この探偵小説には私が懸賞を出します。大いに皆さんと知慧くらべをやりましょう。
たいがい、差上げずに、すむでしょう。
――坂口安吾
概要
1947(昭和22)年、雑誌〈日本小説〉初秋号~翌年8月号まで連載された。安吾の長編探偵小説としては、中絶未完に終わった『復員殺人事件』を除けば唯一のもの。
戦時中、文士仲間達との暇潰し遊びでミステリ小説の犯人当てゲームによく興じていた安吾が、「絶対に犯人の当たらない探偵小説を」といって書いたもの。その言葉が示すように「読者との対決」という方式で企画連載され、寄せられた回答の正解作には安吾自ら懸賞金を支払った(その中の一人に文士仲間の大井広介がおり、その大井曰く「安吾はギャフンとなった」)。
江戸川乱歩が「日本純文学作家の探偵小説は(一部の例外を除いて)見るに足るものがなく、その定説を見事に破ってみせた」と絶賛し、松本清張も「文体自体が巧妙なトリック」などと高く評している。
日本推理小説名作ベスト〇〇、という企画でもその名が挙げられることが多い。
1977(昭和52)年、ATG(日本アート・シアター・ギルド)制作で映画化もされている(後述)。
あらすじ
1947(昭和22年)年の夏、作家の矢代寸兵は文士仲間の歌川一馬からの招待を受け、とある山奥にある歌川家の屋敷を訪れる。そこには一馬の妹・珠緒がひとクセもふたクセもありすぎる文士達を招き入れ、一馬が呼び寄せた者達も含めて人間関係・愛憎複雑に入り組んだ醜態騒ぎの様相を呈していた。そして、それら客の中には誰が呼び寄せたのかわからない招かれざる者も幾名か含まれており、矢代の弟子で素人探偵の巨勢(こせ)博士もそのひとりだった。
そんな中、招待客の一人である流行作家の望月王仁が刺殺される。県警が捜査に入り巨勢博士も協力するが、その後も珠緒、一馬の従妹千草、詩人の内海、隠居した一馬の父多門、多門の隠し子である加代子、女流作家宇津木秋子らが次々と殺害される。その犯行方法も関係者全員が自分の部屋から外へと出れない逆密室(?)状況下での殺人など巧妙なもので、警察の捜査は難航。しかし巨勢博士は、これらの事件は全て同一犯の仕業で、真の動機を隠すために恐ろしく計画的に計算された「不連続殺人事件」だと指摘するのだった‥‥。
さて真犯人は一体誰なのか? そして冷酷非情で万事抜かりのなかった殺人鬼がうっかり犯した、たったひとつの致命的ミス「心理の足跡」とは‥‥?
多すぎる登場人物の主だった面々
矢代寸兵
小説家で、この物語の語り部。巨勢博士の師にしてワトスン役(?)。文士らしく性格にはそれなりにクセがあるが、他の者達がどれもそれ以上に強烈すぎて普通にしか見えない。
矢代京子
その妻。かつては多門の特別寵愛された妾で、疎開していた矢代と密通 → 駆け落ちして現在に至る。加代子の親友。
映画版キャストは『ウルトラQ』『ウルトラマン』でお馴染みの桜井浩子。
歌川一馬
歌川家現当主で詩人。40歳。主知派の異才と評されるが、いわゆるお坊っちゃん育ち。
映画版で演じたのは『ウルトラマンA』竜隊長役で有名な瑳川哲朗。
歌川多門
隠居した歌川家前当主。大臣級の政治家だったが戦後公職追放で凋落。複数名の妾を持つなど、とても好色。意外にも探偵小説の熱心な愛読者。第6の事件の被害者。
歌川珠緒
一馬の異母妹。22歳。美人だが性格は自由奔放で、男心を弄ぶのが好きな小悪魔タイプ。他の多くの女性関係者と険悪。第2の事件の被害者。
加代子
多門の落としダネだが、歌川家では女中扱いされている。24歳。一馬の腹違いの妹にあたるが近親相姦一歩手前。病弱で読書好きな清楚美人。唯一の友達といえる存在が京子。第5の事件の被害者。
南雲千草
多門の妹お由良婆様の娘で、一馬の従妹。26歳。不美人で性格が悪い。第3の事件の被害者。
歌川あやか
一馬の現妻。元はピカ一の同棲相手だったが、今は犬猿の仲。贅沢好きで我儘な「天来の娼婦型」。
望月王仁
流行作家。時代の寵児だが傲慢無礼で精力絶倫、貞操観念欠如。文士間ではひどく嫌われている。第1の事件の被害者。
丹後弓彦
王仁と同型の作家だが、何かと圧倒されがちで嫉妬心を抱いている。陰険なヒネクレ者でアマノジャクな性格。
内海明
詩人。性格はいいが姿がセムシで醜怪。醜女の千草を崇拝している。第4の事件の被害者。
映画版では同姓という理由‥‥かどうかは不明だが、内海賢二が演じた。
土居光一
通称ピカ一(ぴかいち)。ユニック(ユニーク)な鬼才と称される「巧みな商人画家」。性格粗暴で尊大、人をバカにする達人。あやかの元同棲相手だが、現在は寄ると触ると喧嘩になる仲。
