水面から突き出た足」のイラストに本タグが付けられていることが多いが、当然のことながら本作にはそんなシーンは存在しない。
これは本作と同等に有名な映画版を混同して覚えている人が多くいるためと思われる。
映像化に関して
本作は登場人物が非常に多く人物相関が入り組んでいる上、トリックが複雑で巧妙なことから、映像化作品はいずれも大幅な改編省略を余儀なくされている。特に典子はヒロインでありながら出番がなく、代わりに美也子とのロマンスが描かれる事がほとんど。
前述の「祟りじゃ~っ!」のセリフの元ネタである、野村芳太郎監督・渥美清主演の1977年の映画版は、原作では「祟りに見せかけた犯罪」だった部分の大半を「本当の祟り」として描き、サイコホラー作品としてアレンジしたこともあり、全編にわたって狂気に満ち満ちた展開の連続となっている。
落武者を酒宴の席で毒を盛り、切りつけたり生きたまま燃やしたりして皆殺しにする下りや、要蔵の発狂からの村人の殺戮の下りは虐殺と言っても過言ではない、序盤も序盤から非常に凄惨な場面が繰り広げられるため、人によってはトラウマにならないよう、注意が必要である。
ただ、あまりにも強烈な印象を与えたことで、客離れを起こしたくなかったのか、見るに堪えない展開を頑張って耐え抜いた結果、終盤では登場人物同士のお色気場面があって、(特に)男性諸君には嬉しい展開が待ち受けている。
ちなみに、この展開は原作にもある金田一耕助ものの数少ない濡れ場なのだが、行為を致す相手が違っており、その後の展開も異なる。
1978年のTVドラマ版では大きく内容が改変されており、動機や展開に手が加えられている。
極めつけは事件解決後、台風による川の氾濫により八つ墓村が濁流に押し流されて消滅。辰弥も水死した事が報道されるという、非常に後味の悪い終わり方になっている。
ただし近年の映像化の際は様々な事情からか、だいぶマイルドに調整されていることがほとんど。残虐描写を控えるかわりに出来た余裕で、原作に忠実に作られるようなってきている。
関連タグ
ひぐらしのなく頃に(本作の影響を強く受けている作品)
津山事件(本作のモデルになった実際の事件)
都井睦雄(上記の津山事件を起こした犯人)