映画版で演じたのは「まさにピカイチのハマリ役」と言っていい内田裕也。
神山東洋
大男の弁護士。以前は多門の秘書役だったが、その多門をある秘密をタネに強請っていた疑惑がある。夫人の木曽乃は元・多門の妾のひとり。歌川家内では今や誰も相手にしないような嫌われ者だが、案外なメモ魔。
宇津木秋子
女流作家。一馬の前妻で、現在はフランス文学者三宅木兵衛夫人。多情で、王仁になびいていた。第7の事件の被害者。
人見小六
劇作家。かつては左翼闘士で喧嘩名人。ネチネチ執拗で煮え切らない臆病な性格。夫人の明石胡蝶は女優で、一馬が狙っているっぽい。
海老塚晃二
村の開業医で歌川家の主治医的存在。片足が悪く、そのヒガミなのか性格偏屈。奥田利根吉郎という狂人めいた復員者が主宰する怪しい論語研究会に関与。実は歌川家とはある関係が‥‥。
諸井琴路
看護婦。年齢30前後、大柄で均斉とれた体格の美人。ただし性格は極めて冷淡。
巨勢博士
矢代の弟子で本作の探偵。29歳。“博士”というのは仲間内のアダ名で、「下らぬもの(いわゆる雑学)なら何でも知らぬものはない」ことから。人間心理を読み解く天才だが小説はヘタクソ。 小柄で童顔だが、「裏街の顔役」と呼ばれるほどの喧嘩達人。
警察関係者
駐在の南川友一郎巡査、県警捜査部長の平野雄高警部(カングリ警部)、荒広介部長刑事(八丁鼻)、長畑千冬刑事(読ミスギ)、飯塚文子刑事(アタピン)。
どの人物も安吾の知人友人がモデルであり、名前の由来にもなっている。
余談
「最終話の原稿料を進呈する」としていた犯人当てゲームの懸賞金だが、実は安吾はこの作品の原稿料全額を自分と一緒に飲んでいて喀血した〈日本小説〉の編集者に療養費として回したため自分では一銭も受け取っておらず、懸賞金も自腹を切って正解者に送付していた。
それでも坂口夫人曰く、この小説を書いている時の安吾は「とても楽しそう」だったという。
この作品は1949年の第2回探偵作家クラブ賞に選ばれたが、安吾はその授賞式に出席しなかった。江戸川乱歩がそのことを不快に思っていると、大井広介が「安吾はひどいハニカミ屋なので恥かしがっていただけ」だと後で弁護した。
その乱歩は雑誌連載時に安吾から名指しで犯人捜しの挑戦状を出されていたが、「登場人物三十何人というややっこしいもので、しかもそれらの人物が皆不倫乱行の徒」として意欲をそがれ、完結するまでろくに読みもしなかった(いざ全部読んだら感心した)。‥‥アンタの読者懸賞小説の登場人物だっておよそマトモじゃない連中ばっかりだろうに。
この事件で名をあげ、その後自らの探偵事務所を開設した巨勢博士が次に活躍する(予定だった)のが、安吾長編探偵小説第二作になる『復員殺人事件』。前作と同じく犯人当てゲーム企画として〈座談〉誌に連載されるが、同誌廃刊のため惜しくも中絶、未完に終わった。
安吾の死後、乱歩の要請で高木彬光がその後を受け継ぎ『樹のごときもの歩く』のタイトルで完成させている(が、安吾が生前夫人に洩らしたとされる結末意図とは違った終わり方をしている)。
当時疎開先の岡山在住で、この小説の評判を聞きつつも〈日本小説〉を入手できなかった横溝正史は、後に送ってもらった最初の3回分までを読んで「作者の意図を見破った」。
その後横溝は『八つ墓村』構想の最初のヒントはこの『不連続』から得た、と明かしている。また高木彬光は『樹のごときもの』リリーフ執筆の際、横溝から解決編構想のアドバイスを受けていた。
映画化
1977(昭和52)年、ATG制作で映画化。監督は『嗚呼!!花の応援団』シリーズや日活ロマンポルノ作品等を手がけた曾根中生。キャストは上記で紹介した面々以外にも小坂一也、田村高廣、金田龍之介、初井言榮など。
横溝正史曰く「キマジメな映画を作る」ATGらしく大変原作に忠実(※)で、今日DVDも発売されているが、ぶっちゃけた話がラストまで(真犯人も)原作そのままなので、犯人当てゲームを楽しみたい人はネタバレ回避のため先に小説版を読まれることをお勧めする(ただ乱歩が言ったようにあまりにも登場人物が多く人間関係乱脈複雑な話なので、「映画を観てやっとこの話の内容が把握できた」「映画で見ても多すぎてわからん」という声も多いが‥‥)。
※註:曾根監督のインタビューによると「女性刑事アタピンを主役に据える案もあった」が、脚本チームの一人だった大和屋竺(あつし。大和屋暁の父)の「原作通りやった方がいい」主張が通ったという。